サラダ・デイズ/ありふれた世界が壊れる音   作:杉浦 渓

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第18章 円卓の魔法戦士

円卓の一番正面にあたる位置に立った蓮が「えーと」と呟いて、モゾモゾと手汗をジーンズで拭うと、グリーングラスが「見苦しい!」と早速叱責した。

 

「・・・ハーマイオニー、あれもうやだ」

「我慢して。全員揃ったようだから、いったん席に座ってもらえる? あなたは立ったままよ、レン」

 

うー、と蓮がまた落ち着きをなくした。

 

「苦手なんだ、こういうの」

「自由に進めて。進めれば調子が出てくるから」

 

スーザンが小声で指示すると、蓮はヤケになったように声を張り上げた。

 

「若干名を除いてひと通り揃ったのは初めてだけど、これが円卓会議だ! 今ここにいる全員、円卓の魔法戦士だと自覚して欲しい! です」

 

何人かが、蓮の立たされた子供のような態度に小さく吹き出した。

 

「おいおいレン。しっかりしろー」

「うるさいな、黙ってろ、ロン。わたくしの円卓会議の当面の課題は、当然ながらトム騒動の余波から生徒たちを守ること、トム騒動の沈静化。でも、それだけで終わるつもりはない。ヴィクトリア2世という人物が『変身現代』や『ザ・クィブラー』で指摘したように、イギリス魔法界の体質には、憂慮すべき問題が多々ある。そうした問題を解決し、健全な社会として再び軌道に乗せるには、20年30年は当然として、それが今後100年単位で継続可能な形に整備していくことを本質的な目的と考えている。君たちは、それぞれの自由意思でわたくしにアピールしてきてくれた。自分の問題意識、自分の将来の希望、自分の得意分野を抱えて円卓の間に突撃してきた。周りを見回してみるとわかると思う。意外にバランスが取れている。どの寮からも魔法戦士が輩出されたことになる」

 

ちょっと、とグリーングラスが手を挙げた。「バランスなんて、スリザリンはひとりしかいないじゃない。誰か呼ぶ?」

 

「いいんだ、グリーングラス。その隣の席に座るスリザリンは決まっている」

「黙っていてごめんなさい。マルフォイは、一番先に円卓会議に招いた人物なの。あなたが条件に出したマルフォイの地位の安堵のために、実はもうマルフォイ自身が動いているわ」

「騙したのね?!」

「あなたが欲しかったからだ、グリーングラス。マルフォイ以外に招くスリザリン生はあなただと、わたくしとハーマイオニーは決めていた。トム騒動の収束後に召集するつもりだったんだ。理由は各人について紹介する時まで黙って待て」

 

グリーングラスが憮然として膝を組み替え、腕組みをするのを待って、蓮は続けた。

 

「どの寮からも魔法戦士が手を挙げた。それは、今の魔法界の病巣の深さの表れだ。ホグワーツ城に再び円卓の間が開かれるべき時期が到来したことになる。わたくしはそう判断した」

 

そう言って、ひと振りの、鞘に収まった剣を円卓の上に置いた。

 

「ハーマイオニー」

 

蓮が呼ぶと、ハーマイオニーが自分のこめかみに杖先を当て、記憶を引き出した。

 

「正面スクリーンに、ペンシーヴの映像が映し出されるわ。注目して」

 

 

 

 

 

#####

 

「この剣を抜くことの意味をあなたはわたくしよりは理解しているはずね」

「はい。エリザベス2世女王陛下の名代として、新たなる政治秩序を再建することと心得ております」

 

ハーマイオニーの視点から、剣を捧げ持った蓮と、その前に佇む女王陛下の姿が映し出される。

 

「これを抜く以上、世界最低の国のままでいることは許しませんよ?」

「承知いたしております」

「魔法族もまた我が国の民です。犠牲を弄ぶことも許しません。犠牲は最小限、100年200年と続く秩序を打ち立てる自信があるのですね?」

 

ハーマイオニーは蓮に手招きされて、隣に膝をついた。

 

「陛下、ミス・ハーマイオニー・ジーン・グレンジャーは、スコットランドの『もうひとつの国』の筆頭、ロス家の指定後継者でございます。祖父ウィリアムが与太物語にお聞かせ申し上げたかもしれませんが、イギリス連邦王国の『もうひとつの国』にはふたつの歯車が必要となります」

「存じておりますよ。ホグワーツ城の主人と魔法大臣ですね」

「わたくしども2人が、それぞれイングランドとスコットランドのウィンストンとロスの長き沈黙を破り、ホグワーツ城と魔法省の両輪となって、新しき秩序の礎となります。どうか・・・魔法界の恥を忍んで、忠心より伏してお願い申し上げます! どうかわたくしどもに、陛下の名代となりますことをお許しくださいませ!」

