サラダ・デイズ/ありふれた世界が壊れる音   作:杉浦 渓

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閑話38 かぐや姫

円卓の間をぐるぐる見回して、ハリーは「すごいな」と呟いた。

 

「なにが?」

「僕が個人授業を受けてる円卓の間にそっくりなんだ。でも、椅子が違うね。僕のほうは、スリザリンカラー、グリフィンドールカラー、レイブンクローカラーっていろんな色があるけど、ここは黒一色だ」

「理事会室になってからそうなったんだろ。ホグワーツ経営を話し合うなら、出身寮の色で分けるのも悪くないけれど、今のココはそうじゃないから」

 

スクリーンの前の円卓の上で胡座をかいた蓮が「それで?」とハリーに向き直った。「マルフォイ抜きのわたくしたちに相談って?」

 

「ああ・・・ホークラックスについてなんだ。もうスーザンも知ってるから大丈夫だよね。このまま進むと、いずれ本格的なホークラックス探索が必要になると思う。それは僕が、僕とロンが担当するつもりなんだけど、実はものすごく自信がない。知識面で。君たちのセンスや頭脳も必要だと思うんだ」

「お互いに協力し合うことはもちろん大前提よ、ハリー。何が気になるの?」

「学校の余暇を見計らって探索を進めるだけで間に合うかどうかが問題なんだ。皮剥ぎエリックの見解によると、今のところ破壊済みのホークラックスにはまだ気づかれてないみたいだ。でも破壊を続けていけば、いずれは気づかれる。ある程度から先は、時間との勝負になるんじゃないかな。その場合、君たちに探索行に付き合ってもらうことは可能かを確かめておきたい」

 

ハーマイオニーがすかさず「レンはダメ」と断定した。

 

「レン?」

「うーん。行きたいとは思うけれど、役に立つ範囲より足手まといになる範囲のほうが広そうだ。例のアレルギーがひとつの理由。アレルギーだけなら、使い道もあるけれど・・・もうひとつの理由は・・・負傷や病気の場合、素人治療だと悪化する可能性が高い」

 

苦笑して蓮が簡単な説明をすると、パーバティが後を引き継いだ。

 

「8分の1以上人間じゃないのよ、ハリー。毒薬に耐性があるだけじゃなく、ほとんどの魔法薬に耐性があるわ。マダム・ポンフリーがレンの入学に備えて用意していた専用薬が必要なケースがとても多いの。今のところ、サクシフラガという幼児用の疳の虫の民間療法薬しか既存の薬で効いたものがないわ。寝かしつけに使ってるけど、戦闘も想定される旅にそんな薬だけじゃね」

「ちなみにグレンジャー・デンタル・クリニックには、レンの自己血輸血パックを保存しているけれど、怖くて血液型検査も出来ないでいるわ。たぶん世界にひとりしかいない特殊血液型だろうから、どんな騒ぎになることか」

「ハーマイオニーが言うには、魚類には環境に応じて雌雄が変わる種類がいるそうなの。マーメイドもそのタイプかもしれないわ。そう考えると、アルジャーノン化して以来、ハンサム度が増してきたのも頷けるでしょう?」

 

パーバティ、ハーマイオニー、スーザンの解説に、蓮が肩を竦めて「そういうことらしいよ」と他人事のように言った。

 

「・・・レン、君は・・・女子寮に住んでていい生き物なのか?」

「階段に拒絶されたら考える」

「ハーマイオニー、パーバティ、君たちは抵抗ないの?」

「もう同居して6年目だから、いまさら過ぎて」

「今になってわかったのか?」

「さっき言ったサクシフラガの件でマクゴナガル先生からお説教されたの。マダム・ポンフリーから詳しい説明を受けたのもその時」

「うちの両親は、レンのお母さまから聞いて自己血保存に協力していたみたいだけれど、わたしには教えてくれなかったの。ついでに言うと、この人、この年齢でまだ乳歯が6本もあるのよ。だから抜歯の用意はいつでも整えてあるのに、永久歯が見当たらないから抜くに抜けないみたい」

「スーザン・・・」

 

引き攣った顔でハリーがスーザンを見ると、スーザンはにこりと微笑んだ。「なにかしら?」

 

「あ、い、いや、なんでもない。えーと、じゃ」

「いざとなったらハーマイオニーを連れてけよ」

「・・・いいのか?」

「うん。ハーマイオニーがハリーたちについてれば、強烈な感情が発生した時には、わたくしに伝わる可能性が高い。逆も然り。まだ試したことはないけれど、もしかしたら意図的なメッセージを送ることも出来るかもしれない」

 

これにはハーマイオニーが腕組みをした。

 

「強烈な感情、には同感。でも、意図的にメッセージを送り合うのはどうかしら・・・魔力的な目印があるハリーとトムくんの関係とは違うから・・・」

「あー。傷かあ。ハーマイオニーから、魔力が残るほどの傷をつけられるのはなあ・・・かなりイヤ。まあでもイザとなったら、ウェンディ派遣って手もあるし、ケニーならハーマイオニーが呼べば反応してくれるんじゃないか?」

