サラダ・デイズ/ありふれた世界が壊れる音   作:杉浦 渓

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閑話31 ハリーの個人授業3

円卓の間に入ったハリーは、思わずこしこしと目をこすった。疲れているせいだろうか。ついさっき談話室の暖炉の前に死体のように転がっていたはずの蓮が目の前に立っている。

 

「・・・ハリー。どうなさったのかしら?」

「ぅえっ? お、おばさん? あ、ほんとだ、髪が長い」

 

後ろで軽くひとつに結んだ髪型に気づいて、ハリーは胸を撫で下ろした。

 

「えーと。ごめんなさい。たったいま寮を出てくる時に、暖炉の前に寝ていたレンと、ほとんど同じ服装なので、見間違えてしまいました」

 

チノパンに白いシャツ。レディにしてはお尻が小さくて脚の長い蓮にはよくあるファッションだが、怜がそんなラフな服装をしているのを初めて見た。

 

ハリーの言葉に怜は小さく笑って「わたくしは今無職ですからね。家であれこれ用事を片付けるだけの日にはこんなものよ」と応じる。

 

「今夜の先生は、おばさんですか?」

「残念ながら、今夜はトムくんについての授業はキャンセル。おばあちゃんたちはぶうぶう文句を言っているけれど、わたくしがあなたとお話をする機会をもぎ取ったの」

 

そう言って、トン、と円卓に置かれた紙束2つのひとつに指を置いた。

 

「リリー・エヴァンズ・ポッターの論文よ」

 

 

 

 

 

#####

 

大きなお腹を軽く手で支えてダイニングの椅子に座ると、エメラルドグリーンのアーモンド型の瞳がキラキラと輝いた。

 

「もうすっかりお母さんね、レイ」

「まだ生まれてもいないわ。見た目に貫禄がついたことは認めるけれど。そんなことより、ごめんなさいね、リリー。あなたがたの結婚式に出席出来なくて」

「コンラッドが来てくれたわ。わたしたちの結婚のことより、あなたとお腹の赤ちゃんの話に夢中だったけど」

「だから『ごめんなさい』なの。でも来てくれて良かった。コンラッドに預けるのは不安だったから、わたくしからのあなたへのプレゼントは、まだここに隠匿したままなの」

「コンラッドからバカラのグラスセットをいただいたわよ?」

「あれは彼から。わたくしからは、これ。あ、ジェームズの分はないわ。ジェームズには、バカラがわたくしたち夫婦からだと思わせておいて」

 

レイったら、と笑いながらリリーが包みを開ける。

 

「まあ、レイ! これって・・・まさか、あなたのおじいさまの?」

「そう。祖父が若い頃に使っていた手帳よ。キリル文字が混ざってるけど、アメリカを旅行中に記したものだから、基本的には英語で記述されているわ。よかったらあなたの研究の参考にしてちょうだい」

「でも・・・だって、いいの? 博士はまだお元気なんでしょう?」

 

怜は肩を竦めた。

 

「いくら元気でも、もう歳が歳だから、脱狼薬の研究に残りの人生を捧げるそうよ。この手帳にメモしてある素材には興味を失ったの。自分が持っているより、未来と才能に溢れる若き魔法薬学者が持つべき手帳だと言って祖父がよたよたしながら引っ張り出してきたんだから、安心して受け取っていただきたいわ」

 

おそるおそるページをめくり、そっと閉じると、手帳を胸に抱くようにして、リリーは目を閉じた。

 

「夢みたいだわ。アレクサンドル・アンドリアーノフの直筆の手帳よ、レイ。しかも、戦前のアメリカの旅行記にもなってる・・・禁酒法時代のスピークイージーで素材の闇取引だなんて、マグルの映画みたい」

「逮捕されなかったら、有能なスパイね。残念ながら、その冒険は檻の中で終了よ。同じ檻にいた日本の海軍軍人と一緒に日本の軍艦に姿現しで逃亡。おかげで数十年後にわたくしが生まれた」

 

手帳を胸に抱いたまま、リリーは身体を折って笑い声を上げた。

 

 

 

 

 

#####

 

ハリーが顔を上げると、怜が柔らかく微笑んでいた。

 

「もういいの?」

「ちょ、ちょっとだけ、休憩」

「急に大量のママの映像を見てしまって、あわあわしているのかしら?」

 

こくん、とハリーは頷いた。

 

「ママが魔法薬学者だったなんて、誰も言わなかった」

 

そうねえ、と怜は苦笑した。「職業にしたことはなかったから、その表現を使う人がいなかったのでしょう」

 

「え?」

「ホグワーツを卒業した夏に結婚したの。ジェームズも就職はしていなかった」

「は? パパは、無職?」

「ちょっと人聞きが悪いわね。この当時は、ヴォルデモートの勢力が極めて強くなっている時期だったの。いくばくかの財産に恵まれていたジェームズと・・・シリウスもそうね。ブラック家を顧みようとしなかったシリウスだったけれど、ご親戚には彼を援助してくれる人がいたわ。ブラック家を勘当された叔父さまだったかしら。シリウスに多少の財産を残してくださったのよ。ジェームズもシリウスも、リーマスも・・・ペティグリューも、就職をせずに不死鳥の騎士団の活動を最優先することにしたの。ポッター家の金庫の様子は知っているでしょう? 数年暮らすのに困ることはないわ。リーマスとペティグリューはそれほど余裕のある経済状況ではなかったけれど、ジェームズもシリウスも、自分たちの金貨ならリーマスとペティグリューの金貨も同然だと気軽に援助した。まだ当時は、リーマスにもペティグリューにもご家族がいらしたから、それほど多額の費用を援助する必要もなかったし。そういう時代だったから、ジェームズとリリーが結婚を急いだと言うことも出来る」