 

ハーマイオニーがしばらく目を閉じたせいで、スクリーンは真っ暗になり、女王の声が響いた。

 

「あなたがたは、それで良いのですか?」

 

次に映し出されたのは、ハーマイオニーの瞳を高いところから見下ろす厳しい視線だ。

 

「ミス・グレンジャー?」

「女王陛下、レディ・レンが言い忘れたことが少々ございます」

「なにかしら?」

「わたくしどもは、このたびのこの誓願をお聞き届けくださったのちには、もう二度とこのような失態で王室の皆さまを煩わせることのないよう、この剣を各々の胸に秘めて後、魔法界の円卓の魔法戦士たちの前で破壊いたします。いつか誰かがなんとかしてくれる・・・恥ずかしながら、魔法界にそのような甘えがあったことが、このような事態に至った最大の要因でございます。この剣を破壊することで、もう後はない、自分たちが英国魔法界の未来を切り開くのだと、強く誓わなければ、この逆境を乗り越えることは困難でしょう。ですが、陛下、ウィンストンとロスは、英国王室への忠誠を決して忘れることはございません。わたくしどもの命ある限り、たとえこの剣を破壊しようとも、陛下の御英断を胸に、英国の世界に誇る魔法戦士として、新しき秩序のために働くことを、今ここにお誓い申し上げます」

 

ハーマイオニーの視界が、大理石の床に変わって、しばらく経った。

 

「レディ・レン、レディ・ハーマイオニー、顔をお上げなさい」

 

女王は、蓮とハーマイオニーに交互に視線を投げる。

 

「このような申し出があることは、予想していました。首相は、頭がおかしいとわたくしに思われることを恐れてか何も報告はしませんが。歴代の首相全員がそうですからね。わたくしはウィリアムを通じて『もうひとつの国』の出来事を承知しているので、朝食会の席上などで無邪気にそうした事件について質問しては、歴代首相が赤くなったり青くなったりするのを見て溜飲を下げてきたものです」

「はっ・・・」

「ウィリアムが渡米してからはレディ・レイが連絡役を引き受けてくれました。明晰な方ね。あまり長居はなさらないけれど、魔法界の事件がニュースで報道される時の見抜き方を教えてくれたので、首相が隠していても、概ねわかるようになったのよ。そうした観察の結果、ウィンストン家だけにこの責任を背負わせることを危惧していました。もう、一貴族が大鉈を振るって片を付ける時代ではないだろうと思います」

「はっ・・・力及ばず」

 

ですが、と女王は蓮の謝罪を断ち切るように声を張り上げた。「あなたがたは、わたくしの想定以上のプランを呈示しました。イングランドとスコットランドが堅い契りを結んだ上で、王権の象徴たる剣を捨て、国を支える両輪となるプランです。やってごらんなさい」

 

「陛下・・・お許しを・・・」

「許します。わたくしの名代として、ウィンストンの名のもとに、トム・マールヴォロ・リドルを打ち倒すことと、新たなるホグワーツ城の王、新たなる魔法大臣の任命を、あなたがたに許します。ですが、同時に堅く誓いなさい。もう二度とこのような失態は許しません! 本当なら、あなたがたにこのような厳しいことを言いたくはありません。魔法大臣、前魔法大臣、ホグワーツ城の王を首相を通じて呼び出して、厳しく追及したいところですが、それをしてしまうと、あなたがたがやりづらくなるでしょう。ですから、わたくしは首相には知らぬフリを通すとします。その代わりに、あなたがたの誓いを受け止めます」

 

 

 

 

 

#####

 

ハーマイオニーが記憶を掬い上げて自分のこめかみに戻した。

 

「今の記憶が証拠だ。わたくしたちが剣を抜いて、そして、破壊することは女王陛下の許しを得ている」

「尤も、レンと違ってわたしのレガリアはまだ手元にないの。義理のおばあさまが隠して教えてくださらないから、見当もつかないわ。それでも良ければ」

 

まだわからないのか、と蓮が呆れた声を出した。

 

「ウィンストンの剣はロスがいなければ抜けないと何回も聞いただろう。女王陛下のお言葉の中にもちゃんと表現されてる。あー、ついでに言うと、パドマとグリーングラスはわかっていると思う。だよね、グリーングラス。だから第一夫人だなんてジョークが出て来たんだろう?」

「・・・そうよ」

「説明してやってくれ」

 

グリーングラスが立ち上がって、円卓の上の剣を指差した。

 

