サラダ・デイズ/ありふれた世界が壊れる音   作:杉浦 渓

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第10章 マンダンガスのちょっとしたコネクション

ガタン、ダン、ダン、と玄関から激しい音が聞こえ、ハリーとロンは部屋を飛び出した。

 

今朝からグリモールドプレイスに来て、シリウスとクリーチャーがマンダンガス・フレッチャーを確保するのに備えていたのだ。

 

「ハリーぼっちゃま! コソ泥めを捕らえてまいりました!」

 

朗らかに宣言したクリーチャーの細い右腕には、キッチンナイフが輝いていた。

 

 

 

 

 

「なあダング。私はおまえにこの邸で盗みまで許した覚えはないぞ。騎士団本部だった頃におまえが出入りするのは当然だと思っていたが、銀器室を最近改めたところ、半分に減っていた。ああ、確かに私は細かい男ではない。ブラック家の銀器をありがたがるわけでもないが、なあ、ダング。その私でも半分に減っていれば誰かが盗んだことぐらいはわかる。だろう?」

 

コーヒーテーブルに脚を重ねて載せたシリウスが腕組みをして横柄にマンダンガスを睨む。

 

「まあ、そりゃわかるだろうよ。誰の仕業だ? ん? 手癖の悪そうな奴ぁ何人もいたからよぉ」

「おまえ以上に手癖の悪い奴がか? まあそれはどうでもいい。銀器盗みなんてケチな奴を魔法省に突き出すのは面倒だ。私は私で魔法省を避けたいからな」

 

問題は、と言いかけたハリーの足をハーマイオニーがギリっと踏んだ。

 

「いっ!」

「マンダンガス。シリウスだって、ブラック家に自分ひとりなら銀器なんてどうでもいいのよ。問題は、ハリーという後継者が出来たからなの。ハリーの将来のためには、銀器を含むブラック家の財産をきちんと管理するべきだと考えを改めたわけ。だから、回収したいのよ。買取も検討するわ。誰にいつ何を売ったか知りたい。もちろんあなたの手元にまだ残してあるなら、それはそっくり返してもらう。あなたに関しては買取は無しよ」

「まあまあ、ハーマイオニー。こういう奴が取引明細を2年分も保管していると思うか? 適当なところにバラ撒いたんだろう。が、ダング、それじゃ困るわけだ。ハーマイオニーも言ったように、ハリーがブラック家の跡継だからな。ブラック家伝来の銀器を、そこらのクズ野郎が先々何に利用するかわかったもんじゃない。おい、どこらへんのクズ野郎にバラ撒いた? 売れ残ったものも当然あるだろう? 誰に売ったかわかるものもあるだろうさ。それをざっくりとで構わないから喋れ」

 

いや僕は別に、と口を挟もうとしたハリーの口を塞ぎ、ロンがズルズルと部屋に引きずって行った。

 

 

 

 

 

「ロケットが戻ってくればいいんだ。銀器なんかどうでもいいよ」

 

部屋でボヤくハリーに、ロンは深い溜息をついた。

 

「こんな台詞、僕の担当じゃないんだぜ、ハリー。『頭を使え』なんてさ。まずひとつ。マンダンガスがロケットのことを覚えているかどうかもわからない。次に、僕らの目的がロケットだと知ったら何の儲け話を思いつくかわからない。要するに、ロケットのことは口に出さずに、あいつが盗んで売った物をごっそり回収するのが早いんだよ」

「スリザリンのロケットだぞ? それなりの金を払う相手に高く売ったに決まってるじゃないか」

「へえ! じゃあ君はクリーチャーの巣穴にあったガラクタに蛇のマークがあれば、わざわざそれなりの相手を選んで商談を持ちかけ、高く売ろうと思うんだな? マンダンガスがロケットをどの程度観察したかはわからないけど、これだけは言える。本物のサラザール・スリザリンのロケットだとはまず思わない。高く金を払う相手? マンダンガスの取引相手にそんなのがいると思うか? レンみたいにロケットの来歴をマンダンガスが説明出来たと思うか? ああいう説明がなきゃ、仮にマンダンガスがスリザリンのロケットだと言い張って売ろうとしても、ガラクタ扱いされて当然だ。とにかく、ロケットのことはしばらく忘れろ。君に権利のある銀器を回収することが目標だ。急がば回れだぜ、いいなハリー」

 

 

