サラダ・デイズ/ありふれた世界が壊れる音   作:杉浦 渓

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閑話46 安全地帯

「しかし・・・」

 

父はジャスティンのとんでもない頼みに、当然ながら渋い顔をした。

 

「ある程度、魔法界が落ち着くまでのことだよ。マグル生まれの魔法使いは迫害される可能性が高いし、僕だけじゃなく、家族を巻き込むことだって充分に考えられる。少なくともこの家は空けて欲しいんだ。魔法省やホグワーツに僕の住所として登録されているからね。でも、ブライトンの別荘なら知られていない。ウィンストン家からも、ラムズゲートやワイト島、他にもいくつかある別荘を貸しても構わないと御提案いただいている。父さん、父さんの仕事が決まったオフィスでしか出来ないことなら、僕もこんなことは言わない。実際そういう友人が大半だしね。でも、たまたまではあるけど、父さんの仕事は場所を選ばないでしょう。だったらより安全な環境を選択してもらいたいんだ」

「ウィンストン家からそんなことを? おまえが頼んだのか?」

「違うよ。今の魔法界の情勢についてそれだけ危惧しておいでなんだ。別に我が家を特別扱いしていらっしゃるわけじゃない。避難が必要になった場合に備えて、マグル生まれや混血の魔法族に別荘を使わせるお心積もりがあるということだよ。早いうちに連絡してくれたら僕とその家族に一軒貸すことができるとレンから言われている。もちろんだけど、万が一の時には、避難者を受け入れることが前提だ」

「魔法使いと魔女の難民をかね?」

 

ジャスティンは頷いた。

 

「驚くようなことじゃない。情勢次第では、僕だって魔法使いの難民なんだ。僕としては、ブライトンの別荘で同じことをしたいと考えている。当然ながら父さんの許可があればだけど」

 

父は顎を撫でて思案した。

 

「お願いします、父さん。僕は卑怯者にはなりたくない。この難局に対して、せめて持てるものを使って、僕なりの貢献をしたい。その考えは間違っているかな?」

 

いや、と父は首を振った。「戦時中には、実際にブライトンの別荘を海軍に提供していたそうだ。本当に戦争だというなら、もちろん場所を提供することにやぶさかではない。貴族の務めだからね。しかしながら、私には、どうも現実味がないのだ、ジャスティン。いったいどこで戦火が上がっているというのだ? おまえはチェルシー とバタシーを結ぶ新設橋が落ちたのは闇の魔法使いの仕業だというが、新設橋は歩行者と自転車が通行するだけの仮橋だった。政府の公式の見解でも、軽量通行の荷重にさえ耐えられない欠陥が発覚した以上、本線となる自動車橋の設計変更をすると。父さんの感覚的にもその見解に不自然さを感じない。だいたい何のために歩行者専用橋を落とすのだ。どうせ落とすなら、国道が通る隣のバタシー橋だろう。それでもまだあまり意味があるとは思えない。シティに直結するロンドン橋なら、経済への打撃だとか、ロンドンのマグル社会の威信に傷をつけるだとかの意味を感じるが・・・歩行者専用橋を落としていったい何の戦略的価値がある?」

 

ジャスティンは口ごもった。ヴォルデモートは戦略的利益の為に橋を落としたわけではない。たぶん。ただ楽しかったからだ。

しかし、それを言うと父の不信をさらに煽ることになる。

 

「・・・戦略的価値は、その、僕にもまだわからないよ。歴史が証明することだからね」

「ここまでわけのわからない軍事行動など聞いた例しがない。通常ならば、仮に攻撃を許してしまったとしても、見返してみれば意図は理解できるものだ。歴史家を待たずに。アルバート橋にはどのような意図があるか皆目理解出来ない」

「待って、父さん。ヴォルデモートの今の標的は別にマグル社会じゃないんだ。まず魔法界を支配することなんだよ。そのための勢力の誇示がアルバート橋の破壊行為であって、マグルの感覚で理解できなくてもそれは仕方のないことだと思う」

 

僕はなぜヴォルデモートを弁護する羽目になっているのだろう、と思いながらも力説したが、父はますます妙な顔をした。

 

「勢力や魔力の誇示ならなおさら、ロンドン橋やタワー・ブリッジじゃないのか? アルバート橋なんて、名前を知らない人のほうが多かろう。アルバート橋だけの問題ではない。おまえの言う闇の魔法使いの仕業のほとんど全てに、政府の公式見解が発表されている。異常気象だとか、構造の老朽化だとか。おまえを信じないわけではないが、父さんはそう何もかもを闇の魔法使いの仕業だと思い込むわけにはいかないよ、ジャスティン。まして、合理的な意図が理解出来ないとなればなおさらだ。魔法界の支配を企図しているのは、まあありそうなことだと仮定しても、ハリケーンを起こして何がしたいのだろう?」

