サラダ・デイズ/ありふれた世界が壊れる音   作:杉浦 渓

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謎のプリンス編-2
第17章 スパイの本懐


「『その日』をいつにするか決めねばならぬ」

 

スラグ・クラブのパーティからの帰り、蓮が疲れたダンブルドアを支えて校長室に向かっていると、ダンブルドアが呟いた。

 

「わたくしたちのほうはマルフォイにゴーサインを出すだけになっている、ますよ」

「また背伸びをする気になったか」

「・・・いつまでもアルジャーノンのままでいると、階段から拒絶され・・・ますから」

「アルジャーノンになった君は実に面白いのじゃが、潮時かのう」

「はい」

 

校長室を開けて、蓮はダンブルドアをソファに座らせた。

 

「年甲斐もなくタンゴなんて無茶なことするから」

「君の力と覚悟を確かめておきたかったのじゃ。いつでも校長になるだけの実力があることがわかった。実に喜ばしい限りじゃ」

 

蓮は対面に腰掛け「急ぎ過ぎ」と呟く。

 

「どうしても、大学に行き、それから教授の道を歩んで、その上で校長になるつもりかね」

「はい。わたくしは魔力と知識はあるほうだと思うけれど、熟した人格じゃない。美味しくなりそうな果物なのに、青いまま食べたら台無しになる。ミネルヴァに楽隠居させるのもすごく早いと思うし」

「さようか」

「さようです」

 

しばらく黙っていたダンブルドアが、気を取り直したように顔を上げた。

 

「柊子がハリーを連れて、ホークラックスをひとつ取りに行く考えでおる。蓮、君は『その日』にハリーがどうしても必要かの?」

「・・・ハリーは、校長先生の最期の日には、ちゃんと戦いたいと考えると思うけれど」

「儂は、出来れば『その日』に、柊子とハリーを探索に出しておきたいのじゃよ」

 

蓮が微かに首を傾げた。

 

「ハリーにはいくつか悪い癖があるからのう。騎士道精神に満ち満ちておるがゆえに、探索の旅における負担を背負いたがることじゃろう」

「・・・はい」

「しかし、それでは訓練が片手落ちとなる。闇祓いとしての柊子の資質をハリーがつぶさに観察するには、騎士道精神に燃えておっては困るのじゃ。また、柊子もまだハリーの扱いに熟達しておるとは言えまい。ミネルヴァならハリーを手玉に取ることが可能じゃが、ハリーの騎士道精神の炎上が柊子の手に余ることも考えられる。なので、ハリーの手綱を引くために少々人質が必要かと考えておるのじゃ」

 

ダンブルドアの言葉に、蓮はあっさりと頷いた。

 

「『学校に一刻も早く助けに向かいたければ言う通りにしなさい』?」

「まさにそれじゃよ」

「だったらハリー抜きのプランを立てることにします」

「手数をかけてすまんの」

「もともと、X-Dayの件ではハリーは主要メンバーじゃないから・・・」

「秘密にしていたことが亀裂とならねば良いが、大丈夫かね?」

 

浮かない表情の蓮が「傷をコントロールできないから、仕方がない」と呟いた。

 

「マルフォイの閉心術はいかほどかね」

「下手くそ。だから、トムくんに餌を仕掛けることにしました」

「如何なる餌であろう」

「『わたくしが世界征服をしてやる』こんな感じで、わたくしが世界征服をしてやるから協力してよ、というメッセージをところどころに仕込んであります」

「・・・存外に君は気の利く優しい子じゃな。パーセルタングの伝言板は大事にせざるを得ぬと踏んだか」

 

知りませんでしたか? と蓮が微笑んだ。「わざわざ女装してワルツに付き合って、さらにタンゴまで大サービスしたのに。覚束ない足元は花びらで隠して」

 

「余計なところにまで気が回り過ぎじゃよ」

「さて、気の利くわたくしが先生をベッドまでお運びしますよ。ほら立った立った」

 

途端にダンブルドアが口をへの字に曲げた。

 

「イブニングドレスのレディを寝室に招くことは死んでもせぬ。アルジャーノンの肩なら喜んで借りるが、イブニングドレスのレディに担がれて寝室に放り込まれるぐらいなら這って登る」

「・・・グリフィンドールの男の騎士道精神って、ホントに面倒くさい」

 

 

 

 

 

ロンとネビルは腕組みをして、しばらく黙り込んだ。

 

「ダンブルドアが・・・」

 

ネビルがぽつんと呟くと、ロンが顔を上げた。

 

「全面的に賛成だ。協力する」

「ロン。ハリーの気持ちは」

 

ハーマイオニーの言葉にロンはきっぱりと首を振った。

 

「ハリーはたまに感情的になり過ぎる。傷から情報が入って来たり出てったりするのは、必ずそういう時じゃないか。これじゃ、ダンブルドアのことはハリーには言えない。ただし、誰がダンブルドアを殺したにしても、そいつを信頼するのはいくらなんでも無理だぜ。いくらダンブルドアのスパイだと言っても、確かめようが無くなるんだからな」

「そんなことまで求められてはいないし・・・信頼する意味がないから大丈夫だ」

「意味がない?」

 

ネビルが眉を上げた。

 

「ダンブルドアを殺すのが誰になるにせよ、そいつはトムくんから殺される」

「な、なんでだ? スパイだってバレるからか?」

「ダンブルドアの仕掛けた罠だから、詳しくは言えないけれど、ダンブルドアを殺した奴は、ダンブルドアからある権利を引き継ぐことになる。その権利欲しさにトムくんはそいつを殺す。それがダンブルドアのプランなんだ」

「自分のために働いてくれたスパイを死なせるのか? ダンブルドアが?」

 

ロンが疑わしいと言いたげな表情を浮かべた。蓮も難しい表情で「スパイが誰のために働くのか、それはいつだって、本人にしかわからないよ」と呟いた。

 

「君は、君だってマルフォイを」

「ロン。わたくしは去年、自分自身がスパイだった。だから言うんだ。スパイは、自分の中の自分だけの理由がないとやっていけない任務だ。マルフォイを使うのは、マルフォイの中にあいつなりの理由があると納得できるから。それだけだ」

 

 

 

 

 

「あなたの中の理由、いったい何だったの?」

 

部屋に戻ると、ハーマイオニーが早速追及を開始した。蓮は首を振り「自分でもよくわからない」と諦めたように答えた。

 

「だって、自分のことでしょう」

「『レン・ウィンストン』ではあったけれど『わたくし』じゃなかった。理屈はいくつも考えつく。それらが全部合わさってのことだろうとは思うけれど、どれも実感に欠ける。どうしてわたくしはスパイの立場にあんなになるまで我慢しようとしていたのか、全然わからない」

 