 

 

 

「おら、どうした。いつものように適当なクズ野郎の名前を喋れ。どれかは当たりだろうさ。私はそいつを締め上げる。またそいつが何か喋る。次の奴を締め上げる。おまえみたいな奴を相手にするやり方ぐらい心得てるさ」

 

マンダンガスは困ったようにガリガリと不潔な頭を掻きむしった。

 

「ああ、そう出来りゃあなあ。なあシリウス。俺みてえな奴にも、仁義ってもんはあってよ? ヤバいネタだとわかってることにクズ仲間の名前を使っちゃ、後の商売上がったりになっちまわあ」

「どこがヤバいネタだ。魔法省を通さず穏便に回収すると言っているだけだろうが」

 

待ってシリウス、とハーマイオニーがシリウスの肘を押さえた。

 

「ハーマイオニー?」

「マンダンガス、あなた、ヤバい相手にも売ったのね? じゃあそのヤバい相手は抜かして、ヤバくない小者の名前だけで構わないわ。あなたのコネクションを当たるうちに、誰かがヤバい奴の名前をぽろっと喋るでしょう」

「そうじゃねえ・・・」

「ああ、取引相手の中に1人や2人ヤバい奴がいても構わん。そういう奴にはこちらでそれなりの手を考える。いいから、おまえが盗品を売り捌く奴らの名前を適当に喋れ」

「だからこれっぱかしはそうじゃねえっつってんだろ! 相手はひとりだ。ごっそり持って行きやがった。シリウス、おまえさんが知らねえってんなら、やっぱり俺ぁ、あのアマに騙されたってわけだ!」

 

シリウスが眉をひそめた。

 

「なぜ私が知っていなければならんのだ」

「盗品だから摘発するって言って持って行きやがったのよ! 『あらあらまあまあ、ずいぶんと立派な銀器をお持ちだことね!』なんて甘ったるい作り声でよう。長く相手するのはヤベえと思って店仕舞いしようとしたら、盗品売買の疑いがあるから摘発する、寝ぐらの隅々まで見せなさい! ってな!」

「・・・本当にそんな喋り方だったとしたら、なんだかすごく嫌な予感がするわ」

 

ヤケになったマンダンガスはペラペラと喋り始めた。

 

「嫌だっつったよ! 当たりめえだろ?! 他にもまだ在庫はあったんだからな! 魔法省裏の露店なんかに持ってくのは、ちびーっとだ」

「ああ、そうだろうな。我が家からの盗品がおまえのベッド以外の場所にゴロゴロ転がっていただろうから、摘発云々を持ち出されたら、露店を放り出し、ケツをまくって逃げるしか道はない。そうしたんじゃないのか?」

「磔の呪文を当てられたんだよ! そんでこうだ。『この通り、アタクシはこういう魔法を使っていい立場ですことよ? 見たところ同じ紋章の品ばかり。さぞ高名な旧家からの盗品でしょうねえ。闇の物品が紛れている可能性があるわ。寝ぐらに案内しなさい』ときた」

「おまえはキングズリーの情報屋だったろう?! 行方をくらます前になんでキングズリーに確かめなかったんだ!」

「そんな暇があるわきゃねえだろうがよ! 旦那にしたって俺みてえなチンケな情報屋が闇の物品絡みのネタでパクられちまったからって、どうこう出来やしねえ。あのアマを寝ぐらに連れてって、アマが物色してる隙に寝ぐらも在庫も全部打っちゃって一目散に逃げたってわけだ。ほとぼりが冷めるのを待ってまた情報屋商売を始めるつもりで、ぷらぷらしてたところに、あのハウスエルフをけしかけられたんだよ!」

「失礼、マンダンガス。レジリメンス!」

 

開心術で「あのアマ」の顔を確かめたハーマイオニーは思わず「・・・最悪」と呟いて、額を押さえてしまった。

 

 

 

 

 

ハリーとロンは呆然として顔を見合わせた。

 

「魔法省裏には退勤時刻になると露店が並ぶそうよ。帰り道に食材を買いたい人だとか、夜遊びに出る前にちょっとしたプレゼントを買いたい人のために。割といい商売になるらしいの。だからマンダンガスは、盗品とバレないように、銀のティーセットを1セットだけ持って行ったの。手元不如意な魔法族から現金化して欲しいと頼まれた風を装ってね。そういうことは実際たまに頼まれることみたい。ミセス・ロングボトムからも頼まれたことがあるらしいわ。ネビルの教育費やご両親の医療費のために、ロングボトム家伝来の銀器を、ね。それ自体は別に悪いことじゃないとわたしは思うけど、今回は相手が悪かったし、銀器の出所も紋章も悪かった」

