サラダ・デイズ/ありふれた世界が壊れる音   作:杉浦 渓

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第8章 裏切り者の娘

ファイアボルトの一件を話すと、学校に戻ってきた蓮は顔を曇らせた。

 

「そのことに怒ってるわけ、あの人たち?」

「そうよ、ジニーを小突いたり、ひどいんだから!」

 

トランクの中身を出しながら、蓮は「箒がそんなに大事かしらね」と呟いた。「ジニーの件はあんまりひどいようなら、ミセス・ウィーズリーに手紙を書くように勧めたらどうかしら。兄たちが揃って馬鹿げた理由で妹をいじめるだなんて卑劣極まりないもの。吼えメール案件じゃない?」

 

ハーマイオニーは鼻息を荒くして「こうなってくると、それも考えなくちゃならないわ」と言った。「あなたのホリデイは楽しかった? ウェンディはチャールズのことを忘れてくれてた?」

 

蓮は肩を竦め「相変わらずウェンディはバッキンガムに夢中」と答え「ああ、プレゼントありがとう。『変身術の歴史』ホリデイの間に読んでしまったわ」と応じる。

 

「あなたの参考になればいいけど」

「マクゴナガル先生の励ましよりは励みになるわよ。ダンブルドアに強制的に登録させられた恨みのせいで励ましにならないんだから」

 

そのとき、ジニーがドアを開け「レン!」と叫んで飛びついてきた。

 

「ハイ、ジニー。プレゼントありがとう、わたくしのグランパやグラニーが壁にベタベタ貼るほど喜んだわ」

「聞いて、レン! ロンたちったら」

 

もう聞いた、と蓮は苦笑した。「正しいことをしたのに、お兄さまたちの感性がズレてるせいでひどい目に遭ったわね」

 

「そうなの! だってね」

 

ジニーが必死で訴えるのを聞いて、うんうんと頷いてやった。

 

そんなとき、階下から大きな怒鳴り声が響いた。

 

「出てこい、ハーマイオニー! この! 狂った猫をなんとかしろよ!」

 

 

 

 

 

「僕たちから口を利いてもらえないからって、鼠を攻撃するなんて卑怯だ!」

 

クルックシャンクスを抱えたハーマイオニーを、ロンが唾を飛ばして非難する。

 

「あなたに口を聞いてもらいたいなんて思っちゃいないわ! それになによ、猫を蹴るなんて! あなたそんな真似して恥ずかしくないの?!」

 

ハーマイオニーも顔を真っ赤にして怒鳴り返す。

蓮は2人の間に割って入った。

 

「事故よ、ロン。悪意じゃないわ」

「ハーマイオニーをかばうなら、君も僕たちの裏切り者だ」

 

よせよロン、とハリーがロンの腕を引くが、ロンは止まらない。

 

「いったい今まで何回その醜い猫がスキャバーズを襲ったか考えてみろよ。悪意じゃなくていったいなんだ!」

「わたくしがあなたにいったい何度その見すぼらしい鼠は寝室の安定した環境に置いてあげるべきだと勧めたかしら?」

「スキャバーズが先にこのグリフィンドール塔に住んでたんだ!」

 

1年生? と蓮が声を張り上げた。「見世物じゃないわ、さあ早く自分たちの部屋に入って! 3年生のウィーズリーが今度は猫の代わりにあなたたちを談話室から追い出すわよ!」

 

「裏切り者が偉そうに!」

「裏切り者、大いに結構よ。箒や鼠を友人より大事にする人間になん」

 

蓮の言葉を遮ってロンが叫んだ。「裏切り者の娘は所詮裏切り者だ!」

 

ハリーとハーマイオニーは顔色を変えた。学生同士の諍いに親の名誉に関わることを持ち出すのは、明らかに行き過ぎだ。こんなのはスリザリンのお家芸であって、グリフィンドールではアウトだ。

 

「ロン! 何言い出すんだ!」

「君のパパは闇祓いに殺された、裏切り者の闇祓いだ!」

 