「そうねえ。できればハウスエルフたちを巻き込みたくはないけれど、非常時にはそれも考慮に入れたほうが良いのかもしれないわ」

「じゃあ、ハーマイオニーは来てくれるんだな? 君たちの計画にはそれで支障はないか?」

 

ないない、と蓮が手を振った。「というより、実行部隊に人材は優先的に配置するべきだ。ホークラックス探索と破壊が戦争の重要ミッションなんだから、ハーマイオニーが行くのは当然だと思うよ」

 

「そうね、行くわよ。ホークラックス部隊の現状をリアルタイムで把握することは重要だもの。それはわたしの担当。もうひとつの重要ミッションが魔力減衰薬。こっちはレンが適任だわ」

「マルフォイに不可能に近い魔法薬を献上させる係」

 

スーザンが苦笑して言うと、パーバティが「日本の御伽噺みたいよね。決して地上の男のものにはならない姫君が、不可能な宝物を寄越せって騙す物語。タイトルは」と記憶を探った。

 

「Bamboo Princess?」

「そんなタイトル、なんだかすごくイヤ。わたしがつけるならPrincess from the moonよ」

「空気のないとこで生きていけそうなレンにぴったりの名前だな」

「やめろ。すごく性格悪いんだぞBamboo Princess」

「あなたね、日本育ちなのにどうしてそんなに風情がないの? まあ・・・あまり心優しいとは言えないタイプだけれど、それは仕方ないのよ、Princess from the moonは人間じゃないんだから」

「・・・それは、本当にレンの話じゃないのか? 人魚姫よりレンっぽく聞こえるぞ?」

 

レンそのものよ、とスーザンがクスクス笑った。

 

「スーザン・・・」

「あのね、ハリー。カグヤヒメ、確かそういう発音よね? カグヤヒメに5人の貴公子が求婚するの。カグヤヒメはいずれ月に帰らなければならないとわかっていたから、彼らにそれぞれ無理難題を与えたのよ。この世に存在しない、あるいは入手不可能な宝を持ってきた人と結婚する、って。結局誰もそのミッションには成功せずに、ミッションに関係なかったミカドに不死の薬と自分のドレスをプレゼントして地球を去って月に帰ったの」

「宇宙人の話なのか?」

「まあ宇宙人と言えば宇宙人だけれど。すごく違う世界の話になってきたから、本題に戻ろう。ハリー、この戦争には、最重要ミッションが2つあると理解して欲しい。ひとつは、君たちのホークラックス破壊。もうひとつが魔力減衰薬だ。このうち、ホークラックス破壊は、君の言う通り、最後の最後までトムくんに察知されずに済ませるというのは、希望的観測に過ぎると思う。だよね、スーザン」

 

スーザンは頷いた。

 

「マルフォイからの情報があるわ。トムくんのペットは蛇なの。屋敷の中でも、片時も側から離さないようにしているみたい。わたしは、無生物という縛りを一時棚上げにしてでも、この蛇をホークラックスだと仮定して殺すべきだと考えているの。いくらパーセルマウスでも、尋常とは言えないでしょう? 食事のときにも蛇を侍らせるなんて」

「チェックするために、普通の手段で殺してみることも考えた。ホークラックスじゃなければ、剣で頭を叩き割れば死ぬはずだけれど、ホークラックスなら・・・普通の手段では死なない。でもこの手間をかけるよりは、ホークラックス破壊用の手段を用いて殺すのが確実だろう? 一度で済む・・・というより、二度目のチャンスがあるとは思えないからね。つまり、最低でもこの蛇を殺す時点では、ホークラックス破壊の意図はバレるってことだ」

 

ハリーは腕組みをして頷いた。

 

「手当たり次第に破壊、ってのはダメだよな。順番を考えるべきだ」

「うん。どこに隠しているかをよく考えなきゃならない。場所によっては、ホークラックスを盗み出せば必ずバレるようなところもあるんじゃないかな。全部を無防備な場所に隠しているとも考えにくいだろ。そのあたりの推理や探索は任せる。もちろんハーマイオニーを通じて連絡を取り合いながらだな」

 

順番以外にも問題があるわ、とハーマイオニーがハリーを見た。

 

「問題? ああ、問題だらけだけど、例えば?」

「推測に過ぎないのよ、ハリー。ホークラックスがいくつで、何がホークラックスなのか。確実性は高いかもしれないけれど、結局は推測」

「トムくんを確保して魔力を奪い、それからじっくり探索するという手段もある。でも、あまり長引かせたくはないから、やっぱりある程度の数の怪しいモノは、破壊しておきたいな。前例のない作戦でもあることだし」

「え?」

「魔力減衰薬で魔力を奪うことに成功したとしても、ホークラックス経由で魔力を手に入れる可能性も決して小さくはない。忘れた? 日記帳はジニーから魔力を吸い取ったのよ」

「仮に多少順番が前後するとしても、ホークラックスはトムくん捕獲から、極力速やかに全部破壊しなきゃ意味がないんだ」

 

円卓の上で片膝を抱えた蓮が呟くように言った。

 

「そのためにも、トムくんの目の前に破壊済みのホークラックスを並べて、蛇を含む残りいくつかを目の前で破壊して反応を見たいわ」

「見つけた片っ端から破壊するんじゃなく、いくつかのホークラックスは生け捕り状態で持ち帰ってきてよ」

 

