サラダ・デイズ/ありふれた世界が壊れる音   作:杉浦 渓

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第3章 結婚式

濃紺のドレスローブを着せられ、爵位勲を巻かれた蓮が不貞腐れて大股開きでスツールに腰掛けている後ろから、整髪料で短めの髪をぴたりと整えたハーマイオニーがビシッと言った。

 

「脚を閉じなさい、伯爵」

「これが暑苦しいんだ。魔法族の結婚式にこんなもの要らないじゃないか」

 

ずりずりと爵位勲を動かす。

 

「デラクール家に対して、ウィンストン家が正式に後見することを示すため。あなたはフラーの後見人なの。いくら歳下でも。形だけのことだけど、世の中にはその形式に意義があることも少なくないわ」

「ドーラお姉ちゃんの結婚式はパンツスーツで良かった」

「登記所での民事婚だったからだし・・・ほら、肝心のトンクスがドレスを着る体調じゃなかったから。付添人が花嫁より華やかに着飾るわけにはいかなかったからよ。でも今回は、ウィーズリー家が花嫁を迎えるにあたって、最大限の誠意を見せる場なの。フランスから国を跨いでくれるフラーを、これだけ歓迎して大切にします、イギリスでの相談役として親戚のウィンストン家とも親密に付き合い、フラーが安心して暮らせるように全力を尽くします、って」

「いやあ・・・それならもう、貝殻の家にあの2人を押し込んどきゃいいじゃん。勝手に幸せになるよ。わたくしの視界も爽やかになる」

「結婚の話を取りまとめた時の頼りになるあなたはどこに消えたの?」

「わたくしは自分がこんな目に遭うことは想定していなかった。フラーとビルを結婚させろと言っただけだ。気軽なバーベキューかなんかしてさ。な・ん・で、わたくしがこんな目に遭うんだ?」

 

やってるわね、とハーマイオニーとお揃いのシャンパンゴールドのドレスローブを着たジニーがコサージュにした花を持って入ってきた。

 

「ハーマイオニーもレンも、これ付けてね」

「これ以上ゴテゴテしなきゃいけないのか?」

「いけないの。レン、あなたはブライズメイドのわたしやハーマイオニーの後ろから入場よ」

「・・・花びらでも撒きながら?」

「伯爵さまにそんなことはさせません。エスコート役は、不満かもしれないけど、耳無し兄貴に決まったの。兄貴は大量にいるんだけど、引き取り手がないのは耳無し兄貴だけだから」

「チャーリーは?」

「ミュリエルおばさんのエスコート、というか介護役。ほら、脚を閉じて」

 

 

 

 

 

自分の左腕に蓮の右手を添えさせたジョージに、蓮は溜息をついた。

 

「・・・見世物になるみたいだ」

「悪いが母さんのヒートアップに付き合ってやってくれ。ビルのことじゃまだちょっとばかり引け目があるんだよ。なにしろ銀行は休職中だからな」

「・・・スクリムジョール?」

「ああ、まあそういうことだ。嫌がらせみたいなもんだけど、とにかく、人狼ウィルスに感染してないことが完全に証明されるまでは出勤停止。グリンゴッツの規定で出勤停止なら有給休暇扱いになるから、銀行からはしぶしぶながら基本給は出てるらしいぜ。生活費に問題はないけど、出勤停止が明けたらドケチのゴブリンどもに白い眼で見られながら仕事する羽目になる」

「フラーもデラクール家も、別にそんなこと気にしないよ」

「たぶんな。でも母さんや父さんとしちゃ気になっちまうんだよ。どこに出しても恥ずかしくない長男のことだからなおさらな。どこに出しても恥ずかしい四男まで結婚すると言い出したもんだから、絶賛パニック中」

 

新郎新婦の入場の拍手が静まると、蓮は付け焼き刃の社交用の微笑に切り替えた。

 

 

 

 

 

アンジェリーナと踊るフレッドを眺めて、ちびちびとシャンパンを飲んでいると、母が隣にやってきた。

 

「女装疲れが顔に出ているわよ、王子さま?」

「ママ・・・これ、この帯取っちゃダメ?」

「ダメよ。モリーのために今日一日は我慢して。どこに出しても恥ずかしくない御子息とフラーのために最大限の努力をしてあげたい、という気持ちを尊重してシンボルになるのも貴族の務めよ」

