サラダ・デイズ/ありふれた世界が壊れる音   作:杉浦 渓

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第1章 7人のポッター

視界に映るリビングの惨状を見て、ハリーは両手で顔を覆った。

 

「・・・たぶんハーマイオニーだと思うけれど、ハーマイオニー、これ剃って」

「はあ? あなた・・・レンよね? イヤよ、どうしてわたしがあなたの胸毛なんて」

「パンツは最初からボクサーブリーフを履いてきたから、中身は見なくて済むだろう? でもわたくしの胸には、無駄な毛はない。あっちゃダメなんだ。これ剃っとかないと、ポリジュース薬が解けた時の性別が不安だよ」

「・・・言われてみればそうね」

 

ハリーがハリーの裸の胸にシェービングクリームを塗りたくってバーノンおじさんの剃刀で大事な胸毛を剃り始めた。

 

「君は大丈夫だ、ハニー。変身が解けたら、君は完璧な僕の妻に戻る。だから、ハニー、胸毛なんて見ちゃダメだよ」

「ビル、わたーし、いどーいカッコ。大丈夫でーす。わたーしが、ボーイになるなら、もっとアンサムでーす」

 

なんでだよ、とハリーはついに頭を抱えて喚いた。「こんな作戦ダメだダメだダメだ! 僕のフリをするなんて危険過ぎるよ! あとレン! 僕の胸に無駄な毛はない! それは僕なりに必要な毛だ!」

 

「心配するな。ちゃんと服着て飛ぶから、胸毛がなくてもハリー役に支障はない。ハーマイオニー、まだ残っている。このへん。乳首毛なんて最低だ」

「手がかかるわね! どうしてわたしがあなたの乳首毛の世話なんて」

「ハリーの乳首毛だよ。わたくしのじゃない。わたくしに無駄な毛はない」

「・・・レン、僕が剃ってやる。ハリーの乳首毛なんかハーマイオニーに剃らせるな」

「ロンか? 乳首まで切るなよ?」

「待て! 待て待て待てロン! いくらハリーの姿でもそれはレンだろ?! 女の子の乳首におまえが触るな! ジョージ! おまえが剃ってやれよ!」

 

人の話を聞けーえ! とハリーは叫んだ。

 

「・・・みんなどうかしてる。まず、えーと、ビル。裸の僕を抱き寄せるのはやめてくれ。相手がフラーなのはわかってるけど、それでもやめてくれ。ハーマイオニーもレンも、気を遣って最初から男物のパンツを穿いてきてくれたのはありがたいけど、そのパンツ一丁で胸毛を剃り合うな。離れて。そう。そうだ・・・」

「ポリジュース薬の効果時間を忘れてないか、ハリー。君の演説を聞いている暇はない。庭に護衛役がいる。ハリーはハグリッドとペアになってくれ。みんなそれぞれペアの護衛役はわかっているよね? フラー、そう主張しなくても大丈夫。見ればわかるから。ハリーのセクシャルアイデンティティのためにも、今はハンサムじゃないボーイになりきってくれ。さあ全員服を着て!」

 

 

 

 

 

ダメだ! と、ラルフローレンの黒いポロシャツに色褪せたジーンズ姿で真新しいファイアボルトに跨った《ハリー》つまり蓮に飛びついた。

 

「ラルフローレンだなんて君はレンだろ! ダメだダメだ! 君はジャガーだ! ファイアボルトは僕! これは譲らないぞ!」

「往生際が悪いぞ、ポッター! ハグリッド、摘み上げてサイドカーに放り込め。全員配置についたな? よし。ではこれより7人のポッター作戦を開始する! ファイアボルトが結界を抜けた瞬間に他も全員出撃しろ! いくぞ、レン」

「アイアイキャプテン。耄碌していないかわたくしが確かめてやるよ」

「抜かせ。まだおまえ程度には負けん」

 

 

 

 

 

結界を抜けた途端に空一面に死喰い人の、裾を長く引きずるローブが無数に広がっていた。

 

「エクスペリアームス!」

 

蓮は、やはり真新しい出来合いの柊の杖を振る。

 

「馬鹿がポッター! 確実に仕留めていけ!」

「でもマッドアイ!」

「仕留めろ! 死なせる心配など要らん!」

 

小芝居の直後に、死喰い人が散った。残り6人のポッターが出撃したのだ。

 

急いで数人の死喰い人を失神させて、ロンドン方向に箒を向けた。

 