「ウィンストンが女王の剣と一般には呼ばれるけど、ロスは・・・ウィンストンの鞘よ。ロスが認めない限り剣は、ただの鈍器でしかない。正確には2人合わせて、女王の剣なの。大昔には、ウィンストンとロスで年頃や性別が釣り合えば、結婚相手になったそうよ」

 

ハーマイオニーは呆然と剣を見つめた。

 

「・・・あまりのことに固まっているから、わたくしが先に進める。ありがとう、グリーングラス。座って」

 

蓮はそう言うと、円卓の下から木箱を取り出した。

 

「円卓の魔法戦士には残念ながら、レガリアはない。それに、わたくしたちのレガリアも、そう遠からず破壊するつもりだ。だから、新しいものを用意した。でも、これは象徴ではなくちゃんとした魔法道具だから、常に携帯していて欲しい」

 

木箱の中から、手のひらで掴むサイズの銀の板を取り出し、掲げて見せた。

 

「この通り、裏に各人のルーンを刻んである。わたくしのルーンは、カノ、開始を表す。そして表はこの通り、つるつる。スーザン、これを持って。スーザンのルーンはウンジョー、光だ。わたくしの板の表面にスーザンのウンジョーを杖で描き、ちょっと叩くと」

「きゃっ」

「スーザンに通信が繋がる。スーザン、板を杖で叩いてみて。それで振動は止まる。わたくしがこの板に羽根ペンでも杖でもメッセージを書いて、送る。スーザン、みんなに見せてくれ」

 

スーザンが自分の板を掲げて見せた。

 

「スーザンからの返事も、そのまま送れるよ。うん、ちょっと叩くとわたくしからの文字が消えるから、何か書いて送ってみて。よし来た。スーザンからの了解が得られたから、通信終了。縦に線1本。イサのルーン文字が通信終了のサインだ。これなら簡単な打ち合わせは、お互いそれぞれの場所にいても可能になるし、呪文を唱える必要もない。これから全員に配る。ついでに円卓会議に参加する立場についても紹介していくから、ちゃんと聞いていてくれ。ハーマイオニー、はまだ使い物にならないか。よし、スーザンから行こう」

 

蓮は改めてスーザンの前に立った。

 

「スーザンのウンジョーは、円卓の間の光、ひいては世の光という意味だ。魔法界をスーザンの温かな光で満たし、明るく鋭い法の光で明らかにして欲しい。スーザン・ボーンズ、知っている通り、マダム・アメリア・ボーンズの姪だけれど、彼女自身、優れた理性と知性、寛容な精神の持ち主だ。法律家として円卓会議に関わってくれる」

 

次にパーバティの前に。

 

「パーバティは、ライゾ、旅だ。魂の旅の案内人として。パーバティ・パチル、精神科の癒師になる予定。今後増大が予測されるオブスキュリアルの子供たちのケアについての専門家だ」

 

ロン。

 

「君にはフェイヒュー、所有・獲得の印を、ロン。君はもう欲しいものをその手に持っている。足りないときには自分で取りに行く力がある。ロナルド・ウィーズリー、チェスの名手でたまに鋭いことを言う。いずれ闇祓いとして円卓会議に参加する。しばらくはハリーと一緒にトム騒動に専念するけどね」

 

ネビル。

 

「ネビル、これはウルズ。力ある者のサインだ。君は自分で思っているより強くてすごい奴だよ。ネビル・ロングボトム、わたくしの名付け親の息子。そして、神秘部予言の間でわたくしの予言をトムに渡さないために力を発揮してくれた。いずれホグワーツの教師になる」

 

そして、空席に板を置く。

 

「ハリー・ポッター。サインはテイワズ、戦士。水面下で始まっているトム騒動の最終局面のために動いてくれている。将来は・・・凄腕の闇祓いだ」

 

もうひとつの空席にも。

 

「ドラコ・マルフォイ。サインはパース、秘密。ハリー同様に、もう動き始めている。秘密を担当する危険な立場にいるから、接触には慎重に。将来は、天才的な魔法薬学者。イギリスから人狼ウィルスを、反人狼法と真逆のアプローチで撲滅する男だ。文句はないね、グリーングラス?」

「・・・騙さなければ文句無しだったわよ」

 

ダフネ・グリーングラスの前に立った。

 

「グリーングラスには、これを。ナウシズ、束縛。わたくしを躾け直す係として・・・縛ってでも、鍛えて、クダサイ」

「なんでそんなに嫌そうなのよ」

「イエなんでも? ダフネ・グリーングラス、社交性はぶっちぎりのホグワーツの華だ。それでいて、魔法界の旧家の中の旧家グリーングラス家の次期当主。さっきわかったと思うけれど、英国魔法界の伝統と格式を重んじる。わたくしたちの改革が諸外国の模倣で換骨奪胎されたものに堕さないために、助言を与え、手綱を引くことを期待している」