ひく、と引き攣ったハリーにスーザンが気の毒そうな微笑を向けた。

 

「言ったでしょう、ハリー。カグヤヒメそのものだ、って。マルフォイが最初の無理難題を与えられた貴公子なら、あなたは2番目の無理難題の貴公子なの。あと何人が犠牲になることか」

 

 

 

 

 

頭を抱えたハリーから「カグヤヒメ」の喩えを聞いた柊子から「あっははははは」と大口を開けて笑われた。

 

「だから、先生・・・ホークラックスの、安全な生け捕りと保管の仕方を教えてください」

「そこはあまり気にしなくてもいいでしょう。蓮が同行しないのならね。基本的には無生物だから生け捕りも何もない。ただ持ち出せばいいの。保管の仕方も、蓮が日記帳を塩漬けにしていたのは、自分のアレルギーを防止するのが一番の目的だったと言えるわ。だからあなたがたなら塩漬けにまでする必要はない。漬物樽を担いで探索旅行は非現実的ね。気をつける必要があるのは、やっぱり分霊以外にも強力な呪いや毒物が仕掛けられている可能性についてよ。ホークラックス自体も・・・怜の経験からすると、ある種のネガティヴな効果を発散していると考えられるから、接触は最小限にとどめるべきね」

「ネガティヴな効果?」

 

そう、と柊子は仕方なさそうな苦笑を浮かべた。

 

「誰の心も、光や正義、自信、ポジティヴな要素だけで出来てはいない。心の中に天使と悪魔がいたり、尊大な態度が不安の裏返しだったり、何かしら親友にも恋人にも見せたくない醜く弱い自分を心の中に抱えているものでしょう? それを刺激されるようで、破壊するまでの間、数日は悪夢や苛立ちに悩まされたと怜は言っていたわ。日記帳にはそのような効果はなかったようだけれど、あれは心そのものに付け入る効果を発揮したと言えるでしょう? 無邪気な少女が心を打ち明ける話し相手としていたのだから。まだ1年生の少女の中にあったネガティヴな自分は、それほど肥大していなかったはずだから、その程度で済んだだけかもしれない。17歳の青年が手にしていたら、ネガティヴな効果が顕著になっていた可能性は否定できないわね」

「もしかして、いくつも生け捕りにして破壊しないまま持ち運ぶっていうのは・・・」

「極めて強い精神力が要求される無理難題よ。うちのかぐや姫は相変わらずね」

 

ハリーは首を傾げた。

 

「地球に滞在した宇宙人でしょう?」

「・・・世界最古のSF文学と表現する人もいるけれど、宇宙人とはまた斬新な表現ね。かぐや姫は月の世界で罪を犯して、地上に堕とされた罪人なの」

「どんな罪、ですか?」

 

柊子が笑って首を傾げた。

 

「それはいろいろな説があるからひと言では言えないけれど・・・蓮をかぐや姫に擬するなら、あの鈍感さが罪なのではないかしら。理屈で割り切って、人の感情を軽視しがちなところ。無理難題を躊躇いなくあちらこちらに分配してしまうところ」

「かぐや姫が月に帰ったのは、赦されたから?」

「そうね。自分を育ててくれた人を思いやることを学び、深く慈しむように手紙や詩のやり取りをした帝に形見の品を残すことを学んだ。だから天に帰ることが出来たのだと、わたくしは思っているわ。まあ、なんというか・・・蓮が、しおらしくも優しい孫になって、殿方と恋文のやり取りをするようになって、『離れてもわたくしのことを思い出してくださいませ』と、自分の香りの染み込んだドレスを形見に差し出す・・・という不気味な奇跡が起きれば、罪が赦される・・・・・・・・・ごめんなさい、ハリー、喩えとして間違いではないけれど、気持ち悪い想像をしてしまったわ・・・もうあんな子、終身刑でいいわね」

 

あっさりと孫を見捨ててケラケラ笑っていた。

 

 

 

 

 

「The tale of Bamboo Cutter? 読みたいなら家から送ってもらうけれど・・・一応英訳されてはいるけれど、日本の古典文学よ、ハリー。深く理解するのは難しいわ。レンがカグヤヒメだなんて悪い冗談だったわ、ごめんなさい。カグヤヒメは光り輝く美しさを誇り、国中の男性が月に返さないために戦うほどの貴婦人中の貴婦人よ・・・どこの世界に、こんなカグヤヒメがいる?」

 

暖炉の前のバスケットの中で、真っ白のふわふわした仔犬らしい何かが、文字通り、腹を天井に向けて大の字で寝ていた。

 

「あれはまさか」

「アルジャーノン化したブランカ」

「な、なんで仔犬の姿なんだ?!」

「アルジャーノン化しているからよ。レンの図体でアルジャーノン化されると腹が立つけれど、この姿なら可愛いから許せると思わない? 我ながら良いアイディアだと思うわ。このために人を動物に変身させるトランスフォルマティオの術をマスターしたの」

「・・・才能の無駄遣いだ」

 

ぷくりとしたお腹がゆったり上下に動いている。仔犬でも大物ぶりを発揮しているのは間違いない。

 