「あれは・・・ハリケーンじゃなくて、巨人が大陸から渡って・・・」

「巨人は大陸のどこに住んでいたのだ?」

「フランス東部の山岳地帯」

「ではなぜ我が国の『西部』に渡ってくるのだろう? いいか? 第2次世界大戦のダンケルクの戦いにはおまえの祖父も参戦したのだぞ? フランス東部から渡ってくるのなら、我が国の『東部』だろう? ダンケルクやパ・ド・カレーからドーバー海峡を渡って、ドーバーだのヘイスティングスだの、あのあたりに上陸するのが合理的選択というものだ。巨人と言うからには重量もかなりのものだろうから、なおさら海上輸送は短距離にするのが道理ではないか? なぜわざわざ英仏海峡を『横移動』するのだ?」

 

巨人の考えることを僕に聞かないで欲しい、とジャスティンは内心で考えたが、すぐに打ち消した。

 

「それなら説明できる。ランスに僕らの側の拠点がある。ボーバトン校やウィンストン家の大奥さまの実家があるんだ。つまりフランス東部にはそれなりに対抗戦力が存在していて、巨人の移動は、東部を北上するコースを選べなかったから、ピレネー山脈側に偏ったと考えられるよ」

「巨人がフランスを横断したのか? ハリケーンを起こしながら? フランスの異常気象は聞いたことがないのだが?」

 

それだよ、とジャスティンは指を鳴らした。「フランスでは異常気象が報告されていないのに、いきなりイギリスだけが異常気象なのがそもそも不自然でしょう、父さん」

 

「・・・さっきから、どうも後付けの説明ばかりが続いていると思わないか? ジャスティン、おまえを疑うつもりはない。おまえの学校生活の話を聞く限りでも、何かしらの脅威があることは納得している。なにしろ校長が校内で殺害されるのだからね。しかしだ。魔法族の戦争状態だと言われても、即ち我が家に危険が及ぶとまで言い切ることには無理があるように思う。危難に遭遇した友人がいるのならブライトンの屋敷だろうとこの屋敷だろうと招いて構わない。戦争状態であろうとなかろうとだ。しかし、父さんや母さん、さらにはケネスに大学を休学させてまで我が家が揃ってブライトンの別荘に避難するべきだという、合理的な説明はまだないと判断する」

 

がくりと肩を落としてジャスティンは仕方なく頷いた。父を説得するだけの材料を待たなければならないだろう。

 

部屋に戻って「うあー!」と髪をかきむしった。「そりゃそうだよ! 僕だってヴォルデモートのやることはわけがわからないんだから、そりゃ父さんだって納得しないよ!」

 

 

 

 

 

ゴドリックの谷のカントリーハウスのアプローチに車を進めると、蓮が転がるように飛び出してきた。

 

「ジャスティン! 買ったのか?! いいなあ! アストンマーチン!」

「まさか。親父の車さ。スーザンともうひとりのレディを乗せてゴドリックの谷に行くと頼み込んで貸してもらったんだ。レディたちを車から降ろしてあげてくれ」

「アイアイキャプテン! さあ、レイディーズ! 初めてのドライブがアストンマーチンだなんて、君たちは世界一幸福な女性たちだ」

「あ、ありがとう。お招きも。これ、そんなにすごい車なの?」

「その鷹揚さが魅力的だ、スーザン。わたくしも欲しいけれど、母から50年早いと却下された」

「なんだ・・・マグルの男の車の標準はこれじゃないのね? こんな快適な乗り物を持ってるならマグルの男も悪くないと思ったのに」

「寝言は顔だけにしろ、グリーングラス。さっさと降りろよ」

「あなたはどうしてそうわたしとスーザンの扱いが違うのよ! ジャスティンの紳士ぶりを見習いなさい!」

 

それを聞き流して、玄関ドアを開けるために大股で先に立って歩き出した。

 

「移動キーの動作時間は約1時間後だ。モグリの移動キーだから、5秒しか作動しない。タイミングは指示するから即反応して。あっちに行ってしまえば安全だけれどね。今ハーマイオニーがお茶の支度をしている。初めてのドライブの話題は禁句だ。完璧な安全運転だったのに殺されるところだったと御不満なんだ。ああ、足元は気にしなくていい。明日にでも管理会社が清掃に入るから」

「なによ、ここはウィンストン家の邸じゃないの?」

「昔はそうだったけれど、今は自治体に払い下げて文化財にしてある。ここしばらくはウィンストンの邸は秘密の守り人システムになっているから、人を招くには面倒なんだ。申請すれば使える邸だからたまに借りることにしている」

「素晴らしい邸だよ。特に温室の薔薇がいい。レディ・クロエという品種の真紅の薔薇なんだ。レンのおばあさまのために、造園技師が創り出したそうでね。とても薫り高い。レン、そろそろお母上のレディ・レイは薔薇にはならないのかい?」

「そういえば、ミスタ・ガレアッツォが白い薔薇をせっせと作っているよ。あれが母の薔薇になるんじゃないかな」

「君の薔薇は?」

 