 

急いだ? とハリーは首を傾げた。

 

「ハリー・・・あなたはあと2年もしないで御卒業ですけれど、あと2年もしないうちに結婚する御予定でもおありかしら?」

 

含み笑いを浮かべた怜の言葉に、ハリーは真っ赤になって首をぶんぶん振った。

 

「急いだのだとわかるでしょう?」

「う、うん。でもママまでどうして」

「リリーも騎士団の活動を優先したのは確かよ。でも一番の理由は、結婚と同時に就職というのは負担と不安が大きかったからでしょうね。リリーはマグルのエヴァンズ家で生まれ育ったの。ゴドリックの谷の魔法族の旧家であるポッター家での結婚生活は、リリーにとって、まったく未知の世界に思えたでしょうし、結婚するとなるとね、ハリー、女性の側には次の一大イベントが頭をちらつくものなの」

 

ハリーはぐぐぐ、と首を傾げた。

 

「今の記憶の中で、わたくしのお腹はどうなっていたかしら? あのお腹にいた赤ちゃんが、今あなたの寮でゴロゴロしているはずだけれど。わたくしの記憶が確かなら同級生だったと思うわ」

「あ! ああ!」

 

リリーの予測は正確だった、と怜が微笑んだ。

 

「う・・・」

「結婚するとすぐにあなたがお腹に出来たんだもの。結婚して、ゴドリックの谷でまったく新しい生活を始めて、すぐに妊娠。就職していたら、リリー自身もそれは大変だったでしょうし、たぶんすぐに産休に入ることになっただろうから、就職をひとまず棚上げにしたのは賢明な判断だったわ」

「・・・はい」

 

魔法薬学者はそういうところが難しい、と怜は呟いた。

 

「難しい?」

「そう。毎日毎日、大釜から立ち上る怪しげな色の湯気と向き合う仕事よ。結婚して妊娠を意識するようになった魔法薬学者の魔女は大方の人がいったん退職するわ。わたくしは、妊娠していても仕事は6ヶ月までしていたかしら。お腹が目立ってきたから産休に入った。法執行部はそのあたりが便利なの。闇祓いもね。妊娠中に避けるべき業務は確かにあるわ。闇祓いならば、立ち入り捜査や闇の魔術の再現実験。検察官や判事ならばアズカバンでの尋問やディメンター配備の法廷。でも魔法省というお役所仕事だと、それ以外の事務処理も大量にあるから、産休に入るまでの妊娠期間には事務処理を主に担当すればいい。つまらないけれど、お役所仕事ではそれも大事よ。でも魔法薬学者の場合は、なかなかそういう調整が難しいの。聖マンゴの薬師にしても、製薬メーカーの調合師にしても、魔法薬の調合そのものが仕事。妊娠してますから調合はしません、他の業務に回してください、なんて言ったら、そのまんま一生事務方になってしまうかもしれないわ。だから、女性の魔法薬学者が功績を挙げるのは、年配になってからというケースがほとんどよ。リリーは当然そのことも考慮したでしょう。どのみち駆け出しの間に妊娠するだろうから、急いで就職してキャリアを積むことにかまける必要はない。まず結婚して新生活をスタートさせる。そうするうちにジェームズとの間に2人か3人子供をもうけて、その子たちに手がかからなくなる頃合を見計らって、魔法薬学者として本格的に研究生活に入る。長い人生・・・ごめんなさい、長いはずの人生、その予定だったから、妥当な選択だったでしょう」

 

ハリーは急いで何度も何度も頷いた。

 

「そうだと思います。僕には、女性の感覚はわかってないと思うけど、ママには本当ならもっと時間があるはずだったってことはわかります。結婚とか、赤ちゃんとか、先に済ませなきゃいけないことを先に済ませて、ライフワークを楽しみに取っておいた。そういうことなんでしょう?」

 

そうね、と怜は微笑んで、杖で軽くペンシーヴを叩いた。

 

「さあ、ちょうどいいところで休憩だったわ、ハリー。次は、まさにそのライフワークについての会話よ」

 

 

 

 

 

#####

 

怜が紅茶を用意しようと立ち上がりかけると、リリーはその肩を押さえて立ち上がった。

 

「あなたのキッチンを使って構わないなら、わたしがお茶の支度をするわ。そんなお腹なんだもの、おとなしく座ってて」

「少しは動かなきゃいけないのよ? お客様にそんなことさせられないわ」

「だったらわたしがいない時にジョギングでもボクシングでも好きなだけやって。見てるとわたしがヒヤヒヤするから、お茶はわたし。ね?」

 