「そ、そうなの?」

「フィニアス・ナイジェラス・ブラックをはじめ、あちこちにブラック家の紋章は残されているからな。わかる奴にはわかる。ブラック家の関係者がマンダンガスみたいな奴を通して古道具を売るというのは、まず考えられない。アンブリッジは盗品だとアタリをつけて、マンダンガスに、自分が闇祓いで闇の物品の摘発をすると思い込ませた。マンダンガスもそれを丸々鵜呑みにはしなかったが、ああいう奴の立場は弱い。そのような状況では、寝ぐらも在庫品も放棄してまず逃げるしかないのだ。アンブリッジは無料で、我が家からの盗品、さらにはマンダンガスがどこか他所で手に入れてきた在庫品、おそらく盗品だろうが、それらをそっくり手に入れたというわけだ」

「だったら取り返しに行こうよ!」

 

ハリーが勢い込んだ。

 

「落ち着きなさい。レンたちからの情報があったろう。アンブリッジはマグル生まれ登録委員会の委員長だ」

「あの女のことだから、自宅に強盗が入ったらそれを嬉々としてマグル生まれに押しつけかねないわよ。ロケットは取り戻さなければならないけど、今の段階ではまずロケットだけを取り戻す方法が必要なの」

「さっきは盗まれた銀器ごとごっそり取り戻すつもりだったろ?」

「さっきはさっき。今は今。状況は変わったの」

 

呻くハリーの肩をロンが軽く叩いた。

 

「気持ちはわかるけど、相手が悪いぜ、ハリー」

「君までそんな」

「迂闊な真似は出来ない。僕らにはハーマイオニーがいる。強引に押し入って銀器全部をサンタクロースの袋に詰め込んで逃げて来られると思うか? どっかで何かがバレるだろ、そんな雑なやり方じゃ。君はハーマイオニーを賞金首にするつもりか?」

 

ハーマイオニーは、むず、と口元が緩むのを拳で隠した。

 

「とにかく、マンダンガスには本来のビジネスに戻ってもらったわ。つまり、ささやかな露店業者兼情報屋にね。せいぜいビジネスに精を出せばいいでしょう。アンブリッジが身分を詐称してマンダンガスの在庫品を奪ったということが、ここに来てはっきりしたんだもの。キングズリーを避ける必要もないわ。まあ、ティンタジェルの騎士団本部への立ち入りは禁止するべきだとは思うけど。マンダンガスが涎を垂らしそうな品物が無造作に使われてるんだから」

「マンダンガスの生計のためばかりでもなくてだな。ああいう奴には、蛇の道は蛇というか、独自のコネクションがある。あいつを追い放しておくと、後ろ暗い取引の情報を仕入れてくるわけだ。ハーマイオニーによれば、アンブリッジがブラック家の品物を売ることはないだろうと言うが、念のため、マンダンガスを使える状態にしておいた。ただし、現状ではまだ次の手に即座に移るのは難しい。アンブリッジの周辺から調べなければならないが、これは君たちではなく、レンとスーザンの潜入作戦と重なる部分が多いから、あちらに頼むべきだと思うのだが?」

「あくまで手掛かりを探してもらうだけよ。レンがスリザリンのロケットなんかに触ったらどうなるかわかったものじゃないから」

 

うー、と焦れたように唸るハリーだったが、さすがに頷くしかなかった。

 

 

 

 

 

「まあ、ドローレス。素晴らしいティーセットね。どちらでお求めに?」

 

マファルダ・ホップカークに扮したスーザンが、さほどの熱を込めずに賞賛した。マファルダ自身によれば、人のコレクションを賞賛するのは話の枕なので適当で良いらしい。

 

「アタクシの先祖伝来の家宝よ。あなたはご存知ないかしら? ウィゼンガモットの古い時代の魔法戦士にアンブリッジという者がいたはずだわ」

「お名前だけはね。あらそう。あのアンブリッジの子孫なら、伝来の品も頷けるわ」

「先祖にもいろいろいて、中には来歴の怪しいものもあるけど、これだけはと思ってオフィスに置くようにしているの」

「なるほど。それでドローレス、今日の話という」

「まあまあそう急ぐことはなくてよ、マファルダ。あなたから提出された公判日程にね、ほんの少しだけ修正が必要なようなの」

 