レディ・レンなら青い薔薇に決まってるわよ! とハーマイオニーの不機嫌な皮肉がライブラリに響いた。「もう! なんなのこの家! お茶の支度をするのに地下室が必要?!」

 

「だからコンビニで買って来ようと言ったのに。貴族のカントリーハウスでのお茶会にこだわったのはハーマイオニーだろ。使用人がいなきゃお茶も飲めないのが本来の貴族の邸だ」

「本邸にはミニキッチンがあるじゃない!」

「戦後に大改装したからね。使用人を最小限にするための改装を済ませてある。ここは、その時代に手放して昔のまま保管されているから、いいか、ハーマイオニー、お茶を出すメイドはベルを鳴らすまで出てくるな。ここを引っ張ると、地下室にあるベルの中でライブラリと書いたものが鳴るから、そうしたらお茶を持って、あっちの天鵞絨のカーテンの裏にある階段を上がってくるんだ。お茶をサーブしたら地下に戻れ。メイドは口を開くな」

「ウィンストン家にハウスエルフがいたことはないと言ったじゃないの!」

「ハウスエルフはいたことがない。執事に家政婦長メイド長コック、フットマンにハウスメイド、キッチンメイド他いろいろなら雇用していたことがある。ほらあ! キッチンメイド兼ハウスメイド兼フットマン兼執事なんだから、そんなにガチャガチャ音を立ててサーブするなよ。そのカップは古伊万里の特注なんだ。割ったら二度と手に入らないぞ。悪いけどみんな、セルフサービスで頼むよ。ハーマイオニーが奴隷労働の是非について演説を始める前に」

 

いや僕が執事になろう、とジャスティンが苦笑してハーマイオニーの手からティーポットを優雅に受け取った。「レディ・ハーマイオニー、皆さまとご一緒にあちらでおくつろぎください」

 

「・・・ジャスティン、あなたも貴族なのに手慣れてるわね。誰かさんと違って」

「違わないさ。レンだってその気になればこのぐらいは朝飯前だ。小さい頃から執事たちの立ち居振る舞いを見てるからね。貴族の邸とひと口に言っても、こういったヴィクトリア期の邸宅は、数十人の使用人が前提だから、今は貴族でもとても維持出来ない。カントリーハウスに客を招くのは今や一大イベントで、人材派遣会社からサービスパーソンを一時的に雇ってからすることなんだ。これだけの茶器を地下からひとりで運んでくるなんて真似、当時の使用人でもなかなか出来なかったと思うよ。君はよくがんばった」

「だーかーら、コンビニの午後ティーでいいって言ったんだ。もうわかったろ? グリーングラス、カップの匂いを嗅ぐな。ティースプーンは特別にゴブリン製だからそれで安全チェックをしろ」

 

スーザンの顔色が悪いことに気づいたジャスティンが、カップにお茶を注ぎながら「レンの表現を借りれば、我が家でもコンビニのサンドウィッチを気軽に食べることもある。兄貴のガールフレンドたちが来たときはスナック菓子にペットボトルの炭酸飲料だ。君を緊張させるようなランチにはしない」と囁いた。

 

む? と首を傾げた蓮がジャスティンを見上げた。

 

「両親がスーザンをランチに招くように言い出した。彼女はそれで少しナーバスになってるんだ」

「だからスーザン、わたしも一緒に行くから! ランチならきっとボイルしたファイア・クラブか何かだから、緊張することないわよ」

 

つっけんどんな割に気の良いグリーングラスが胸を叩いて請け合った。ジャスティンがそっと目を逸らす。

 

「・・・キュウリのサンドウィッチが出て来ても、ファイア・クラブは絶対に出ないよ、グリーングラス。グリーングラスの好意は良しとして、緩衝材にハーマイオニーを使ったらどうだ、ジャスティン。結婚前の正式な両家の顔合わせってわけじゃないんだろ? 君の友人として受け入れるのが目的なら、グリーングラスもハーマイオニーも一緒でいいんじゃないか?」

「君は?」

「カウンテス・オブ・ティンタジェルの出席が、場の雰囲気を余計に堅苦しくする可能性を否定できるなら」

「・・・両親はなんとかなっても執事が無駄に堅苦しくしそうだな。グリーングラス、ハーマイオニー、近日中に招待するから、スーザンと一緒に我が家のランチに来て欲しい。両親としては、マグルの子爵家だからと遠慮されるよりも、兄貴のガールフレンドたち同様に歓迎していると理解して欲しいだけなんだ。だが、魔女を招くのに失礼でない形を考えるあまり3周回って失礼なことになりかねないし、スーザンはこの通りナーバスになっている。グリーングラスの社交性は魅力的だし、ハーマイオニーならマグルと魔女の認識の差を上手く埋めてもらえそうだからね」