パタパタとカウンターを回ってキッチンに立ったリリーは「さすがね。最新のアイランド式。羨ましい」と言いながら、ケトルを火にかけた。

 

「あら、新居のキッチンに早速ご不満かしら?」

「マグル生まれのわたしには、魔法族のキッチンは不満だらけよ。魔法が前提だもの。ね、こうしてツマミを捻るだけで火がつくなんて感動的じゃない? 引っ越した当日の夕食は、見るも無残な有様だったわ。なにしろ、キッチンにあったのは薪よ・・・インセンディオで火はつけたけど、その火力を魔力を使って調節するなんて考えもしなかった」

「・・・そんな調節、どうやってするの? わたくしも知らないわ」

「あなたって純血なんじゃないの?」

「一応そのはずだけれど、日本の実家のキッチンにはちゃんとガス台があるし、家事はハウスエルフが基本的に担当だし。コーンウォールの屋敷にはマグルのハウスキーパーがいるから、設備はすべてマグル基準よ」

「そうか・・・純血でもマグル寄りのライフスタイルなのね。ジェームズったら、せせら笑って『大鍋の下の火は調節出来るのに薪は調節出来ないのか?』なんて言うの。その挑発のおかげでまともに料理出来るようになったけど・・・わたしに言わせればシリウスのバイクに目をキラキラさせるぐらいなら、ガス台の導入も検討して欲しいわね」

 

言えばいいのに、と頬杖をついて怜が微笑むと、リリーは滾ったケトルの下の火を消して「今まさに新設備を要求するために日々の不便をリストアップしてるところよ」とティーポットにお湯を注いだ。

 

 

 

 

 

#####

 

ハリーはまた中断して顔を上げてしまった。

 

「ハリー?」

「あ、すみません。なんか・・・僕とレンに似たようなシーンがあったような・・・僕がこう、レンの肩を押さえて『君はじっとしてて。僕たちが行くから。ボクシングは禁止だよ』っていう・・・」

 

怜は拳を口元に当て、反対側を向いて、くっくと笑った。

 

「おばさん?」

「どんな状況の会話かわからないけれど、すごく想像しやすいわ。そうね。あなたは確かにジェームズにそっくりだけれど、リリーによく似た気遣いをするところがあるわ。ジェームズはね、あまり人の体調に気がつく人じゃなかったの。リーマスに関しては必死に観察したみたいだけれど、それ以外で彼が周囲の友人たちの体調を気遣ったというエピソードには、残念ながら持ち合わせがない。リリーはその逆で、わたくしを含め、周囲の人たちの様子にとても敏感だったわ。なにしろ、ネビルのママの妊娠には、本人より先にリリーが気づいたのだから」

「本当に?」

「本当。ネビルのママは、蓮が生まれてからたびたび訪ねてきてくれたの。ゴッドマザーだものね。リリーとたまたまうちで顔を合わせた時だったわ。アリス・・・ネビルのママよ。アリスが、近ごろ眠くて仕方ないだとか、お姑さんが毎朝大量にパンを焼くせいで具合が悪くなるだとか愚痴を言っていたら、リリーが『うちの子と同級生になるかも』って言い出した。アリスはその言葉でやっと気づいた、ということがあったわ」

 

その時にはうちの子はすでに今同様にやたら睡眠時間の長い習性を持っていたけれど、と怜が微笑んだ。

 

「そうなんですか? レンは昔から?」

「昔から。最初はわたくしも、赤ちゃんなんだからこれが普通だと思っていたの。でも、母子クラスでは他のお母さんたちは、赤ちゃんが夜中に頻繁に起きて泣くものだからノイローゼになりそうだと話しているのに、うちの子は朝まで起きない・・・と気がついて、今度はわたくしのほうがノイローゼになるかと思った。こうやって両腕を上げて、上半身がベッドから落ちそうになってても起きないのよ?」

「あ、それ。ハーマイオニーたちが死体眠りっていうやつだ」

「この夏には一緒に寝ていたから、わたくしも気がついたわ。あの子ったら17年間眠り方に進歩がないのね」

 

すごいな、とハリーは苦笑した。「お母さんって、そんなことまで覚えてるんだ・・・」

 

しばらく黙っていた怜がハリーの頭をくしゃりと撫でた。

 

「ハリー、あなたって、うつ伏せ寝の癖があるでしょう。それも右の額が必ず下になる」

「う、え? あ、はい」

「普段は右利きだけれど、箒で飛ぶときは両手利き。箒を掴む時間には右でも左でも、それほど差がない」

「そうかな・・・あ、そういえば、僕、左手でスニッチ取ることも少なくない」

「リリーだって絶対に覚えているわ。わたくしが記憶してしまうほど聞かされた話だもの」

 

急に目頭が熱くなって、ハリーは眼鏡を外した。

 

「シリウスがくれた赤ちゃん用の箒がリリーの悩みの種でね、あなたが飛び回って、家の中のものを壊して回るって。わたくしも同じ悩みを抱えたことがあるから『大事な花瓶は全て仕舞いなさい』とアドバイスした。そうしたら、リリーは大事ではない花瓶だけを飾るようになり、計算通り、チュニーという人からもらったひどく悪趣味な花瓶を見事にあなたが割ったとガッツポーズをした」