「任せて。鞭も使ってあげるわ」

「・・・そういう趣味は他所で満たしてくれ」

 

次はパドマ・パチル。

 

「パドマには、スリサズ、門だ。知識と情報の行き交う、わたくしたちの門を開いて欲しい。パドマ・パチル、フットワークの軽さと洞察力が身上。将来のピュリッツァー賞記者だ。あまりパーバティを弄らないでクダサイ」

「これが手に入ったんだから、少しは譲歩するわよ。よろしく、レン」

「あ、ああ、よろしく」

「いずれレイブンクロー近代史を執筆するときには全面協力をお願いするわ。ひいおばあさま、おばあさま、お母さまの件について」

「・・・いやだ」

「ほら、コレで催促するから」

 

ひらひらと板を見せられて、蓮は激しく後悔した。

 

しかし、グリーングラスに睨まれて、次のアンソニー・ゴールドスタインの前へ。

 

「ゴールドスタイン、君にはエイワズ、防御を託す。イギリス魔法界への風当たりは、おそらく君が考えている以上に厳しい。これから何十年もそれが続くだろう。それから守るには、国際力を手に入れるしかない」

「任せてくれ」

「うん。アンソニー・ゴールドスタイン。彼は、アメリカにも多く移住者を送り出したゴールドスタイン家の子息だ。イギリス魔法界の国際的な地位の回復に尽力してくれる」

 

なんとなく安心して、ジャスティン・フィンチ=フレッチリーへ。

 

「ジャスティンには、これだ。ジェラ、収穫。魔法界の富をコントロールして、きっちり収穫してくれ。ゴドリックの谷で言った通り、ゴブリン相手の難しい仕事だと思う。でも、やり遂げた暁に得られる収穫は莫大なものになる」

「望むところだ」

「ジャスティン・フィンチ=フレッチリー、マグル生まれだが、わたくしの狩仲間だ。こう見えて、ゴドリックの谷の荒っぽい狩についてくる乗馬の腕前だよ。投資家にして貴族の息子だから、魔法界の経済を改革して活性化させてくれる。平たく言えば、働かなくても金庫に金貨が殖えるシステムにチャレンジしてくれるんだ」

「投資の元金は働いて稼げよ」

 

スーザンに揺り動かされて、やっとハーマイオニーが再起動した。

 

「ハーマイオニー・・・」

「・・・はい」

「充分に再起動したか?」

「したわよ」

「じゃあ、これ。ゲーボ、これがハーマイオニーのルーンだ。勘違いするなよ? 嫁は要らない。ミッションの上でのパートナーだからな?」

「わかっています!」

 

よし、と蓮は元の正面に再び立った。

 

「わたくしまで含めて、以上12名をホグワーツ円卓の魔法戦士に任命する。近いうちに、この剣が抜かれ、トム騒動の収束後、破壊されるが、円卓の魔法戦士の任期は人生が終わるまでだ。手元のルーンに魔力を流して魔力登録してくれ」

 

全員が魔力登録を終えて、蓮に向けて掲げた。蓮は満足そうに頷き「常に携帯しておいて欲しい」と応じた。「ちなみに、これ、ゴブリン製の銀板なんだ。あとに面倒が起きると嫌だから、君たちの死後はゴドリックの谷のゴブリン鋳型工房に自動的に移動する。家宝にはするなよ、グリーングラス」

 

「しないわよ!」

「というか、どうしてそんなもったいないことするのよ? この魔法、凄い発明よ? 今いじってみたけど、全員の居場所までわかるようになってるじゃない」

 

パドマの言葉に蓮は顔をしかめてパーバティを見た。「なんですぐ教えちゃうんだよ?」

 

「教えてないわよ。あの子、こういうのに強いの」

「だからレイブンクローは厄介なんだ・・・あー、パドマ、わたくしはルーンで魔法を作るのが趣味なんだ。トム騒動が終わったら、パドマとパーバティ専用機を作ってやるから我慢してくれ」

「パーバティ? 要らないわ。それよりレンと直通がいいわね。もっと長い会話が出来るタイプにして」

 

絶対にいやだ、と小さく呟いて、蓮は杖を振り、スクリーンにホグワーツの外観の写真を映し出した。

 

「早速、明後日、我々の初仕事が待っている」

 

全員が姿勢を正した。

 

「明後日の昼前に、ここ、必要の部屋の、倉庫状の部屋から死喰い人が校内に侵入する」

 