「グリーングラス、ゴブリン製の銀器を話のタネに持っていけよ」

「うるさいわね! ジャスティン、どうなの? わたしが銀器を持参するのは失礼にならない?」

「歓迎するよ。僕が間に立って、君はグリーングラス家という魔法界の貴族令嬢だと説明しよう。魔法界の招待のデモンストレーションとして家宝の銀器を持参してくれたとね。ハーマイオニー、君はスーザンにちょっとしたテーブルマナーを見せてくれればいい。ホグワーツのフォーマルディナーよりは気軽なメニューを母に提案するから、テーブルマナーが不合格ということはないはずだが、食材の違いに戸惑うことはあるかもしれないからね」

 

蓮のヒップポケットでタイマーが鳴った。

 

「時間だ。全員このソファに座れ」

 

 

 

 

 

ソファごと瞬間移動してたどり着いたのは、ランスにあるハーマイオニーの祖母の家だ。

 

「ハーマイオニー! 本当に一人前の魔女になったのね! 今か今かと待ってたわ!」

「おばあちゃま、久しぶり」

 

互いに頬にビズをした。

 

「グラニー。わたくし、あれ苦手なんだけれど、しなきゃダメ?」

「イギリス人と日本人の血が濃いあなたに期待はしていないから大丈夫よ。さあ、ハーマイオニー以外のお友達を紹介してちょうだい」

 

ジャスティン、グリーングラス、スーザンを蓮が紹介すると、ハーマイオニーの祖母が「クロエ、そろそろデラクール家のほうの支度も整ったようだわ。行きましょう」と声を掛けた。

 

「ハーマイオニー・・・?」

「なあに? スーザン」

「おばあさまはマグルなんでしょう? 魔女に抵抗は?」

 

ないわね、とハーマイオニーは断言した。「ランス生まれランス育ち、途中何かの気の迷いでイギリス人と結婚して離婚、老後はまたランス。ボーバトンの美しい魔女たちの御伽噺に憧れる少女のままのおばあちゃまなの。マグルにもいろいろいるわよ」

 

ハーマイオニーの祖母の家を出てランスの街を歩く。蓮は薄手のトレンチコートのポケットに右手を突っ込んで。同じようにカーディガンのポケットにグラニーが右手を入れているのは、2人ともそこに杖を携帯しているからだ。

 

「心配しなくても大丈夫よ、ハーマイオニー」

 

ハーマイオニーの視線を察したグラニーが微笑んだ。

 

「この数日、街の様子にも異常はないわ。わたくしや蓮のこれは癖みたいなものよ。闇祓いの家族なんて長いことやっているとこうなってしまうの。でも、あなたと、そうね、ジャスティン。2人は当分は同じような警戒心を持ったほうが良いかもしれないわ」

「ジャスティンはもういっそのことこちらに滞在させてもらったらどうよ?」

「いや、グリーングラス。出来るなら学校に戻りたいね。それが難しいとしても、隠れ家を提供するぐらいの仕事はできるはずだ」

「・・・英語だからって道端でそんな話するな。デラクール家に着くまでは我慢しろ」

 

ジャスティンは肩を竦めて、スーザンに微笑みかけた。

 

 

 

 

 

「マダム・ボーンズのアパートメントは?」

「あなたのお母さまよ、レン」

「なら大丈夫だね。母から秘密は漏れない。ジャスティン、君の別荘、えーとブライトン? ブライトンの別荘の秘密の守り人は決まったか?」

「まだだ。レン、君に頼めないか?」

「わかった。わたくしが引き受けよう。心配なのは、ジョン・オ・グローツとロングボトム家だ。マグルのミセス・マクルーハンにネビルのばあちゃんが守り人ってのは・・・心配だなあ。それに、悪いけどグリーングラス、グリーングラス家には結界の魔法は使わないほうが良い気がするけれど、どう思う?」

「隠れ家としての価値は下がるけど、わたしも結界の魔法は避けたいわね。わたしは学校に戻るわ。どっちつかずの勢力としてなるべくうまく立ち回りたいのに、邸を隠してるのは怪しまれる原因になる。ロングボトムは学校に戻るの?」

「戻るつもりらしい。聖28一族だから殺されるとしても最後だろうという見込みで、少し目立った反抗分子の役を担うと言っている」

「だったら、ロングボトム家が危険になるわ。ミセス・ロングボトムを保護する態勢が必要ね」

「・・・黙って保護されてくれるかなあ。典型的なグリフィンドール女子の成れの果てって感じなんだ」

「下宿にしたらどう? 国外からの助っ人に同居してもらうの」

「・・・湖水地方の英語しか話せないのに?」

「・・・・・・マクーザからの闇祓い限定で。ジョン・オ・グローツはどうしてミセス・マクルーハンなの? マグゴナガル先生の御実家でしょう?」

「ミセス・マクルーハンは、ただのマグルじゃない。一般的な印象では何を任せるにも不安なタイプのマグルのおばあさんなんだ。ただ、あの牧師館には手は出させないと頑固に言い張るから、ミネルヴァが根負けして任せてしまった」

