サラダ・デイズ/ありふれた世界が壊れる音   作:杉浦 渓

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第11章 選抜テスト

「不穏な組み合わせだなあ」

 

何がだよ、とハリーが選抜テスト希望者のリストと数の合わないテスト参加者を慌てて見比べながらイライラと答えた。

 

「ハーマイオニー、パーバティ、ラベンダーって並んでる。チョー嫌な予感」

「いいことじゃないか。おい! 君たちはグリフィンドールじゃないだろう?! 関係者以外はピッチから出てくれないか!」

 

ハリー任せて、とジニーが箒で急降下した。

 

「レン・ウィンストンのシュートを止められるキーパーから選抜するわよ! キーパー希望者はゴール前へ!」

 

いつの間にそんなことに? と首を捻る蓮の隣で、ハリーが安堵の息を吐いた。

 

「で? キーパーのテスト、本当にそんなんでいいの?」

「もうなんでもいいよ。レイブンクローやハッフルパフが混ざってなきゃ」

「ていうかさ、わたくしはまだテストに合格してないんだ」

「・・・キャプテンは僕だけど、アンジェリーナ無き今、チームの技術面でのリーダーは君だ。その君をテスト出来る人間がどこにいる?」

 

応援席を見上げて「あそこらへんにね」と蓮は肩を竦めた。

 

 

 

 

 

パーバティは、右側から冷たい無視、左側から熱烈なロンへのラブコールに挟まれ、じっとりした脇汗をかいていた。

 

「レンがシュートするのね。候補がそれをセーブする・・・ふうん」

 

杖をくるくる回しているのは何の為だろう。

 

「・・・レンの邪魔すると、下手したら死ぬわよ、あの箒が」

「レンなら大丈夫よ」

 

実に晴れやかな笑顔だ。

 

「ロンがんばってー!」

 

パーバティの左耳に、鼓膜を細かくビリビリ振動させる声が響き、右目の端に杖を関節が白くなるほど握り締める微笑が見えた。

 

 

 

 

 

「ドビーの仕業か?」

 

ハリーは青くなってファイアボルトを駆った。

 

「小休止! 小休止だ! レンの様子が可笑しい!」

 

シュートをすればいいだけなのに、なぜか箒の曲乗りを始めてしまったのだ。

 

「フィニート・インカンターテムだハリー!」

 

箒の上に立ち上がった蓮が叫ぶ。

言われた通りに杖を振って、そのまま蓮の箒の隣に滑り込んだ。

 

「あの女、人を殺してまでロンをキーパーにする気か」

「どの女だ!」

「あの女だよ!」

 

センターライン上空に戻った蓮は、グローブをぎゅっと引っ張って、ジニーに頷いた。

 

ゴウッと風を切って赤い暴風が吹いたと思った瞬間に、ロンのゴールから、カァン! とポイントを入れられた音が響いた。

 

 

 

 

 

「・・・いくらレンでも死ぬ時は死ぬのよ?」

 

ラベンダーの熱い声援に紛れて囁いても、ハーマイオニーの微笑は消えない。

 

「大丈夫よ。去年だって何しても死ななかったから」

「レンに八つ当たりするんじゃなくて、マクラーゲンにしなさい、マクラーゲンに」

 

 

 

 

 

ハリーは上空を飛ぶ蓮が、目に見えないブラッジャーを避けているように見えてきた。

 

「・・・原因不明だけど、すごく実戦的なテストよね」

 

ジニーの声に思わず頷く。

 

ロンは真剣な眼差しで蓮の動きに合わせて微妙に守備位置を変えながら全身で警戒している。

 

いいぞ、ロン、その調子だ

 

「オーケー! ウィーズリーは4本守った! 次、レン、マクラーゲンのゴールに向かってくれ!」

 

 

 

 

 

「な、んで何もしないんだよ!」

 

疑われるだろうが、と思いながら、さっきロンのゴールを狙った時のような不規則軌道を繰り返しつつ、マクラーゲンのゴールを、3本守らせてやり、2回抜いた。

 

ぐったり疲れてピッチに降りて大の字になり、応援席に向かって中指を立てた。

 

 

 

 

 

スーザンとルーナがぽかんと口を開けて見ている前で、実に醜い舌戦が展開されている。

 

「ロンが実力を発揮するチャンスを用意しただけよ」

「チェイサーを殺してか!」

「死んでないじゃない」

「死ぬところだった! だいたいなんでマクラーゲンの時には何もしなかったんだよ!」

「して欲しかったの?」

 