「起きないのか?」

「サクシフラガ薬も飲ませてあるから、朝までぐっすりよ。わたしとパーバティも朝までぐっすり眠れそう」

「またスーザンから叱られるぞ。『レンを大事にしてあげて』って」

「この上なく大事に大事にしているわよ。わたしのカシミアの毛布をバスケットの中に敷いてあげたんだから」

「だから・・・民間療法薬を飲ませた後に高度な魔法をかける人体実験をするなって意味だよ。ハーマイオニー、君にはスーザンの言う通り、レンで実験する悪い癖がある。いつ階段から拒絶されるかわからない生き物なんだ。慎重に取り扱ってやれよ」

「だからこうしてバスケットを持ち歩いて観察は怠らないようにしています。たまには揺り籠の魔法もかけてあげているし」

 

すごくどうでもいい配慮に思えてならない。

 

「まあ、君たちが責任を持つんだろうからもう何も言わないけど、忠告はしたぞ・・・ホークラックスについて君と検討しようと思って来たんだ。構わない?」

「ええ。もう大半寝室に行ったみたいだし。それで?」

「この前、スーザンはリドルの蛇をホークラックスと考えてるように言ってたよな。そんな感じで、君たちが自由なセンスで怪しんでいるものを他にも知っておきたいんだ。無生物だとか、入手困難だとか、そういう縛り無しで自由に。僕とロンじゃ考えもしなかったアイディアがあるかもしれない」

 

ハーマイオニーは頷いて、新しい羊皮紙を取り出した。

 

「スーザンは『リドルが自分の身近なところから決して離さない蛇のアクセサリー』の存在を最初から指摘していたの。その意味ではサラザール・スリザリンのロケットを常に身につけていると推測していたけれど、あなたとレンのリトル・ハングルトンでの目撃情報と、マルフォイからの内部情報を考えると、生きた蛇こそが怪しいと今は考えている」

「ああ・・・そういえば、リトル・ハングルトンではアクセサリーなんてつけなかったし、蛇は、確かにあの場にいたよ。深く気にしなかったけど」

「レンは『サラザール・スリザリンの魔法薬書』があるはずだと言うの。これは50年以上前に、ゴーント家の小屋にあったはずのもの。ゴーント家伝来の、極めて古い、古代ルーン語で書かれた魔法薬のレシピ集ですって。このレシピ集の存在は、ニコラス・フラメルが1600年頃にウィンストン家に報告していて、1948年にグランパとばあばとマクゴナガル先生がゴーント家の小屋で再発見したそうよ。その時にジェミニオを作成してあるみたい。この夏にグランパが再度確認に出向いたら、ゴーント家の小屋からはもう発見されなかった。誰かが持ち出したことは間違いないでしょう。それともうひとつ、やっぱりマルフォイからの情報。ミセス・マルフォイが『人から頼まれて』『古代ルーン語で記された魔法薬書を翻訳することにした』『そのためにサイエンシア・エスト・ポテンツィアという資料が必要』だと手紙を送ってきたの。レンはこの情報から、サラザール・スリザリンの魔法薬書は今現在マルフォイ邸に滞在中のリドルが入手していて、ミセス・マルフォイに翻訳させていると考えているわ」

 

サイエンシアなんとかってのは何だ? とハリーが眉を寄せると、ハーマイオニーは「古代ルーン語とラテン語が混在する辞書なの。約1000年前には、専門書の記述には両方の言語が用いられていたわ。古代ルーン語は、シンボライズされた単語だから呪文には向いているけれど、理論の記述には不備が起きやすいの。だからラテン語でそれを補うわけ」と、余計に混乱する解説をしてくれた。

 

「えーと、えーと・・・10世紀、うん、つまりその辞書を必要とするからには、10世紀に書かれた専門書の翻訳をすることが判断できるわけだな?」

「すごく大雑把に言えばそういうことよ」

 

自分ではハーマイオニーの解説の素晴らしい要約をしたつもりだが、もう気にしないことにした。

 

「わたしはやっぱり場所が気になるの。必ずひとつは・・・グリンゴッツにあるわ」

「ハーマイオニー、それは・・・リドルはグリンゴッツの金庫を所有してないんだ。リドル家の金庫なんてないんだよ」

「だからこそよ! ハリー、この点に関しては、あなたはリドルとシンパシーを持てない。ことこれに関しては、わたしやジャスティンを信じて。グリンゴッツに金庫を持てない魔法使いのコンプレックスの問題なの。あなたはマグルの家庭で育ったけれど、グリンゴッツには『ポッター家』の金庫がちゃんと存在したわ。わたしもジャスティンもずっと自分の金庫を持っていなかった。わたしはフラメル家の金庫を借りていたし、成人してから正式に名義変更してもらったけれどね。グリンゴッツの金庫イコール魔法界における自分の居場所よ」

「ないんだよ、ハーマイオニー。あいつは金庫に金貨が投入されるタイプの仕事に就いたことがない。ボージンアンドバークスの店員だったんだ。毎週末に巾着袋にレジから何枚かのコインをもらうだけさ。金融機関的信用がないタイプの仕事なんだから」