「どこに出しても恥ずかしくない、ってビルのことだよね? 確かにそうだと思うけれど、フレッドは、どこに出しても恥ずかしい息子かな?」

 

母は目を丸くして「まさか」と即答した。「いい青年だと思うわよ。あの若さでゼロから事業を展開して、自活するだけの収益を確保している。ビジネスばかりに傾注して家族を顧みることなく、社会への問題意識を忘れる大人も多いのに、彼は家族特にモリーにたびたび顔を見せに来たりささやかなプレゼントを贈りもする。騎士団だから善だという意味ではなく、自分を取り巻く社会への問題意識を持って、そのための行動も厭わないわ。マグルの大学生にはそういう問題意識ばかりをふりかざして本分を忘れがちになる若者もいるけれど、そこはビジネスの世界に身を置いているだけあって、バランス感覚も良い。なぜモリーがそんなことを?」

 

「モリーおばさまじゃなくてジョージがね。いつもの軽口だとは思うけれど」

「それなら、双子の成績や中退のことを自嘲した表現なのでしょう。モリーからその件の愚痴はたくさん聞かされたわ。でもねえ・・・ホグワーツ中退はもう珍しいことではなくなると思うわよ? 新年度はホグワーツ始まって以来の休学者数だもの。そのまま中退という人も多いでしょう」

「ふうん。理事会でわかったの?」

「校長はセブルス。理事会は解散。解散はしても、理事たちは連絡を取り合って学校の様子を把握する努力はしているけれど」

「・・・ありそうなことだね」

 

母は蓮の髪を軽く撫でた。

 

「ママ個人は、成績や学歴に関しては『ないよりあるほうがマシ』程度にしか考えていないわ。大学の知人の中にも、現在身を持ち崩した人もいるし、なんだか得体の知れないコミューンに入って連絡が取れなくなった人もいる。そういうのを見て、地に足をつけて生きる能力が一番大切だと思うようになった。だからあなたがホグワーツ中退して、大学にも行かないと言い出しても構わないけれど、だったら何をどうやって生きていくつもりなのかについては、厳しい尋問をする。それは覚悟なさい」

「わたくしのことじゃないよ。フレッドとアンジェリーナだ。結婚を考えているらしい」

「あら、ウィーズリー家にはおめでたいことが続くわね」

「でもモリーおばさまがパニック中」

「・・・んー。モリーのその手のヒートアップは、御子息たちから見たらパニックなのかしら? パニックというよりは、ママの『厳しい尋問』と同じ意味だと思うわよ」

「尋問?」

「そう。親なら普通のこと。パパとママが結婚すると決めた時も、ママはてっきり反対されているのかと不安になったわ。グランパもグラニーも、パパに笑顔も見せなかったの。『本来なら日本に帰すべき女性を、今こんな時代に妻にすることがいかに無責任なことか理解しているのか?』なんて。あ、日本のおじいさまの反対には大した意味はないわよ? あれは娘を結婚させるごく一般的な父親の姿勢だから」

 

思わず顔を歪めてしまった。

 

「・・・一般的?」

「スケールが異常なだけよ。とにかくね、グランパの尋問は、一種のテストだったの。あえて厳しい態度を見せて、現実的にクリアしなければならない課題を突きつけて、それに耐えられるカップルなら安心だという親の思いね。モリーのもきっとそれ。本心では、成績や中退のことを気にしないでフレッドを評価してくれるアンジェリーナの存在が嬉しいの。でも、お調子者の息子がガールフレンドを巻き込んで舞い上がっているだけなら、どこかで誰かがブレーキをかけてあげなきゃいけないから。まあ、モリーのパニックだと認識していても問題ないとは思うけれど、出来ればそのパニックに誠実に対応して欲しいわね。たぶん双子には・・・一番思い入れが強いと思うから。あの子たちの結婚はモリーにとっては感無量だと思うわ」