構いませんよ、とスーザンはあっさりと肩を竦めた。「委員長はあなた。あなたに不都合があるなら修正は当然だわ。わざわざ呼び出さなくても紙飛行機で済む範囲の指示よ」

 

「そう言わないでちょうだいな。ほら、アタクシとあなたは委員長と委員とはいえ、他のメンバーとは格が違いますからね。是非この機会に親しみを感じる仲になっておきたいの」

「はあ・・・何か懸案事項でも? わたしの裁量の範囲なら多少は対応できると思うわ」

 

マファルダはおそらくアンブリッジと親しくなりたいとは言い出さないだろうから、譲歩の姿勢を示すだけで気が済むはずだ。

 

「そんな野暮な話ではないのよ、マファルダ。要するにね、これから水曜の午後には公判や打ち合わせを入れたくないということなの」

「毎週? 別に構わないわ。話はそれだけ?」

「あなたも独身、アタクシもよ。でもほら、お互いにそういう面では融通を利かせ合うべきだわ」

「今利かせたわよね。それ以上にまだ何か?」

 

スーザンの耳元で「彼が望むなら時間を空けないと」と囁かれて、思わず鳥肌が立った。

 

「・・・『彼』ね。そういう人がいるのは結構だけど、望み通りに時間を空けるというのは? デートの予定があるのなら、スケジュール調整は出来るけど、あまりに急な日程変更を繰り返すのは問題ね」

「アタクシも責任ある立場だから、それはもちろんわかっているわ。でもちょっと彼が機嫌を損ねてるの。先日、国連議長が連絡も無しに突然現れたのはご存知? その連絡がまさにデート中だったものだから、ね?」

 

わからないわドローレス、とスーザンは溜息をついた。「わたしはあなたと違って、そういう面には面白みの無い魔女だから、単刀直入に話してくれない?」

 

「彼に呼び出されるたびにアタクシの都合で日程変更は問題よ、確かに。アタクシは委員長ですもの!」

「・・・そうね」

「だからまあ、多少はあなたの都合ということにしてもらえないかと思って。ほら、あなたなら不適正使用取締局長との兼務だもの」

「大切なことをお忘れのようね。わたしが不在でも公判の開催に支障はない。それが委員をお引き受けする条件だったはずよ、ドローレス。おっしゃる通り、不適正使用取締局長は他に誰もいないけど、マグル生まれ登録委員はわたし以外にもメンバーがいるから、優先順位は局にさせていただくと。よってわたしの都合は日程変更の理由には出来ないの、残念ながら」

 

そう言わないで、と甘ったるい猫撫で声で、ソファの右隣に並んで座ろうとするものだから、スプリングのバランスを取るために慌てて左に寄らなければならなかった。

 

「ドローレス・・・ご協力したいのは山々だけど、規定にないことを理由には出来ないわ。その点、あなたに妙案があるのなら、名前を出すのは構わない。わたしなら、その彼ときちんと話し合うことを選ぶと思うけどね」

「彼が嫉妬してるのよ。秘書が送ってきた紙飛行機なのに、なにしろほら、国連議長の理不尽な訪問だなんて明かすわけにはいかないじゃない? 国連がいろいろうるさいのは確かだけど、事を構えたいわけじゃないから」

「まあ、それはそうでしょうね。いずれにしろ、嫉妬の問題ではなく、あなたの立場や責任について話し合ったらいかがかしら。もちろん、毎週水曜の午後の件は了解したわ。それ以上のことは、あなたのほうで調整して。わたしの名前を使う方策も含めてね。これで構わない?」

 

立ち上がり、部屋を出て行きかけて、さもふと思いついたように、閉めようとしていたドアを開けた。

 

「あなたの心変わりを不安に思っているのなら、素敵な贈り物でもしたらどう? わたしなら、魔法戦士アンブリッジに由来するブローチあたりを甘い言葉と一緒に贈られたら、多少は信頼する気になると思うわ」

 

 

 

 

 

「・・・マジかよお」

 

ブライアン・アダムスはだらしなく壁に凭れてズルズルと座り込んだ。

 