パチル、とルーナが呟いた。「これナニ?」

 

レイブンクローのダイアデムについて話を聞こうとルーナを招いたはずだが、それどころではなくなった。

 

「ハーマイオニーが恋のライバルの存在を認識した苛立ちの八つ当たりが、レンに向かったの」

「・・・それは、レンがかわいそうだと思うけど」

 

スーザンの呟きにパーバティは頷いた。

 

「止めたかったんだけど、わたしの反対隣に、恋のライバルがいたものだから、行動が制限されててね」

「どうしてそんな組み合わせで応援に?」

 

パーバティは遠い目をして「不可抗力よ」と答えた。

 

「ラベンダーにイラついたんならラベンダーにやれよ!」

「ラベンダーにですって?! どうしてわたしがラベンダーにイラつくのよ!」

「これ以上今ココで指摘されたいのか?!」

 

蓮がギャラリーの3人を指差してハーマイオニーを睨む。

ハーマイオニーは赤面して黙った。

 

「肝心のひと言が聞けなかったね」

 

ルーナがのんびりと指摘した。

 

「レンってアルジャーノンになってても根っこは紳士なのよ」

 

スーザンが苦笑した。

 

「・・・こういうやり方じゃなくて、もっと普通にストレートに好意を表現しろ」

「あなたを使ったことは謝ります」

「そうじゃない。ハーマイオニー、どうしてそんなめんどくさいんだ」

 

あー、とパーバティが頭を抱えた。

 

「面倒くさい?! 悪かったわね!」

 

パシン、と蓮の左頬に平手がヒットした。

 

一瞬「しまった」と後悔の表情を浮かべたハーマイオニーだったが、そのまま必要の部屋から駆け出していった。

 

憮然とした蓮がパーバティに向き直る。

 

「めんどくさいだろ、アレ!」

「確かにそうだけど言うともっと面倒くさくなるっていい加減学習しなさいよ」

「パーバティ・・・レン、災難だったと思うわ。こっちに来て少し座りましょう」

 

スーザンが立ち上がって蓮の腕を引いて連れて来る。

 

「何か飲み物でも頼む? ドビーたちを呼ぶけど」

 

ハウスエルフからお茶を用意してもらって、パーバティが懸案を口に出した。

 

「剣2人がこの有様じゃ、円卓会議はしばらくお休みにしましょう。スラグ・クラブにもそろそろ顔出さなきゃいけないでしょう、レン」

「うん・・・スーザン、ルーナ、ごめんね。ハーマイオニーのプライベートライフがこじれてめんどくさくなりそうだ。あの人はめんどくさくなると長いんだよ。こんな雰囲気で続けるのは悪いから、再開の目処が立ったらパトローナスを送るよ。ルーナ、パトローナス出せる? うん。じゃ、返事もパトローナスでね」

「レン、パーバティ、大丈夫? 同室でしょう?」

 

慣れてるから、と蓮が苦笑したが、左頬が痛んだのか顔を歪めた。

 

「ってー・・・マジ打ちだよパーバティ」

「こじれる予報はしたわよ。あなたが『めんどくさい』だの『外から見て面白がろうぜ』だの言って、先延ばしにしたの」

 

スーザンはウィンキーに頼んで持って来てもらった濡れタオルを蓮の頬に当てた。

 

「とは言っても、パーバティ。ハーマイオニーは、少しレンを雑に扱う傾向があるみたい。以前からそうなのか、円卓会議を始めてストレスがあるのかはわからないけど、見ているとレンがかわいそうになることが多いの。もう少し改善出来ないかしら」

「あー、スーザン、それは」

「無理なことかしら?」

 

今のハーマイオニーにスーザンからの意見として伝えたら、余計にいろいろなところがこじれる気がしてならないパーバティであった。

 

 

 

 

 

「御冗談でしょう。わたしのほうがレンに関しては苦労してるわ。スーザンはもともとレンに対する好意の比率が高いからそう見えるだけよ」

 

やっぱりこうなった、と思いながらも説得を試みる。

 

「でも、ハーマイオニー、今日のはやり過ぎよ。それは認めるでしょう?」

「謝ったわ。謝ったのに変な邪推して、あげくは『めんどくさい』って全否定よ」

「全否定じゃなく、レンの口癖のようなものじゃないの。こんなことで躓いていていいの? そんなに簡単なことを取り扱ってる? スーザンはあなたに負荷がかかり過ぎてるのがいらだちの原因かもしれないって心配してたわ。そりゃね、大変よ。レンが睡眠不足でグズらないようにスケジュールを調整して、資料も用意して。そんなのは、わたしたちだって一緒にやるんだから、思い詰めるのはやめましょう」