 

ぐふう、と堪えた笑いが、気道のおかしなところに入って噎せてしまった。

 

「ジェームズがシーカーだったからハリーもシーカーかもしれない。そうなったらあなたのレンはハリーのライバルね。あなたの一族だもの、きっとレイブンクローのシーカーだわ・・・残念ながら、リリーとわたくしの賭けはわたくしの勝ちね」

「ん、んく。おばさんはグリフィンドールのチェイサーに賭けた?」

 

鼻水を飲み込んで尋ねると、怜は小さく笑って「寮は指定しないで、チェイサーに賭けたの」と答えた。

 

「どうして? レンのデビュー戦はシーカーだった。ある意味ママの勝ちかも」

「それ。まさにリリーの言いそうなことだわ。きっと言うわね。『デビュー戦はシーカーだったじゃない!』って。リリーは賭けに向かない性格なの。負けを認めないから。まあ、わたくしもあまり向いていないわ。最初から蓮にはクァッフルしか与えていなかったし」

 

怜が小さく舌を出し、ハリーは「ズルいなあ」と笑った。

 

昔話に一段落ついたところで、怜が時計を見た。

 

「ちょっと時間が足りなくなったわね。残念だけれど、ハリー、ここから先の映像はまた機会があればということにしてもいいかしら? 本題に入る前に時間切れで申し訳ないけれど」

「あ、ごめんなさい、僕が中断するから」

「気にしないの。ママの話だもの。細かいところまで知りたくなるのが当然よ。これは、おばあちゃんたちが個人授業用に編集した記憶ではないから、寄り道しがちだとは思っていたし。オリジナルはわたくしのココにちゃんとあるから、ペンシーヴさえあればいつでも再生可能よ」

 

ハリーが頷くと、怜は本題に入った。

 

「これはリリーの書いた論文。リリーはゴドリックの谷の暮らしを楽しんでいたけれど、根っからの魔法薬学者だった。周囲の人々とのコミュニケーションを楽しみながら、その中から魔法薬の構想を練るようになったの」

「はい」

「その構想を形にしたくてうずうずしていたものだから、実験は先延ばしにするけれど、論文という形にした。あなたが1歳の頃の話よ。当然ながら、これは実験を伴わない構想のみの論文。わたくしは、リリーから構想を先に聞いていたから、あの事件の夜、ポッター家に飛んですぐにこの論文を探したわ。申し訳ないけれど、ジェームズとリリーのベッドのマットレスまで剥がしてね。この論文にはそれだけの重要性があるとわたくしは考えていた。そして、論文は、あなたのオムツを入れた箪笥の引き出しの中から見つかった。リリーもまたこの論文の持つ意味に気づいていたのでしょう。ヴォルデモートや死喰い人よりも、ポッター家に万一のことがあった場合、友人たちが先に見つけ出す確率が一番高い場所。少なくとも、ヴォルデモートが赤ちゃんのオムツを掻き分けて掘り出し物を探すとは思えないものね」

「そんなに危険な、薬?」

 

怜は小さく首を振り、今度は逆に、しっかりと頷いた。

 

「リリーには、危険な薬を作るつもりなんてなかった。彼女は、精神的な病に苦しむ人を救うために構想したの。魔法族が精神を病むことは、自分や周囲に危険を及ぼすわ。魔力をコントロール出来ないから。だから、そのような患者に対しては、精神的な波を鎮める薬が処方される。無気力、無感動な状態を維持していれば、魔力の暴走は起きない。でも、この薬には副作用があるの。長く使用していると効果が薄れる。よって服用量は次第に増えていく。無気力、無感動の状態が完全に維持されるわけでもない。ひどく攻撃的になったり、自殺未遂を頻繁に繰り返すようになる人もいる。特に子供の精神的外傷から来る魔力暴走は極めて危険なの。一方で、笑うことも泣くこともしない子供は、魔力暴走を防いだとしても、心が健やかな大人にはなれないでしょう。もしかしたら、心の傷を乗り越えてきちんとした魔法使いや魔女になれるかもしれないのに、魔力暴走を防ぐために心を深い眠りに就かせる形になる。リリーは自分が聞いた事例から考えて、魔力を減衰させることを考えた。つまりこういうことなの・・・心を病んで、魔力を暴走させかねない子供がいるとする。この子の魔力を、暴走しない低レベルに維持する。そうしておいて、先に心の傷を癒す措置を取ったり、魔力をコントロールするように教育する。その治療の進行に合わせて、薬の量を減らしていく。こうすれば、魔力は強くなくても、魔法族の家庭で不自由のない、生活魔法なら使える大人になるまで導くことが出来るのではないか」

 

ハリーはしっかりと耳を傾けて、何度か咀嚼するように頷いた。

 