「じゃあ何? 俺毎週水曜の午後はあの婆のオフィス?」

「窓拭きよりは楽な作業だからいいだろ。あとな、僕が指示する日には、君の『やらしーマーク』を使ってもらう」

「おっま、ふざけんなよ。こないだ彼氏気取りで嫉妬プレイしろっつーから、さんざん搾られたんだぞ? そのカネまだ貰ってねーよ」

「ふざけんなはこっちの台詞だ。婆からは貰っただろうが。こっちは君の副業を見逃してやってるんだ。それを忘れるな。君ひとりの小遣いをそうほいほい出せるほど闇祓いが高給取りだとでも思っているのか?」

 

つかさー、とアダムスがだらしなく足を投げ出して蓮を見上げた。「おまえがやれっつの。おまえ顔いーし。俺もう勃たね」

 

「悪いが僕のパンツには婚約者から鍵がかけられているんだ。他所では使い物にならない」

「マジ? こっえー。別れろよ、そんな女ぁ」

「そういうわけにはいかないね。料理もうまいし。とにかく、わかったな。毎週水曜の午後には勃つようにしておけ」

 

アダムスの脇にしゃがんで囁く。

 

「あの婆、名家からの盗品の銀器をコレクションしてるぞ。うまいことせがんで、ちょっと分けてもらえ」

「んなもん貰ってどうすんだよぉ? 盗品なんか、俺がヤバい目に遭うだけじゃん」

「僕の上司が飼ってる情報屋は、その手のものを捌くプロフェッショナルだ。裏の露店にたまに店開きする。フレッチャー、マンダンガス・フレッチャーという名前だ。婆からのプレゼントは、フレッチャーを使えば現金化できるよ」

 

ぽんぽんとアダムスの肩を叩いて、露店が並び始めた一角に向かうと、買い物かごを肘にかけた魔女の隣で果物を眺めた。

 

「『パンツに鍵がかけられている』は悪くないわ」

「ありがとうございます。荷物をお持ちしますよ、マダム」

「・・・そういうダークスーツを着ているとコンラッドにとてもよく雰囲気が似てるわね。言われない?」

「基本的には母方の顔ですけれど、父をよく知る人は、たまに見せる雰囲気にギョっとすると言いますね」

「荷物持ちは結構よ。先に帰るわ。あなたは適切な場所で着替えてから、スーザンを電車の中でそれとなく護衛して戻りなさい」

 

 

 

 

 

急いでシャワーを浴びてきたのか濡れた髪のまま、サングラスにアロハシャツの青年らしき何かが、グリンゴッツ銀行前に佇むミセス・ロングボトムに変身したハーマイオニーの腕を引いて路地に連れ込んだ。

 

「何をおしだい、このガキめ!」

「黙れって、ばあさん。あんたロングボトムのばあさんだろ? あんな目立つところに立ってんじゃねーよ」

 

空き家になったWWWの裏口から入り保護呪文をかけると、ハーマイオニーは「板についてるわね」と笑い出した。

 

「ハーマイオニーもね。素晴らしい演技力だ」

「そう? マダム・ホップカークからオスカー像をもらえるかしら?」

「それはまだ難しい。わたくしでさえまだ『悪くない』の段階だ」

「ほんっとに厳しいのね。ちょっと羨ましいわ。わたしもそっちの研修に参加したいぐらい」

 

ハリーはまだ? と蓮が窺うとハーマイオニーは緩く首を振った。

 

「わかるでしょ。毎日カリカリカリカリしながらソーセージを焼いてるわ。杖を握って飛び出していないのが奇跡よ。首尾は?」

「今日あたりアンブリッジがスーザンを呼び出すはずだ。アダムスとの密会の時間を作れって。その流れでうまくいけば、アダムスに何か貢ぐように入れ知恵する。わたくしはさっきアダムスに、アンブリッジが盗品の銀器のコレクターだと教えてきた。捌く先はマンダンガスだとも言ってある。ハーマイオニー、それよりもっと大事なことがある。聞いて」

「なに?」

「マグル生まれ登録委員会の、一番の目的は、ハーマイオニー・ジーン・グレンジャーだ。アンブリッジがそれに乗っかって、マグル生まれを排斥して楽しむことになった。でも、シックネスからの命令はハーマイオニーを捕まえることだ。ハリーとロンにそれを伝えて。わたくしたちは忙しくなるだろうから、今までみたいなフォローは難しくなると思う。ハリーがそれだけカリカリしているなら、おとなしくしろというのは無理かもしれないけれど、魔法省やアンブリッジ周辺だけは避けるようにしてもらいたい。ロケットはこっちに任せて、カップの検討を先に進めてもいいんじゃないかな」