蓮の言葉に、僅かに息を呑む気配はしたが、取り乱す者はいなかった。

 

「グリーングラス、この件について何か情報は?」

「日時までは伝わってないけど、スリザリン生は大半が知ってるわね。その日にダンブルドアを殺す計画があるそうよ」

「うん。それはわたくしたちも把握していた。初仕事というのは、生徒に被害を出さないことだ。わたくし含め数人の上級生、DAメンバーが多少は含まれるけれど、その少数プラス先生方が迎撃し、ホグズミードで待機している不死鳥の騎士団の救援を要請する。そう長い時間ではないと思う。大勢が決したら、死喰い人は深入りせずに撤退すると予想している」

「その判断の理由は?」

「まだ魔法省の掌握が完了していない。闇祓い上がりのスクリムジョールは健在だし、闇祓い局もホグズミード警備の人員に変動がないからには、防衛計画に大きな変化がない。現状で、ホグワーツの袋の鼠になるわけにはいかないだろう。ダンブルドアを殺せたら一気に事が進むから儲け物といったところだと思う。ただ・・・ダンブルドアは、この数ヶ月、一気に衰えが進んできた。先日のスラグ・クラブのパーティのあとも、自分で螺旋階段の上の寝室に立って入ることが出来なくて、這って上がったぐらいなんだ。万一の場合も覚悟して欲しい」

 

ゴールドスタインが手を挙げた。

 

「ゴールドスタイン」

「生徒の安全を確保したら、ダンブルドアの加勢に行くと考えればいいか?」

 

しかし、蓮は首を振る。

 

「どうして?!」

「教職員、不死鳥の騎士団が死喰い人と入り乱れる混戦になる。多少の訓練を受けていても、経験不足の学生がその場にいるのは混乱を助長するだけだ。また、寮を狙って乱入してきそうな奴らも、あっちの陣営にいる」

「グレイバックね。参戦するという話は耳にしたわ。グレイバック以下、人狼数名。ちなみに言うまでもないけど、小さければ小さいほど好みよ」

「そういう状況が予想されるから、下級生をきちんと寮に確保して、入り口周辺を内外から高学年が固めておく必要がある。ダンブルドアは、自分のことよりも、心ある上級生が下級生を守ることを望んでいる。ダンブルドアの不在に対する不安は当然だけれど、先生方がついているわけだから、わたくしたちは、生徒の安全確保を最優先課題だと考えるべきだ」

 

杖先からレーザーポインタのような光を、スクリーンに当てた。

 

「騎士団はホグズミードから箒で飛んで来る手筈になっている。そしてここ、天文塔から城内に入る。迎撃はつまり、今いるこの部屋から天文塔までのルート内に死喰い人を封じておくことだから、狭くてとても大人数で押し返すわけにはいかない。混戦を助長するだけになる可能性も高い。以上を理解した上で、寮の防衛に全力を尽くしてもらいたい。ファッジ時代もひどかったけれど、スクリムジョールも人狼に対して心温まる政策は選択していない。下級生の中からグレイバックの犠牲者を出すわけにはいかないと、心してもらいたい」

「もちろん満月ではないし、昼間のことだから、即人狼化するわけではないけれど、どういう影響が残るかわからないでしょう? 寮の中に避難していることと、上級生が内と外で警戒、あるいは防衛することが絶対に必要なの。問題はスリザリンね。グリーングラス、死喰い人の乱入に応じて参戦しに行きそうなのは、どういう割合になりそう?」

 

グリーングラスは眉を寄せて「6年、7年の半数は行くでしょう。死喰い人側として」と答えた。

 

「騎士団が到着したら、わたくしが玄関ホールに向かう。スリザリンに降りる階段を守るから、グリーングラスは、寮の中を押さえる感じでどうだろう」

「そうね。基本的には、警戒の人員で充分よ。スリザリンの下級生の中には手出しするわけにはいかない家柄の生徒も多いわ。グレイバックも、スリザリンに乱入することは避ける見込みが強いもの」

「わかった。じゃあ、そうしよう」

 

ジャスティンが手を挙げた。

 

「ジャスティン」

「朝から全員を点呼して監禁するのでもない限り、完全に全員を寮の中で保護するのは無理だと思う。非常事態発生、すぐに点呼、不在人員を探しに行くという形になるのかな?」

「そいつは無理だぜ、ジャスティン。発生時に寮の外にいる奴のことは、迎撃チームに任せろ。高学年なら怒鳴りつけて寮に帰す。ガキどもなら、数人まとめて、迎撃チームのうちから寮の入り口まで送っていく。それしかないな」