知っているわよ、とハーマイオニーが呆れたように言う。「あなたはジョージの卒業まで我慢してホグワーツに居座りたかったの」

 

「そんなことを口にした記憶はある。でもそんな無意味なことで、こんな・・・こんな風になったら、何の意味もないじゃないか」

「実感が抜け落ちているから無意味に思えるだけだと思うわ。あの時点のあなたには、それは何を犠牲にしてでもしがみつきたいものだったの」

 

しばらく考えていた蓮は、諦めたように頭を振った。

 

「済んだことを考えても仕方ない」

「レン・・・あなた、もしかして、元に戻りたいの?」

「違うよ。ただ、不便なんだ。油断すると階段は変形するし、アレルギーは悪化するし」

 

ハーマイオニーが溜息をついた。

 

「階段のことは、わたしたちが悪いの。でも、アレルギーは、記憶を読んだ限りでも、小さい頃はよく入院していた気がするわよ」

「だから『小さい頃』はだよ・・・ホグワーツに来た頃は、自分で少し気をつけていれば普通の生活が出来ていた。今は全然ダメじゃないか。入院するほどの喘息なんて、小学校入学前までのことだ」

「あ・・・要するに、アルジャーノン化したのと一緒に、体質まで幼児期に戻ったということ?」

 

蓮は頷いて、クロゼットを開いて着替えを始めた。

 

「ゆっくり体質改善すればいいとか言うなよ?」

「・・・まさにそう言おうとしていました。だってこればかりは仕方ないでしょう」

「トムくんが近くに登場しただけで死にかける体質は『仕方ない』じゃ済まないよ。今のわたくしを殺すのに魔法は要らない。トムくんがこの部屋で正座1時間。それだけで窒息死完了だ」

「大袈裟よ。バジリスクじゃあるまいし、あれでも一応人間なんだから」

 

人間じゃない、と蓮は服を脱いだまま、ハーマイオニーを睨んだ。

 

「同じサイズのささやかなものをそんなに見せつけなくても・・・わたしにも衝撃が大きかったわ・・・同じサイズなのに階段落ちですもの。ね、またヨガを始めない? バストアップ効果のあるポーズを集中的に。ほら、呼吸を整えるのにもヨガは良いでしょう? あなたの女性的な要素を引き出すためにベリーダンスとかいろいろ考えたけれど、気性が合わなそうだから、ヨガがベストだと思うの。アレルギーの体質改善にも良さそうだし、それならわたしも一緒にバストアップ出来るし」

「・・・ハーマイオニー。わたくしの女性的要素とか胸のサイズと階段落ちの関係について考察する必要はないよ、ご心配ありがとう。それよりむしろ、トムくんの生物学的種族について考察してくれないかな。アレは人間じゃないんだ、ホムンクルスだよ? バジリスクと同じ程度に闇の魔法生物だ」

 

あ、とハーマイオニーが固まった。

 

「やっと頭に入ったみたいだね」

「れ、レン、あなた本当に気をつけなきゃ! マルフォイ邸に拉致されたら生命の危機よ!」

 

蓮がしみじみと「誰かに似ていると思っていたけれど、今わかった。曽祖母に似ているんだ」と呟いた。

 

「え? あなたの、ひいおばあさま? 日本の魔法大臣だった?」

 

そこはかとなく嬉しそうにハーマイオニーは反応した。

 

「うん。つい3分前までは風邪ひくなんて気合いが足りないだとか乾布摩擦しろだとか前時代的なことを喚いていたのに、ニュースでインフルエンザ大流行って聞いて危機意識を刺激された瞬間に『明日からしばらく学校行くな』って言い出す。極めて自分勝手な世話焼きっぷりを恥ずかしげもなく発揮する人だった」

 

ハーマイオニーは黙って蓮の裸の背中を、赤い手形が残るほど鋭く叩いた。

 

 

 

 

 

「失礼だと思わない?」

 

姿をくらますキャビネットの手入れをしながらハーマイオニーがぶつくさ言うと、スーザンはクスクス笑って受け流した。

 

「本当は少し嬉しいんでしょう? 菊池薫日本大臣と言えば、世界近代魔法史の中でも十指に入る名君だもの。ホグワーツの歴史の中でも、レイブンクローの卒業生の欄で特記される人だし」

「だから最初は嬉しかったわよ、もちろん。でも聞いてみたら腹が立つったらないわ」

「家族の視点ならそういうものよ。うちの伯母だって、わたしたち家族としては『いえそんなに大した人では』って言いたくなる評価が盛りだくさん」

「あなたは伯母さまの客観的な評価もきちんと受け入れているけれど、レンはねえ・・・。あの人、自分の家族がどれだけ偉大な人揃いか全然理解していないと思うわよ。かろうじてアンドリアーノフ博士の功績を利用するぐらいね。マルフォイの餌に。でも内心ではヒグマ恐怖症の『ひいじい』ぐらいにしか考えていない節もある。シメオン・ディミトロフに至っては、もうさんざん。一応ダームストラングの現校長を『長年無職だったんだから少しは働けばいいんだ』って評価するの。ブルガリア魔法界が泣くわ」

 

でも、とスーザンは苦笑した。「このまま進めば、レンはそのご家族に並ぶ偉大な魔女になるでしょう? 家族の功績に萎縮するようには出来ていないのよ」

 

「そのことも、どのぐらい本気でイメージ出来ているやら」

「え?」

「どこかに裏方気質があるというか、スパイ側にシンパシーを感じがちなの。ホグワーツ校長になることは本気で考えているけれど、正義と倫理の体現者という柄ではないのよね」

 

スーザンは心配そうにハーマイオニーを見た。

 

「レンが校長になることに不安が?」

「ホグワーツ城の主人としては適任だと思うわ。でもスパイ側にシンパシーを感じがちな教育者っていうのは、どうなのかしら」

 

しばらく黙って各部品の魔法効果チェックの作業を続けていると、スーザンが静かな声で話し始めた。

 

「伯母のペンシーヴを見つけたの。レンの懲戒尋問の見直しをしていたのか、レンに関する記憶も取り出してあったわ。それを見て、わたしが感じたのは、以前のレンは完全にスパイ型の人だった、ということね」

「そうなの?」

「頭脳派の犯罪者によく似た印象を伯母は感じたみたい。動物もどき試験の面接。あれって実際は尋問なのよ。悪用する可能性を法執行部が把握しておくだけが目的なの。そういう意図のある全部の質問に対して、完璧に筋を読んだ回答しか返さない。優等生的と言えば聞こえは悪くないけれど・・・尋問官の目から見たら、証拠はないけれどすごく怪しい、というタイプだと思ったわ。精神感応系魔法でも、得意なのは閉心術でしょう? スパイ型よね。そのレンは、消えていなくなったわけじゃない。今でも必要な時には出てくる彼女の一部よ。わたしは、今のレンがスパイ型というわけじゃないと思う。単に・・・根が優しいから、以前のレンの記憶を引っ張り出して、マルフォイのようなスパイを使い捨てにしないようにしないように努力しているんじゃないかしら」