 

ハーマイオニーは足を組み、腕組みをして、イライラと爪先を動かしている。

 

「もうはっきり言うけど、ハーマイオニー。ロン待ちだと進む話も進まないと思うわよ? もともと恋愛方面には疎いタイプだし、あなたとロン、ハリー、レン、って4人は入学して割に早くから幼馴染みたいにいつも一緒にいたでしょう。だから、ロン自身が自分の感情に気づいて、あなたにアプローチを開始するのを待ってたら、これから何回もこういうことになるわ」

「・・・どういう意味かしら。あなたはラベンダーの好意を知っていながら、わたしにお勧めしてるの?」

「どっちの味方だなんてことは、考えてない。あなたたちの個人的な問題だと思って、どちらに肩入れすることもなくやってきたわ。でも、今日みたいなことになったら、指摘せざるを得ない。選抜テストをいたずらに混乱させた。これはラベンダーにも注意するわ。グリフィンドールチームの選抜テストなのにあまりにあからさまにロン贔屓の声援が大き過ぎたわよね。あなたのしたことは静かではあったし、レンが上手く対処したから大事には至らなかったけど、レンが怒るのは当然だわ。それから、円卓会議で冷静な態度を取れなかった。あなたとレンは、この会議のリーダーよ。スーザンが心配している件もあるわ。あなたとレンの間では小競り合いに過ぎなくても、周囲に不安を与える雰囲気なの。この件はもちろんレンにも言って聞かせるし、スーザンからもフォローしてもらう。そう調整する間に、あなたは自分自身の感情を整理する努力をして。レンはともかく、あなたが平常心に戻ってくれないまま、会議を続けるべきじゃないと思ったから、スーザンとルーナには会議はしばらく休みだと言ってあるの。あなたが平常に戻ったとわたしが確認出来たら再開する。いいわね?」

 

黙ってしまったハーマイオニーを置いて、パーバティはラベンダーの部屋を訪ねた。

 

「パーバティー! 見たでしょ? ロンってすっごくすっごく素敵じゃない?」

「・・・い、いやあ、それはあなたの好みっていうことだから、そ、そうなんじゃない? それはそうとね、ラベンダー。あなたはグリフィンドール生。今日のは試合でもなんでもなく、グリフィンドールチームの選抜テストだったのよ。選抜テストっていうのはもっと粛々と進めるべきだと思わない?」

「そうよねー。レンったら悪ふざけばっかりして困るわ。きっとロンも困ってたと思う。だから1本ミスったのよ」

「え、ええ? そっち? じゃなくて、あなたがきゃーきゃー歓声を上げるのも、かーなーり、迷惑だったと思うわよ」

 

パーバティの諫言は受け流され、ロンがいかに素敵かという非常に偏った評価を聞かされて、徒労感に足を引きずって部屋に戻ると、蓮とハーマイオニーが睨み合っていた。

 

「ロンに対する感情を整理しろ。邪魔だ」

「邪魔になるような感情がどこにあるっていうの?」

「それは自分で考えろ。ロンが絡むとすぐこれだ。選抜テスト中にロンに有利になる魔法をかけるなんて、本来ならハーマイオニーが嫌う不正のはずだ。そのことをこれ以上責める気はない。誰にもバレずに済んだから。でも、どうしてそんな行動に出たか自分でわかってるだろ。その感情をコントロール出来ないぐらいなら素直に今すぐにでもロンを誘って来い」

 

そう言って蓮は封書を突き出した。

 

「スラグ・クラブのパーティだ。口実があったほうがいいだろ。これにパートナーとして一緒に来て欲しいって言って来いよ」

 

パーバティは間に入って「あら、これってパートナー同伴出来るの?」と封書をひったくって見せた。「ほら、ハーマイオニー。これっていい機会じゃない?」

 

「あなたも招待されてるんでしょ、レン」

「されてるよ」

「だったらあなたと行くわ。ありがとう」

 

ハーマイオニーとは行かないよ、と蓮が真顔で言った。

 