すう、とその場の空気が冷えた。ハーマイオニーはさらに息を呑む。

 

「おい、ロン」

 

取り成そうとするハリーを手で遮り、蓮は「それで?」と頭を傾けた。

 

「君はパパのことがバレるのが怖いんだ! 闇祓いのくせに裏切り者だったって! じゃなきゃ闇祓いから殺されたりしないもんな!」

 

残念ながらロナルド・ウィーズリー、と蓮は冷えた微笑を浮かべた。「父のことなら、イギリス中の魔法族が知ってるわ」

 

「・・・え?」

「わたくしの家族は執念深いの。日刊予言者新聞を購読しないくせに当時のバックナンバーはしっかり書斎に保管するぐらいにね」

 

レン、とハーマイオニーが蓮の腕を引く。ロンを殺しかねないほどに怒っている。

 

「日刊予言者新聞は、暖炉の焚き付けにしかならないクズ紙よ。わたくしの父の名誉をさんざん地に落として踏みにじっておきながら、裁判で名誉回復された記事はただの1行も載せなかったわ」

 

ロンが顔を真っ赤にして俯いた。

 

「裏切り者の娘? 結構よ。いくらでもそう呼べばいいわ。学校中に触れ回りなさい。マルフォイと一緒に」

 

蓮は切れ長の瞳でロンを一瞥すると、コートを翻して、女子寮に戻った。

 

 

 

 

 

談話室に座り込んでいたハリーがどんよりした瞳で、女子寮から降りてきたハーマイオニーを見つめた。

 

「ハーマイオニー」

「あら、裏切り者と喋るとあなたのお友達のミスタ・ウィーズリーが気を悪くするわよ」

「頼むよ、ハーマイオニー。ロンは本気で言ったわけじゃない。スキャバーズのことで興奮して」

「悪いけど、そういう言い訳を聞きたい気分じゃないの。彼はわたしの親友のお父さまの名誉を、亡くなった後でまで穢したのよ。わたしのパパの親友でもあるわ。鼠と同列に扱わないで」

 

ハリーは俯いた。絞り出すような声で「ロンが言うには、マルフォイが何か言ったのを聞いたって」と言いかける。

 

「レンよりマルフォイを信じたいならそうすればいいと思うわよ」

「・・・君がクルックシャンクスをきちんと閉じ込めておけば」

「箒はジニーのせい、レンへの侮辱はマルフォイ、鼠はわたし。あなたたちの話って、いつも誰かのせいね」

 

ハリーが唇を噛んだ。ハーマイオニーは、それを無視して肖像画の扉を開ける。

 

「待って、ハーマイオニー! こんな時間にどこへ?」

「あなたにいちいち説明しなきゃ門限前に寮を出るのも許されないの?」

 

 

 

 

 

ふむ、とマクゴナガル先生は頷いた。

 

「どういう心境の変化があったか知りませんが、集中力が休暇以前とは段違いです」

 

蓮は「ありがとうございます」と平坦に答えた。

 

「ルーピン先生から聞きましたが、何かお父さまのことで悩んでいたのでは?」

「大したことではありません」

「何かロナルド・ウィーズリーが騒ぎを起こしたと聞きましたが、それは?」

「それも大したことではありません」

 

嘘ですね、とマクゴナガル先生は皮肉に唇を上げた。

 

「嘘?」

「あなたは幼い頃から、ストレスを感じると弱味を見せまいと逆に意地を張って奮起します。こうした状況下ではむしろ好都合です。意地を張る、大いに結構。存分に奮起なさい」

 

見透かされたのが面白くなさそうに蓮は小さな会釈をした。

 

「ああ、ウィンストン。勝手に変身を試さないように。動物への変身や、人間への戻りは手順を間違うと事故に繋がります。尻尾や髭が残るだけならまだしも、たまに姿現しの失敗と同じバラけが起きる可能性もありますので危険です」

 

蓮は頷いて部屋を出た。

 

 

 

 

 

「どうしてクルックシャンクスのこと、わたしのせいだって言わなかったの?」

 