「レン。エクスペリアームス以外は儂に任せろ。ハリー・ポッターはこんな上空で失神呪文を使う奴ではなかろう?」

「了解」

「破壊されたアルバート橋の下の結界の中にスクイブのフィッグがおる。移動キーは覚えたな?」

「一番汚い鍋」

「よし、奴さんが遠目に観察しとる。どれが本物か考えとるぞ」

「エクスペリアームス!」

 

ファイアボルトに追いついてきた死喰い人から杖を奪った。

 

「奴さんにだけは武装解除は使うな。いいな? それはリトマス紙だ」

「了解」

 

 

 

 

 

リーマスが借りてきたジャガーでプリベット通りを走り抜けながらハーマイオニーは、後部座席のヘドウィグの籠を抱えた。

 

「ハーマイオニー?」

「ハリーのシンボルのひとつは白いフクロウよ、リーマス。ステューピファイ!」

 

出がけにサイドカーに押し込められたハリーから取り上げてきたヘドウィグだ。路上すれすれを箒で迫る死喰い人が「ポッターだ! 白いフクロウを連れている!」と叫んだ瞬間にハーマイオニーの失神呪文で、後続数人を巻き込んで吹っ飛んだ。

 

「いいぞ。我々はブリクストンまで走る。ブリクストンの路地裏にある廃屋に我々の移動キーがある」

「わかってるわ」

「君の正義感を掻き立てるために教えておく。その廃屋は、オックスフォード大学教授の両親から捨てられたマートルを引き取った老婆の家だった。いいか? マートルの家だ。マートルが立ち直り始めていた家。マートルを引き取った老婆は、やっと手に入れた可愛い魔女の娘をそこで見送ったまま、もう二度とマートルに会えなくなった。それで前回の魔法戦争でも我々に全面的に協力してくれたんだ。マートルとその老婆のためにも、隠れ穴までは絶対に気を抜くな!」

 

 

 

 

 

「なんてことだ! ハグリッド! レンのほうにヴォルデモートが向かった!」

「言うな! 計画通りだ!」

「ハグリッド!」

「いいか、ハリー。絶対にバレる。最後の最後までレンが奴を騙せるわけじゃねえ。それまでの間に出来るだけ西に向かわにゃならん。そら来たぞ!」

「エクスペリアームス! なんだよこれ。めちゃくちゃだ! 僕のためにこんな」

 

いいか、とハグリッドがハリーの頭を押さえつけて、唸るような声を出した。「そいつぁおまえの思い上がりだ。だーれも、なーんも、おまえさんのために命を張っちゃいねえ。めいめいに命を張る理由ってもんがあるんだ。そいつぁ忘れちゃなんねえ!」

 

ハリーの脳裏に、1年生の時の蓮の言葉が蘇った。

 

『わたくしにはわたくしの目的がある。あなたとはちょっとだけ違う目的。わたくしはそのために来たの』

 

「・・・馬鹿だな」

「おう! みーな、馬鹿ばっかりだ! そらまた馬鹿が増えたぞ!」

「くそっ! エクスペリアームス!」

 

 

 

 

 

ヒッポグリフの背に跨り、ロンは「シリウス! バイクに死喰い人が集まり始めた! バレつつある!」と喚いた。

 

「落ち着け、ロン。上昇するぞ」

「わかった!」

「ハリーの癖を知られてるんだ。さっきからエクスペリアームスしか使ってないだろう」

「・・・あ」

「ハリーには象徴的な要素がいくつかある。そのひとつが武装解除だ。ファイアボルトとヘドウィグはレンとハーマイオニーが引き受けたが、ハリーの性格までひっぺがすことは無理だからな。レンとマッドアイ、ハリーとハグリッド、その2組に最終的には集中するだろう。ロン、君は・・・この状況で、ステューピファイやセクタムセンプラを使えるか?」

 

使う、とロンは歯を食いしばった。「バレつつあるならもう無理にハリーのフリをするより、確実に敵を削るよ」

 

「それでこそグリフィンドールだ。やれ、ロン!」

「セクタムセンプラ!」

 

上空で真っ赤な鮮血が飛び散った。

 

 

 

 

 

キン! と腕を振ってプロテゴの盾で呪いを弾いた瞬間に、スネイプと目が合った。探るように瞳の奥を覗かれる。

 

蓮はアーモンド形の緑の瞳を見開くのではなく、顎を引いてスネイプを睨んだ。

 