「え、ちょ、レン?」

「スーザンと行くつもり。まだ誘ってないけど。スーザンも顔見せしといて損はないだろうからね。魔法薬学でも、マクミランとスーザンのテーブルは軽く見るだけでスルーしてるから、多少調整したいし」

 

まったく蓮らしい発想だが、今のハーマイオニーには逆効果だ。パーバティは頭を抱えた。

 

「そう。わたしよりスーザンがいいのね」

 

蓮が不可解そうに眉を寄せた。

 

「何の話だよ? ハーマイオニーにはわたくしと行く理由がない。これはハーマイオニー宛の招待状なんだから。スーザンをわたくしが誘えばスーザンにはメリットが生じるだろ。わたくしとハーマイオニーが連れ立って行ったら参加者が2人減るんだ。そんなこと出来ないよ」

 

正しい。実に正しい理屈なのだがハーマイオニーには逆効果だ。

 

「じゃあ、レン、わたしを誘ってよ! わたしだってスラッギーじいさんのパーティ行ってみたいわよ?」

 

問題ない、と蓮が胸ポケットからもう1通の封書を出した。「パーバティ宛だよ」

 

要らねーんだよジジイ! と、パーバティは頭を抱えてしまったのだった。

 

 

 

 

 

蓮に枕を持たせてラベンダーの部屋に追い出し、パーバティはハーマイオニーの机に背中を預けて床に座った。

 

「もー、なに混乱してるのよ、ハーマイオニー。蓮がああいう考え方するのは珍しいことじゃないでしょ? スーザンを選ぶとかなんとか全然頭にないわよ。だいたい、あなたが誘うべきはロンであって、八つ当たりでレンを誘って、断られたらスーザンを選んだだとか、混乱の極みよ?」

 

もうイヤ、とハーマイオニーがポツリと言った。

 

「え?」

「わたしがどれだけレンに気を遣ってるか、全然わかってない。いつもスーザンスーザンって」

「はい? ハーマイオニー?」

「スーザンはいいわよね。寮の外で、アルジャーノンとは言え多少はよそ行き顔のレンの相手するだけで。わたしなんて寝る時間まで管理してるのに。それはパーバティも一緒だけど。でも」

 

ハーマイオニーは両手に顔を埋めた。

 

「・・・ごめんなさい。何言ってるのかしらね」

「話をややこしくしないで、まずロンを誘ってみなさいよ。ね?」

 

疲れてるのよ、とパーバティはハーマイオニーの肩を撫でた。「そうね。スーザンの見方は少しレンに偏ってはいると思うわ。それは最初からそうだったでしょう? でもあなたのことを心配してるのも本当よ。夜もレンと一緒だと気が抜けないんじゃないかって言ってた。あなたとレンって、遠慮がない関係なの。わたしだって見てるとあなたたちが羨ましいと思うわよ? パパ同士が親友で、ママ同士もアフタヌーンティーを毎週楽しむ仲。レンのフランスの親戚とだって親しい。そんなにいろんなことをシェア出来る関係の相手なんてそうそういないわ。確かにレンはあなたに甘えてると思う。でもそれはあなたも同じなんじゃないかしら。ロンを相手にチャレンジすることから逃げて、レンで誤魔化そうとした。レンって、そういうのにぴったりなキャラクターだもんねー。わたしだって、あなたの立場なら『わざわざ気まずい気分になるより、レンと一緒に行けばいい』って思いそうよ。ね、今回はロンを気軽に誘って、レンのことはスーザンに貸してあげなさいよ」

 

「貸すだなんてそんな」

「そのぐらい大きく構えてなさい。ね? あなたとレンは、すごく大事なものを共有することになった。あなたたち2人ならそれは当然だと思うわ。2人の関係もそうだし、能力的にも。それは、もしかしたら、将来結婚する誰かさんよりも、ずっと深くて長い関わりになるのかも。そう考えてみると、今あなたたちがギスギスしがちなのは当たり前のことよ。今までと全く同じとはいかないの。長く深く続く関係を作ってる最中だもの。レンが一時的にスーザンに気を遣ってもいいじゃない。どうせあなたのなんだから。逆にその間にあなたはボーイフレンドのことや何かを楽しめばいい。スーザンのことぐらいで動揺してちゃ身がもたないわよ。レンのことだから、他にもわんさか信奉者を生み出していくわ。人間だけじゃないわよ? ゴーストにハウスエルフまでいるんだから。わたしの勘ではマーメイド軍がすごく怪しい」

 

スーザンはそういうのとは違う、とハーマイオニーが小さな声で言った。

 