 

ハーマイオニーは、しばらくその考えを咀嚼した。

 

「だったらあなたは、レンは素晴らしい教育者になると感じている?」

「ええ。だって、生徒はグリフィンドール、ハッフルパフ、レイブンクローだけじゃないもの。スリザリン生だって正当な評価を受けるべき生徒だわ。ダンブルドアは確かに素晴らしい教育者だと思う。でもね、グリフィンドール以外では、依怙贔屓の激しさも指摘されているのよ?」

 

スーザンが悪戯っぽい含み笑いを見せた。

 

「そうなの?」

「そうなの。グリフィンドールの功績に対する加点は、常にゼロの数がひとつ多いと評判よ」

「・・・そういえばそうかもしれない」

「それはそれで人間味を感じさせて、悪いことばかりではないけれど、対極的なスリザリンではきっと強い反発を招いているでしょうね。レンはたぶんそういう依怙贔屓はしない人だと思うわ」

「グリフィンドール的ではないからかしら?」

「すごくグリフィンドール的だからよ。必要ならグリフィンドールを最下位にする勇気があるの」

 

ものは言いようね、とハーマイオニーは笑い出してしまった。「でもグリフィンドールを最下位、ねえ。すごくやりそう」

 

「ニコニコと、目が笑っていない満面の笑みでね。『誰がそんなことやれって言った? グリフィンドール5000点減点』目に見えるようじゃない?」

「・・・絶ッ対に1度はやりそうね・・・」

 

 

 

 

 

呼び出された空き教室の机の上に座ったまま、蓮は目を見開いて、ダフネ・グリーングラスを見返した。

 

「は? グリーングラス、悪いけれど、もう1回言って」

「わたしがあなたの嫁になってあげるから、ドラコから手を引きなさい」

「・・・最初から最後まで意味がわからない」

「スリザリンに手駒が欲しいならなってやると言ってるのよ。その代わり、ドラコを振り回さないで」

「マルフォイが好きならマルフォイに言えば?」

「違うわよ! そっちは不自由してないわ」

「わたくしも女の子には不自由・・・いや、ある意味ですごく不自由だな。24時間監視されがちだし。どうでもいいけれど、マルフォイを振り回したいと思ったことはないよ。あなたを嫁にしたいと思ったことも、ちなみに1度たりともない。スペシアリス・レベリオの件を謝れと言うなら謝る気持ちはある。女の子に対して使うべきでない魔法だった。申し訳ないことをした」

 

殊勝に謝ったのに、仁王立ちで偉そうに両手を腰に当てたグリーングラスはますます表情を険しくした。

 

「あー・・・。手駒の件については・・・。特に必要でもないから・・・ていうかさ、グリーングラス家は、聖28一族にカウントされているけれど、死喰い人にまではなっていないという、なかなか良い立ち位置をキープしているだろう? 賢明なご家族だと思うよ。せっかくそうなんだから、どちらかに肩入れするようなことは、やめておいたほうが良くないかな?」

「そういう問題じゃないのよ。わたしにはわたしなりの理由があって、ドラコには負け組について欲しくないだけなの」

「だーかーらー。あいつは死喰い人だ。どちらが負け組かは知らないけれど、わたくしは死喰い人側に肩入れすることはない。それでいいだろう」

「でもドラコを利用する気はあるわね?」

 

蓮は床に降りて腕組みをした。

 

「トムがわたくしを手に入れるために使う手駒だからね。自分の身を守るために必要なら利用する可能性はある。それはお互い様だ。文句はマルフォイに言えよ」

「わたしが代わりにスリザリンであなたの評判に貢献するからドラコから手を引きなさいと言っているの」

「選挙活動じゃあるまいし、スリザリンだろうとどこだろうと評判なんか欲していない。そもそもホグワーツの中の問題じゃないだろう。マルフォイがわたくしに近づくのは、ウィンストンの血を手に入れるのがトムからの命令だからじゃないのか。あなたが何をしようとしまいと、わたくしがどうこうできる話じゃないんだ。マルフォイが好きならマルフォイに言えよ。『わたしのために闇の帝王から離れてくださらない?』とかなんとかさ。その時は付け睫毛をもう少し増量しろ」

 

ビッと指差してアドバイスしたら、その手を叩き落とされた。

 

「妹のためよ! わたしはドラコみたいなモヤシに手を出すほど不自由してないって言ってるでしょう! ドラコなんかに誰が睫毛増量までするもんですか!」

「妹いたの?」

 

グリーングラスがなぜかますますヒートアップした。

 

「いちゃいけないのかしら?!」

「悪いとは言っていない。で、その妹のために、わたくしが何をすれば満足なんだ?」

「ドラコを・・・つまり、マルフォイ家を負け組にしないで」

 

蓮は呆れて溜息をついた。

 

「マルフォイ家に直談判しろ。話はそれだけか?」

「人を馬鹿にするのもいい加減にしなさいよ! ウィンストンがついた側が勝ち組に決まってるでしょう! グリーングラス家だって古の盟約に署名した一族なのよ! そしてあなたはダンブルドアのエスコートでパーティに出た。つまりウィンストンは不死鳥の騎士団についた。そのことがわからないグリーングラスだと思うの?」

「・・・よくそんな黴の生えた理屈を持ち出してくるなあと感心する。それならさ、マルフォイに言えばいいだろう。『ウィンストンを利用しないで、ウィンストンにつけ』って。妹がどこにどう関係するのか全然わからないけれど、あなたの主張としては、それが妹のためじゃないのかな」

「ドラコを利用してポイ捨てにしないと誓いなさい」

「だから、それはマルフォイに言えよ。わたくしにリボンをかけてトムに差し出そうとしているのはあいつだ」

 

ドラコが何をしようとあなたが勝つわよ! と、グリーングラスが喚いた。「そしてマルフォイ家は処罰されるわ。妹のためにも、そんな一族に嫁がせるわけにはいかなくなる。それ以前に、ドラコがアズカバンに入ればおしまいよ」

 

やっと得心がいく説明になった。

 

「・・・最初からそう言えばいいのに。面倒くさい女だなあ。妹がマルフォイを好きで、それを応援したいわけか」

「・・・あなたが自分の言葉に変換すると、すごく軽薄に聞こえるからいちいち翻訳しないでくれないかしら」

「・・・面倒くさい上にいちいちいちいちいちいちいちいち癇に触る女だ。まあいい。妹に免じてテストしてやる」

「テストですって?! 一体何様のつもりよ?!」

「ウィンストン様だよ! ウィンストン様にマルフォイの命乞いに来たんだろう、妹のために。テストぐらいで興奮するとグロスが剥げるよ」

 