「どうしてまた」

「あそこの墓地にはミセス・マクルーハンの御主人の墓があり! ごく若い頃にその御主人を危うく略奪しかけたミネルヴァは、ミセス・マクルーハンが御主人のことを盾にするととても弱いってことだよ・・・長年の親友だけれど、その部分だけはデリケートな問題なんだ。ああ、もう、これは後回し! で、リバプールとオックスフォードにあるフラメル家の家は両方ともわたくしが秘密の守り人だ。ラムズゲートとワイト島、バミューダにあるウィンストン家の別荘は、母が守り人。でもバミューダの別荘はなあ。狼と大型犬が荒らしているから、あまり使いたくないんだよ・・・ホグズミードのミネルヴァの家はもちろんミネルヴァ。他は?」

「・・・シリウスの家。でもここは・・・スネイプが出入り出来るのよ。マッドアイが対策を考えるらしいけどどう思う?」

「ゴミバケツをひっくり返したような騒ぎになるセキュリティは困る。わかった、マッドアイとはわたくしが話し合ってみる」

 

マッドアイの名前が出て、ついにハーマイオニーがたまりかねたように口走った。

 

「やっぱりあの件には賛成出来ないわ、レン。ハリーだって絶対に嫌がると思う。あなたが一番危険な立ち位置だなんて」

 

蓮が溜息をつく。

 

「ハーマイオニー・・・組織が違うんだから、今持ち出す話じゃないだろ」

「話が見えないけどね、ウィンストン。あなたの円卓の魔法戦士よ、わたしたち。あなたの身の安全については、ある程度の情報を共有してもらいたいわ。グリーングラス家として言わせてもらうなら、こんな時にいつまでもヴァージンでいてもらっちゃ困るの。さっさと子供産んで。それからならあなたが危険だろうと見て見ぬふりしてあげるけど」

「ばっ・・・あなたはどうしてそう下品なんだ! 人の股間問題に口を出すな!」

 

スーザンが目を逸らしたままジャスティンの脇腹を肘でつついた。

 

「あ、ああ。まあ落ち着こう。まずハーマイオニー。組織ごとに役割があるから、それを混同するのはやめよう。重なり合うテーマに関しては、関係者の了承を経て協議。これがルールだ。グリーングラス。えーと、レンがレディらしい嗜みを基礎に異性との関係を進展させることは悪いことでは決してない、はずだ。その部分への干渉は控えよう。もちろんレンの円卓の魔法戦士としての君の見解には全面的に賛同する。レン・・・レディなんだから、跨るだの股間だの・・・その手の言葉を使うのはやめてくれ」

「跨る?」

 

スーザンは不思議そうにジャスティンを見上げた。

 

「ああ。跨るのが得意だそうだ」

「わたしもよ」

「グリーングラス・・・レンが跨るのは箒や馬。あなたが跨るのは違うものでしょう・・・」

 

ハーマイオニーの指摘で意味がわかったスーザンが頭を抱えてしまった。

 

「・・・身もふたもない表現はここまでにしよう。レン、ハーマイオニー、不死鳥の騎士団側で計画されている、レンが危険な立ち位置になる案件について、話せる範囲で説明してもらいたい。円卓の魔法戦士を代表しての要望だ」

 

 

 

 

 

7人のポッター作戦の概要を説明されて、全員が眉をひそめた。

 

「作戦の必要性は理解できるわ。でも、ちょっとウィンストン・・・マッドアイに護衛されて、出来合いの柊の杖を持ってファイアボルトで飛びながらエクスペリアームスしか使わないポッター? わたしが死喰い人でも、他に何人いようとまずそのポッターを狙うわよ?」

「ファイアボルトをハリー並みに乗りこなせるのはわたくしだし、エクスペリアームスを一番目立つ形で使いながらそれ以外の魔法を咄嗟に無言呪文で使って切り抜けられるのもわたくしだ。これが一番犠牲を少なくする確率が高い」

「君は不死鳥の騎士団員とは立場が違うだろう。ポッターも大事だが、立場上君がその作戦に参加すること自体が間違いだと僕は思う。ポッターの脱出における影武者は、闇祓いとか、ちゃんといるじゃないか」

「もっと言ってやって。レンがマッドアイと2人で決めちゃったの。最初はレンは参加しないはずだったのに、トンクスが妊娠してるとわかった途端に」

「最初の計画では、マッドアイとドーラお姉ちゃんがパートナーだった。妊娠中のドーラお姉ちゃんにさせられるポジションじゃないだろ・・・」

「それはわかるわ、レン。トンクスを作戦から外すのは当然よ。でも、それでも、なにもあなたじゃなくても」

「・・・マッドアイのパートナーになれる人材がいる? マッドアイはもう決して若くない。経験豊富だけれど、全盛期の力はないんだ。マッドアイが直接鍛えた闇祓いや騎士団員は何人かいるけれど、みんな護衛側だ。一番若い直弟子がドーラお姉ちゃんで、わたくしがその下の、ボランティアで訓練した弟子だ。ウィーズリー家の息子たちにしろハリーにしろ、それぞれ勇敢で優秀だけれど、マッドアイを犠牲にしなければならない場面になったら命令を遂行出来ないとマッドアイは考えている。護衛側は別にして、マッドアイが死んでも命令を遂行出来るのは、ニンファドーラ・トンクスとレン・ウィンストンしかいないんだ。だからわたくしがやる。そのついでに、わたくしにしか出来ないハリーの真似をアピールする」