「え?」

「レンにとって、マダム・アメリア・ボーンズは特別な大人なの。小さい頃から周囲にいた大人たちの能力が高いから、ホグワーツに入学してから遭遇した大人たちを侮ってるところがある。マナーとして一応の敬意を表するように見せてはいても、レンが本気で尊敬する大人なんてそう多くないわ。マダム・ボーンズとは2回しか会ったことがない。それも親しく語り合うんじゃなく面接と尋問の相手。煙ったく感じて当然の相手なのに、大臣にしようとした。レンのお母さまもそうなの。こちらはわかるわよ。研修時代の指導官として出会って、ずっと一緒に仕事をしてきた。マダムの、魔法界には珍しいぐらいの司法観は、レンのお母さまがマグルの法概念をマダムとシェアしてきたからだと思う。仕事上の盟友という関係をずっと育んできたはず。でもね、パーバティ、レンのお母さまは自分の人間関係を娘に押しつける人じゃないの。学生時代からの親友ならともかく魔法省の人たちのことなんて、レンにはろくに名前も教えてはいない。でもレンは、お母さまの影響がなくてもマダムを見つけ出したの。親しかったことを知ったのはマダムが亡くなってからのことよ。お母さまと自分が、それぞれに尊敬の念を抱いた相手なんてことを、あとから知ったんだもの、特別な存在としてマダムはレンの中で動かぬ地位を占めたの。そして、スーザンはそのマダムの言葉をレンに届けてくれる人よ。スーザンは伯母さまの受け売りだと言うけど、それだけじゃないわ。スーザン自身が飲み込んで咀嚼して、スーザン自身の考え方になりつつある。レンは魔法界を変革していかなきゃならない。でもイギリス魔法界の中で育ったわけじゃないわ。わたしもそう。わたしはマグルの常識の中で育った。レンはマクゴナガル先生やおばあさま2人、おじいさま2人の強い影響下。非常識なほどスケールの大きい人しかいない。わたしとレンのパートナーシップの弱点がそこよ。イギリス魔法界のスタンダードを知らない。マダムやスーザンは、イギリス魔法界のスタンダードの中から育って、わたしやレンが尊敬できるだけの良心や高い見識を備えた存在なの。だからね、パーバティ、レンのパートナーとして表に出るならばそれはわたし。でもレンはスーザンを手放さないわ」

 

パーバティは深い深い溜息をついた。

 

「あなたがスーザンに対して、大事な存在だと認めると同時に根深いコンプレックスがあるのは、わかったわ。でもね、ハーマイオニー、それはわたしも同じなの。あなたやレンに、癒学者志望だってことは何回も言ったはずよね?」

「えっ? ええ知ってるけど」

「じゃあなんで感染症対策担当がマルフォイなのよ? わたしなんて、あなたたちから選ばれたわけでもないわ。ロンがあなたたちの子守係として推薦しただけ。わたしこそマルフォイにコンプレックスがあるわ。現時点で死喰い人であることがほぼ確定してるのに、それでも招聘するって強く決めてる。わたしは今のところマルフォイ未満の重要度しか持ち合わせてないわ」

 

今度はハーマイオニーが溜息をついた。

 

「そういう誤解を招きそうだとは思ってたけど、違うのよ、パーバティ。マルフォイはね、スリザリンの仲間の目を盗む機会を見つけてレンにマグルの感染症対策を尋ねたことがある。関心の対象とモチベーションの強さは確認済み。だから、今のうちに死喰い人としてトムくんに殉じる以外の選択肢を提示しておかなきゃいけないと思ったの。あなたのことは最初から頭にあった。聖マンゴにポジションを確保するだろうし、そうなってから招聘しても大丈夫だと思ったの。癒学方面は人狼病以外の焦点がまだ浮かんでないけど、何かしら問題はあると思う。あなたがそういう情報を引っ提げて参入してくる予定だったのよ」

「スカウトするほどではなかっただけでしょ」

「違います! ね、会議室はあそこだけど、わたしたちのプライベートルームはここ。あなたはここにいるの。すでにわたしたちの中ではあなたは円卓に座ってる人だったのよ」

 

パーバティが何か言い返そうとしたその時、半眼でグズついた蓮が枕を抱えて戻ってきた。

 

「パーバティーぃ・・・ラベンダーがうるさくて寝られなーいー。あそこやだぁ」

 