グリーングラスはギリギリと音が聞こえそうなキツい視線で蓮を睨んだ。

 

「わたくしが指定する日に、スリザリン生が寮から出ないようにしろ。まあ、完全に死喰い人側に堕ちた奴は放置しても構わない。わたくしの嫁と自称しようが何をしようが、手段は問わないから、スリザリン生をその程度に掌握する手腕を見せてもらう。それが出来ない奴の頼みなんか聞いてやる義理はない」

 

言い捨てて、これ以上喚かれないうちにと、さっさと空き教室を後にした。

 

 

 

 

 

げんなりしたパーバティが占い学から戻ってきた。

 

「ハーマイオニー・・・レンは?」

「シェリルに引っ張られて、箒のトレーニングに付き合わされているわ。どうしたの?」

「・・・わたし、いつレンの第三夫人になったのかしら」

 

ハーマイオニーは思わずパーバティの額に手を当てた。

 

「熱はないわね。ね、パーバティ、レンにはまだ第一夫人さえいないから、あなたがいきなり第三夫人ということはないと思う。まず第一夫人に立候補したらどう?」

「第一夫人はあなたらしいわよ。スーザンが第二夫人で、わたしが第三。そしてただいまダフネ・グリーングラスが第四夫人からわたしを蹴落として第三夫人になるために暗躍中、というパドマからの情報」

「何なの、その気持ち悪い情報。グリーングラスはレンを天敵認定しているはずよ? 整形魔法を解除されて以来」

 

パーバティは頭を抱えて「蹴落としていただかなくても、喜んでくれてやるわよ」と呻いた。

 

ハーマイオニーはその背中をトントンと叩いて慰めるしかなかった。

 

 

 

 

 

「まさか本気で嫁作戦を使うとは」

 

円卓の間で、蓮が目を丸くしている。

 

「レン? あなた、ダフネ・グリーングラスといつそんな話をしたのかしら? わたしは第二夫人だったの?」

 

いきなり第二夫人説を聞かされたスーザンの声にも、どことなく棘がある。

 

「一昨日。放課後に呼び出されたんだ。妹のためにマルフォイひいてはマルフォイ家に致命的な処分を与えないで欲しい・・・という趣旨のことを、すごく回りくどく高飛車に頼まれた。最初は、ドラコの代わりに自分が嫁になってやるって言われたんだよ。わけわかんないだろう? 頑張って話を聞き出したら、結局そういうことだった」

「・・・それで?」

「そんなのマルフォイに言えよって言ったのに聞かないから、まあ、マルフォイが死喰い人と合流した後はスリザリン生をコントロールする手段もなくなることだし、ちょうどいいかと思って、死喰い人以外のスリザリン生を掌握することを課題に出したんだ。プライド高いからどうせ何も出来ないだろうと思って、手段は問わないって条件でね。そのことじゃない? でも第一夫人から第三夫人なんて話はしていない。それは完全なる創作だ」

 

蓮の説明に呆れて、スーザンがこめかみを押さえて黙ってしまった。

パーバティは腕組みをして天井を見上げ、唸っている。

 

「妹のために・・・っていうより、もうあなたへの嫌がらせなんじゃないの?」

 

ハーマイオニーが適当に言うと、スーザンは「グリーングラス家は、聖28一族の中でも特に気位の高い一族よ。妹のためにマルフォイ家の零落を見過ごしにできないのは、理解できるわ」と注釈を入れた。

 

「そうなの? わたしとパーバティ、そういうことに疎いから、少し解説してくれない?」

「ええ。グリーングラス家は、聖28一族の中でも特に旧家、それこそブラック家と近い家格にあるわ。マルフォイ家よりも家格は高いはずよ。でもというか、だからというか、死喰い人側と目されたことは一度もない。気位の高さから、謎の闇の魔法使いに従属することを嫌ったと言われてるの」

「・・・そういう純血の一族もあるのね」

 

アンドロメダおばさまのセンスだよ、と蓮が呟いた。

 

「ああ、そういうニュアンス?」

「うん。グリーングラス自身は、さほど純血主義に固執してはいない。ジョージにバレンタインカードを贈ったぐらいだからね」

 

そうね、とスーザンも頷いた。「マグル生まれや半純血のボーイフレンドも何人か噂を聞いたことがあるわ。ボーイフレンドは渡り歩くけど、妹さんのことをすごく大事にしてるそうよ。少し身体が弱いとも聞いたわ」

 

「対照的な姉妹よね。妹のほうは諸事に控えめなイメージ」

「だから身体が弱いというのも本当かもしれないわ。妹さんの嫁ぎ先を気にかけてしまうのは、純血主義のためばかりでもないと思う。ある程度の環境が整っていないと妹さんを任せられないという気持ちは強いかもしれない。だから、妹さんのためにマルフォイ家の扱いについてレンに頼みごとをするというのは不思議じゃないと思うわ。内容はすごく不思議だけど」

「彼女流の皮肉や軽口が、階段落ちの噂とミックスされて、あんな不思議極まりない広まり方をした?」

「その可能性はあるわ。グリーングラス家の立ち位置だけなら、今はウィンストン家につくのが純血の魔法族として正しい態度だと主張することは不自然じゃないわよ。本人の態度からは不自然極まりないけど」

 

唸っていたパーバティが「もうここに呼びましょうよ」と、たまらなくなったように主張した。「ハーマイオニーもスーザンもボーイフレンドがいるからいいけど、わたしにはコレしかいない・・・いなくていいけど、とにかくそういう誤解を招く軽口や噂が広まると、わたしの人生台無しよ! しかも第三夫人なんて・・・!」

 

「じゃあ第一夫人にしてやるよ」

「しなくていいからグリーングラスを今すぐ呼んで。ここに。ナウ!」

 

ハーマイオニーは「彼女の社交力は、確かに使い勝手は悪くなさそうなのよね」と思案した。スーザンも頷く。「情報通よ。誰が誰とどういう関係なのか、すごくよく把握してるみたい。それに聖28一族の中の人には比較的気を許す傾向があるの。ハンナとネビルのキューピッドよ」

 

「ネビルの?」

「れっきとした橋渡し役ではなくて、ネビルがよくハンナのことを気にかけてることをハンナに教えたのがグリーングラスなの。その手のことには敏感よ。円卓会議には、まあ、誰とは言わないけど、とんでもなく鈍感な人がいるから、必要な人材かもしれないわ」

「今すぐ呼んで!」

「うるさいわよ、パーバティ。信頼できる人材かどうか検討中なの。そもそもレンは彼女のことをどう・・・レン? あなた、いったい何をして・・・」

「通信魔法を考えている」

「DAのコイン一斉送信は?」

「あれは練習日を一方的に全員に送るだけだろう。最低でも分野別に呼び出し可能にしなきゃいけないから、こうして個人別にダエグを割り振って、と。双方向通信にしたいんだ。簡単な打ち合わせならいちいち集まらなくてもいいし」