「レン! それは・・・それはマッドアイのことを余計に危険に晒すことに・・・」

 

スーザンが言葉を濁した。

 

「・・・承知の上だよ、マッドアイも。だからマッドアイが最初に指名したのはドーラお姉ちゃんで、次に選んだのがわたくしなんだ。リーマスやシリウス、キングズリーにハリー役が出来るならいい。でも、その3人が護衛側にいて顔を見せないと怪しまれる。ハリー役が出来る人間は限られるんだ。その中で、マッドアイを犠牲に出来る人間はもっと限られる」

「だからわたしが!」

「ハーマイオニー、ノルドヴィントにやっと跨ってる状態じゃファイアボルトは操縦できないよ。わたくしやマッドアイだって、他にも方策は考えている。死にに行くわけじゃない。ただ、本当に全員に平等に危険を配分するよりも、ハリーである確率の高い人間をひとり作っておいたほうが、作戦成功の確率は高くなる」

「そういう考え方は理解できる。しかしだよ、レン、まったく誰が本物だかわからない状態で混乱を誘うのが作戦の主眼だろう? 君とマッドアイが例えば僕のアストンマーチンで、ファイアボルトは誰か他の奴と護衛。目標を絞れなくするのも戦術じゃないのか?」

「確かに7人のポッター作戦はもともとそういうものだ。でも、それだと手当たり次第にハリー役が犠牲になりかねない。死喰い人側が、何人体制で襲撃してくるかはわからない。50人体制だったら、平等に分散したって2対7なんだ。ハリー役の全員が、7人の死喰い人を相手に戦えるとは考えにくいね。本物のハリーに15人、わたくしに15人、残り5人のハリー役に4人ずつ。こういう展開が望ましい」

「本物のポッターを徹底して隠すわけじゃないの?」

 

グリーングラスに向かって、蓮は肩を竦めた。

 

「それは無理だ。おそらくハリーは、7人のポッター作戦そのものを嫌がるだろうから、徹底した演技力は期待出来ない。もうひとつ。ハリーの杖は、トムの杖と魔力的に共鳴する特徴がある。わたくしがどんなに目立っても隠せない目印がハリーにはあるということだ。護衛側の騎士団員の中で、マッドアイは確かに最も経験豊富なリーダーだし、あの風体だから目立つけれど、全盛期の体力があるわけじゃない。反応速度も遅れがちになっている自覚があるらしい。だから本物のハリーの護衛は他の騎士団員に任せようと考えた。マッドアイはその代わり、完璧に最も近いハリー役を連れて飛ぶ。それだけの話だよ」

 

 

 

 

 

アストンマーチンの助手席に座ったスーザンが溜息をついた。

 

「・・・レンが心配?」

「当然でしょう? あなたは?」

「心配というよりは、自分自身がもどかしい。レンの代わりに僕がやるよと言いきれないのがね。ポッターの能力も高いし、当たり前のようにハリーの真似なら自分が一番上手いと言いきれるレン。僕の能力ではとてもその領域には及ばない。もちろん戦うフィールドが違うことは充分に理解して割り切っているつもりだ。それでもね。これでも一応男だから。レンやハーマイオニーがポッターに扮して呪いの飛び交う中を脱出する作戦に参加するという事態に対して、本音を言えば、君たちはレディなんだからそこは僕らがやるよと言いたい気持ちがないとは言いきれない。まあ、口止めされたから言わないけど、アンソニーだってネビルだって同じことだと思うな」

「男だから? わたしだって同じ気持ちよ。代われるものなら代わりたい」

「そうか。うん、そうだね。でも・・・失礼な表現を許して欲しいんだけど・・・女の子、いや、女性には男とは違った次元の危険もあるだろう? 今の、アストンマーチンに目をキラキラさせる小学生男子のようなレンでも、ウィンストンの血を引く子供を産むことが出来る。そう考えると、やはり僕としては忸怩たるものを感じる。ミス・トンクス、いや、ミセス・ルーピンはお腹に赤ちゃんがいるわけだから論外だけど、闇祓いはいったい何をしてるんだ。僕も情けない男だけど、やっぱりそう思うよ」

 

スーザンは唇を引き結んで、小さく首を振った。

 