「そうなの? 息子6人もいるのに?」

「・・・ギデオンとフェビアンにそっくりなのよ。年子の兄弟なのに双子みたいに気が合う兄弟だったわ。下のフェビアンは、ママやパパと同級生。でも大学を卒業してからわたくしたちが結婚した時点でもまだ2人とも独身だったから、モリーはしきりに気を揉んでいたの。2人が亡くなってしばらくしてからだったと思う。結婚して子供を遺していて欲しかった、と漏らしたことがあるわ。弟たちの生きた証が残っていないことがたまらない、って。ママは記憶は残っているでしょうと励ましたけれど、説得力はなかったと思う。フェビアンたちは、プルウェット家にそれなりに資産があったから、当時は仕事をしていなかったの。誰かの生きた軌跡を実感するというのはとても繊細な作業よ。その人が成し遂げた仕事の成果だとか、遺した子供が一番強烈だと思うけれど、ギデオンとフェビアンはそれを遺してくれなかった。騎士団員として戦うことに明け暮れて、仕事で身を立てることや恋をして愛する家族をもうけることに目を向けて来なかった。モリーの中には弟たちの記憶だけ。記憶は、日常の忙しさの中で次第に薄れていくものよ。それが切なくてたまらなかったのだと思うわ」

 

蓮は黙ってシャンパングラスを指でカリカリと弄った。

 

「だからモリーは当初、自分とアーサー、ビル、チャーリーが騎士団の一員となっていても、双子やロン、ハリーが騎士団の活動に夢中になることをとても嫌ったの。ギデオンとフェビアンのためにも今度こそ負けるわけにはいかない、姉として戦う。でも・・・下の息子たちには、まず仕事をして、恋をしてもらいたい。今はね、双子のことは騎士団の一員として認めているわ。自分たちのビジネスを頑張った上での社会奉仕だから構わないと言っていたわね。あとは素敵なお嬢さんに拾ってもらえたら上出来ですって」

「アンジェリーナなら心配ないよ。フレッドに一番相応しい女性だ」

「そう。フレッドのためにも、モリーのためにも、ママはその結婚を祝福するわ。ちなみに、うちの頼りない伯爵さまには、ママも満足しているの」

「どして?」

 

見てごらんなさい、と母が賑やかなパーティの様子をぐるっと見回した。

 

「幸福な1日だと思わない? この暗い時代に、それでも幸福な1日を作るべきだと主張したママのプリンセスは、上出来な娘よ。たとえ女装に疲れて膨れ面をしていてもね」

 

 

 

 

 

魔法省が陥落した、というキングズリーの低い声が、冷水を浴びせたように結婚パーティの場を凍りつかせた。

 

「行け!」

 

一番に声を張り上げたのは蓮だった。ドレスローブの裾も構わず、テーブルを乗り越えてハーマイオニーとロンとハリーの肩を引っ掴んでひとまとめにし「どこでもいいからマグルの街に紛れ込め。あとは連絡する」と囁くと、ダンスフロアの真ん中に立って、杖で保護呪文を打ち上げ始めた。

 

「行こう!」

 

ハリーがハーマイオニーとロンを引いて姿くらましをした。

 

 

 

 

 

夕暮れが迫るロンドンの片隅のファストフードの店で、華やかなドレスローブから動きやすいマグルの服装に着替えた3人は、プランを確認し合っていた。

 

「ひとまずの落ち着き先は、レンとスーザンに任せてあるわ。ハリー、落ち着いて」

「もうグリモールドプレイスに行こ」

 

ハリーのセリフが終わる前に、店の通りに面したウィンドウが割られ、黒いローブを着た男たちが飛び込んできた。

 

「ステューピファイ!」

 

3人は即座に応戦し、再び姿くらまし。

 

今度はウィンブルドン・コモンの駐車場に出た。

 

「・・・いくつかの単語には注意が必要みたいね。何らかの魔法で、わたしたちの居場所を見つけるために関係する単語を使った観測網があると考えるべきだわ。とにかく・・・れ、じゃない。アルジャーノンからの連絡を待ちましょう」

「ごめん。僕が・・・」

「謝る必要はないわ。予想していなかったことなんだし。でも今後は慎重さが最重要課題よ」

 

と、そこへ夕闇の中でもはっきり輝くブランカが現れた。

 

「場所」

 

それだけ言って消えていく。ハーマイオニーもパトローナスを出し「最初に会った駐車場」とメッセージを送った。

 

すぐに、白いポロシャツとジーンズに着替えた蓮が、トートバッグを肩にかけたスーザンの手を引いて現れた。

 

