サラダ・デイズ/ありふれた世界が壊れる音   作:杉浦 渓

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第11章 地下の談話室

「で、出来ないよ、僕」

 

ハリーとロンとネビルの部屋で、ハーマイオニーが3つのベッドを壁際にずらりと隙間を詰めて並べ直す間、ハリーとロンがネビルを説得していた。

 

「レンが君なら出来るって保証したよ! 君はスネイプに見られているとビクついて失敗するけど、スネイプが僕らのテーブルで嫌味を言うのに夢中なときは失敗しないんだ。ここで僕らと交代しながら、鍋の中身をかき混ぜるだけだ!」

「スリザリンの女トロールに殴られて脳震盪起こしたレンが毎晩夜中に起きて男子寮に忍び込んでくるのは無茶だ、君もそう思うだろ?」

「それとも君、ハーマイオニーとレンがマートルのトイレに毎晩忍び込んでやればいいと思うのかい? ハーマイオニーはマグル生まれだし、レンはハーマイオニーの親友、つまり『血を裏切る者』だ。そんなことしてたら、ハーマイオニーとレンは仲良く石にされてしまう」

「安心しろよ。ハーマイオニーが難しい作業を僕らに任せるわけないだろ? かき混ぜるだけだって! かき混ぜ方のメモまでほら! 壁にでかでかと貼ってくれたぜ! しかもご丁寧に間違いそうな箇所はピンク色に点滅してる!」

「しかも僕らはこれからクリスマス休暇までの間、3人で抱き合って眠らなきゃいけないみたいだ・・・」

 

ただでさえ小さめのベッドを3つぎゅうっと詰めて並べてあるのを見てハリーは溜息をついた。

ハーマイオニーはてきぱきと調合スペースを準備していく。

 

「諦めて協力して、ネビル。スプラウト先生がマンドレイクのベビーシッターを任せるのは、このホグワーツであなただけよ。まだ2年生のね。あなたは本来なら充分に優秀なの」

「そんな・・・」

 

ネビルにポリジュース薬の密造を手伝うと承諾させるのに1時間を要した。

 

 

 

 

「さて、ピーブズ」

 

冷え冷えとした声に、無理やり地上に降ろされて正座させられたピーブズは、ビクっと体を硬くした。

 

「わたくしの曽祖母も祖母も母も、ホグワーツの伝統を重んじて、これまであなたを尊重してきたわ」

「・・・は、ははあッ!」

「あなたみたいな大馬鹿者がいるのも、ホグワーツのささやかな魅力の一部であると」

 

階段に腰掛け、長い脚を組み、腕組みをした蓮が微笑を深める。「わたくしにはそんな配慮をする神経がさらさら理解出来ないのよね。だってそうでしょう? あなたは起きた騒ぎに乗じて騒ぎを拡大させるしか出来ない能無しなのに」

 

消してしまえば良かったのよ、と微笑みながら物騒なことを言う。

 

「はっ。ピーブズめは能無しのポルターガイストに過ぎませぬ。ですが姫さま、なにとぞなにとぞ命だけは」

「命が惜しければわたくしの命令に従うと誓いなさい」

 

ピーブズが平伏すると、蓮は静かに「血みどろ男爵」と呼んだ。

 

ふらりと現れた男爵は、ピーブズの隣に魔法使いが忠誠を従う姿勢で片膝をついてかしこまる。

 

「なんなりと」

「スリザリン寮の出入り口と合言葉を教えなさい」

「合言葉は頻繁に変わりますが?」

「変わるごとに常に、よ」

「はっ!」

「で、今は?」

「『純血よ永遠なれ』」

「前回は?」

「『純血』」

 

蓮が目を閉じた。頭痛をこらえるように。「それ、変える意味あるの?」

 

「御座いませんな」

「まあいいわ。わたくしが呼び出して合言葉を尋ねたら、常に最新の合言葉を教えなさい。もう1つの命令は、クリスマス休暇にスリザリン寮に居残る生徒のリストを手に入れなさい。紙で持ってこなくていいわ。あなたが記憶してくれば構わない。出来る?」

 

委細承知、と血みどろ男爵が頭を下げた。

 

「それから、ピーブズ。騒ぎを起こしたければ起こしていいわ。ただし、わたくしが指示した場合は、わたくしが決めた時間と場所で騒ぎを起こすと誓いなさい」

「ははぁッ! 卑しいピーブズめは姫さまの仰せの通りにいたします!」

 

侵入の準備は整った、と蓮は満足げに解散を宣言した。

 

 

 

 

 

クリスマス休暇に居残る生徒は少なかった。

 