「原理はわかります。そんなことが可能かどうかわからないけど、発想の仕方はわかった」

「今のところはそれで充分よ。ではこの薬の危険性とはどんなものか考えてみて」

「・・・魔力を減衰させる? ヴォルデモート側が知ったら、それで実作出来たら、騎士団や魔法省や、マグル生まれへの攻撃に利用するかもしれない」

「その通り。だから、リリーが亡くなったその夜にわたくしはこの論文を探し出し、その後もたったひとりにしか読ませなかった。その人物は、自分の名が出ることを恐れているわ。当然のことね。協力者としてヴォルデモート側に拉致監禁されるのも嫌でしょうし、逆に騎士団側の人間だとも思われたくないでしょう。でも、才能ある魔法薬学者だから、試行錯誤を繰り返して、やっと、治療に使うレベルの薬なら作ることが出来たわ。でもね、ハリー、このレベルでは我々の武器にはまだ足りないの」

 

ハリーは首を傾げ、次に「ああ!」と思い当たった。

 

「レンやハーマイオニーが最近悩んでた? なんか計画段階で落とし穴があったとか行き詰まったとか」

「そういうこと。あの子たちは、この薬をさらに強化したものを使ってヴォルデモートを無力化することを考えているの。そのためには極めて優秀な魔法薬学者と、ハリー、あなたが必要なの」

 

僕? と自分を指差した。「僕に魔法薬学の才能はありませんけど」

 

「ないと決めつけるのもどうかと思うけれど、安心して。あなたの魔法薬学の才能の問題ではないから」

 

そう言って怜が、1枚の羊皮紙を取り出した。

 

「読んでごらんなさい」

「はい・・・権利認定に関する取り決め・・・私はこの『アリアナの安らぎ』に関する全ての功績ならびに権利は、リリー・エヴァンズ・ポッターに帰属するものと認める。私はリリー・エヴァンズ・ポッターの構想を形にするのみの働きしかしておらず、全て彼女の功績ならびに権利であると認識している。ひいては、『アリアナの安らぎ』から派生する如何なるものに関しても、その善悪の判断、発展形、利益に至るまで、リリー・エヴァンズ・ポッターの相続人ハリー・ジェームズ・ポッターに帰属することを認めるものである・・・なんだこれ」

 

苦笑した怜が翻訳してくれた。

 

「この人物、つまりリリーの論文から魔法薬を作り出した人物は、自分の名前が出るのが本当に嫌なの。嫌なあまり、一切の責任も持たないし権利もいらないそうよ。魔法薬は、最初の完成からさらに改良されていくものだから、ハーマイオニーたちの計画以外に、癒学面でもリリーのこの論文を土台にした改良案の研究をしたがる人も現れるでしょう。ハーマイオニーたちの計画にゴーサインを出すとか、改良研究にゴーサインを出すという判断はハリー・ジェームズ・ポッターに全部聞いてくれ、ということね。さらに、これが癒学的に効果があると立証されると、量産されて臨床に用いられるようになる。すると莫大な利益を生むことになるわ。つまり責任を取らない代わりに、その利益もハリー・ジェームズ・ポッターのものだと宣言したの」

「でも、おばさん、そんな宣言したって、これ署名も何もない。直筆でもないし。タイプしただけだ・・・こんなの、後から誰かがやっぱり僕が権利を主張します、この紙は偽物ですって言い出したら」

 

怜は自分の顔の横に、羊皮紙を掲げて見せた。

 

「血液によって魔力登録された議定書なの。後出しジャンケンは出来ない。『アリアナの安らぎ』は、魔法省の治験の許可を得ているわ。その許可を得るために必要な書類の数々は、血液を含むインクで手書きで記述されている。そのインクとこの議定書に捺された血判には、劣化や酸化を防ぐ処置を施され、権利の期限が切れる向こう100年間照合可能よ。つまり、後出しで『やっぱり僕が』と赤の他人が申し出ても、その申し出は即座に却下されるわ」

 

ハリーはあんぐりと口を開けた。

 

「な、なんだそれ? ちょっとよくわからない。その人には何のメリットもないのに」

「あるわ。いえ、あったわ。この人物は、すでに利益を得ている」

「へ?」

「自分の考案したものでなくても、画期的な新薬を自分の手で作り出したという満足が得られた」

 

かくん、とハリーは首を倒した。怜が口元を拳で隠して笑いを堪えている。

 

「無理もない反応ね。わたくしも、ハリーにそんな屁理屈は通用しないと言ったのだけれど、なにぶん本人がそう言い張るものだから」

「え、屁理屈? じゃあ、本当のところは?」

「そうね。わたくしの独断で教えることにしましょう。この人物はね、ハリー、リリー・エヴァンズの遺したものを形にしたかったの。それだけで良かった。それ以上のものは求めていないし・・・むしろ邪魔なの。リリー・エヴァンズのために作っただけ。その純粋性を、利益だのなんだので穢されたくないの。だから、あとのことは、リリーの息子に丸投げよ」

 

それならなんとなく理解できる。ハリーは曖昧に頷いた。

 

「今日あなたの個人授業に割り込んだのは、早速あなたに判断すべき事柄が発生したから」

「・・・ハーマイオニーたちのプランですね。えーと、実戦に使えるレベルまで改良する、だっけ。もちろんオーケーです」

 

怜はハリーの額を指で押さえた。

 

「レッスン1。簡単にオーケーを出さない。いいこと、ハリー? ハーマイオニーや蓮が大鍋を滾らせてちょっと実験するとでも?」

「え? あ、そうか。誰か専門家に頼むんだ」

「誰に? 誰にならその許可を出すの?」

「だから、ハーマイオニーたちが見つけてきた人に」

「ハーマイオニーたちはこの論文を読んだこともないのに、どうやって適任者を見つけるのかしら」

 