ハーマイオニーが溜息をついて着替えを持って部屋を出て行き、パーバティは眠くてグズる蓮を抱えてベッドに寝かしつけた。

 

「まったく・・・あなたたちときたら、あちこちの人をやきもきさせてるんだけど、自覚してる?」

「ハーマイオニーが悪いんだよう。ロンとくっついてくれなきゃめんどくさーい」

 

問題点はもはやそこじゃなくなったのよ、と呟いてパーバティは蓮の顔に毛布をかぶせた。

 

 

 

 

 

ハリーは頭をがしがし掻いて溜息をついた。

 

「・・・そういうことだったのか。明らかに誰かに妨害されてる様子だったのにアルジャーノンが報復しなかったのは成長の証だと思ってた」

 

でもそれならハーマイオニーは不利だ、とハリーが頭を振る。

 

「え? ロンはわたしから見ると、ハーマイオニーのことが好きだと思うんだけど」

「僕もそう思うよ。一番深いところではね。でも、パーバティ、あれだけ露骨にロンを贔屓してくれる存在は今までいなかった。悪い気はしてない。してないどころか、女の子だ。そう意識するようになった」

「ハーマイオニーはそうとうなロン贔屓よ。レンを殺しかけるぐらいに」

「あれはあの2人のレクリエーションさ。レンなら避けられると確信がある。僕だって、犯人がハーマイオニーだとわかって安心した。殺しはしないだろ、たぶん。ハーマイオニーは、ロンの前ではロンを特別な存在としては扱わない。僕とロンは平等なんだ。でもロンはそれじゃ満足出来ないんだよ。ああ! 言うな、わかってる。友人関係の中に持ち込みたくない感情だから態度をコントロールしてるんだ、そのぐらいは僕もわかってる。実にハーマイオニーらしいと思う。でも、そこを乗り越えなきゃ話は先に進まないし、ラベンダーはあの勢いで突進してきて、ハーマイオニーが慎重に引いた一線を飛び越した。飛び越したどころか、見えてもいない」

 

パーバティとハリーは揃って溜息をついた。

 

「ハーマイオニーのストレスは最大値をマークしたわ。レンとスーザンの関係にまで嫉妬し始めたの。ボーイフレンドはロン、パートナーはレン。ハーマイオニーの中での分類が脅かされてる」

「僕には女の子のそういう友人関係がきちんと理解できてるとは思わないけど、レンにとってスーザンとハーマイオニーは違うだろう? ハーマイオニーは姉妹みたいなもんさ。スーザンは大事な友達。違うのか?」

「おおむねその理解で間違ってないわ。だからレンはスーザンに気を遣ってる。ハーマイオニーにはそれも面白くないのよ。レンのボーイフレンドはジョージだっていうのに」

 

ハリーが複雑な顔をした。

 

「なによ?」

「それはどうかなって。レンはああいう立場の人間だから、ジョージは諦める覚悟をしてたんだ。それがアルジャーノン化で有耶無耶になった。レンのことをものすごく心配して、いろんな面でサポート出来るようになろうとはしてる。でも・・・いろんな女の子とデートしてもいる」

「はあ?!」

「仕方ないと思うよ。もう子供じゃないんだから。面白いけどイザという時に頼りになる親戚のお兄ちゃん、重要な立場だけど内面的には放っておけない大事な従妹。そのぐらいの関係に落ち着くのがベストかもしれないと僕も思うことがある。少なくともジョージは、そういう可能性も頭にあって、いろいろ模索してる段階なんじゃないかな。レンはそれどころじゃないだろ。今はハーマイオニーがパートナーに決まったけど、夏はずっとひとりで考えなきゃならなかったんだ。そして今度は、円卓会議のチーム編成。自分のことは後回しになって当然だ」

「レンはそれ知ってるの?」

 

ハリーはきょとんとして首を傾げた。

 

「サマーホリディにレンの家を訪ねたりはしてたらしいから、何かしら話をしたかもしれないし、してないかもしれない。そこは僕らの立ち入る部分じゃないしさ」

 

それはそうだけど、とパーバティはにわかに心配になってきた。

 

 

 

 

 

湖のほとりのベンチで蓮はスーザンにスラグホーンからの招待状を見せて「ひとりパートナーを同伴していいタイプのパーティなんだ」と説明した。「よかったらわたくしと一緒に来てくれないかな?」

 