「パトローナスは?」

「スリザリンにブランカがウロウロしていたら超怪しいじゃないか」

 

パーバティが頭を抱えて「とにかく今すぐグリーングラスを止めてよ!」と切実に訴えた。

 

 

 

 

 

円卓の間に入ってきたグリーングラスは、興味深そうに4人の対面に座った。

 

「いきなり呼び出したにしては、悪くない部屋ね」

「グリーングラス、呼び出しには理由があるんだ。パーバティが半泣きになっている。第三夫人は嫌らしい」

 

グリーングラスはニヤリと笑った。

 

「じゃあ作戦成功。ウィンストンの『テスト』なんてアテにならないから、あなたたちの秘密会議に一刻も早く突入したかっただけよ」

 

蓮がパーバティをジロっと睨んだ。「簡単に引っかかりやがって」

 

「それも双子の妹からの情報だけでね」

「ちょっと! パドマもグルだったの?!」

 

パーバティ、とスーザンがこめかみを押さえた。

 

「・・・ハイ」

「パドマも呼んでくれるかしら。あなたより情報関係に強そうだし、DAメンバーでもあるし」

 

パーバティがパドマを呼びに出て行くと、グリーングラスは椅子の上で膝を組んだ。

 

「信頼関係だのなんだの、グレンジャーがうるさいことを言いそうだから先に言っておくわ。あなたたちの秘密会議の内容全部を知りたいとは考えていない。流したい話を流すのにわたしを使いなさい。使い物になると判断したら、約束を守ってもらう。妹はドラコのことをすごく心配しているし、わたしは妹を心配してる。ドラコはうちの妹に好意がある。3人の利益を上げるには、わたしをあなたたちに使わせるのが一番いいの。闇の帝王に対する関心は、わたしにはゼロよ。いてもいなくても良いわ。まあいないほうが風通しが良くなる気はするけど、命懸けで戦う気なんてないからそれは期待しないで」

 

ひと言目ですでにカチンときたが、ハーマイオニーはありったけの自制心を捻出した。

 

「約束について、詳しい話を詰めましょう。わたしたちにマルフォイ家をどうこうする力があると本気で考えているの?」

「しらばっくれるのはやめなさいよ、グレンジャー。あなたはロス家の指定後継者らしいじゃない? ウィンストンの当主とロスの当主が揃ってる時点で、闇の帝王が」

 

それやめろ、と蓮が冷たい瞳の色を見せた。

 

「レン?」

「この国の国主は女王陛下だ。『帝王』なんて馬鹿げた呼称を使うな。ウィンストンとロスの意味を理解していると主張するならそのぐらい気を遣え。グリーングラス家ではその程度の教育も受けていないのか。もういい。使えないから帰れ」

「ちょっと、レン!」

「じゃあ、何と呼べばいいのかしら? ヴォルデモート?」

「それも自称ロード・ヴォルデモート。自称だ。馬鹿馬鹿しい。ここにいるのは、実際に宮殿でレディ・レン、レディ・ハーマイオニーと呼ばれる人間だぞ。本物の前で、仰々しい自称を犯罪者に対して使うセンスじゃ話にならない。グリーングラス家は、あんなのを帝王だのロードだの呼ぶように成り下がったんだな」

 

このひと言がグリーングラスの態度から軽薄さを吹き飛ばした。

 

「レディ・レン。皆さまは、彼の者をどのように呼んでいらっしゃるのかしら?」

「トムで構わない。もしくはリドル。なるべく丁寧に呼んでやりたい時はトムくんだな」

「わかったわ。話を戻すわよ。トムね、トム。ウィンストンとロスが揃っていれば、トムが何を企もうと、ある程度のところでイギリスの魔法界をひっくり返すことが出来ることぐらい、グリーングラス家の跡継ぎには教えられてるし、クリスマス休暇にはもう成人してたから、『古の盟約の書』にもサインしたわ」

 

蓮が眉をひそめた。「まだそんなものを続けている家があったのか」

 

「9世紀からずっとよ。サインした以上は、古の盟約には従うわ。まあ、今までの当主は形ばかりのものだと思ってなんとなく続けてきただけだろうけどね。よりによってわたしがサインした時になって、剣が抜かれる見込み濃厚だなんて皮肉な話よ。でも、それを利用させてもらうわ。妹がドラコと結婚して、平穏に暮らしていけるようにして欲しい。それがわたしからの要望よ」

 

スーザンが口を開いた。

 

「あなた自身のこと、あるいはグリーングラス家のことについては?」

「特に頼みたいことはないわね。わたしはわたしなりにうまくやっていくし、古の盟約に従うのは魔法族の旧家を誇るのなら当然のことよ。本来なら交換条件を出すようなことじゃない。でもマルフォイ家のことをなんとかするには、この方法しかないわ。処罰はルシウス・マルフォイ個人のもので済ませて。ドラコを連座で巻き込む形を取らないで欲しい」

「現代のウィゼンガモットは連座制を採用していないわよ?」

「そんなの御題目だけよ。社会的には一族単位で罪人扱いになるわ。それじゃ困るの。妹は、そんな扱いに耐えられる身体じゃないから」

 

蓮は眉をひそめて腕組みをしたまま、口を開かない。仕方なくハーマイオニーが質問した。

 

「マルフォイ個人が罪を犯したら、それはどうしようもないことぐらいわかるでしょう? マルフォイ次第だもの。そんな約束に意味があるの?」

「あなたたちが何らかの形でドラコを利用してるのはわかってる。だから約束しろと言ってるの。あなたたちがドラコを利用したことと引き換えに、ボーンズ、法廷の駆け引き的な、アレ」

「司法取引」

「司法取引を使ってやればドラコの罪は減じられるはずだわ。あなたたちの解釈次第で転がせる範囲はちゃんと存在する」

 

やっと蓮が口を開いた。

 

「あなたの妹がマルフォイを諦めれば済む話なんじゃないか? 妹はまだ未成年だし、卒業まで何年も猶予がある。身体だって、多少は出来てくるだろう。何もマルフォイにそこまで今の時点でこだわらなくてもいいだろう。現にあなた自身も、もうジョージにこだわりなんてないはずだ」

「そうよ。わたしはね。でも妹は違う。何年生きられるかわからない。これから先、丈夫になるなんて問題じゃないわ」

「だったらなおさら、マルフォイ家のことなんか気にしないでグリーングラス家で大事にすればいい」

「先が短いからこそできることは何でもさせてあげたいのよ!」

「そんな状態なら、療養とか」

「先祖の呪いを一身に引き受けた妹に、身体のためにあれもこれも我慢しろって言うの? 冗談じゃないわ」

 