手書きで書かれた論文を手渡された。

 

「これが、わたくしがあなたのオムツの引き出しから発見したリリーの手書き原稿よ。今後はあなたが持っていなさい。そしてきちんと読んで。専門的な内容は理解の及ばないこともあるでしょうけれど、リリーの文字を見る機会はそう多くはないでしょう。それだけでも意味があるはずよ。そうしたら、今度はこの論文をハーマイオニーや蓮、スーザン、パーバティに読ませていいかどうか判断して欲しいの」

 

活字の論文を手渡された。

 

「リリーの字には少し癖があるから、タイプした論文がこれ。彼女たちに読ませていいと思ったら、こちらを渡しなさい」

「・・・はあ。でも、僕、ハーマイオニーやレンなら全然問題ない。今までみんなでなんでも話し合ってやってきたし、全面的に信頼してます」

「そうね。その友情は得難く尊いものだと、母親のひとりとして嬉しく思うわ。でも、客観視が職業病のわたくしとしては、ひとつ懸念がある」

「な、何ですか?」

「リリーの魔法薬を、戦争に使っても本当に構わないの? リリーはこれを『平和と安らぎのための魔法薬』だと考えていたわ。戦争に使うなんて嫌がるかもしれない」

 

呆然とするハリーに、怜は熱を込めて訴えた。

 

「リリーの息子であるあなたに託されたのはただの権利じゃない。リリーならどう思うか、どう判断するか、そのイメージを常に胸に抱いていて欲しいという願いが、この議定書には込められているの。難しいことはわかっているわ。1歳で別れてしまったママの考えなんて、そうそう意識しているのは無理よね。でも、難しいという点をさておいても、わたくしもそれには同感なの。もういない人だからこそ、その人の想いにはこちらから歩み寄るしかない。まず読んで、考えなさい。ハーマイオニーたちのイメージする通りの形で戦争に使っていいかどうか。リリーはどう思うか」

「・・・はい」

「それから、仮にあなたがハーマイオニーたちに読ませることを決めたとする。そうしたら次の判断が必要になるわ」

「な、なに?」

「誰に作らせるか。実作に取り掛かる人物は、この論文を読んで、治験データを取り寄せて、改良を重ねる。信頼できない人や、魔法薬の才能のない人には触らせたくないんじゃない? そうしたことをハーマイオニーたちと話し合うの。あなたにはその権利と義務がある」

 

よくわからないながらも、ハリーはしっかりと頷いた。

 

「あなたは、ジェームズやリリーと、あまりに早く別れてしまったけれど、きちんと愛されて、幸せの中に生まれてきた子よ。シリウスからもいろいろな話を聞いているでしょう」

「うん・・・パパとどんな悪戯をしたかとか」

「そうね。周りの大人たちから、ジェームズやリリーの話をたくさん聞いてみると良いわ。彼らは確かに生きて、あなたをこの世に送り出した。両親を失ったあなたの悲しみは、わたくしやシリウスのような彼らの友人たちも共有しているの。出来ることならね、ハリー、わたくしはリリー自身の手で、この薬を作って欲しかった。そう頼むつもりで、あの夜シリウスを屋敷に招いた」

 

ハリーはハッと顔を上げ、怜を見つめた。

 

「まさか、まさかこのために? 裁判の時には確か・・・数日前に無礼なことを言ったシリウスを、リーマスが強引に連れて帰ったから、バイクが置きっ放しで。バイクを取りに来いって呼び出して説教してた、って」

「ええ。それも事実ね。嘘はついていないわ。言わなかっただけで。この魔法薬の存在を、あの段階では誰にも知られたくなかったの」

「で、でも・・・その頃って、レンのパパが・・・」

 

夫を亡くして間もない女性の気持ちなどわからないが、ハリーの常識では、悲しみに打ちひしがれている時期のはずだ。

しかし、怜は小さく笑った。

 

「蓮とハーマイオニーの関係はなんとなく説明されているでしょう?」

「あ、はい。レンが女王、その資格を証明するのがハーマイオニーだから、2人して女王みたいなもの。でも2人でひとつ、どちらが欠けても女王の代理人の、ウィンストンの宣言は成立しない」

「そういう理解でいいわ。あの当時、夫は蓮と同じ地位にいた。わたくしはハーマイオニーの地位。蓮を失ったハーマイオニーが悲しみに暮れておとなしくしていると思う?」

 

ハリーはぶんぶんと頭を振った。

 

「ハーマイオニーはそういうタイプじゃない。怒り狂うと思う。泣きながら強力な魔法を使う。この前、スリザリンとの試合のあと、あー・・・ロンがラベンダーと熱烈なキスをして付き合うことになった時がそうだった。レンが談話室を抜け出して慰めに行ったけど、アルジャーノンだから何か余計なこと言ってハーマイオニーを余分に泣かせるかもしれないって僕思った。だから、僕もこっそりついてって、物陰からそっと見守ってた。そしたら、浮かれたロンがラベンダーといちゃいちゃするためにひとけのない場所を探して、やって来たんだ。レンとハーマイオニーを見つけて、ヤバいとこ見られたなって感じで軽薄な挨拶したら、ハーマイオニーは・・・悲しみを鳥に変えて、悲しいけど綺麗な魔法を使ってたのに・・・その鳥にロンを襲わせた」