「了解した」

「それとね、ジャスティン、わたしとレンで簡易レシピに強化素材を加えた軽易なフェリックス・フェリシスを大量に準備したの。その日の朝食に混入する予定よ。絶対とは言えないけど、多少の災難は回避できる可能性を上げておくわ」

 

それスリザリンにはやめて、とグリーングラスが険しい表情で言った。

 

「グリーングラス?」

「死喰い人気取りのスリザリン生は、ダンブルドアが死ねばいいとか、混乱ついでに誰を殺すだの彼を殺すだの軽口を叩いてる。こういう奴らに幸運を撒く必要はない・・・というか、撒かないであげて。安易な興奮で人を殺すって、確かに馬鹿だけど、やってしまったらどうにもならないわ。幸運を撒かないことが決定的な不幸の回避になる場合もあるんだから」

「そりゃ道理だな」

「一理あるけれど、グリーングラス、無関係なスリザリン生が災難に見舞われる可能性は計算に入れてあるのか?」

 

スリザリンよ、とグリーングラスは力強く頷いた。「襲撃の情報はすでに持ってるんだから、死喰い人気取りのスリザリン生の朝からの浮ついた態度を指摘して『今日だ』って危機感を煽ることは充分可能なの。そのやりくりはわたしに任せて」

 

蓮はじっとグリーングラスを見つめて「わかった。任せる」とだけ答えた。

そして、スクリーンの映像を消した。

 

「明後日、つまりOWLもNEWTも終わり。その時期にこんな事件が起きるわけだから、早めに生徒を家に帰すことを学校側は考えるはずだ。その後、ここにこうして集まる機会がいつになるか、まったく見当がつかない。これだけの行動を起こす以上、この夏は、去年の夏以上に事件が相次ぐことになると思う。学校も、新学期があるかどうかわからない。だから、これを配った。エクエス、という名前にしておこう。必要事項の相互連絡に使って欲しい。それ以外にも、さっきパドマが気づいた使い道がある。ここにいるメンバーの居場所がわかる機能だ。この機能は、自分のエクエスから、表示機能を切っておくことができる。そうすれば、自分の居場所が誰にもわからない。説明するから、その操作をしてもらいたい」

 

全員の設定が済むと、ネビルが首を傾げた。

 

「じゃあ、どうしてこんな機能をつけたの?」

 

危険に襲われ山中で傷を負って倒れた場合や救助を求める場合にはONにするためだ、と蓮は説明した。「必ず助けに行く」

 

「死喰い人の屋敷でも? それはやめなさいよ、罠よ」

「いや、死喰い人の屋敷ならなおさら行くよ。たとえ罠でも。それがわたくしの仕事だ」

 

蓮が全員を見回した。

 

「ハリーとマルフォイがいないのは、もうそれぞれ危険な任務に当たっているからだ。わたくしは、2人や、君たちから目を逸らすために、比較的目立つ行動を起こすつもりだ。君たちの誰かが捕まったのを救助に行くのは、それに相応しい派手な行動だと思う。ハリーとマルフォイの任務に目処が立たないと、決戦に持ち込むことができないから、極力任務に集中できる援護射撃をするのは当然なんだ。それが達成されるまでの時間は、かなり苦しいものになると思う。前回の戦争から類推するとね。ただ耐えて待っているのは、不安で苦しいはずだ。だからこれを作った。ハリー、ロン、ハーマイオニーは逃亡に近い状態になると思う。やらなきゃいけないミッションがある。マルフォイは、死喰い人と合流して行動を共にする。でも、文字越しに言葉を交わすことはこれで出来る。前回の戦争では、孤独に負けた男が親友を裏切って死なせた。今回、このメンバーの中で同じ悲劇が起きないように考えた結果、多少のリスクを冒しても、相互の連絡手段を保持しておくことに決めた。本当なら、こういうことは徹底して避けるべきなんだろうけれど、どうしても、こういうものが欲しかったんだ。わたくしがね」

 