「だからこそ余計にグリンゴッツに執着するのよ、ハリー。ね、ハリー、ブラック家の金庫はあなたにも権利があるはずよね? ブラック家の一番古い金庫に行ったことは? もしかしてあのセクション? 最深部にある、鍵穴がなくて、ゴブリンの魔法でしか開かない扉のセクションなんじゃない? ウィンストン家の一番古い金庫も、ロス家の一番古い金庫もそのセクションにあるの。そのセクションに自分の財宝を保管することは、ある意味で魔法界に君臨することなのよ」

 

行ったことあるけどさあ、とハリーは頭をガシガシ掻いた。「あそこはなおさらリドルになんか立ち入ることも出来ない場所だろ? 君が知ってるだけでもびっくりなぐらいだ。まだロス家の正式な当主じゃないんだし。まあどうせレンにくっついて見学したんだろうけど」

 

「そうよ。あそこの金庫の正式な持ち主が許せば、同行は認められるの、ハリー。ウィンストン家、ロス家、ブラック家、そのぐらいしか確認はしていないけれど、あのセクションに金庫を保有していそうな家名なら、死喰い人の中にいくつも見つけられる。配下に命じて、最も格の高い金庫に自分の分身を君臨させたに決まっているの!」

 

腕組みをしてハーマイオニーの説を検討した。

 

「可能性があることは認めるよ。でも、はっきり言って、そいつを探しに行くのは無理だ。あのセクションに行ったことあるならわかるだろ。クィレルが侵入した713番金庫のセキュリティ・レベルじゃないんだぞ。あんな場所の金庫破りは不可能だ。それこそ、リドルを確保してからレンがゴブリンに命じて強制捜査するべき領域だと思う」

「もちろんそうよ。ただわたしのホークラックス仮説として頭に置いていて欲しいだけ」

「パーバティは?」

「先日は、ホークラックスの破壊方法を考えていたわね。グリフィンドールの剣が一番良いけれど、国宝級でしょう? ほいほい持ち出すことはいくらなんでも認められないでしょうし、組分け帽子だってそれと同じ扱いになるわ。バジリスクの毒は、マダム・ポンフリーは否定しているけれど、まだ何本か隠し持っているとパーバティは疑っているの。あるいは悪霊の火を覚えていくか」

 

破壊の手段は後回しでいいよ、とハリーは溜息をついた。「そこの毛深いカグヤヒメの命令だ。生け捕りにして持ち帰るんだから、ホグワーツ城内でならグリフィンドールの剣を使っても問題ないさ」

 

ぷくう、と真っ白のふわふわのお腹が膨らみ、すうう、という寝息とともに、お腹が小さくなった。

 

「さっきは可愛いと思っていたけれど、考え事をしている時にこれだけ能天気な寝顔を見せられると腹が立ってくるわね」

「・・・寝かせると決めて薬まで飲ませたんだから、我慢しろよ」

 

 

 

 

 

ズダダダダダダーン! と朝から盛大な音を立てて、女子寮から誰かが転がり落ちてきた。

 

「マクラーゲンだといいな」

 

ロンと2人で階段下の野次馬の群れを掻き分けると、そこには頭を押さえた蓮が座り込んでいた。

 

「ったいなあ。誰だよ、朝っぱらから女子寮に忍び込んだ馬鹿は」

 

ハリーは唖然として滑り台に変わった階段を見上げた。目視できる限り、全ての階段が消失して滑り台に変わっている。

 

「・・・レン、誰かが忍び込んだわけじゃない。昨夜女子寮で寝た人物に階段が反応したんだ。僕らの時はあんなに高いところまで滑り台に変わったりしなかった・・・ハーマイオニー! 出てこい! 人魚姫が魔女の呪いで王子になった!」

 

 

 

 

 

「外見に顕著な変化は見られませんね。性染色体のバランスが微妙な変化を起こしたことに、階段が反応しただけでしょう。グレンジャー、昨夜、犬に変身していた間の性別は確認しましたか?」

「・・・は、はい?」

「もしかしたら、その時点で雄犬になっていたかもしれません。性別を意識しない幼児まで退行していたのなら、精神を強く反映させる動物への変身で雌雄を取り違えることはあり得ます。それが魔法薬との相乗効果を起こし、性染色体のバランスに影響を与えた可能性が高い。考えられる治療法としては、とにかく、雌寄りの魔法効果を発揮させなければなりませんから、グレンジャー、毎日サクシフラガ薬を飲ませた上で、雌犬に変身させるようにイメージしてトランスフォルマティオを繰り返しなさい。階段が反応しなくなるまで」

 

ハーマイオニーとパーバティが顔を見合わせた。

 

「いやだ」

 

ベッドの上でぽいぽいと制服を脱ぎ捨てた蓮が冷たく言ってシーツに潜り込んだ。

 

「しばらくここに住む。マダムの薬を飲んで、もとに戻るまで入院する。そしたら、卒業まで女子寮の個室に寝泊まりするよ。何されるかわかんないんだ、その2人とは怖くて一緒に住めない」

「レン!」

 

気持ちは理解できますがね、とマクゴナガル先生が溜息をついた。「ここは傷病者のための医務室です。緊急の患者が不特定多数出入りしますから、安全とは言えません。グレンジャーとパチルが育児疲れから過ちを犯しただけだと許してあげなさい」