「そ、そうなの」

「レンが後ろから抱きしめて、ハーマイオニーを落ち着かせるまでずっとロンは鳥の嘴に突かれて傷だらけになった」

 

怜はしばらく口元を拳で隠して、そっぽを向いていた。ハリーにももうわかった。これは笑いだしたい時のこの人の癖なのだ。気にしないことにした。

 

「その時にレンが言ったこと、アルジャーノンなのに鋭いなって思った。悲しむより怒ってるほうが自分らしいと思ったら大間違いなんだぞ、って。怒ってじたばたしても悲しみは消えない。じたばたはやめて自分の悲しみとちゃんと向き合え、って」

 

ハリーの言葉を俯いたまま噛み締めるように聞いていた怜が顔を上げた。

 

「本当に・・・アルジャーノンで死体眠りのくせに鋭いわ。その通りよ。ハーマイオニーのじたばたはロンを襲ったけれど、わたくしのじたばたはこれ。ネビルの両親が拷問されていわゆる植物状態になり、ドロメダは姉であるベラトリクスの凶行に責任を感じて、人を遠ざけ、しばらく鬱状態になった。親友2人を失うとほぼ同時に夫が殺された。わたくしは怒り狂って、ヴォルデモートの時代を終わらせてやると意気込んだ。ウィンストンの剣なんか要らない。あいつらの魔力を枯渇して死ぬまで搾り取ってやる。それがこの論文を探し出すエネルギーだった。もうあなたとリリーがヴォルデモートを撃退していたのにね・・・わたくしの怒りは行き場を失い、キリアン・アンブリッジをアズカバンにぶち込むことに注力された。その次には死喰い人」

「え、で、でも死喰い人の被告側証人もやったんでしょ? シリウスが言ってた。えーと、厳罰主義、だ。憎しみから厳罰主義に傾いていた法廷のリンリを、おばさんとマダム・ボーンズが支えた、って。それがなかったら、パパたちを裏切って殺させたと思われてたシリウスは懲役刑じゃ済まなかったかもしれない。魔法界が取り返しのつかない犠牲を出さないように戦ったんだ」

 

ものは言いようね、と怜が苦笑した。「怒り狂うわたくしをじっと見守ってくれる人が大勢いたわ。その人たちは巧妙にわたくしの怒りの矛先を変えたの。死喰い人そのものではなく、魔法界の厳罰主義に。喧嘩の相手は、ヴォルデモートを失って屍になった死喰い人なんかじゃない。死喰い人を生み出したこの旧弊な魔法界だ。死体打ちなんかやめて、もっと大きな敵と喧嘩しろ、って。それだけの話なの。わたくしをハーマイオニーに置き換えて考えると想像出来るんじゃない?」

 

ハリーの脳裏にハーマイオニーの涙に濡れた顔が浮かんだ。復讐に燃えるハーマイオニーの瞳は、たいてい涙に濡れている。

 

「うん・・・ロンの時もそうだったけど、トロールの時も泣いて目が腫れてた。本気出したハーマイオニーは、割と涙目なイメージがある。悲しいからって落ち込む姿を見せない。だいたい怒るんだ。たぶんレンが宥めてると思うけど」

「そうね。夫が生きていたら、わたくしのじたばたは続かなかったと思うわ。夫自身もよくわたくしを怒らせたけれど、だからこそ宥め方は誰よりも上手だったし・・・寄りかかって泣くことが出来た。尤も、寄りかかって泣くしかなくなるまでじたばたはしていたけれど」

「ハーマイオニーもまだじたばたの最中だよ。この前なんて、スラグ・クラブのパーティに、よりによってあんな奴かって言いたくなるような奴にエスコートされて出たんだ。全然話が合わないもんだから、テーブルの下やカーテンの陰を逃げ隠れして、レンとスーザンに救助された。そいつ、まだ勘違いして寮でもハーマイオニーを追いかけ回すから、ハーマイオニーはいつも透明になって逃げるし、透明だとロンにも見えないから、ラベンダーとのいちゃいちゃを目の当たりにする羽目になる」

 

我慢出来なくなったのか、喉を大きく伸ばして「あっはははは」と声を上げて笑い始めた。

 

「はぁ・・・失礼。他人事だと、じたばたの悪循環がよく理解できるわ。そうね。まさにあなたの言う通り。ハーマイオニーが悲しみを鳥に変えたように、わたくしは悲しみをこの魔法薬の完成に置き換えた。わたくし自身も魔法薬学に自信はあるけれど、専門家には敵わないから、ひとりだけ専門家を巻き込んだわ。リリーを愛していることが確かな、魔法薬学者をね。裏切りは有り得ない。その人物は、この薬に関しては絶対にヴォルデモートに漏らすことが出来ないの。なぜかわかる?」