今年はホグワーツでのクリスマスを経験したい、と両親に手紙を書いたハーマイオニーは両親から贈られてきたプレゼント(毎年恒例のスキーに行くための新しいウェア、ホグワーツでスキーはしないが防寒にはぴったりだ)に少しばかり胸を痛め、手紙(サマーホリデイには歯列矯正して前歯を調整しようという毎年の提案)に少しばかり腹を立てた。前歯の件には触れて欲しくない。

 

同じく休暇に家族のもとに帰らなかった蓮には、コーンウォールの祖父母から新しいロングコートとジーンズ(レディはトロールと殴り合いをすべきでないという手紙つき)が贈られ、日本の祖父からはダンボール箱いっぱいのカップ味噌汁が贈られた。日本の祖母からはプレゼント無しの吼えメールだ。「魔女の決闘の作法は充分に教えたはずです! 杖を仕舞って殴り合いをするとは何事ですか! ミネルヴァから聞いたときは顔から火が出るかと思いましたよ! あの人が鼻で笑う例の態度は他人に向いているときは痛快ですが、自分に向けられると殺したくなるのです!今度ミネルヴァからわたくしが笑われるような真似をしてご覧なさい! わたくしが直々にその性根を叩き直しますからそのつもりで!」

耳鳴りに耐えるために目を閉じていると、ハーマイオニーが小さく頭を振った。「さすがあなたのおばあさま。怒るポイントがマーリンの髭だわ」

 

クリスマスディナーを礼儀正しく食べたあとは、いよいよ侵入作戦の開始だ。

 

さすがにグリフィンドール寮でスリザリン生に変身するわけにはいかない。

 

ゴーストに頼んでマートルのトイレ周辺を警戒してもらい、ハーマイオニーが仕上げのクサカゲロウを煎じる間に蓮とロンは玄関ホールに透明になって陣取った。

 

最後まで大広間で意地汚く食事していたクラッブとゴイルが腹を撫でながら出てくるのを待ち構え、階段の陰に入った瞬間に蓮が素早く無言で2人を失神させる。「ロン、あいつらの髪を毟って」

 

透明になったロンが髪を首尾よく毟り、ハリーの杖で緑の光を打ち上げると、今度はクラッブとゴイルを透明にした。

 

「あいつらをどこかに隠さなくていいのかい?」

 

面倒、と蓮が短く答えた。「人に踏まれて心が痛む相手じゃないわ」

 

今度はブルストロードだ。素早くスリザリン寮の入り口まで駆け下りると、蓮が湿った石壁の前で悩んでいるブルストロードを見つけた。「まさかあいつ、合言葉を忘れてるのか?」

 

それに答えず失神させた蓮は、ついでとばかりに油性マジックで額に「じゅんけつのとろーる」と書き殴り、石壁に凭せかけたあとに、思い切り蹴り飛ばした。

一連の作業の間誰にも見つからなかった幸運に思わず「マイゴッド」と呟きながらロンは絶対に蓮を怒らせまいと心に誓ったのだった。

石壁の前から吹っ飛ばされたブルストロードを目くらましで透明にすれば準備完了だ。

 

 

 

 

最大の試練は、クラッブのエキス、ゴイルのエキス、ブルストロードのエキスを飲むことだった。

 

「おえー」

 

ぽこぽこと泡立つ、いやらしい色の液体を見て、心配でついてきたネビルは「やっぱり失敗だ! 飲まないで、3人とも!」と泣きそうになって叫んだ。

 

「失敗はあり得ないわ、安心なさい、ネビル」ハーマイオニーが自信たっぷりに言い、蓮は「それぞれの個室で服を脱いでから飲むのよ」と指示した。

 

「マートルのトイレでパンツ一丁になれって?」

「あなたたちの制服はトロールサイズじゃないでしょう」

 

杖をくるくる回し「脱いだ服はドアの上に引っ掛けて。わたくしがサイズを変えるわ」と言う。

 

互いに視線を交わし、ハリーとロンは覚悟を決めてそれぞれの個室に飛び込んだ。

 

 

 

 

 

頑なに個室から出てこないハーマイオニーに何か異変があったのは確かだ。蓮は「ハーマイオニー、生命の危険は?」と短く問うと「ないから行って!」と小さな悲鳴のような返事が返ってくる。

 

「わかった。ネビル、ゴーストたちと一緒にここにいて。ハーマイオニー、そこから出ちゃダメよ」

「わかったから、早く!」

 

行きましょう、と蓮が言うとハリーとロンは黙って頷いた。

互いにクラッブとゴイルなので声を出すと違和感があるのだ。

 

しかし、素早く階段を下りる蓮の後ろ姿を見ながら、出来る限りのしのし歩くロンはハリーに「僕はこの先一生、ブチキレた魔女には逆らわない。今のハーマイオニーとレンに逆らったら殺されるぜ。ブルストロードなんか蹴られ損だ」と囁いた。

 