 

「じゃあいいよ。秘密の部屋に住む。ハリーしか入れないんだからセキュリティの問題はない」

 

蓮は、Tシャツの上から脱ぎ捨てたばかりのシャツを羽織って、ローブを丸めて持つと、首に引っ掛けたネクタイを靡かせて大股で歩き出した。

 

「レン! 待ってレン、ごめんなさい! わたしたちの部屋に戻りましょう。ね?」

「戻れないんだ。階段に拒絶されるんだから」

「だからブランカになって駆け上がれば」

「変身しなきゃ住めないような部屋には住みたくない」

 

バタン! と叩きつけるようにハーマイオニーの鼻先でドアを閉めて、蓮はひとりで出て行った。

 

「だからやり過ぎだって言ったじゃないか。先生、しばらく自宅療養をさせるとか何か、出来ないんですか?」

「できなくはありませんが、このくらいのことで、という気はしますね」

「このくらいの・・・って」

「人間から動物への変身はもともと性別面では不安定なものなのですよ。ウィンストンの場合、本体の性別に揺らぎがあるわけですから、いつ起きても仕方ないことではあります。ですから、身近な友人に対処能力を持たせることが一番良いのです。問題は、今回の件の原因がまさにその身近な友人だったというだけで」

「ポッター、心配しなくてもウィンストンは秘密の部屋には住めません。数時間も籠もればアレルギーが出ますから諦めて出てきますよ」

 

ハリーとロンは互いに引き攣った顔を見合わせた。

 

 

 

 

 

「どうする? 数時間待ってみるか?」

 

ダメよ! と頭を抱えたハーマイオニーが金切り声で喚いた。「あの人のアレルギーは確か、呼吸器にも出るの。反応が緩やかならともかく、急激に呼吸器に蕁麻疹が出たら数時間待つまでもなく窒息するわ!」

 

ハリーは溜息をついた。

 

「とりあえず僕が行って、なんとか宥めてみる。それが無理でも、ひとりにするわけにはいかないってことはよくわかったから、死ぬ心配はないよ、ハーマイオニー。でも、今度こそ本当に反省してくれ。マクゴナガルもマダム・ポンフリーも気楽に構えてるけど、階段から拒絶されるショックは大きいんだ。だよな、ロン」

「ああ。僕らは男だった分まだマシだけど、レンの場合、その前夜まで普通に上り下りしてた階段から拒絶されたんだからな。育児ノイローゼはわかるけど、勝手に薬飲ませたり変身させたりは、やり過ぎだぜ、ハーマイオニー。レンが出てきたら、ちゃんと話し合え。昼間は成人らしい判断力があるんだ。夜にアルジャーノンになっちまった時にどう対処するか、昼間のレンと話を決めておくんだよ」

 

ハーマイオニーをロンに任せ、箒と忍びの地図を取りに部屋に戻った。

 

 

 

 

 

『開け』

 

洗面台が動いた途端、工事現場のような激しい騒音にハリーは耳を塞いだ。

 

「な、なんだこれ・・・レンの仕業だな」

 

ファイアボルトに跨って急降下するうちに、騒音の正体がわかった。

 

「レン・・・サラザール・スリザリンに恨みでも?」

「バジリスクの巣穴だぞ。破壊して浄化しなきゃわたくしが住める部屋にならない」

 

サラザール・スリザリンの石像はもはや跡形もなく破壊されていた。

 

「どれだけ突貫工事をする気だ。せめてホグワーツ内の別の場所に君の個室を作ろう。ハーマイオニーが心配で発狂しかけてる。君がここに住むのは自殺行為だ。ほら。もう頬っぺたが痒くなってるんじゃないか? バジリスクの巣穴を破壊した粉塵を吸い込んで君、あとどのくらい呼吸する自信がある?」

 

忍びの地図も持ってきた、とハリーは蓮の腕を引いて緩やかに旋回しながら上昇を始めた。「住んでも問題ない空き部屋を見つけて、そこに君の全力で結界を張れよ。ハーマイオニーもパーバティも、とにかく誰も入って来れないようにさ。秘密の部屋からダーク・フォースを祓ってしまうようなことに魔力と生命力を浪費しなくても、君の力があれば安全地帯はすぐに作れる」

 

「ハーマイオニーに場所教えるだろ」

「もちろん。でも、君が入れたくないなら入れなきゃいいんだ。君のプライバシーを完璧に守る個室が欲しいなら、自分で作れ。その代わり、彼女たちに余計な心配をかけるな。食事はきちんと大広間で食べて、講義もサボらない。紳士的に、会話にはきちんと応じろ。円卓会議もきちんとやれ。ハーマイオニーたちにつけ込む隙を見せなきゃいいだけだ」

「要求が多い」

「17歳の紳士に必要な嗜みのごく一部だぞ」

 

突然蓮が激しく咳き込み始めて、ハリーは箒のスピードを上げた。

 

 

 

 

 

「マダム・ポンフリー特製の気管支拡張薬で、今は呼吸は落ち着いてる」

 