「闇祓いにもいろいろいるわ、ジャスティン。キングズリーやトンクスのことは、伯母も信頼してた。何度か名前を聞いたことがあるし、キングズリーは今でも時々伯母のお墓参りに来てくれてるみたい。でも・・・OWLの天文学の試験の時のこと、覚えてるでしょう? あの時の闇祓いたちには、伯母も苛立ってた。物事の筋道を考えられない捜査官ほど有害なものはない、って。アンブリッジは当時確かに大臣室付上級次官だったけど、その立場は闇祓いへの命令権なんてない。ましてホグワーツ教授の人事のために、ホグワーツ校長が闇祓いを動員する必然性もない。なぜそこを疑わないんだ、って。不死鳥の騎士団には、あの時の闇祓いは参加してないと思うし、仮に参加してたにしても・・・レンはハリーの命を預ける立場にそんな闇祓いを配置するぐらいなら、やっぱり自分がやると言い出したと思うわ」

「ああ。それもわかってる。単なる自己嫌悪プラス八つ当たりさ」

 

天文塔の戦いのとき、とスーザンが呟いた。

 

「え?」

「自分の役目のために待つって、すごく怖いと思ったの。まずレンがベラトリクスを相手取るために離脱。必要の部屋の入り口を制圧したら、ハーマイオニーが離脱。ロンとネビル、そしてあなたがキャビネットから出て来る死喰い人相手に戦って、その間わたしは、キャビネット操作のために待機。すごく怖かったわ。みんなが戦ってるのが怖いんじゃなくて・・・いっそのこと、飛び出していって戦いたかったわよ?」

「・・・うん。そうだな。それぞれの役割を担うことは、時にはこういうもどかしさに耐えることでもある。頭ではわかってるんだけどね」

「レンの気持ちも少しわかるのよ・・・」

「え?」

「何度も言ってたじゃない? マッドアイはもう全盛期じゃないって。ダンブルドアの時と同じよ。マッドアイはその覚悟をしてしまったから、だからレンは自分がそのパートナーを務めるつもりなの。マッドアイの犠牲が絶対に無駄にならないように。ハリーは自分のために人が犠牲になることをすごく嫌うそうよ。レンからもハーマイオニーからもよくそう聞かされたわ。それは彼の美点だと思う。でも・・・」

 

スーザンは苦笑した。

 

「誰もハリーのためだけに必要もない戦いを戦ってるわけじゃないと思うのよね」

「そうか? レンはともかくウィーズリーやハーマイオニーは」

「ウィーズリー家、いえロンたちのお母さまの弟さんは前回の魔法戦争で2人とも亡くなってるの。もう記憶にない叔父さまたちだと思うけど、お母さまのお悲しみを見て育ったんだから、何かしたいものでしょう? ハーマイオニーはマグル生まれだけど、彼女は本当に正義感が強くて、理不尽で筋の通らないことになると、我慢できない質。ましてや相手は、マグル生まれを排斥する方針を明確にしてる。ハーマイオニーが魔女として生きていくには倒さなければならない相手だわ。みんなそれぞれこの戦いに参加する理由を持ってるのよ。ハリーはどうやらそのことを忘れがちなの。するとね、マッドアイを助けるために、我を忘れて・・・という可能性大だわ。レンはそうさせたくないの。マッドアイはマッドアイ自身のためにその覚悟を決めたのだから・・・もしそうなってしまった時に、思い切れる自分がマッドアイの近くにいるべきだと考えたのよ、きっとね」

 

ジャスティンはしばらく黙って運転した。

 

「・・・なんていうか・・・レンは重荷を背負い過ぎてないか?」

「そうね。そこはすごく心配。だからね、ジャスティン。なるべくなら、あなたは危ないと判断したら、フランスに行ってあげて」

「え?」

「今日の会議をデラクール家ですることに決めたのは、あなたのためよ、ジャスティン。一度行ってしまえば、姿現しで行ける距離だから。あなたのブライトンの別荘のことも引き受けてくれたでしょう?」

「・・・僕は、足手まといかな」

「そういう意味にとって欲しくないわ。ハリーは自分のための犠牲を嫌うと言うけど、レンはね、自分のミスで犠牲が出ることを嫌う人よ。今日のレンは小さな男の子みたいな振る舞いが多かった。ストレスが強くなってるんだと思う。あの人もこの人も心配って言ってたでしょう? 親しくなってからやっと気づいたけど、丁寧に距離を置く割に、実はものすごく心配性なの。ねえ、ゴドリックの谷のおばあさんの白内障やジョン・オ・グローツ村のおばあさんに至るまで心配してたら・・・キリがないと思わない?」

「・・・確かにな」

「あなたが足手まといというわけでは決してなくて、レンを安心させてあげて欲しいの。もちろんわたしのことも」

「君は、学校に戻るんだろう?」

「戻らないわ。学校のことはダフネとネビルに任せるつもり。ハーマイオニーはハリーと探索、パーバティは家族でフランス。レンの近くに円卓の魔法戦士がいなくなるもの。具体的な動きはまだわからないけど、とにかく学校には戻らずに身軽でいるつもりよ。あの人、不動産屋みたいに隠れ家を大量に集めて・・・したいことはわかるけど、隠れ家を提供したら、食べ物や情報提供も必要だわ。そんなことまで自分で出来るつもりでいる。白内障のおばあさんを病院に連れて行くことまでよ? あれをコントロールして、必要ならサポート出来る秘書が絶対に必要だと痛感したわ」