死喰い人の闇の印はおぞましい、と蓮は呟くように言った。「あんな悪趣味なものを身体に刻むのは死んでも勘弁して欲しい。っていうか、たぶん死ぬけれど。でも、こういううんざりする時代は、あちらの陣営にとってもやっぱり楽なものじゃないはずだ。なのに落伍者が出にくい。恐怖で縛り付けているのも事実だけれど、完全に孤独にはならずに済むから、という闇の印の意外な効能があるんじゃないかな。わたくしは、このエクエスがそういう働きをしてくれることを期待して作ったんだ。わたくしのことなら多少の情報が漏れても構わない。国連をはじめ、フランス、ブルガリア、日本、アメリカ、カナダ、オーストラリアといった国々に戦力を提供してもらい、彼らをイギリス全土に点在する魔法族の集落防衛に回す。その手配をしている関係で、護衛がつく機会が多くなるからね。ひとり、あるいは少人数で逃亡しなきゃならないメンバーの孤独感のほうが、この場合は、より危険だと思う。わたくしに連絡したら、救援を引き連れて助けに行く。あるいは、保護されたアジトが必要な時にはやっぱりわたくしに連絡してくれ。多くの人から、普段住まない別宅や親族の遺した空き家の提供を受けている。その情報はわたくしの手元に集まる。そういう諸々を勘案して、やっぱり連絡手段が必要だと判断した」

 

「例えば、わたしの伯母のアパートメント。忠誠の術を使った避難シェルターとして提供したわ。一番近いところではマクゴナガル先生のホグズミードの御自宅」

「湖水地方なら、ロングボトム家があるよ。もれなくうちのばあちゃんによる接待がついてくる。あと、地の果てにマクゴナガルの実家。ばあちゃんはそう言ってるけど、正確な地名を忘れたらしい」

「ネビルのおばあさまみたいに、自分が住んでいる家に逃亡者を匿ってもいいと言ってくれる人もいる」

「そんなことなら、グリーングラス家に来なさいよ。歓迎するから。こういう時期だもの、ウィンストンだって匿ってやるわよ」

「・・・グリーングラスでさえ、こういう・・・なんとも心温まる申し出をするぐらいなんだから、誰も孤独じゃない。そのことを覚えていてくれ」

 

ジャスティンが「ハリーたちだけじゃなく、僕らが逃亡する事態も予想しているんだね?」と確認するように言った。

 

「うん。君とハーマイオニーは特に危険だ。マグル生まれの扱いが良心的だとは考えにくい。ジャスティン、早めに国外に出ても構わないよ。フランスのランスにも拠点を置いてある。デラクール家の屋敷で、わたくしの祖母とハーマイオニーのおばあさまがフレンチのシェフを雇って待機している。当然ながらシャンパーニュで一番美味しいシャンパンを浴びるように飲める」

「グレンジャーのおばあさま? 魔女なの?」

「魔女好きのフランス人よ、グリーングラス。あなたも良かったらどうぞ。マグルのフレンチのフルコースで歓待するそうだから」

「ボーバトンとダームストラングから編入を受け入れるという申し出もあった。マグル生まれに対して最悪の事態になったら、それも検討する」

 

盛大だな、とゴールドスタインが頭を振る。「そこまでの準備が整っているなら、総攻撃をしたら勝てるんじゃないか?」

 

「そうしたいのは山々だけれど、アンソニー、そのやり方ではトムが、1度消えてまた復活するの。すでに復活した実績があるから、みんなびくびくしながら暮らすことになるわ。復活の可能性をみんなの前で砕いて見せて、もう復活しない、と確信出来る完全勝利が必要なの」

「そうじゃなきゃ、人心が魔法界の改革に向かわないでしょう? 改革どころじゃない、軍事政権が必要だという世論、あなたにとってもすごく困るんじゃない?」

「うん、困るな。軍事政権なんかになったら、外交どころの騒ぎじゃなくなる。でも、マグル生まれが危ないなら、混血の僕だってヤバそうだ」

「なによいまさら。わたしはレンの近くに待機するわ。要するにレンの周りで歴史が動くんだから」

 

パーバティが「張り切ってるとこ悪いけどパドマ」と割り込んだ。「わたしたちはパパとママを引っ張ってフランスに逃げるのよ」

 

「どうしてよ。せっかく純血なんだから」

「忘れてるようだけど移民なの」

 

そうよ、とグリーングラスが真剣な表情でパドマに向き直った。「インドはイギリスの植民地だ。まだそういう感覚を持ってる奴らよ。前回も移民に対する意識は、捕まえて奴隷にする、というものだった。家族で逃げなさい。『せっかく純血』なのは、わたしとロングボトムのことよ」

 

「そうだね。その立場を利用するのは僕の仕事だ。せいぜいからかうぐらいが関の山だろうけど」

 

ご両親まで? と反応したのはジャスティンだった。蓮が苦笑する。

 

「パーバティはわたくしとハーマイオニーの同室の親友だと知られているから、より用心が必要なんだ。ジャスティン、君の家族のことはそう心配しなくてもいい。屋敷に保護呪文をかけておくぐらいでいいだろう」