「気持ちはわかるけどロン」とゴイルの姿をしたハリーが頭を振った。「気の利いた台詞を喋るクラッブって気持ち悪いよ」

 

 

 

 

 

合言葉は純血よ、と透明になった蓮が囁いて教えた。

 

「『純血』」

 

緊張したロンがクラッブの声で叫ぶと、石壁の一部がスルスルと開いた。

 

ーースリザリンらしい悪趣味な談話室だこと

 

ふん、と鼻で笑ってクラッブとゴイルとして、ソファにふんぞり返るマルフォイ周辺のソファに座るハリーとロンの背後に身を屈めた。

 

「遅かったじゃないか、おまえたち。いくら大食いだからって、いつまで食ってるんだ」

「い、いや・・・」

「ウィーズリーに捕まってた」

 

マルフォイが怪訝に眉をひそめる。「ウィーズリーに? あいつはウィンストンと一緒にサッサと寮に戻ったじゃないか」

 

「いや・・・ウィーズリーの兄貴・・・のどれかだ」

「まさかあの忌々しいジョージ・ウィーズリーじゃないだろうな?」

「そいつ、だったかも」

 

蓮は首を傾げた。ジョージとマルフォイに何か遺恨があっただろうか?

 

「あいつめ、僕がウィンストンに近づくとすぐに呪いをかけてくる。自分のほうがウィンストンに相応しいとでも思っているのかな。愚かなことだ」

 

今度は逆方向に首を傾げた。普通に考えてマルフォイとジョージのどちらが自分に相応しいかといえばジョージのはずだ。

 

クラッブが慌てて「ま、まさか君、本気なのかい? その、ウィンストンに」と言い出した。

 

「言葉に気をつけろ、クラッブ。僕がウィンストンに本気なんじゃない、ウィンストンが僕に本気になるべきなんだ。ウィーズリーの連中のような『血を裏切る者』より、闇の帝王に重用される我が家のほうがウィンストンに相応しいと、いい加減に気づくべきなんだ。違うか?」

 

本気で頭が痛くなってきた。

 

そのとき、思慮深い表情のゴイルという不可思議な状態のハリーが(闇の魔術に対する防衛術で何度ワガワガの狼男の演技をさせられてもハリーの演技力は向上の兆しを見せない)「君はいつもそう言うけど・・・闇の帝王のご信頼を得た証がなにかあるのかい?」と尋ねる。

 

「何度言わせるんだ、ゴイル。我が家の応接間の下にある一族の隠し部屋には、闇の帝王から直々にお預かりした品々がいくつもある」

「そりゃいいや!」

 

快哉を叫ぶロンの後頭部を素早く蓮は殴った。

 

「ぅぐ」

 

頭を押さえ身を屈めたクラッブにマルフォイが「どうした、クラッブ?」と尋ねると「は、腹が痛い」と呻いてみせた。

 

「おまえの腹は頭にあるのか? まあいい。医務室に行け。あそこにいる穢れた血の奴らを僕からだと言って蹴飛ばしてやれ」

 

ゴイルが顔を歪めると「まさかおまえもなのか?」とマルフォイが声を上げる。

 

「い、いや」

「しかし、スリザリンの継承者もまだ手ぬるいな。誰が継承者だか僕が知ってさえいたら、まずグレンジャーをやってやるのにな」

「・・・君、本当は知っているんだろう?」

 

何度も言わせるな、とマルフォイがゴイルを睨んだ。「父上はもちろんご存知だが、僕が知り過ぎているとダンブルドアのような無能な校長からいたずらに疑われるから得策ではないとお考えなんだ」

 

ーー馬鹿息子が喋りまくるに違いないから伏せている

 

胸の中で翻訳して、蓮はもう一度ロンの頭を小突いた。

 

「痛い!」

 

ゴイルがのっそり立ち上がると「医務室に行く」とボソッと言った。

 

「ああ、そうしろ。石になった奴らを蹴飛ばすのを忘れるなよ」

 

 

 

 

 

マートルのトイレに戻る頃には、ハリーとロンのスリザリンカラーのローブがだぶつき始めていた。

 

「ネビル、ハーマイオニーは?」

「まだ出てきてくれないんだ」

「ハーマイオニー? 収穫があったよ、ハーマイオニー?」

 

ロンとハリーのローブにかけた変身術を解いた蓮は、トイレの個室の仕切りの上端に飛びついた。懸垂をするように体を持ち上げて個室の中を覗く。

 

「レン!」

「・・・ハーマイオニー・・・ある意味すごく可愛いと思うけれど、医務室に行きましょう」

 

トイレの個室の仕切りの上で頭を振る蓮を見て、ハリーとロンは顔を見合わせた。

 

「つまり、わたくしはブルストロードから殴られ損だったみたいね」


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