「・・・僕がフランスに行けば、フランス、というか欧州内で活動する分には、レンの心配は減る?」

 

間違いなく、とスーザンが請け合った。

 

「ランスからの距離を考えると、連絡は比較的容易だと思うの。マグル生まれをフランスに送るから保護するとか、あちらで出来ることはたくさんあるわ・・・あなたがちょっと口にした、電波による情報発信? レンとハーマイオニーは、イギリス国内にそんな拠点は危ないと考えたみたいだけど・・・あれって、国境は越えられないもの?」

「いや。電波に国境はない。電波の種類や強さにもよるけど基本的には距離が問題なだけだな。ダンケルクやパ・ド・カレーからなら間違いなくイングランドに届くと思う」

「そういうことなら出来るじゃない? 準備は大変だと思うけど、フランスに渡って出来ることのほうが多いはずよ」

「それは・・・卑怯じゃないか? 自分だけ安全地帯にいて」

「安全地帯にいてどこが悪いの? あなたは自分以外の誰も助けないつもり? 自分だけ安全地帯にいて何もしないのなら卑怯でしょう。でも危険地帯にいて身動き取れないよりも、安全地帯で活動を続けるほうが人のためになるのよ」

 

 

 

 

 

父は可笑しそうに笑った。

 

「今日のランチでは一番おとなしそうな子だと思ったが、そんなことを考える子なのか。いやなかなか」

 

そう言って、昔話をしてくれた。

 

「あるベルギー貴族の話だ。とても不仲な父と息子だった。ナチスの侵攻が始まり、ベルギーやオランダ、フランスからどんどんイギリスに人々が逃げて来るわけだな。そのベルギー貴族は、比較的早い時期にイギリスに渡ってきた。息子は父のその判断が許せなかった。貴族でありながら、民より先に逃げるとは何事だというわけだ。小さい頃の父さんは、少し年上のその息子の言い分に共感したが、今は逆だよ」

「・・・逆」

「誰かが民をイギリス国内で取りまとめ、暮らしが成り立つように奔走しなければならない。ベルギー貴族の父親は、そのために早い時期にイギリスに来たわけだ。最後まで残るのも勇敢な姿勢ではあるだろう。だが、父親は卑劣漢だったからイギリスに渡ったわけではない。貴族の務めを果たすために、あえて領地を放り出してでも、イギリスに渡る人々の受け入れのために働いたのだから、これはこれで勇気のひとつの形だ」

「うん・・・」

「それで? しばらくフランスに行くか?」

 

ジャスティンは、少し考えた。

 

「もう少し様子を見るよ。予測される展開では、いずれそうなると思うけど、趨勢が明確にならないうちに先走っても良い結果にはならないと思う。でも、そうなった時は父さんたちは」

「家族に累が及ぶという趨勢が明確になった時には、もちろん父さんたちもフランスに行こう。だがね、レディ・レイからもさまざまにお話を伺っているが、心ある魔法族の人々は、出来るだけ魔法族の中で片を付けるおつもりのようだし、敵勢力は今のところ魔法族の掌握に注力していて、ただのイギリス国民のことは目に入っていないという見解のようだ。今父さんたちまで泡を食って逃げ出すのは、卑怯以前に滑稽じゃないか。その上、マグルに累が及ばないよう努力してくださっている方々を信頼しない非礼ともなる」

「ハーマイオニーはもうご両親を国外に出したし、ポッターのマグルの身内も・・・」

「ミスタ・ハリー・ポッターは、この事件の中心的人物で、ハーマイオニーはその彼と行動を共にするのだろう? おまえとは役目が違う。いいか、ジャスティン。父さんはおまえを誇りに思う。魔法界という未知の世界にたったひとりで足を踏み入れ、6年間で信頼できる仲間を得た。魔法界を自分の居場所と見定め、その中でも貴族らしくあろうと努めている。上出来の息子だ。そのおまえが時期が来たと判断したなら、国外に出て務めを果たせ。それは逃げでも卑怯でもない。しかし、父さんには父さんの務めがある。何かわかるか?」

「・・・いや」

「父さんたちと同じ、魔法使いの息子や娘を持つマグルの人々のために尽力することだ」

「あ・・・」

「今父さんたちがあわあわと逃げ出すのは、ただの逃げだろう? レディ・レイたちがマグルのご家族も逃げるべきだと判断なさった時には、父さんは喜んでそのベルギー貴族と同じことをしよう。それまでは、心ある魔法族の方々を信頼して事態の解決を祈る」

 

わかった、とジャスティンは頷いた。

 

「あとな、ジャスティン」

「なに?」

「ミス・スーザン・ボーンズを逃がすなよ。昨今のマグルにはなかなかいない、肚の据わった立派なレディだ」


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