「よかった。ゴドリックの狩にはまた行きたいんだ。逃亡中でも狩には連れて行ってくれ」

「いいよ。スーザンもおいで。クリスマスはゴドリックの谷で過ごそう・・・よかったら、グリーングラスも」

「だからどうしてそう嫌そうなのよ? 行くわよ。ゴブリン製の銀器で食事が出来るなら、マグルの男との出会いも受け入れるわ」

 

どうしてそう・・・と蓮が絶句した。

 

 

 

 

 

「ずいぶん根を詰めていると思ったら、エクエス、を作っていたのね」

 

明け方の天文塔でハーマイオニーが言った。

 

「うん」

「ずいぶん複雑な呪文設計だけれど、いつ考えたの?」

「本格的に開発したのは、最近。でも、5年生の最初の頃から、イメージはずっとあった。ハリーの忍びの地図を借りたりして、作るかどうかは別にして、構想だけは続けていたよ」

「どうして?」

 

ジョージとママ、と蓮が端的に言った。

 

「え?」

「すごく似合わない話をしてやろう。あれはもともと、WWWのワンダーウィッチラインナップ向けに何か考えてくれって言われて、2つでひと組の通信機器として設計したんだ。大事な人と2人だけで繋がるためのロマンティックな魔法道具になる予定だった。例えば、ハーマイオニーとロンがそれぞれひとつずつ持っていれば、ふと思い立った時に、LOVEって書いて送ることができる。ただそれだけの機能しか予定していなかった」

 

ハーマイオニーは苦笑した。

 

「あなたにしては、すごく変わった発想ね。ジョージと2人で持つつもりだったの?」

「いや。ママだよ。小さい頃からずっと、ママとわたくしだけの秘密のトランシーバーが欲しかったんだ。ママと連絡を取る方法は、祖父母に頼んで時差を計算した上でパトローナスを送ってもらうだけ。だからさ、自分の布団に入ってから、秘密のトランシーバーで『おやすみなさい』って言い合ってから眠りたかった。時差があってもそれぐらいならいいんじゃないかなあって」

「すごくいいと思う。相手がお母さまじゃなくてボーイフレンドなら、確かに魔女心をくすぐるワンダーウィッチ製品にぴったりよ」

「そうだろう? なのに、フレッドとジョージが『浮気するのにぴったりの未成年禁止商品』に分類したから取り上げた」

 

ハーマイオニーは声もなくお腹を押さえて笑い出してしまった。

 

「トランシーバーじゃなく、文字メッセージにしたのも、ロマンティックな雰囲気のためだったんだ。本当に1単語しか送れない。LOVEとかSORRYでいい。そのほうが素直になれる。なのに、フレッドとジョージときたら『浮気相手と待ち合わせる場所を表示させたらどうだ?』とか『時間指定も書けなきゃ使えないな』とか、ろくでもない注文を増やすんだ、浮気商品のために。人の不憫な幼女期を下世話にしやがった」

「ぐ、グリーングラスがいつその使い方に気づくかしら?」

「気づいたら作れって言いに来るからすぐにわかる」

 

妙に自信たっぷりに蓮が言うので、また失笑した。

 

「楽しみね。そうか、そういう使い方ができるなら・・・スーザンとジャスティン向けね?」

「うん。そういう効果も期待している。ハリーがさ」

「え? ハリー?」

 

蓮はハーマイオニーの耳に囁いた。

 

「談話室で忍びの地図を広げて、ジニーの足跡をずーっと見ていたことがあるんだ。後ろから覗いているわたくしにも気づかないで。笑えた」

「人が悪いわねえ」

「ジニーの足跡がディーンの足跡と重なった途端に頭をかきむしって『イタズラ終了!』わかりやすいだろう?」

「健気で一途なのよ」

「スーザンがそうしているところを想像した」

「え?」

 

ジャスティンはたぶん逃亡組だ、と蓮が呟く。「その時に、エクエスをじっと見つめて、ジャスティンの居場所を確かめようとするスーザンのことを想像したら、所在表示機能、危険だとわかっているけれど、つけないわけにはいかなかったんだ」

 

ハーマイオニーは黙って蓮の髪をくしゃくしゃにした。

 

「なんだよもう」

「あなたのそういう、甘っちょろいところがすごく好き。うちのアルジャーノンは、肝心なところでだけ、ものすごく遠回りに優しいのよね。エクエスって、本当にあなたらしい魔法道具だと思ったわ。あなたの遠回り過ぎる優しさの結晶って感じ」

「そんなに遠回りかな」

「・・・これを直球だと思っているの?」

「そのつもりでがんばってみた」

 

ハーマイオニーは黙って頭を振った。

 

「・・・まだ足りない?」

「伝わらなさ具合では、あなたとグリーングラス、すごくいい勝負だと思うわ」


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