「・・・誘ってくれたのは嬉しいけど、レン、ハーマイオニーと仲直りするためにもハーマイオニーを誘ったらどう?」

「ハーマイオニーやパーバティは個人名で招待されてるから、各自が誰かを同伴するべきだよ。スーザン、マダム・ボーンズはスラグ・クラブの常連だったそうだから、スラグ・クラブに顔を出すようになれば、スラッギーから若い頃のマダムの話を聞くことができると思う」

 

スーザンは肩を竦めた。

 

「授業ではわたしにあまり興味がなさそうよ」

「マダムが亡くなったことに授業中に触れるほど無神経じゃないだけだよ。残念ながら結果的に無神経なことになる傾向はあるんだけど、その場の雰囲気を沈ませないための配慮なら惜しまない爺さんなんだ。それにスーザンにとっても、練習は必要だと思うよ」

「え? わたし?」

「マダムやうちのママは、毎週のように、あちこちの高官のパーティや、ラウンジ、サロンに顔を出してた。マダム・ボーンズはポーカーが得意で、ママはビリヤードが得意なんだ。聞いたときには、正直なところ似合わない真似してたんだなあと思ったけど、そういうのも魔法省で地位を得るために必要な芸当なんじゃないかな。マダムはそのレッスンを、スラグ・クラブで受けたんだろうね」

 

蓮が指先で弄ぶ招待状をスーザンはじっと見つめた。

 

「伯母のことを、面白おかしく話すのは今はまだ無理だと思うの」

「わたくしと一緒に行くんだ。そんなことになったら、わたくしが気分を害してスーザンを引っ張って帰る」

「・・・あなたやハーマイオニーには確かに社交スキルが必要だと思うけど、わたしは・・・一般職員がやっとだと思うから」

「みんな最初はそうなんじゃないかな。これはスタートラインだ、スーザン。まずは並んでみなきゃ話にならない」

 

苦笑して、スーザンは招待状を手に取った。

 

「はいはい。ドレスローブを家から送ってもらうことにするわ」

「ありがとう」

 

でも、とスーザンは首を傾げた。

 

「ん?」

「確かに、女の子同士でパーティに同伴していくほうがジョージ・ウィーズリーは安心するだろうけど、あなただって女の子なんだから、たまには女性らしく誰かにエスコートされてみたら?」

「ジョージ? なんで?」

「え? だって、彼はあなたのボーイフレンドでしょう?」

 

あー、と蓮は首を傾げた。「以前のわたくしがそうだった記憶はあるんだけど」

 

「けど?」

「今は違うよ。昔のわたくしは・・・ママの代わりに、ママみたいになろうとしてたんだ。だから、今のわたくしからすると、よそ行きな感じのママの分身みたいにしか思えない。ジョージを好きだった記憶もある。ジョージからそう言われた記憶もある。今だって別に嫌いじゃないけど・・・ママみたいになることをやめたんだ。どんな大人になるのか、自分でもまだわかんない。今はジョージとか、男の子とは、ゲームするぐらいで十分なんだよ。ボーイフレンドだとか、複雑なことはちょっと勘弁して欲しい」

「・・・レン。それって、以前とは違う人格だと思っているの?」

 

やり直してるんだ、と蓮は真面目に言った。「ママや、グランパ、グラニー、じいじやばあばと話し合った。パパが死んでからのわたくしは、わたくしじゃない誰かになるために育ってきた。誰もそんなことは望んでないって、やっとわかったんだ。わたくしはわたくしになる。今やりたいことをやる。そしてこのパーティにはスーザンと行きたいと思った。それだけのことだよ」

 

「嬉しいけど、少し複雑だわ」

「どうして?」

「わたしを仲間に入れてくれるのは、アメリア・ボーンズの姪だからでしょう?」

 

蓮はスーザンを見つめた。

 

「それがスーザンの大事な一部だと思ってることは否定しない。でもスーザン、マダムの受け売りの知識だと言いながら、途中から自分の言葉に切り替わってることを自覚してないのかな。マダムの受け売りだと言ったほうがわたくしたちが信用すると思ってるみたいだけど、それは違う。マダムの言葉をきっかけにして、スーザン自身が考えたこともたくさんあるんだろう。スーザンも、わたくしと一緒だ。マダム・ボーンズの可愛い姪を卒業してスーザン・ボーンズになることを考えたほうがいいんじゃないかな」