「・・・そのまま飛べ。セクタムセンプラ!」

 

ファイアボルトに伏せてセクタムセンプラをやり過ごして速度を上げる。

ちらちらと後ろを振り返り、マッドアイとの距離を保つ。

 

「テムズ川に出た! もう少しだ! 行け小僧!」

「マッドアイ! 早く!」

「来るぞ! スネイプが進言したな! 奴さんが来る!」

「マッドアイ!」

「逃げろ! 《ポッター》! 振り向くな!」

「マッドアイ! ロンドン橋! もう少しだ! 早く!」

 

振り向いた瞬間に、緑の閃光が襲いかかり、それをマッドアイの身体が遮った。

 

蓮は歯を食い縛り、ファイアボルトにぴたりと身を伏せて、そのまま破壊されたアルバート橋の下に滑り込んだ。

 

「マッドアイは?!」

「ダメだった! ミセス・フィッグ、移動キー!」

「ああ・・・マッドアイ・・・こいつだ。じきだよ。行きな」

「ミセス、幸運を!」

 

青く光る鍋を抱えて隠れ穴周りの湿地に叩きつけられた。

 

口の中の泥を吐き出し、ウィーズリー家の玄関に向かうと、セストラルからビルとフラーが降りて来るのが見え、蓮は冷たい顔で杖をあげた。

 

「リータ・スキーターを捕まえたのは?」

「湖のほとりのベンチ。デラクール家で出されたシャンパンは?」

 

フラーらしき《ハリー》も杖を構えてフランス語で質問を返す。

 

「グラン・シエクル。ウィンストンからの客人専用。2本目はルイ・ロデレール」

 

フラーと蓮は抱き合ってビズをした。

 

「レン・・・マッドアイは・・・」

「ダメだった。ロンドン橋の東でテムズ川に落ちたと思う。全員戻ったら遺体を回収に行かなきゃ。でも、目的は達成した。最後までわたくしの武装解除呪文はトムの魔法と接触していないから、この杖が偽物だとはバレていないはずだ」

 

そこまで言うと、蓮とフラーはそれぞれの身体を抱き締め、変身が解ける苦痛をやり過ごした。

 

「わかった。マッドアイのことは残念だが、よくやった」

 

 

 

 

 

ジャガーを乗り捨ててヘドウィグの籠を抱えて走る途中、全身に痛みが走り始めた。

 

「リーマス・・・時間切れになりそう」

「あと少しだ! 走れ!」

 

リーマスに背中を押され、呻きを堪えながら走り続けている時に、腕の中の籠が吹っ飛んだ。

 

「あっ」

「駆け込め!」

「ヘドウィグ!」

 

ハーマイオニーの両肩をひっ摑んだリーマスが無理やり結界の中にハーマイオニーごと飛び込んだ。

 

「リーマス、どうしましょう、ヘドウィグが」

「必要な犠牲だった。そう思いなさい。移動キーが作動を始めている。ヤカンに飛びつけ!」

 

鶏の真ん中に転がり落ちた時には、もうハーマイオニーの姿に戻っていたが、蓮はダミーの柊の杖ではなく自分の桜の杖を突きつけてきた。汚れた頬に、涙の筋がいくつも流れている。

 

「『ヴォルドゥモールって知ってる? どんな人?』」

「ピストル持ったダースベイダー、よ。ジャガーの中で教えてもらったわ・・・レン、ヘドウィグが、ヘドウィグを殺してしまったわ」

「こっちはマッドアイ、だよ、ハーマイオニー」

 

その時、玄関のほうで騒ぎが起きた。

 

「どきなさい! もう見ればわかるだろうビル! 母さん! ハナハッカのエキスだ!」

「ジョージ!」

 

ミスタ・ウィーズリーが担ぐようにして帰ってきた息子の耳のあたりからおびただしい血が流れている。

 

蓮がハーマイオニーの目の前でぐらりと揺れた。

 

ハーマイオニーは、その背中を叩いた。

 

「行きなさい」

「・・・でも、ハーマイオニー、人物確認」

「わたしがするから行きなさい。ハナハッカじゃ間に合わない呪いかもしれないわよ。向こうにセクタムセンプラの使い手がいたわ。たぶんスネイプが教えたんだと思う」

「セク・・・」

「だから、余計なこと考えずに、行きなさい」

 