「・・・考えたのはママでも、作ったのはその人だから?」

「そういうこと。その人物に責任を負わせることで一石二鳥の結果になった。優秀な魔法薬学者を得ることが出来るし、その人物の裏切りを防止することにもなる・・・それなりに可愛がっていた下級生なのにね。脅して、殴って、薬を作らせた。出来ないと泣き言を言えば、躊躇いなく殴った。もちろん与えられるものは全て与えたわ。祖父が遺した知識は全て開示して見せた。記憶の最初の方で、リリーがわたくしの祖父の手帳を胸に抱いて感激していたでしょう? わたくしにとってはただのおじいちゃんだけれど、魔法薬学者にとっては、ああいう・・・いわばヒーローなの。祖父の名声を利用して、リリーへの愛を利用して、罠にかけるように選択肢を奪った。これはわたくしの罪の象徴よ、ハリー。あなたのママの薬に、こんな使用法を見出したのはわたくし。でも、リリーの息子に対して、最低限のルールだけは守ろうと思う。ここから先はあなたに全て委ねることにするわ。このまま眠らせても構わない。ハーマイオニーたちに開示して、戦争に利用しても構わない」

 

でも、とハリーは反射的に口を開いた。

 

「ん?」

「眠らせちゃったら、ママが望んだ安らぎのための薬も出来なくなる。安らぎのための薬っていう綺麗な部分だけ残したくても、誰かがきっとこういう使い道を見つけ出すと思う」

「・・・そうね」

「論文を大事にしてくれて、ありがとうございます。いろいろ考えてくれたことも。ちゃんと読みます。でも僕は、やっぱりレンとハーマイオニーに任せたいと思う。僕は彼女たちを知ってるし、信じてる。この薬を戦争に利用した後には、本来の使い道に活かすために全力を尽くす性格なんだ。だから、ヴォルデモートたちに知られる前に、こっちが武器として利用する。ママもそれには反対しないと思う。戦争に勝った後に必ず正しい使い道に活かすならなおさらだ」

「・・・誰に作らせるつもり?」

 

ハリーは首を振った。

 

「それはまだ考えてない。ハーマイオニーとレンの意見を聞きたい。僕は正直言って、偏見の塊だから。よく指摘されるけどなかなか治せないでいる。レンとハーマイオニーにはそういうところがないから、公平に判断してくれると思う。もちろん、裏切らないっていう保証は欲しいけど。ママの薬を使うんだから、ヴォルデモートなんかに利用させないっていう確証は欲しい。それがあれば、レンとハーマイオニーの判断を尊重する」

 

怜が少し驚いたように顎を引いてハリーを見つめた。

 

「・・・本気なの?」

「もちろん本気です。僕にはあんまり人を見る目がない。シリウスもそういうところがあるから、2人で反省してはみたけど。グリフィンドールが一番良い寮で、グリフィンドールなら無条件でいい奴だと思いがちだ。スリザリンはとにかく悪い奴らで、レイブンクローはかっこつけたいけすかない奴らで、ハッフルパフは悪い奴でもないしいけすかないわけでもないけど鈍臭い奴ら。ずっとそんなイメージを通して見てた。でも去年DAをやってみてわかったんだ。グリフィンドールじゃなくても、戦う意志と能力のある人はたくさんいるって。レンやハーマイオニーから偏見だって言われるのがよくわかった。だから色眼鏡無しで見るように努力してるけど、今度はDAにいたかいないかで人を色分けしがちだ」

「その人が属する集団で区別するほうが容易なこともあるものね」

「うん。僕は、その容易なやり方についつい頼ってしまう。でもレンにはそういうところがない。ちょっとだけ、人を試すようなところはあるけど、試した結果、大した奴だとか大したことない奴だとか、個人単位で見るのがレンだ。こういうことには、レンは頼りになる。僕が裏切らない奴にしてくれって本気で頼んだら、おばさんみたいな罠を用意して裏切らないように仕組んでくれると思う」

 

怜は苦笑した。

 

「それは人を見る目があると言えるのかしら・・・かなり力技な気がするけれど」

「それがレンだと思います。それに、おばさん、レンはびっくりするぐらい人から恨まれないんだよ。レンを恨みに思ってる女の子を僕は2人しか知らない。ひとりはレンのウロンスキーフェイントで鼻の骨を折ったレイブンクローのシーカー。もうひとりは、レンから化けの皮剥がしの魔法をかけられて整形魔法がバレたスリザリンの自称学年一の美女」

「・・・殺されても仕方のない悪魔の所業ね」

「2年生までしか女の子相手に悪魔の所業は働いてないけど。ちなみにレン自身は、嫌いな奴のことはとことん嫌いだよ。スリザリンのミリセント・ブルストロードに話しかけられた時なんて『英語で喋ってくれないか。トロール語の嗜みはない』って言ってまた殴られかけた。ブルストロードとの喧嘩は、ブルストロードのほうが被害甚大だったんだけど。なにしろ奥歯が一本足りなくなったんだから」

 

怜が額を押さえて俯いてしまった。

 

「おばさん?」

「・・・聞けば聞くほどうちの子が悪魔に思えてくるわ・・・とにかくハリー、あなたはその悪魔の判断を信頼することにしているのね?」

 

ハリーは胸を張って「もちろんです」と力強く答えた。


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