ハーマイオニー、とスーザンがキツい視線を投げた。「サラザール・スリザリンの石像だのバジリスクの巣穴だのがいくら破壊されようと構わないけど、そのせいでレンの呼吸器がダメージを受けたのよ? もう少し大事にしてあげてって、わたしが何度頼んでもあなたは聞き入れなかったけど、結果がこれ?」

 

青ざめたハーマイオニーがふらふらと立ち上がって駆け出した。

 

「行くな、グレンジャー!」

 

マルフォイが杖を振ってハーマイオニーを縛った。

 

「せめてマダムの許可が出るまでは、医務室で安静にしているべきだ。護衛は・・・ポッター、誰かグリフィンドールの奴を頼めないか?」

「それは問題ない。もうロンとネビルがついてる。サンキュ、マルフォイ。ハーマイオニー、今の君に会うことはレンを興奮させると思う。レンが新しい自分の部屋を作るまで待ってやれ」

「でも・・・イヤよ、そんなの。放っとけないわ!」

「わたしが行くから。それならいいでしょ、ハリー?」

 

スーザンの提案に、ハリーはやはり首を振った。

 

「ハリー?!」

「女の子はダメだ。女子寮の階段に拒絶されたんだよ。見た目に変化がないから君たちは、今まで通りにレンを抱きしめて慰めてやりたいだろうけど、それはレンにとってはストレスになると思う。かといって、付き合ってない男女の適切な距離感を維持するのも、不自然極まりなくてやっぱりストレスになる」

 

きゅっとハリーを睨んだスーザンは「だったらジャスティンもつけて」と要求した。

 

「ジャスティン? 仲良かったか?」

「一緒に狩をする仲よ。マグルの貴族としての付き合いがあるの。ゴドリックの谷のカントリーハウスで二日酔いになるまで飲み明かした男友達。どう、ハリー? まだ何か不満?」

「いや、不満ってことはないけど」

「ボーンズ、ウィーズリーやロングボトムでは不安があるのか?」

「ええ。わたしにレンの状態を隠される不安があるわ」

 

スーザンはハーマイオニーとパーバティを睨んだ。

 

 

 

 

 

ロン・ウィーズリー、ネビル・ロングボトム、ジャスティン・フィンチ=フレッチリー、アンソニー・ゴールドスタイン。

 

少し離れたマダムのデスクで、吸入器をしげしげと興味深げに見つめているドラコ・マルフォイ。

 

「ほっほっほ。これはまた壮観じゃな、蓮」

「あ、校長先生」

「ミスタ・ポッターが、君のアレルギーを知らせてくれての。見舞いに来た次第じゃ」

 

ハリーはロンのシャツの尻尾を軽く引っ張った。

 

「なんでゴールドスタインがいるんだ?」

「ルーナに派遣されて、ジャスティンが保証するって連れて来た」

 

うむうむ、とダンブルドアは満足げに頷き、アンソニーとジャスティンのチェス盤で、白のナイトを少し動かした。

 

「4色のナイトを取り揃えたクィーンには儂も初めてお目にかかる」

「クィーンじゃないよもう」

「それも君の癖じゃな。あっちをちょこちょこ、こっちをちょこちょこ。ナイト諸君、ミス・ウィンストンの気晴らしと護衛をしかと頼む。ああ、ミスタ・マルフォイ、その薬をミス・ウィンストンに咥えさせてシュッとやってくれぬか? 儂の持ち込んだ空気がアレルギーを起こさぬようにな」

「予防薬、ですか?」

「いや。対症薬じゃが、気管支を拡張する効果があるので、予防的に使うことも可能じゃ。使い方はわかるかの?」

 

マルフォイ、とジャスティンが手を上げた。「こっちに投げてくれ。使い方を説明するよ」

 

パシンと吸入器を投げたマルフォイが近づいてくると、ジャスティンはその円盤状の吸入器の側面をまず見せた。

 

「これはかなり強い薬だから、使用回数をこのカウンタで確認する。使い過ぎを防ぐためだ。こう回すと、外気にあまり晒されていないマウスピースが出てくる。ほら、レン、マルフォイの前で使って見せてやれよ」

 

レンがマウスピースを口に入れて、レバーをカチリと音がするまで押すと、カバーをつけてジャスティンに戻した。

 

「ほら。この1回でカウンタが1プラス。これで今日はもう・・・この通り、レバーが決して動かなくなった。マグルの吸入器を利用して、マダム・ポンフリーの特製薬を吸入、使い過ぎを防ぐためにこのカウンタを利用した魔法をかけて、規程量以上は吸入出来ないようにしてあるんだ。これならかなり強い薬でも安心して患者の手元に置いておけるってわけさ」

「・・・今のレバーを押す動作でも、一回量が管理できるんだな?」

「その通り。厳密な必要量の管理に便利な仕組みだよ」

 

その様子を見回したダンブルドアがハリーにウィンクをしたので、そのままダンブルドアと一緒に医務室を出た。

 

「お手柄じゃ、ハリー。思わぬ形で、蓮にナイトが揃ったのう。魅力ある子ゆえ心配はしておらなんだが、いつも女性たちに囲まれておったせいで、ナイトの出番が少ないのは気になっておった」