 

ハーマイオニーは溜息をついた。

 

「そんなことだろうとは思ってたわ。わかりやすい女ね、相変わらず。カップの検討を促してはいるんだけど、ロケットのことで頭がいっぱいで身が入らないみたい。あなたは何か思い当たる?」

 

全然、と蓮は答えたが、これまでに検討してきた事柄を数え始めた。

 

「入手経路。これは?」

「そもそもは誰が持ち主だったかもわからないわ」

「マンダンガスだ」

「は?」

「ああ早とちりしないで。マンダンガスみたいなビジネスを通じて流出したものかもしれない。スーザンが何か言っていなかった? そうだ、博物館、美術館、古物商、そういう入手経路だった可能性は検討した? それから、あと・・・わたくしが気になるのは、ハッフルパフの末裔だ。脳筋のゴドリック・グリフィンドールは、料理上手なヘルガ・ハッフルパフに片思いだった。ハッフルパフには夫がいて子供もいたから。末裔はいるはずだよ。途絶した家系かもしれないけれど、ブラック家のタペストリーや紳士録をあたってみたら、ハッフルパフの末裔が見つかるかもしれない」

「・・・あなたの頭って叩けばネタが出てくるのね。グリフィンドールは、じゃあ独身? 末裔はいないの?」

「デヴォンとコーンウォールに跨る地域に暮らす、やたら髪の赤い家系はヘルガに失恋したゴドリックが酒を飲み過ぎて作った子供たちに始まるという説がある。でもグリフィンドールは独身のまま」

「・・・すごく心当たりがある気がする」

「わたくしもだ。でも証明はされていないからね。ラックスパートと同じ引き出しにしまっておくと、いつかはためになるかもしれない小ネタだよ。グリフィンドールはどうでもいいんだ。現状では出番無し。ハッフルパフだ、ハッフルパフに集中して。マンダンガスのコントロールはシリウスとクリーチャーがいる。ティンタジェルの邸にも資料はあるけれど、あそこは死喰い人の監視がシビアなんだ。どうしても行く必要がある場合は・・・海に飛び込んで」

「はい?」

「マーメイド軍を使って裏の崖から入ればいい」

「・・・すごく不安だから、ティンタジェルに行く必要が出たらあなたの時間が空くまでハリーを縛りつけて待たせるわ」

 

それがいい、と蓮は腕時計を確かめた。「スーザンの退勤時刻だ。いいね、ハーマイオニー、このまま姿くらましだよ」

 

 

 

 

 

スーザンの報告を聞いたマファルダは、呆れたように頭を振って、しばらく目を閉じてこめかみを押さえた。

 

「・・・アダムスはよほど上手くアンブリッジをその気にさせたようね。毎週水曜午後は想定内だったけど、それ以上の呼び出しに応じる気だなんて。んー・・・初めて出来た男ならそんなものかしら」

 

蓮が顔をしかめた。「初めてぇ?」

 

「わたしやアメリアの少し年上だけど、恋愛に関する噂は入って来なかったわ。わたしたちの入省時には、適齢期だった年齢よ。率直に言えば、どのエリート魔法使いからも相手にされない地味な、美貌を誇るとはとても言えない下級事務官だった。あなたたちからの情報を参考にすると、父親を退職させて弟の学費を稼いでいた時期じゃない? まだのし上がっていく余力がなかったんでしょう。ヴァージンだったかどうかまでは知らないわよ。アダムスに金を払って相手させているように、身の下問題を解決する方法はないわけじゃないわ。でもまあ、嫉妬心を浴びた経験はないでしょうね。そういう意味でアダムスは『初めて出来た男』よ。それでプレゼントを贈るように促すことは出来た?」

 

やり取りをスーザンが説明すると、マファルダは小さく頷いた。

 

