サラダ・デイズ/ありふれた世界が壊れる音   作:杉浦 渓

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第11章 鼠は所詮鼠

試験結果は「合格」

 

ここに史上最年少の動物もどきが誕生した。マクゴナガル先生の記録を抜いての最年少だ。20世紀で8人目の登録者となる。

 

ハーマイオニーが丁寧に教えてくれたが、そのハーマイオニーの目の下のくまが深い。

 

「ハーマイオニー?」

「なあに?」

「授業を受けるためだけに時間をいじらないで、寝る時間も確保したら?」

「なんでわかっ・・・クルックシャンクス?」

 

蓮は頷いた。

 

「クルックシャンクスが『俺のハーマイオニー』のことは何でも話してくれるわ」

「『俺のハーマイオニー』?」

「せっかくウェンディのロイヤルファミリー話から遠く離れたホグワーツにいるのに、クルックシャンクスの種族を超えた愛について聞かされるわたくしを哀れんで欲しい」

 

蓮が遠い目をして呟いた。

 

「えーと、レン。あなた、変身能力をもっと有効なことに使ったら? クルックシャンクスと話すとか寝るとかばかりじゃなく」

 

まるで小姑のように最近の蓮は口うるさい。クルックシャンクスの前で着替えるな、クルックシャンクスをベッドに入れるな、クルックシャンクスを胸の前で抱くな、などなど。動物もどきという変身術の最大の術を極めた人間の言動としては、あまりにこじんまりした活用方法としか言いようがない。

 

「有効活用しようと思ってるんだけれど、クルックシャンクスが肝心なことをわかっていないの」

 

ベッドに腰掛けたハーマイオニーに背を向けて自分のベッドに寝転がった。

 

「仕方ないわ、猫だもの」

「『黒いの』に頼まれて鼠を捕まえようとしていた、って言うだけなのよ」

「『黒いの』?」

 

たぶん動物もどきね、と仰向けに姿勢を変えて蓮が答えた。

 

「レン、そんなはずはないわ。わたし、変身術の最初の授業のテーマをちゃんと覚えてる。動物もどきだったでしょう? だから、20世紀の動物もどきは全部調べたの。たった7人だったけど。今は8人ね。その中に『黒いの』はいなかったわ。猫も犬も黒くないの!」

「鼠は?」

 

鼠もいません、とハーマイオニーはきっぱり言った。「あなたね、自分が動物もどきなんだから、自分でわかっててくれない?」

 

「動物もどきだからわかることは別にあるわ。独学することは不可能ではない、ってこと」

「生まれつきの才能でしょう?」

「生まれつき変身しやすい体質は確かにあるけれど、動物もどきはそれとは違うの。理論とイメージと意思の強さがあれば誰でもなれるわ。ただ、努力とメリットが釣り合わないから、学習する人が少ないだけ。普通の魔法使いや魔女の生活に、動物になりすまさなきゃいけないことなんてないんだもの」

「わたしでもなれるっていうの?」

 

なれる、と蓮は力強く頷いた。「今のあなたには無理だけれど」

 

「今のわたしには無理?」

「あんなに授業と課題を抱えて、動物もどきになるための魔術理論を叩き込まれたら気が狂うわよ」

 

ハーマイオニーは机の上の本の山を眺めて溜息をついた。

 

「確かに、あれを放棄するほどのメリットは今のわたしには想像つかないわ」

「でしょう? わたくしの場合は、ディメンターアレルギーの対策もあったし・・・他にも、動機はあった」

「他の動機?」

 

蓮は苦笑した。

 

「ジョージがいなかったから」

「・・・レン」

「ジョージが一緒に走ってくれるときは、ディメンターの影響が少なかったの。でも、ウィーズリー兄弟とあんなことになったから、外を自由にうろつくには動物に変身するしかなかったの」

 

ハーマイオニーが「動物もどきと守護霊の呪文って、共通点がありそうね」と蓮の額を指で弾いた。

 

「いたっ」

「動物もどきも守護霊の呪文も、確か魔法省の高官になれるぐらい優れた魔法使い魔女であることに通じるんですって?」

 

蓮が額を撫でながら「動物もどきでも鼠じゃダメよ」と答えた。

 

「どういう意味?」

「より高貴な動物に変身できる、あるいはより高貴な動物を模したパトローナスを出せれば、評価は高くなるわ。鼠じゃダメ」

「より高貴な動物を模したパトローナス?」

 

例えばダンブルドア、と蓮が言った。「パトローナスは不死鳥だったでしょう? あれだけ魔法的価値の高い希少な生物を使役するには、人格的にそれに匹敵しなきゃいけないの。動物もどきやパトローナスは、その本人の人格を表現すると考えられるのよ」

 

ハーマイオニーは眉を寄せて「だったらマクゴナガル先生が猫なのがわからないんだけど?」と言った。

 

「クルックシャンクスを見てみなさいよ。賢くて、素早くて獰猛な、小型の肉食獣だわ。猫は高貴な変身の部類に含まれる。マクゴナガル先生らしいでしょう?」

「・・・確かにあなたの犬姿に違和感はないけど。やたら大きくて寝てばかり」

 

近頃はグリフィンドール寮内ではほとんど犬として暮らしている有様だ。談話室に入って「ブランカは?」と聞けば、普通に「暖炉の前で寝てる」と誰かが教えてくれる。

 

「でしょう? だから、鼠は所詮鼠なの。動物もどきになったとしても、鼠では誰も評価しないわ。だって盗み聞きして逃げるしか能がないのだもの」

「スキャバーズのことをクルックシャンクスは『たまに人間になる奴』に分類してるんでしょう? どんな人間だと思うの?」

 