「まあ、たいていの男より強くてかっこいいですから。でも、ゲームして遊んでるだけですよ」

「遊びの中から、信頼と友情が育つ。ミスタ・ゴールドスタインは、さて、どの程度アメリカに通じてくれるかの」

「え?」

「着々と円卓の魔法戦士が揃い始めたようじゃ」

 

満足げに微笑んで、ダンブルドアはそのまま歩き去った。

 

 

 

 

 

レンのアレはこのストレスのせいもあるんじゃないか、と思いながらハリーは、ハーマイオニーとスーザンの間に割って入った。

 

「ストップストップストップ。喧嘩はやめてくれ。建設的に話し合おう。な? ハーマイオニーもスーザンも、レンを心配してるのは同じ立場だ。それで、だな。どちらが世話をするかはこの際問題じゃないんだよ。レンはもう女の子に世話をされたくないって言ってるんだ」

「ハリー、それはハーマイオニーに対してでしょう? グリフィンドール以外の部屋を作るのなら」

「レンに必要なケアをあなたは知らないでしょう、スーザン! ハリー、独り暮らしだなんてとんでもないわ! 同じようなアレルギーがまた出たらどうするの!」

 

仕方ないわね、とパーバティが立ち上がった。「わたしが」

 

「一番サクシフラガ薬を飲ませたがったのはあなたよ、パーバティ!」

「またそうやってわたしのせいにする! リトル・ブランカを面白がったのはハーマイオニー、あなただってことは忘れないで」

「2人ともレンのアルジャーノンの相手が単に面倒だったんでしょう? だからもうその必要はないと言ってるの」

 

僕の人生に女性はひとりでいい、とハリーは遠い目をした。

 

「とにかく! レンはこの機会に、荒療治ではあるけど自立することに決めたんだ! 君たちのケアには頼りたくないと言ってる! その気持ちを尊重してやってくれないかな?」

「部屋でひとりで呼吸困難になったらどうするのよ!」

 

なぜかその台詞だけは3人揃ってハリーに向かって投げつけられた。

 

「ならない。ならないように努力することが必要だと自分で言ってる。それから、ハウスエルフたちに頼んで、タイムスケジュールを管理してもらう。ハウスエルフは『姫さま』に意識されずに身の回りの世話をすることが得意だから、レンもプライバシーを侵害されるような気分にならずに済むと歓迎してる」

「ハウスエルフは良くてわたしたちがダメなのはどうしてよ?!」

 

こういうことだよ! とハリーは喚いた。

 

「レンが君たち無しで生きていけないと思いたいかもしれないけど、本当は逆じゃないか・・・君たちのほうがレンに必要とされたくて仕方ないんだ。それを・・・レンに恩を着せるような言い方して・・・レンのストレスは女の子たちが原因だと僕は思うよ」

「・・・へえ」

「言いたいことはそれだけかしら、ハリー?」

「もともとわたし、ウェンディに間違われがちだから、よく考えたら問題は何も見当たらないわね」

 

 

 

 

 

怖かった、と医務室のベッドサイドで呟くと、蓮は苦笑して身体を起こした。

 

「嫌なことをさせてしまった。ごめん。そろそろ限界みたいだから、マダムの許可が出たら寮に戻るよ。その前に、とりあえず明日の放課後、3人を呼んでくれないかな。自分で話す」

「無理するなよ。あれは絶大なストレス源だぞ?」

「慣れているし、実際に甘えていたのは確かだから、自分である程度整理をつけるべきだ」

「・・・僕の人生には、女性はひとりで充分だと痛感した。金輪際ハーレムを羨まない。それが単純計算で3倍なんだ。病み上がりの君なんて踏み潰されるよ」

 

 

 

 

 

結果的に蓮が踏み潰されることはなかった。

 

釈然としない。

 

ハリーに対してはあれだけ荒ぶっていたくせに、3人ともしおらしくベッドに腰掛け、蓮の手なんか握っている。

 

「自立するべきタイミングだということはわかってくれるよね?」

「そうね。どこかでキリをつけなくちゃいけないとは思うわ」

「もちろんいきなり独り暮らしは非現実的だし、そもそもルール違反が過ぎる。だから寮に戻るよ。でも、もう少し自己管理するべきだと思うんだ。ハーマイオニーとパーバティに甘え過ぎた。ごめんね」

「いいのよ、そんなこと。むしろわたしたちが余計な手出しをし過ぎていたわ」

「じゃあ、それはおあいこということで済ませよう。スーザン、心配かけてごめんね。でもわたくしがハーマイオニーたちに負担をかけ過ぎたのが一番の原因だと思うから、責めないであげて欲しい。こんなことでチームワークを乱しているようじゃ、この先やっていけないから、ここいらで折り合いをつけよう。構わない?」

「あなたがそう願うなら、もちろん」

 

やれやれ、とジャスティンとロンが肩を竦めた。「我々は幸せだと思わないか、ウィーズリー」

 

「奇遇だな、僕も君にそう言おうと思ってた」

「・・・ロン、ジャスティン、君たちのどこがどう幸せなんだ」

「女の子には王子さまが必要なんだよ、ハリー」

「でも僕とウィーズリーが無理して王子様役を演じなくても、ガールフレンドをレンの近くに配置しておけば、彼女たちの王子様役はレンがやってくれる。僕たちは、自然体でいればいいのさ」


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