サラダ・デイズ/ありふれた世界が壊れる音   作:杉浦 渓

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閑話30 憂いの篩

マグルが伯母の事件を忘れたと弁護士である怜がやって来て、状況を説明してくれた。

 

「今回の事件では、まずマスメディアの担当記者を始めとする関係者に忘却術をかけることから始まりました。それから警察。アパートの管理人、居住者。アパート関係には、アメリアが急な病気で実家のヘイスティングスに帰った、という記憶を植えつけてあります」

「視聴者や購読者には・・・?」

「それはさすがに範囲が広過ぎて、忘却術までは無理でした。アメリアの記事を掲載した雑誌は回収しておりますが、読者の記憶には触れていません、刺激的な事件は他に日々生まれています。視聴者や購読者の関心は、すぐに移っていくでしょう。ですが、ボーンズ家周辺のマグルの方にその種の記憶があると確認できた場合には、忘却術士を依頼出来ますので、わたくしにご連絡くださいませ」

 

両親の安堵の声を聴きながら、スーザンは今の具体的な説明には、怜自身が忘却術を使って事件の火消しに回ったのではないかという印象を受けた。

 

「周辺のマグル・・・そう多く付き合いがあるわけではありません。ヘイスティングスの街中にある食料品店と花屋ぐらいです。姉の事件は・・・食料品店では支払いのレジでしか接触がありませんから知られていても問題ない。花屋は、どうやら姉もよく利用していたらしくて、弔問の日も大きな花輪を持ってきてくれましたし、今も定期的に花を届けてくれます」

「・・・忘却術を、かけますか?」

 

躊躇いがちに怜が尋ね、父はしばらく考えて首を振った。

 

「マグルであれ姉を悼んでくださる方です。興味本位の読者とは違う。あの方の中の姉の記憶はそのままにしていただきたい・・・魔法省側に不都合がなければ、の話ですが」

 

不都合などございません、と怜は微笑んだ。その微笑に、やはり魔法省など通さずに怜が自分で手を下したのだと確信を深めた。

 

「これをもって事件が一段落したとして、闇祓い局からも、アメリアの部屋への立ち入り・片付け・部屋の処分の許可が下りています。ごく私的なことでしょうから、わたくしはご遠慮いたしますが、アパートメントの不動産上の管理や処分についてのご相談はお気軽にご連絡ください」

 

そんなやり取りを済ませた帰りしな、車寄せまで見送ったスーザンに「あなたも伯母さまの部屋の掃除に行くのかしら」と微笑を浮かべて尋ねられた。

 

「はい。そのつもりです。両親には支えが必要だと思うので」

 

答えると、しばらく迷うように拳を口元に当てた。

 

「あなたは確かハーマイオニーたちと実戦的防衛術の訓練を受けたのだったわね?」

「え? ええ」

「脅かすつもりではないけれど、魔法というものには厄介なところがあって、発動した魔法の魔力的痕跡は屋内ならば年単位で残存するわ。さすがに日常的な魔法は、痕跡がたくさんありすぎて識別出来ないようになっているから知らないと思うけれど。事件現場には、攻撃的な魔法の痕跡が残っているものなの」

 

そして「ルミノール反応」というマグルの知識を教えてくれた。

 

「特定の光線を当てると、血痕が浮かび上がってくる。これと同じで、魔法による激しい戦いが行われた場所に、攻撃的な魔法を使える魔法使いや魔女が行くと、どんな魔法を誰がどのように使ったか、ある程度のトレースが出来るの。あなたがそんな怖いことには耐えられないと思うのなら・・・書斎と寝室の掃除は避けなさいね」

 

スーザンは首を振った。

 

「それならなおのこと、両親にはさせられません。わたしがDAで訓練を受けたのは、現実に対処するためです。悲しい現場から両親を遠ざけるように努力します」

 

怜は思わしげに眉を寄せて言った。

 

「とても激しい戦いだったから、感じるのはつらいわよ?」

「レディは、現場に?」

「ええ。行ったわ。騎士団としてね」

「伯母は、戦ったのでしょうか」

「とても激しく」

 

スーザンを見つめて、怜は優しげに目を細めた。

 

「あなたの声、若い頃のアメリアによく似ているわ」

「声、ですか? 初めて言われました。伯母はあんな喋り方だし」

「そうね。あの喋り方の印象が強いけれど、若い頃は普通に女性的な喋り方だったわよ。あれはアメリアの鎧のようなもの。厳格な判事というスタイルの一部として身につけたものでしょう。わたくしが執行部の研修を受けていた頃は、そうね・・・あなたというジンに、香りや色をつけるためにハーマイオニーをちょっと垂らしたカクテルみたいな人だったわ」