「無事で良かった。すぐに案内する。スーザン」

 

スーザンは頷いて、トートバッグから羊皮紙のメモを取り出した。

 

「燃やすから記憶して」

 

 

 

 

 

ひゅん、と着地して回転が止まると、目の前には煉瓦造の建物が建ち並んでいた。そのうちの玄関ステップを駆け上がったスーザンが杖を出して鍵を開け、全員を中に招き入れた。

 

玄関ドアに内鍵を掛けてから、ハーマイオニーの両親のクリニックの玄関にあるようなセキュリティ装置をスーザンが操作すると、蓮が肩の力を抜いてニヤっと笑った。

 

「ようこそ、リヴァプール・ペンブローク53番地、別名フラメル・ハウスへ」

 

 

 

 

 

リビングに入ると、まるでアパートメント・ホテルを借りたみたいに、スーザンがテキパキとクリアファイルに入れた資料を並べ始めた。

 

「このフラメル・ハウスの準備をしたのはわたしだから、まずはわたしから説明するわね。部屋は、このリビング、あちらのスペースが見ての通りキッチンとダイニングよ。個室は、主寝室が1つに、1人用の寝室が3つあるわ。全部にバスルーム完備。レンみたいにシャワーとバスタブを分けて使いたい人がいたら、その人が主寝室を使って。主寝室のバスルームが一番広いから。住環境は悪くないと思う」

「悪くないどころか最高よ」

「ところがね、とにかくこの家はセキュリティが複雑なの。それだけ屋内の安全は保証されるけど、慣れないうちはすごく面倒だと思うわ。安全のためだから我慢してもらうしかないけどね」

「概要をひと言で言えば、マグルのセキュリティ装置と魔法によるセキュリティの複合なんだ。フラメルのおじいさまがこの1年間せっせといじくり回して、さらにこの数日で、スーザンが作った施錠・開錠呪文を登録し直してある」

「説明書はこうして用意してあるわ。ただし外には持ち出さないでね。せっかくのセキュリティが台無しになるから。問題は・・・ハウスエルフも入れなくしたことなの。3人で話し合って家事については解決して」

「ハーマイオニー、洗濯機と乾燥機は入れてあるから安心しろ。調理はガスじゃなくクッキングヒーターだ。ハリーとハーマイオニーがロンにマグルのライフスタイルを教育してくれ」

 

思わずハーマイオニーとハリーはロンを見た。

 

「な・・・なんだよ?」

「わかった。ダーズリー家で育った経験を無駄にはしないよ。でも最新式には自信がないから、そこはハーマイオニー、頼めるかい?」

「大丈夫よ、ハーマイオニー。マグルの電化製品の説明書もここに入ってるわ。家については、これぐらいね。レン?」

 

スーザンが促すと、蓮がスーザンが持ち歩いていたトートバッグから中身を取り出してコーヒーテーブルに並べた。

 

「これは活動資金だ。マグルの金だから、基本的にはハーマイオニーが管理して欲しい。ハリーも現金なら大丈夫だと思う。ロンは、なるべく2人のどちらかと行動を共にしてもらいたい」

「わかった。ハーマイオニーママかハリーパパに頼まなきゃカフェラテは飲めないってことだな」

「そうだ。それからハーマイオニー、信託財産を普通口座に移してATMで出し入れできるようにしたと言っていたね。それはわたしやスーザンが同行できる機会にまとまった額を引き出して、ATMを頻繁に使うのは控えて欲しい。理由はあとで説明する。こっちはクレジットカード。ハーマイオニーに預ける。名義はわたくしだから、ハーマイオニーがわたくしの名前をサインして使う分には問題ないだろう。死喰い人は金融データから居場所を割り出すなんて手法は使わないだろうから、クレジットカードで買えるものはクレジットで済ませたほうがいいと思う。周辺地図もここに用意してあるけれど、散策は禁止だ。ATMの件とも関係があるけれど、リヴァプールに潜伏場所があることは、ベラトリクス・レストレンジが知っているからだ」

 

ハーマイオニーはひゅっと息を呑んだ。

 