蓮を隠れ穴に向けて押し出すと、鶏を掻き分けてジニーがハーマイオニーに飛びついてハグをした。

 

「おかえりなさい、ハーマイオニー。今のところ全員順調に帰ってきてるわ。ジョージの耳以外」

「耳の件はレンがなんとかするわ、きっと」

「次はロンとシリウスよ、箒小屋」

 

立ち上がって杖を出し、ジニーについて箒小屋に向かう。

 

と、中で、カツーンと軽いプラスチックが床に落ちる音が聞こえて、頭から血の気が引いた。

 

「ロン!」

 

扉に取り付こうとしたジニーの腕を引いて、代わりにハーマイオニーが扉を開ける。

髪のブラシから、ゆっくりと移動キー効果の青い光が失せていった。

 

「ハーマイオニー・・・?」

 

ジニーの心配そうな声に、ハーマイオニーは掠れ声で答える。

 

「移動キーの作動時間に間に合わなかったのよ。今わかることはそれだけ。シリウスとロンはヒッポグリフを使ってるから、そのまま直接飛んでくるのかもしれないわ。とにかく待ちましょう」

 

 

 

 

 

苦痛に痙攣するジョージの身体に馬乗りになって、左腕で顎を押さえつけ、ジョージの左耳の上で小刻みに杖先を揺らしながら、歌うように呪文を囁く。

 

「・・・レン、レン・・・ジョージは」

「母さん、今はいわば手術中だ。静かに。レンなら必ずジョージを助けてくれる」

「あなた・・・」

 

その時、ジョージの痙攣が収まり始めた。

 

蓮がふっと身体の力を抜く。

 

「・・・よう。王子様。俺はいつ眠り姫になったんだい?」

「さあね。ごめん、ジョージ。耳の機能には異常はないはずだけれど、耳そのものは取り戻せそうにない」

「そんなこと大した問題じゃないさ、だろ、母さん? もう区別出来るよな? 耳のないほうがジョージだ!」

 

蓮がどいた身体の上に、ミセス・ウィーズリーが飛びついた。

 

「ええ、ええ。大した問題じゃないわ! どうせおまえたちの耳は昔からただの飾りに過ぎなかったもの!」

「みんなは? フレッドやロン、ハリーも無事だな?」

 

その時、フレッドがリビングに転がり込んできた。

 

「は、はは。相棒、なんだよ、その耳。え? こないだやった牙のピアス返せよ? ぶら下げる耳がなくなっちまったんだからな」

「右耳に2つぶら下げるさ。おい、ハリーとロンは? おまえより先に帰ってきたはずじゃ」

「おっと、耳はまだまともになってないな。ハリーのあの甘ーい怒鳴り声が聞こえないのか?」

 

『どういうことだよ! こんなめちゃくちゃな真似までしたって、マッドアイが死んだ?! 死んだだと?!』

 

ジョージが蓮の顔を見上げた。

 

「・・・そうなのか。じゃあ、君はひとりで?」

 

蓮が黙って頷くと、ジョージがその頭に腕を伸ばして、胸に抱え込んだ。

 

「君はよくやった。こいつはマジだぜ、レン。君はよくやったんだ。それは忘れちゃダメだ。な?」

 

『ハリー! 君にレンを責める資格はないぞ! いいから静かにしろ!』

 

ロンの声も響いてきた。

 

 

 

 

 

「ロン、冷静に、お願い」

 

ハーマイオニーが後ろからロンの手を握る。

 

「僕は冷静さ。いいか、ハリー。レンとマッドアイには、制限があったんだ。特にレンにだ。その制限は、君だ」

「・・・何だって?」

「君はこれまで、エクスペリアームスでトムと戦って切り抜けてきたもんだから、エクスペリアームスに依存してるのさ。敵がトムじゃなくても、とにかくエクスペリアームスしか使わない。それが君の特徴的な戦い方だと見抜かれてる。それが悪いとは言わない。実際にトムと戦って有効だった魔法を自分の得意な魔法としてきっちり身につけることには、充分な意義がある。君のその戦い方をサポートするのは僕たちの仕事だ。でも、だからってレンを責めるのは間違いだ。本物のポッターらしくするために、レンは意識的にエクスペリアームスしか使わないようにした。レンの能力からすると、これは大きな制限だったんだ。騒がないで結果を受け入れるしかない」