グリーングラスは蓮の瞳を睨んだ。

 

「ウィンストン、あなたがいくら常識を説いても無駄よ。わたしがそうすると決めたの。妹のことは一応説明したけど、約束の内容は、妹の取り扱いじゃない。マルフォイ家、ドラコ・マルフォイの取り扱いよ。善人ぶって話をすり替えないで」

 

その時、スーザンがハーマイオニーに目配せをした。

 

「レン、今夜はそろそろ帰ったほうがいいわ。あとはハーマイオニーとわたしで話を詰めておくから。また明日あなたの考えをまとめることにしましょう」

 

蓮に向かってハーマイオニーは頷いた。「そうしなさい。今夜はサクシフラガを飲むべきよ」

 

頷いて足早に退室する蓮を見送り、グリーングラスは「なにアレ」と眉をひそめた。

 

「アンブリッジに真実薬を飲まされていた後遺症でね。いろいろ弊害があるの。だから本当は夜遅くまで起きているのも良くないのよ。幼児退行が夜になると悪化するから」

「善人ぶっているわけじゃないわ。そこは誤解しないであげて。なんだか少し、あなたの妹さんの状況が自分に重なってしまって、客観的になれないみたい。さて、と。あなたの要望は理解したわ。確かにマルフォイを利用していると解釈できる部分はある。司法取引の要件を満たすよう、その解釈を使うことは不可能ではないとわたしは思うけど、ハーマイオニーは?」

「そうね。わたしたちからの要求を呑んでくれるなら、レンの説得は引き受けましょうか」

 

ハーマイオニーは姿勢を正した。

 

「言ってみて」

「わたしたちは、スリザリンだからって全員が全員死喰い人だとは考えていないの。でも、スリザリンと他のハウスでは距離があるから、正確に状況を把握出来ない。わたしたちとスリザリンの橋渡し役を引き受けてくれる人物が欲しい。あなたがさっき言ったのは、スピーカーだとかスポークスマン。一方的な宣伝告知役のことよ。それは正直、危なっかしくて使いたい手段じゃないの。スリザリンの内実を教えてくれる人物、あるいはスリザリン内部に流したい情報をわたしたちからと悟らせずに流せる人物なの。平たく言うとスパイよ」

「ついでに言うと、純血主義を否定するつもりはないわ。いろいろな主義主張はあって当然だけど、トムや死喰い人、アンブリッジのように、それを社会制度として押し付ける傾向が強過ぎるのは迷惑だと考えているだけ。だから、スリザリンに流す情報と言っても、いわゆる危険告知や安全対策というレベルね。現状、その手段がないことは問題だと思ってる」

「グレンジャー、そういうのは監督生がどうにかする建前なんじゃない?」

 

ハーマイオニーは顔の前で手を振った。

 

「やめてよ、いまさら建前論なんて。マルフォイとパーキンソンにそんな話をしても、スリザリンに伝わる気がしないわ。むしろ捻じ曲げられて逆効果。他のハウスとは監督生同士の横の繋がりがあるけれど、スリザリンはもう・・・パーキンソンの喚き声を聞くだけで鳥肌が立つわ。そもそもパーキンソンって、わたし以外の監督生となら親しく会話することぐらいあるの?」

 

無理ね、とグリーングラスは鼻で笑った。「そう言ってるのはあなただけじゃないわ。いいでしょう。そのスパイ、引き受けた。いち早く安全情報が手に入ることは悪い立場でもないわね。妹のためにも」

 

ハーマイオニーは思わず口に出してしまった。「ねえ、あなたって、実はボーイフレンドより誰より妹さんのことが好きなんじゃない?」

 

それに対する返事は、ちょうど入室してきたパーバティの荒々しい足音で聞くことが出来なかった。

 

「連れて来たわよ、ってレンは?」

「不調みたいだったから帰したわ。いらっしゃい、パドマ。そのあたりに座って」

「ハイ、ハーマイオニー。ハイ、スーザン。ハイ、ダフネ」

 

愛想良く全員に挨拶すると、グリーングラスの隣の席に腰を下ろした。それなりに親しいようだ。

 

「来てもらったのは他でもないの、パドマ。実はあなたとグリーングラスがパーバティを担いだと聞いたものだから。もうグリーングラスには聞いたけれど、なぜそんなことを?」

 

パドマは肩を竦めた。

 

「ダフネとはそう疎遠でもないから、この秘密会議への参加を狙ったゲームを仕掛けるのは面白そうだと思って協力したの。あなたたち3人、レン含めて4人の中では、パーバティが一番の弱点に見えたから攻め方の筋道は見えていたわ」

「じゃ、弱点?!」

 

落ち着いて、とスーザンがパーバティのローブを引っ張った。

 

「現にその通りだったでしょう? まあ、パーバティの痛いところをダフネに教えて作戦を立てるのが楽しかったから悪ノリしたのは認めるわ、ごめんなさい。レンは? まさかいきなり嫁が4人も出来た衝撃を受けてひとりで寮に? また階段から落とされたら大変よ、パーバティ。あなたも帰ったら?」

「離してスーザン、わたしは今姉妹の縁を切るんだから!」

 

ハーマイオニーは溜息をついて「パーバティ、ハウス」と命令した。

 

「ハーマイオニー?!」

「パドマはあなた抜きで話したいと言ってるの。あとから説明するけれど、まずはパドマが話しやすい状況で聞いてみたいわ。ハウス」

「・・・覚えてなさいよ、パドマ! レンにあなたの悪行についてはとくとレクチャーしておくから!」

「もし寝ていたら叩き起こすのはやめてね」

 

パーバティは足取り荒く出て行った。

 

「もう・・・怒らせ過ぎよ、パドマ。それで、あなたは何が望みなの? パーバティをからかいたかっただけにしては、いつものあなたに似ず強攻策だと思うけれど」

「ちょっと子供っぽい理由だから、彼女がいる前では言いたくなかったの。後からうまく適当に整えた説明をしてやって。要するに、わたし、パーバティに負けたくないのよ。小さい頃から、パーバティのほうが自己主張が強くて、損な立ち位置ばかりだったわ。まあ、姉妹なんてそんなもの・・・わかってるわよ、ダフネ。あなたの異常なまでの妹さんへの愛情は今は胸に仕舞っておいてくれない? ごめんなさい、話が逸れたわ。シスコンのひねくれ者の通訳担当も必要だと思うわよ。とにかく、シスコンでもない限り、姉妹は生まれながらにしてライバルよ。両親からの関心、親戚からの関心、常に奪い合ってきた。もちろんそれだけじゃないけどね。お互いに協力して生き延びてきた関係でもある・・・って、やだ、ハーマイオニーもスーザンも兄弟姉妹がいないわね、レンも。姉妹がいるのがこのシスコンだけとなると、もう少し説明が必要?」