「この家は、わたくしの母がホグワーツ在学中にフラメル夫妻と暮らした家で、ホグワーツ卒業後には1年近くトンクス夫妻、つまりドロメダおばさまたちに貸していたからね。ニコラスおじいさまのセキュリティと、母たちの世代の警戒心のおかげで家の場所は割れていない。でも、ドロメダおばさまの妊娠中にベラトリクスが手下を連れてメインストリートを騒ぎながら練り歩いていたことが何度もあったらしい。よって、潜伏先としてリヴァプールの街そのものはピックアップされている可能性が高い。買い出しなんかは姿現しで、関係者のいなそうな街に跳んでからにしてもらいたい」

「・・・わかったわ。街中はともかく、屋内の安全性が高いほうが長期間の潜伏には助かるし」

 

なあなあ、とロンが割って入った。「聞いていいか? 僕らが逃げたあと、パーティはどうなった? 僕の家族は?」

 

蓮がはっきりと頷いた。

 

「保護魔法を一時的に強化して、その間にウィーズリー兄弟総出で、出席者を家まで送り届けた。ジニーはぷりぷりしていたけれど、モリーおばさまと2人で後片付け。わたくしが隠れ穴を出る時には、全員帰宅していたよ。わたくしと一緒に、ビルとフラーも隠れ穴から貝殻の家に移った。現時点では誰にも特筆すべき災難は及んでいない」

「現時点では?」

「そうだ。陥落した魔法省が動き始めてからが問題だと思う。そこで、わたくしとスーザンは、ロンドンのボーンズ・アパートメントやチェルシー・ペントハウスを拠点にして、魔法省の監視をしようと思う。母も理事会は解散したけれど、元理事と情報共有して学校の様子を把握する努力は継続する。君たちほど本格的な潜伏状態ではないから、騎士団が保護対象にしている御家族の安否は尋ねてくれれば答えられるようにしておくよ」

 

頼む、とロンが頭を下げた。

 

「レン、君たちの安全は・・・」

「今は誰にも安全が保証される段階じゃないわ、ハリー。ただ、わたしたちには伯母が遺してくれた資料やレディ・レイの知識があるから、魔法省の監視ならわたしたちが適任だと思うの。わたしとレンのエクエスはいつでもオープンにしておくから、必要な時には遠慮なく連絡して。あなたたちに限らず、今後避難潜伏が予想される人たちの生活サポートを受け持つわ」

「それと、魔法省陥落をきっかけに、パーバティたち家族とジャスティンがフランス、アンソニーがアメリカに出た。アンソニーはアメリカでうちのグランパの書生として物資輸送を担当する。パーバティたちとジャスティンは、フランスを拠点にしてイギリス国内の活動をしているメンバーに向けての情報発信の準備を進めることになっている。ロン、WWWの準備が整い次第、フレッドとジョージもフランスに行くと言っている」

「・・・は?」

「チャーリーは明日ルーマニアに戻るけれど、近くにビルがいるから、君のご両親と助け合って暮らすのは当分の間ビルの担当だそうだ。フレッドとジョージは、パリにWWWの支店を出しつつ、ジャスティンやパーバティの活動に参加する。これは君に知らせてくれと言われた」

「や、いや、そりゃ構わないけどさ・・・ダイアゴン横丁の店はどうなるんだ?」

 

蓮は小さく首を振った。

 

「ダンブルドアが死んでからダイアゴン横丁に行ったことあるか? まるでお通夜みたいな有様なんだ。魔法省の陥落で、ますます経済活動は停滞する。今ダイアゴン横丁での営業を継続することはプラスにはならないという、フレッドとジョージ、それからビルの判断だよ」

「ビル?」

「銀行員としてのアドバイスだね。わたくしからも多少は」

「君は何て?」

「WWWのビジネスは、大胆な発想で生活に潤いをもたらすものだ。当分の間、イギリスの魔法界ではやりにくいタイプのビジネスだから、ダイアゴン横丁のWWWを続けるなら、陥落した、つまり死喰い人が幅を利かせる魔法省に阿る必要がある。今後イギリス魔法界の経済が復調したとしても、一度日和見だと判断された以上、今までのような大胆な商品が爆発的に売れるという形にはならないと思う。生真面目な商品をコツコツと販売するだけがやっとじゃないかな。それは彼ららしくないやり方だ。今のイギリス魔法界に留まるよりも、海外で大胆な商品を展開して、イギリスに逆輸入、ダイアゴン横丁に凱旋すればいい」