「そんなものでいいでしょう。ブローチなら、アクセサリーに意識を向けることも出来るし。アンブリッジの件以外で何か報告は?」

「オフィスにランコーン、アルバート・ランコーンが来ました。大臣室付上級次官です」

「そう。用件は?」

「委員会の組織よりハーマイオニーの指名手配をまず出せと言われました」

「あなたはどう答えたの?」

「『そんなことをわたしに言われても困るわ、ランコーン。委員長をアンブリッジにしたのは大臣でしょう。わたしはヒラの委員よ。アンブリッジが指名手配する気になるよう努力するのはあなたたちの仕事だわ。仮に指名手配するにしても、罪状は? まだマグル生まれという理由だけじゃ訴追出来る法がないわよ』」

「不適正使用取締法を適当に使えと言われたでしょう」

「はい。なので『じゃあ、不適正使用した物品を用意して。モノ無しじゃ無理ね』と答えると、苛立ったようにいろいろ喚いてました。要約すると『シックネスは役立たず、アンブリッジは調子に乗り過ぎ、カターモールはまだ俺のオフィスの雨漏りを直さない』」

 

それどころじゃないのよ、とマファルダは小さく溜息をついた。「レジナルド、レッジ・カターモールの妻のメアリーはマグル生まれ。レッジ自身はそう機転の利く男ではないけど、夫婦仲は良好なようだから、妻のことが心配でならないの」

 

「ていうか、ミスタ・カターモールはビル管理部はビル管理部でも清掃員だ。気象呪い崩しは専門じゃない。悪い人じゃないけどね。今の魔法省では、あちこちでこの手のコソコソした嫌がらせが起きているから、ビル管理部に連絡しても修理がいつになるかわからないって、たいていの人は自分で直すよ」

「そうね。ランコーンやヤックスリーは、自分で直さずに清掃員を怒鳴るような人間だから、余計に嫌がらせをされる。スーザン、あなたは?」

「気象呪いを仕掛けられたことはありません。清掃員には、マダムに教えられた通り、ご苦労様と労って、それ以上の会話はあまりしてません。ミスタ・カターモールとお知り合いですか?」

「レジナルドをレッジと呼ぶ程度には。妻のメアリーが、結婚した頃はわたしの秘書官だったの。でもスーザン、レッジとは個人的な会話をなるべく避けるようにして。メアリーを助けられると期待させたくないから。頼み事をされても、即答できる状況じゃないと流してちょうだい」

 

スーザンは小さく頷いた。

 

「・・・そうやって公判を戦々恐々として待ってる人はたくさんいますね」

「ええ。いちいち感傷的になっていられないほどの数よ。無理にとは言わないけど割り切りなさい」

「はい。ランコーンの苦情がこちらに来るのも不思議ですけど・・・不適正使用取締局を通さずに法執行部長のヤックスリーあたりに言えばいいものを」

「そうねえ。ランコーンもわかってるのよ。ヤックスリーをせっついても、その部下が飛び上がって働くわけじゃないわ。のらりくらりと言を左右にして、手をつけたがらない仕事だということはね。どこからか連れて来たヤックスリー程度が掌握できるような組織じゃないもの。だからわたしのところに来るの。幸いなことに、わたしは委員長ではないから、アンブリッジに丸投げでいい」

「そのアンブリッジにも不満はあるようですけど」

「・・・アンブリッジはね、扱いにくい女なの。地位は求める。せっせと工作してその地位を手に入れると、今度はその地位をふりかざしていろいろぶち壊しにする。ランコーンは、アンブリッジを委員長にすればハーマイオニー・グレンジャー追跡を最重要課題として即座に働くと甘く見たのよ。公然とハリー・ポッターとその一味を非難してたから。結果は見ての通り。今アンブリッジの頭の中は、アダムスのことと、いかにして多くのマグル生まれを迫害するかにしか向いてない。ミス・グレンジャー? してやられたことに腹を立ててる間はあちこちで口汚く罵ってたけど、目の前をうろちょろしないなら目先の楽しみのほうが優先よ」

 

わたくしたちはすごく助かるけれどね、と蓮が肩を竦めた。「それにしてもすごい数だ」スーザンが持ち帰ってきたマグル生まれのリストのジェミニオをめくって顔をしかめる。

 

「まだまだ増えるわよ」

「えー?」

「アンブリッジが調子づいてる間、この範囲はどんどん拡大していくの。今は両親がマグルとはっきりしている人だけ。次は両親のどちらかがマグル、祖父母がマグル、曽祖父母がマグル。ミス・グレンジャーが逃げ回るのは、あなたたち友人としては歓迎すべきことだと思うけど、彼女が泳いでいる間は、アンブリッジが調子づく期間とイコールになるわ」