卑怯な人間よ、と蓮はあっさり答えた。「強い者の側に靡くの。自分に攻撃力がないから。コソコソした奴」

 

「じゃあ、『黒いの』は?」

「大型犬だから、高貴な変身の部類に含まれるわ。守護する、攻撃する、という能力があることになるでしょう」

「・・・それだと、あなたがものすごく高貴な変身の部類に入るんだけど?」

 

ひと噛みでリータ・スキーターを殺す能力がある超大型犬だなんて尋常ではない。寝てばかりの姿からは信じられないほど高い攻撃力を有しているのだ。資料によれば。

 

蓮は腕組みをして「それが不思議なのよね」と呟いた。「わたくしの習得の動機からすると、別に鼠でも困らないけど、資質からすると猫ぐらいが妥当だと思ってたのに」

 

ハーマイオニーには微かな心当たりがあった。

マクゴナガル先生やパーバティは、蓮は闇の生き物に対して敏感な体質だという。人狼は、闇の生き物だ。もちろん病気だから仕方ないことだけれど。

 

「レン、あなた、寝たまま変身したじゃない? 最初のとき。あれって満月じゃなかった?」

 

満月だったわ、と蓮は頷いた。「寝る前に窓の外が満月で明るいからベッドのカーテンを閉めたんだもの。それが何か?」

 

ディメンターに反応して変身したがる体に、さらにもう一つの闇の生き物が影響したとしたら、蓮の変身があんな形になったことに説明がつくのだ。

そして未登録の動物もどきが誕生した動機についても。

 

「ね、レン。ルーピン先生に相談してみない?」

「鼠が動物もどきである証明ならマクゴナガル先生じゃないの?」

 

これはルーピン先生がいいと思う、とハーマイオニーはきっぱり言った。

 

 

 

 

 

「ルーピン先生に相談?」

 

ハリーとロンは顔を見合わせた。仲直りしたのはいいが、女の子たちが何を考えているのかは皆目わからないままだ。

 

「レンが動物もどきになったことで、いくつかわかったことがあるわ。まず第一にロンのスキャバーズ」

 

ロンが急にげんなりした顔になった。「禿げたオッサンなんだろ? 信じるから思い出させないでくれ」

 

「その禿げたオッサンの正体をルーピン先生は知ってるはずだと思うの」

「と、ハーマイオニーは言う」

 

蓮が補足した。

 

「第二に、クルックシャンクスは『黒いの』に頼まれてスキャバーズをその犬のところに連れていくことになってるの。『黒いの』も『鼠』も、クルックシャンクスによれば『たまに人間になる奴』で、レンの仲間だって」

「動物もどきってことかい?」

 

ハリーに蓮が頷いた。「ハーマイオニーの調査では、未登録の動物もどきだということになるわ」

 

「未登録の動物もどきが2人いて、しかも『黒いの』は『鼠』が動物もどきだと知ってるのよ。偶然のわけがないわ」

「一緒に勉強したんじゃないか?」

「ええ、きっとそうでしょうね。でも、どこで誰と? わたしは、ルーピン先生はそれをご存知だと思うの。ううん、むしろルーピン先生が原因なのよ」

「なんで?」

「それはまだ言えないの。ルーピン先生に説明していただきたいから。あ、別の理由もあるわ。あのね、ルーピン先生はグリフィンドールの監督生だったんですって。レンのグラニーはそうおっしゃったの。監督生なら、夜間の見回りをしたりするから、何か怪しげな魔法の練習をしてる生徒を見たことぐらいあるんじゃないかしら」

 

監督生? とハリーが頓狂な声を上げた。

 

「なによ、ハリー」

「だ、だって、あの地図を作ったのはルーピン先生と友達なんだ。監督生がそんなことするわけないだろ?」

 

監督生に夢を見過ぎ、と蓮が笑った。「パーシーみたいな監督生ばっかりじゃないわ。わたくしの父も監督生で首席だったけれど、夜中に抜け出してホグズミードのパブでお酒を飲んだり、ハグリッドとファイアウィスキーを飲み過ぎて二日酔いになったりしたそうだもの。抜け道を探すぐらい」

 

「なに、どうしたの?」

 

急に話をやめた蓮を怪訝そうに皆見つめた。

 

「いえ。つまり、鼠が仲間だったら、抜け道を探しやすいんじゃないかと」

「あ!」

「そうか! そうだよ。レンがクルックシャンクスと話せるように、鼠の群れに紛れていれば、鼠同士の会話の中から抜け道を聞き出せるはずだ。そしてそこを、ハリーのパパたちが透明マントを着て人間が通れるかどうか確かめる」

 

ハリーが顔色を変えた。

 

「ハリー?」

「・・・もしそうなら、『鼠』か『黒いの』がシリウス・ブラックなんだ。ルーピン先生の親友は3人いた、僕のパパと、シリウス・ブラックとピーター・ペティグリュー」

 

数が合わないわ、とハーマイオニーは頭を振る。「その中で生きているのは2人だけよ。ルーピン先生とシリウス・ブラックだけ」

 

「大型犬の『黒いの』がルーピン先生かもしれないわね」

 

今度はハーマイオニーが顔色を変えた。

 

「違うわ! そんなはずないの! ルーピン先生が動物もどきのはずはない。未登録の動物もどきは3人よ。3人はルーピン先生のために動物もどきになったの。そうじゃなきゃ動物もどきになる強い動機がないわ!」

「動機?」

 

蓮が眉をひそめた。

 

「そう。あなた、言ったじゃない。動物もどきになるには強い意思が必要だから、希薄な動機の人はなれない、って」

「ええ。言ったわ」

「ルーピン先生が、未登録の動物もどきが生まれた動機そのものなんだと思うの」


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