ジニー、とハーマイオニーは溜息をついた。「そんなことでこんな時間にマートルのトイレに呼び出し? たまたまマートルが留守だからいいけど、わたし、あんまり彼女に好かれてないのよね」

 

「わたしがレンに会いに行ったとき、ドアを閉め忘れたからだわ!」

「誰にでもあるミスだもの、ジニー。わたしでもレンでもパーバティでも、誰がやってもおかしくないミスよ」

「でもハーマイオニー」

 

ハーマイオニーはジニーの唇に指を当てた。

 

「わたしはね、ジニー、誰かのせいにするのが大嫌いなの。『わたしじゃないわ、ジニーがやったのよ』なんてみっともない言い訳は絶対にしたくないの。あなたのためじゃない。わたしのわがままよ」

 

そんな、とジニーは泣きそうな顔になった。「本当はわたしのせいなのに、ハーマイオニーやレンが悪く言われるなんて」

 

ハーマイオニーは小さく肩を竦めた。

 

「別に構わないわ」

「ハーマイオニー!」

「ジニー、こんなことあなたに言うのは申し訳ないけど、ロナルド・ウィーズリーは大した男じゃないことがはっきりしたの。彼はホグズミードでマルフォイが言った言葉をレンへの攻撃に利用したわ。わたしもそのとき、その場所にいたから覚えてる。彼は『友達のプライバシーは本人から聞くまで信じない。お前が何を言おうと意味がない』って言ったはず。なのに結果はこの有様よ。言い訳してまで友人でいる価値はないわ」

 

帰りましょう、とハーマイオニーはジニーの手を引いた。しゃくり上げながらジニーはついてきた。

 

兄弟が多いのも苦労が多いのね、と思った。ハーマイオニーもレンも、ひとりっ子のせいかジニーの気持ちが完全にわかるとは言えない。

 

「ね、ジニー。泣き止んで。わたしもレンもひとりっ子だから、あなたの気持ちはわかってあげられないと思うけど、逆にひとりっ子だから、兄弟ごとあなたを嫌うなんてことはしないわ。あなたはあなたよ」

 

 

 

 

 

談話室に戻った蓮を待ち構えていたのは、フレッドだった。

 

「なあレン」

「なにかしら」

「ジョージとロンを許してやってくれないか?」

 

蓮は溜息をついた。「許すも許さないも」

 

「ん、何だ?」

「許すも許さないも、あの人たちには意味のないことだわ。自分たちのしたいことしかしない、自分たちの信じたいことしか信じない。したいことをして、信じたいことを信じればいいと思うわよ。思い通りにならなかったら、誰かのせいにするだけで気が済むんでしょうし」

 

フレッドは一瞬呆然として、次に怒鳴った。「君は俺の兄弟をそんな風に思ってるのか!」

 

「思ってるわ」

「訂正しろ!」

「する必要を感じない」

 

そこへハーマイオニーとジニーが入ってきた。「何の騒ぎなの、レン」

 

蓮は肩を竦め「兄弟愛の爆発よ」と冷めきった声を出した。まったくやっていられない。こんなことを兄弟への侮辱だと憤慨するなら、こちらはどうなる。大勢の寮生の前で死んだ父親を死喰い人扱いされたのだ。

 

「やめてよ、フレッド!」

 

ジニーが叫んだ。

 

「ジニー?」

「わたしの兄弟がみんなして揃いもそろって馬鹿でみっともなくて、レンとハーマイオニーに迷惑ばかりかけるのはもうたくさん! 今日クルックシャンクスを部屋の外に出したのはわたしよ! レンもハーマイオニーも気付いてたけど、わたしのことを一言も言わないでいてくれたのに、あなたたちはレンとハーマイオニーを責めてばかりだわ! こんな兄さんしかいないなんてもううんざり!」

 

おまえ! と怒鳴りかけたフレッドに蓮が「今度はジニーを責めるの? あなたたちの兄弟愛は、意見が合う兄弟限定なのね」と軽蔑の声を投げた。「行きましょう、ジニー」


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