「姉妹論については、あなたとパーバティの関係に限定したもので構わないわ。双子という形も少し特殊だと思うから、一般化する必要はないでしょう」

 

パドマは頷いた。

 

「とにかく、最大の同士にして最大のライバルよ。ホグワーツに入学して、違う寮に組分けされた時は、人生最大の安堵と不安に引き裂かれそうだった。でも、それにしてはわたしはうまくやってきたと思うわ。5年生になる時、監督生に選ばれたのは初めて明確にパーバティに勝った経験だったわ。よく考えたら大した勝ちでもないけど。その時には、勝ったと思ったのよ。そうしたら、パーバティったら、反人狼法についてやたら調べ始めて、ヴィクトリア2世の匿名で『変身現代』に小論文。勝ったと思った年に、スケールの大きさで完敗したの。それってあなたたちの影響よね。パーバティだけなら、ああいう視点は持てない。もともとは割と現状に満足しがちで、問題意識は強くないのよ。だからわたしも、自分を切り替えなきゃって思ったの。パーバティとの競争、レイブンクロー内の競争、そんなところばかり見ていたら、負け続けることになるわ。ちょうど監督生になったことも便利に働いた。ダフネともそれから会話するようになったわけ。わかるでしょ、ハーマイオニー。夜中に見て見ぬふりをしてあげなきゃいけないでしょ、この人」

「・・・もう慣れたわ」

 

ハーマイオニーは溜息をついた。さすがに目撃した場面が場面なので、正論をふりかざして突撃することも憚られるという状況を幾度も経験したのだ。

 

「ダフネに限らず、それなりの数の他寮の学生と繋がりを持つようになって、またふと気づいたら、パーバティにうまく情報を吸い上げられてる・・・そりゃあ、ちょっと待てって思うじゃない? どうせこの秘密会議のためだろうけど、だったらわたしを顧問としてきちんと招くべきよね? 双子の妹なのよ。信頼関係が足りないとは言わせないわ。DAにだって参加したし、チョウ・チャンとマリエッタ・エッジコムに気をつけるように忠告もしたのよ。なのにただの情報屋みたいな扱い。パーバティ経由では情報精度は怪しい、ってことを思い知らせて、わたしを正式にメンバーとして使ってもらうことに決めたの」

「・・・確かに、あなたの観測情報に頼っていた自覚はあるし、パーバティ経由であることに疑問を感じなかったのは、わたしたちの手落ちね。少なくとも・・・あなたがパーバティをいとも簡単に手玉に取ったのを見せつけられた以上、その体制を見直すべきだわ」

 

ハーマイオニーはあっさり引き下がったが、スーザンにはその種の弱みがない。

 

「でも、パドマ、それだけ情報力に自信があるなら、グリーングラスからも聞いてるはずだけど、これが双子のライバル心だけで参加していい会議じゃないということもわかるでしょう? グリーングラス、そのあたりのことはパドマに話した?」

「もちろん。このわたしがあなたたちの側につくんだから、相応に重大な案件だと思い知らせてあるわよ。じゃなかったら、このわたしがウィンストンを『レディ』と呼ぶなんて屈辱に耐えるわけがないでしょう」

 

すごく納得できた。

 

「秘密会議の意義については充分過ぎるほど検討済み。アンソニーもせっせと図書館通いを始めたみたいだし。それなりに理解はしてるわ。動機の、さらに発端がパーバティだというだけよ。パーバティ抜きのわたしなりの理由も覚悟もある。わたしはジャーナリストになりたいの。リータ・スキーターじゃないわよ。もっときちんとしたジャーナリスト。ついでに言うと変身術のことしか考えないどこかの編集部とも、ぶっ飛んだ幻想生物のことしか考えないメラメラ眼鏡付きのジャーナリストとも違う。国連の会議、魔法省の会議、ウィゼンガモットの裁判、そういったものをきちんと傍聴して、きちんとした情報を集めて伝える、まともなジャーナリスト。今あなたたちの仲間になっておくのがその地位につくために必要だわ」

「いやあ・・・それだけの野心があれば」

「今この時代に国連制裁決議を可決した議長に個人インタビューできるコネクションを持ったジャーナリストには、野心だけじゃなれない。というか、あなたたちに野心が無さ過ぎるわ。レンのことさえ自分の熱意で説得すれば、ダームストラング校長、国連議長、英国大魔法使い、魔法省がまともだった時期最後の法執行部副部長の独占インタビューが出来る。世界から見たイギリスの姿をメディアから流してやれるはずなの。パーバティの言い草から察するに、あなたたちがそもそもレンの面倒くさがりに流されてる。はっきり言うけど、レンを1週間捕獲して、ひいおばあさま、おばあさま、お母さまの素顔をじっくりねっとり聞き出して、輝かしい業績を調べ上げ、その裏の艱難辛苦を添えれば、『ホグワーツの近代史、レイブンクロー編500ページ』の一丁上がりよ。しかもイギリスだけじゃなく日本にもアメリカにも売れる。ハーマイオニー、どう? 要らない?」

 

すごく読みたい。読みたいがしかし。

 

「・・・い、要るけれど、それはひとまず後回しでいいの。いいのよ、パドマ。そういったことは、戦後の改革の中で扱うべきだわ。落ち着いて、じっくりと・・・1000ページになってでも」

「ほらそこも。イギリスが変わるこの時期に、双子の姉という便利なコネクションが中枢にいて、どうしてわたしがじっとしていられる? あなたたちの戦争を、後日、隠れて逃げ回ってた大人が訳知り顔で報道するだけに任せていいの? 終戦から間を置かずに側近からの公式報道をドーンと出さなきゃ、また大人に引っ掻き回されるわよ? わたしを正式にメンバーに入れて。わたしが歴史を記録するの。ハーマイオニー、自分のことだと思うから後回しでいいなんて言えるのよ。違う? あなたがボーバトンに行ってたら、わたしが書いた本を担いで暮らすと思うわよ? イギリス魔法界の中で、最初で最後の大一番が起きるの。それを内側から見たジャーナリストによる記録よ。こんな面白い本、絶対に世界でも今後10年は出ない」

「う・・・で、でもね、パドマ・・・ダメだわ、助けてスーザン」

 

スーザンは溜息をついた。

 