「そんな・・・」

「君とトムの杖の間には、エクスペリアームスで対抗出来る何かがある。だから君がエクスペリアームスを使うことを間違いだとは僕は思わない。でも、君以外の奴がベストを尽くしてないような八つ当たりは止せ」

 

ハリーは顔を覆って切り株に腰を下ろした。

 

「それは・・・悪かったよ。でも、たまらないんだ。僕のためにみんなを危険な目に遭わせて、犠牲まで出たなんて。ああ、ハーマイオニー、ヘドウィグのことは、うん、気にするな」

「ハリー」

 

シリウスがハリーの肩を力強く抱いて揺さぶった。

 

「君のためだけに命を張る人間なんてのはな、ハリー、君が考えるほど多くないんだ。みんなにそれぞれ戦う理由がある。ない奴はさっさと逃げる。リリーは確かに君のためだけに命を投げ出したが、ゴッドファーザーである私も、正直言って100%君のためだけに戦っているとは言えない。これは君ひとりの戦争じゃないことを忘れるな。みんながそれぞれの戦う理由を抱えて戦ってるんだ。マッドアイを悼んでやってくれ。マッドアイは、先に逝った奴らに胸を張って会える最期だった。ジェームズ、リリー、ギデオン、フェビアン、エドガー・・・ダンブルドアもだ。『おう、小童どもめ! どうだ! 儂は最期まで闇祓いだったぞ! ん? ギデオン、フェビアン、おまえたちの甥っ子どもは無事だ。耳は落っことしたがな! ジェームズ、リリー! ハリーはちゃーんと隠れ穴までたどり着いた! 儂に任せればこんなもんだ!』それから・・・『コンラッド。おまえさんの大事なプリンスは、大した奴に育ったと思わんか? 儂の命令に完璧について来おった』・・・ハリー、マッドアイを犠牲者にしないでやってくれ。マッドアイはやり遂げた。それだけのことなのだ」

「シリウス・・・」

 

 

 

 

 

マッドアイの遺体の回収を主張する蓮を抱き締めて、怜が「あなたは本当に日本人ね」と頭を撫でた。

 

「ママ・・・でも」

「のこのこロンドン橋あたりをうろついていたら、わたくしたちがマッドアイに叱られてしまう。せっかくの作戦を台無しにするな、って。これはまだ始まりよ。全てが終わったら、マッドアイの好きな花を捧げて、マッドアイの大大大好きなファイアウィスキーをロンドン橋からどばどば流してあげましょう。ね?」

 

そうだな、とリーマスもキングズリーも苦笑して蓮の髪をくしゃくしゃと掻き回した。「マッドアイの好きな花なんてものがあったかは謎だが」

 

「あるわよ。マッドアイというよりも・・・マッドアイが愛した女性が好きだった花ね。ごくたまに、こっそりと魔法省近くの花屋さんで、こーんなに大量のカラーの花束を作ってもらっているのを数回見かけたわ。あの顔で、やたらにロマンティックな真似をするところがあったの」

「あ、ああ。そういった花束を担いで歩いている姿は見かけたことがあるが『儂のファンがこんなもんを贈ってきた。迷惑千万だ』とロッカーに突っ込んでいた。あれは、自分で花屋から買ってきたのか?」

「わたくしが見たのは買っている姿よ。『おい、姉ちゃん。あれだ、あの白い花だ。あれ全部をひとまとめの束にしてくれ。リボンの色だと? 儂が知るか! ああもういい、任せる。適当にな』って、本当にコソコソと」

「傑作だな。マッドアイめ、硬派気取りのくせにちゃんと花を贈る相手がいたんじゃないか!」

「とりあえず今日のところは、シャンパンで乾杯しましょう。ほら、蓮。みんなに注いで回って」

 

その場の全員にシャンパンが行き渡ると、キングズリーがグラスを掲げた。

 

「マッドアイに!」

 

それに唱和した蓮と肩を組んだハリーが「相談がある」と涙目でウィンクした。

 

「なんだよ?」

「ロンドン橋からどばどば流すファイアウィスキー、僕と君が割り勘で買おう。ひと樽まるごとだ」

「よし、引き受けた」

「じゃあ、わたしがカラーの花束を作ってもらうわ。真っ赤なレースのリボンでラッピングしてね」

「ついでに口紅でキスマークもつけてやろうぜ。真っ赤になって怒り出すぞ」

「・・・そのキスマークの正体がロンの唇なら最高だとわたくしは提案するよ」

 

蓮の表情の強張りがやっと解れていった。


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