「・・・そこまで範囲を拡大すると、魔法省の機能が停止しませんか?」

「アンブリッジはそんなこと気にする女じゃないわ。機能が停止していても、自分が権力を振るえるならそれでいいの。そこであなたがたに頼みがある」

 

スーザンは生真面目に「なんでしょう?」と応じたが、蓮は表情を険しくした。

 

「そんな顔をしなさんな。頼みというのはね、頃合いを見計らって折々にミス・グレンジャーの目撃情報を通報してもらいたいということよ。嘘でいいから。アンブリッジがあんまり暴走しないうちに、本来の目的を思い出してもらわなきゃ、そのうちわたしまで被告人にされてしまうわ。わたしの祖母はマグル生まれだから。これはあなたがたにとっても悪い取引ではないと思うけど? アンブリッジの欲望が肥大する過程にいちいち付き合ってはいられないでしょう。数回マグル生まれ登録委員会の公判を実施したあたりで、本来の標的の目撃情報が入る。ランコーンはアンブリッジに本来の目的を思い出せと強く要求出来るし、目撃情報が嘘ならミス・グレンジャーへの影響は少ない。犠牲を少なく抑えるならば、必要な手順よ」

「・・・検討してからで良いですか? わたし個人は賛成ですけど、当事者はハーマイオニーだし、レンがまたアルジャーノン化しないように、レンの感情を納得させる必要がありますから」

「是非そうしてちょうだい。あの子供みたいな態度、長いこと独身だったわたしの手には余るから。そうね、明日はわたしが出勤しましょう。あなたがたは少し休みなさい。まあ、夕方には来てもらわなきゃならないけど。長丁場だから、数日に一度は交代する必要があるわ」

 

ただし、とマファルダが指を立てた。「休みというのは休養を取ることよ。他の作戦のためにうろちょろしないこと。変身や変装は無自覚であってもとても疲労するものなの」

 

 

 

 

 

抵抗はある、と蓮が憮然として答えた。「でも道理だとは思っているよ。ハーマイオニーの判断次第だ」

 

「そうね。明日は水曜でしょう? アダムスがちゃんとやってくれるか心配だけど」

「休めって言われただろ。休みだ、休み。ちょっとクールダウンしないと頭がパンクしそうだよ。特にスーザンは、局長の頭脳労働なんだから」

「あ、ああ、それで明日が休みなのね・・・マダムが午後は確実にアンブリッジから解放される日に、局長の仕事をある程度整理する必要があると思うわ。わたしじゃどうしても判断出来ないことばかり」

「・・・アンブリッジからアダムスを使って盗品コレクションを掠め取る案に乗り気だったのは、それが目的か・・・」

 

蓮は脱力してソファに転がった。スーザンが小さく笑って「また1本取られた感じ?」と尋ねる。

 

「うん。一筋縄ではいかない人だね。ただ、まあ、なんとなくわかってきた。ああ、こういう人なんだな、っていうのは。マダム・ホップカークに比べたらマクゴナガル先生はイージーモードだ」

「明日はきちんとお休みにするから今のうちに聞かせて。ハーマイオニーには会えた?」

「うん。アダムスを使った作戦の状況と、委員会の標的がハーマイオニーだってことは伝えてきたよ。あと、ハリーがイライラしているらしいから、ハッフルパフのカップのほうに先に取り掛かるように勧めてきた。スーザンは、ハッフルパフの末裔って知っている?」

「えーと、確かヘプジバ・スミスという未亡人が最後の末裔ね。伯母の資料の中にあったわ。ハウスエルフに毒殺されたという珍しいケースとして分類してあったし、ハッフルパフの末裔だなんて書いてあったから、つい興味深く読んでしまって印象的なの」

 

蓮がまただらりとソファから腕を垂らした。

 

「レン?」

「・・・とんでもない宝の山を相続したね、スーザン」

「わたしもそう思う。読みたいでしょう、持ってくるわ」

「読みたいというか、ジェミニオを作っていいかな? わたくしもそろそろ手一杯だから、ハリーたちに丸投げしたい」

 

スーザンはクスッと笑い「同感よ。あなたも明日はお休みにするべきね。目覚ましをかけずに寝て、遅めのごはんを食べて、ダラダラと夕方まで過ごしましょう」ときっぱりと言った。


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