「完全に負けてるわね・・・パドマ、あなたの野心や熱意は充分に伝わったわ。でも、問題は、今何が出来るかだと思うの。戦後に歴史を綴りたいだけなら、レンもハーマイオニーもハリーも全面的に協力するでしょう。確かにあなたの言う通り、日刊予言者やリータ・スキーターにいまさら味方ぶった記事を書かれるよりあなたに書いてもらうほうがどれだけいいかしれないもの。でもわたしたちが今必要としているのは、今動いてくれる人。ホグワーツには、レンやハリー、ダンブルドア、騎士団のメンバーもいる。逆に死喰い人を家族に持つ生徒もいる。いわばイギリス魔法界の火薬庫よ。いつどんな危険が襲ってくるかわからない。外的協力は、それこそ不死鳥の騎士団、ウィンストン家、国連の大人たちに動いてもらえるけれど、学校に襲ってくる危険に一次対処するのは学生。今一番悩ましいのがそこなのよ。なのに、それを観察者として記録するだけの人を抱え込んでる場合じゃないわ。今わたしたちのために何が出来るかを教えて欲しいの」

 

思わず拍手を送った。スーザンは素晴らしい理性の持ち主だ。蓮の生命がかからない限りは。

 

「わたしは監督生よ、スーザン。夜間見回りと称して歩き回っても、何のルール違反にもならない。ちなみにハーマイオニーとは監督生同士。専用浴室で裸のお付き合い。夜間徘徊常習犯のダフネと落ち合うのは毎度お馴染み。一応服は着てるけど。グリフィンドールには双子の姉。情報戦に必要な人材じゃないかしら。わたし以上に自由に動けるチェスの駒はないわ。ハウスエルフは人間との接触に制限があるから、やっぱりわたしが必要よ」

 

ハーマイオニーが拳を握って心の中でスーザンからの反論を応援しようとした途端、スーザンはハーマイオニーを見た。

 

「・・・負けたわ、ハーマイオニー。レンとパーバティを説得するしかなさそうね」

「早かったわね」

「一応、レンを1週間捕獲してじっくりねっとり責めるとか、パーバティをあれだけ怒らせたとか、そうしたことを考慮して、次善の策を考えようと思わなかったわけじゃないけど・・・この2人ぐらい毒気のある人材も、円卓会議には必要だという気がしてならないの。レンとパーバティのために血圧薬を用意してでも参加してもらったほうが良いと思うわ。わたしたちだと、レンに甘過ぎるって、つい先日ハリーからも言われたことだし」

「・・・そうだけれど・・・ねえ、グリーングラス」

 

膝を組んで腕組みをしたグリーングラスが偉そうに「なによ」と応じた。

 

「あなた、レンに対する遺恨はないの? グリーングラス家の立場を別にして、もっと個人的な。わたしは、いわゆる穢れた血だから、話にならないだろうし」

「わたし、その言葉大嫌いだけど」

「え?」

「さっき言ったでしょ。9世紀の時点でグリーングラス家は魔法界の名門だったわ。マグル生まれの血が流れてなきゃ続くわけがないでしょ。スクイブだらけになって絶滅してたわよ。グリーングラス家が聖28一族だと言われるのは、正式な結婚をしないからよ」

 

ハーマイオニーはぽかんと口を開けた。

 

「正式な結婚をすると、財産が分散されることになる。それを嫌って、正式な届出を出さない当主が割と多いの。特に魔女が当主だと顕著ね。父親の違う子供がいても、いちいち知られずに済むわ。でも、とにかく古からの名家だから純血だという思い込みだけで聖28一族に入れてあるのよ。あって不便な称号じゃないから、はいそうですよという顔をしてるだけ。ちなみに、妹にかかってしまった呪いはどっぷりと純血主義者だった先祖が、マグル生まれの魔法使いを殺した時に発動した血の呪いよ。そんなに純血が大事なら子孫まで呪いが続くようにと念入りに仕組んでね。ああ、勘違いしないで。グリーングラス家は、ある意味では純血主義よ。子孫がスクイブになるのはさすがに問題だと考えるから、伴侶は魔法使いか魔女。それさえ守っていればそれで充分ね。だいたいマグル生まれの魔法使いならともかく、マグルの男とは付き合えないじゃない。マグルの食卓なんて想像も出来ないのに。ゴブリン製の銀器無しでは安心して食事も出来やしない」

 

ハーマイオニーは眉間を揉んだ。

 

「わかったわ。わたしの偏見が強かったわね。謝罪します。レン個人に対してはどう思う?」

「さっき幼児退行がどうとか言ってたけど、やれば出来るんだから、もうちょっとどうにかならない? 威厳ってものがないのには見ててイライラするわ。最近また無理してるのはわかるけど、もうちょっと魔女らしい威厳にしなさいよ。あれじゃ、マグルの出来の良い職業婦人ってところがせいぜいね」

 

スーザンが「それが彼女のユニークな魅力よ」と取り成すと「側近がそうやって甘やかすのも良くないわ」とバッサリ斬られた。

 

「グレンジャー、あなたもよ。あなたたち2人はイングランドとスコットランドで、女王の代理人、要するに魔法界の女王だっていうのに・・・髪を振り乱して山のような本を担いでバタバタ走り回って見苦しいわよ、グレンジャー。ウィンストンはそういうガツガツしたところはないけど緊張感もない。たまにピリッとしてるかと思ったらマグルの職業婦人みたいにお茶を飲む時間も惜しんで新聞を読む始末。ユニークな魅力は別問題。必要な時には女王らしい威厳ある振る舞いができるようになっておきなさいよ」

「・・・はい。えーと、もうはっきり言うわね。化けの皮剥がしやジョージのことで嫌い合っていたと思うけれど、そのことはもうどうでもいいの?」

「ハンサムな赤毛のビーターは魅力的だったけど、卒業目前に学校中に悪戯用品をばら撒いて中退した男に興味を持つと思う? わたしが? 化けの皮剥がしの件は、いまだに腹が立ってる、というか、すぐに人の顔のことを指摘する嫌がらせのたびに怒りは更新されてるわよ。最新の怒りは一昨日。付け睫毛を増量してドラコに迫れだの、グロスが剥げてるだの、余計なひと言が常に美醜に関わる言葉よ。どれだけ育ちが悪いの?!」

 

返す言葉もありません、とハーマイオニーは小さくなったが、パドマが可笑しそうに「ほらスパイ以外にも良い使い道が早速見つかった」とグリーングラスを指差した。

 

「・・・パドマ」

「ジャーナリストの卵としてはダフネに全面的に賛成。上流階級の魔女らしい振る舞いをレクチャーさせるなら、ダフネがベスト。ついでにレンには、優しいシッターだけじゃなく、厳しいガヴァネスが必要なお年頃なんじゃない? 魔女界のキャサリン・アシュリー」

「どちらかというと、アン・サリヴァンのほうが近い気もするけれど、それも頼める?」

「キャサリン・アシュリーやアン・サリヴァンがどこの魔女だか知らないけど、わたしが負けるとは思えないわね」

 

ふん、と謎の自信に満ちた鼻息ひとつ。

 

ハーマイオニーは「よろしくお願いします」と頭を下げた。


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