「レン・・・」

「マダムが法律家として生きてきたという話を聞かせてくれるようになったと言ったね。ママがその話を聞いて、アメリアには本当に敵わない、って言った。どういう意味かずっと考えてた。マダムは、自分とは違う気性に育つスーザンをずっと見守ってきた。可愛い姪として。そして、スーザンが法律家を目指す気になったから、自分の人生を教材として差し出した。うちのママには出来なかったことだ。だから『敵わない』んだろう。ママはまだわたくしを自分の可愛いプリンセスだと思ってるんだ。たまにパパに似てるところを見つけて感動してる。彼女はまだそういうレベルなんだ。やり直しの親子なんだからそれはそれで構わない。でも、マダムとスーザンは偉大な伯母さまと可愛い姪の関係から卒業し始めてた。今になってまた縮こまるのはどうかなあと思うよ」

 

スーザンはしばらくじっと考えて、苦笑した。

 

「あなたにはアルジャーノンと成人したレンが混ざってるから、時々混乱させられるわ。よくそこまでわかるわね」

「人のことはね。自分のことはわからない。それこそアルジャーノンが混ざって、どう変化するのかわかんないからね」

 

わかりました、とスーザンは両手を挙げた。「降参するわ、レン。確かにわたしは・・・伯母の最期に怯えてたのかもしれない。ちっぽけなスーザンのままなら、ああいうことにはならずに済む。正直言うと、DAに参加したことを後悔したわ。伯母の部屋を片付けに行って、圧倒的な魔法の痕跡を感じた。両親は悲しみに暮れてはいたけど気づいてなかった。攻撃的な魔法とは無縁な夫婦だから。武装解除、失神呪文、盾の呪文で跳ね返した磔の呪文」

 

「激しい抵抗だったとは聞いてる。トムくん自身が手を下したと見られてるそうだね」

「きっとそうだと思うわ。伯母自身が何人か死喰い人を攻撃したから、業を煮やして死の呪文を使ったんでしょう」

「そういうことを感じずに、優しいスーザンのままでいたいというのも、理解できるよ。世界が殺伐としてうんざりすることはわたくしにもある」

「ええ。両親の悲しみに、単に同調出来ない自分が嫌になったわ。でも・・・伯母に近づいたという実感もあった。不思議な気持ちだった。そして、わたしは伯母の秘密を見つけたの」

 

蓮はきょとんとして目を瞬いた。

 

「そんなの、わたくしなんかに話していいの?」

「あなたには秘密の中身は絶対に話さないわよ、レン。両親にも秘密にしてる。穏やかなボーンズ家で育った伯母が、あれだけの戦いをする魔女になった理由はわかったけど、両親が知る必要もないし」

「ふうん・・・」

「大事な人を守るには力が必要だった、それだけのことなの」

 

いたみたいだよ、と蓮は笑った。

 

「え? 知ってるの?」

「ママのクライアントさんのひとりだ。マグルだけど、優秀な弁護士なんだ。自分のことには客観的になれないからって、個人的な案件ではママを代理人に立てるんだ。ママがその人にずいぶん気を遣ってるからわかった。寂しさに耐え難くなった夜にはママに電話をかけてきて長いこと話をする。そういう時にはママのベッドからわたくしは追い出されるんだ」

「そう・・・」

「すごくデリケートかつプライベートなことだからってママが言うのは、そういうことだよ。伸び耳を使って聞いたら『アメリア』って名前が聞こえた。びっくりして声を出しちゃったらママにバレて、それからは邪魔よけ呪文まで使うんだ。絶対にそういうことだと思うよ。絶対だ」

「・・・以前は、あなたの『絶対』を信じてたけど・・・こういうことに関してはね・・・にぶちんだし」

 

脱力して、明後日の方向を見ながら呟くスーザンに、蓮は、むう、と唇を尖らせた。

 

「パーティ! 行くよね、わたくしと!」

「はいはい、行きますよ」

「にぶちんじゃないもん」

 

それはどうかしら、とスーザンは頬杖をついて湖を眺めた。

 

「・・・伸び耳使って勉強したもん」

「お母さまに対してそういうものを使う時点で、感性が新入生男子なの。そうね、ひとつテストをしてあげる」

「ん?」

 

スーザンは少し意地悪そうに蓮を横目で見た。

 

「プライベートで、とても親しい人とリラックスしている時のあなたのお母さまって、本当にあなたにそっくりよね?」

「当たり前だよ、親子だもん」

「・・・どの口が」

 

なぜか疲れたスーザンはポケットからチョコレートを出して、半分を蓮にくれた。


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