「・・・その、アンジェリーナは?」

「アンジェリーナも同じ意見だったよ。むしろもうちょっと強い表現。死喰い人の顔色を窺いながら商売やって何が面白いのよ、そんなしょぼくれた男とは結婚しない。フランスになら行ってやってもいい・・・そういう、感じだった。ついでに言うと、フランスでのビジネスなら、フラーを通じてデラクール家が後見に立つから、アメリカやベルリンなんかに比べるとスムーズな開業に漕ぎ着けられると思う。ロン、もし君にまた違う意見があるなら、それは伝えるよ」

 

ロンは慌てて首を振った。

 

「いや僕は・・・ビジネスのことなんかはわかんないから、本人たちがそうするって言って、パパやママも納得するなら、それはもう好きにやればいいんじゃないか? よくわかんないけどさ」

 

ハリーが眉を寄せて「ビジネス以外に何か気になるのか?」と促した。

 

「あー、まあ、そんな感じだな。騎士団の活動は、どうするんだろ、っていう・・・いや、本分はビジネス、それはママもいっつも言ってるけどさ。僕は漠然と、どうせ商売にならない期間は騎士団のほうに集中できるからちょうどいいんじゃないかと思ってたからさ」

「だから、騎士団の活動をする目的もあるフランス進出だろ」

 

ハリーが簡単にまとめた。

 

「へ?」

「おいロン、しっかりしろよ。死喰い人がイギリス魔法界の掌握にこだわって調子づいてる間に、海外からの包囲網を形成するって、レンとハーマイオニーが何度も説明しただろ? 騎士団や僕らは、イギリス国内での活動にだけ目を向けてればいいけど、円卓会議としては海外勢力も動かすことになってた。事態が変わったから、騎士団からもフレッドとジョージがそれに参加しに行くんだ。まだ何か不思議があるか?」

 

ない、とロンが首を振ると、ハリーは蓮に向き直った。

 

「今僕が気になってるのは、ダンブルドア家のホークラックスだ。どうせ次の大臣は死喰い人だと思うけど、スクリムジョールは殺された。スクリムジョールのデスクには、ダンブルドアの遺言書の内容がごっそり残されてたはずだ。よっぽど馬鹿じゃなければ、ダンブルドアの遺言書に書いてある情報の中でめぼしいものには、死喰い人からの手が入ると思う。早くダンブルドア家のホークラックスを回収するべきじゃないかな?」

「ハリー、前半には同意する。たぶんダンブルドアの遺言書は、死喰い人側もチェックすると思うし、ダンブルドアの家屋敷なんて、いの一番に荒らされるだろう」

「だったら」

「でも、見つからないと思うよ」

「・・・え?」

「ハリーのスニッチからわたくしを経由してダンブルドア家、だったろ? ということは、見つけ出すには、わたくしが必要なんだ。わかりやすい宝箱や鍵のかかる引き出しなんかには入っていない。金属探知機が必要な隠し方をしてある。だから、死喰い人が家の中をいくら荒らしても見つからない。これが第1のポイント。第2のポイントは、そのホークラックスは、もう破壊してあるということだ」

「へ?」

 

ハーマイオニーが苦笑した。

 

「ね、ハリー。それはダンブルドアが一度所持して、それから隠したのよ。ダンブルドアは、グリフィンドールの剣を自由に使えた人物。壊さないまま隠すのは合理的じゃないわ。あの遺言の意味は『壊したものを隠してあるから、レンを連れて行って、レンのアレルギーを利用して見つけなさい』だと思う。今急いでダンブルドア家に行くのは危険なばかりか、あまり必要性を感じないわ。スクリムジョールが保管していた情報からダンブルドア家が問題になるのは・・・『レン、うまくいけばポッターも、ダンブルドア家に来るはずだから待ち伏せしよう』という発想に繋がりそうだから。よって、ダンブルドア家からは当分の間、遠く離れているべきだと思うわ」

 

ハリーは目に見えて脱力した。

 

「もう人生で何回目になるかわからないけど、頼むから、君たち、その頭の中で当たり前だと思ってる情報も、たまには丁寧に説明してくれないか?」


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