 

ちょっと垂らされるハーマイオニーを想像して小さく笑ってしまった。

 

 

 

 

 

「さて、明日はロンドンで姉さんの部屋に行くわけだが」

 

夕食を済ませたお茶の時間に父が口を開いた。

 

「片付けとひと口に言っても、いくつかパターンがある。今回、事前に決めておきたいのは、あのアパートメントを手放すかどうかということだ。手放すことを前提とするならば、かなりの家財や書籍を処分することになるだろう。我が家に引き取ってしまうにはあの部屋は広過ぎるからね。そこで母さんと相談したのだが、スーザン、魔法省への就職を希望する立場は変わりないかな」

「ないわ。法執行部は難関だし、この時代にはつらい仕事になるかもしれないけど、逃げたくないから、法執行部に入省することを目標にチャレンジするつもりよ」

「法執行部に入れないとしたら? ヘイスティングスに帰って出来る仕事を探すかい?」

「・・・願書を法執行部だけに提出するつもりはないの。第2・第3希望として国際魔法協力部、魔法生物規制管理部を考えてる。いずれは結婚して家庭に入るかもしれないけど、それまでの間は魔法省で働きたい」

 

父は頷いた。

 

「ならばだ、スーザン、姉さんのロンドンの部屋は、君がホグワーツを卒業したら君が使うことにしようと思うのだが、どうだい?」

 

スーザンはぽかんと父の顔を見つめた。

 

「ん?」

「新人の魔法省職員には贅沢なんじゃない?」

「ああ。そういう見方もあるだろうが、あの広さがあれば、君が結婚しても使いようがあるだろう。子供が出来たら多少手狭かもしれないが、その時はその時だ。売ってもいいし、仕事をする家族の平日のタウンハウスと考えてもいい。なによりもね、姉さんの集めた家財や書物の類を、あれこれ分類して処分し、最低限のものを形見として持ち帰ることで、姉さんの人生を切り刻みたくないのだよ。感傷的だと笑うかな」

「そんなことはしないけど」

「君が希望通り法執行部に入ったら、あの部屋はきっと宝の部屋だと思うよ。マグルの法律まで研究していた人だ。君が仕事をしながら欲しいと思う資料は、あの部屋を探し回れば出て来るんじゃないかと思うぐらいだ。いずれにせよ、姉さんが何かを遺すべき次世代は君しかいないのだし、その君が法執行部への入省を希望するならば、あそこにあるもの全ては君の手に渡るのが姉さんとしても望ましいのではないかと思う」

「新人職員に相応しくないと思うのなら、別に部屋を借りてもいいのよ? でも父さんと母さんは、あなたのためにあの部屋にある書物はなんとか残したいと考えてるから、やっぱり部屋ごと残すことになるでしょうね」

「うん・・・この家に持ち込める量ではないからなあ」

 

両親の中ではもう結論の出た話だったようだ。少し肩透かしに感じながら、スーザンは苦笑して答えた。

 

「父さんも母さんも、もう結論を出してるでしょう。だったら、わたしは進んで受け取ることにするわ。伯母さんの残した書物なら確かにわたしも欲しいし、あの部屋の書物をうちに持ち帰っても、納屋に積んで押し込む以外に方法がないものね。お家賃を払う必要がないのなら、部屋ごと保存するのがベストだと思うわ」

「姉さんがそのあたりに抜かりがあるわけないだろう。あの建物の中のいくつかは賃貸物件らしいが、姉さんは自分の部屋を買い取っていた。結婚していないから、先々我々家族に迷惑をかけるわけにはいかないと言ってね。私は、逆だ、と言って反対したからよく覚えている。年寄りになってロンドンのアパートメントなんかで寝込まれては逆に迷惑だ。魔法省を引退したら、さっさとヘイスティングスに帰って来いと言ったものだよ。結局は他人の持ち家でいずれマグルが住むかもしれない部屋に住んでいると思うと、家の中でちょっとした魔法を使うにも気が引けるから自己所有にすると言い張って買ったわけだが。それでも耄碌するならヘイスティングスで! それは父さんと姉さんの間の約束だった」

 

寂しそうに父が笑った。

 

「優秀で有能な、大臣就任を期待されているアメリア・ボーンズだったかもしれないが、父さんにとっては、いくつになっても独身の独り暮らし、まともなものを食べているのか病気をしていないのか、いつも気にかけてやらなければならない手のかかる姉さんでしかなかった。レディ・レイを紹介された時には、いくらか安心したがね。優秀な部下だと言っていたが、一緒にいると姉妹のように親しげで、仕事帰りによく2人で食事していると聞いた。妹のように可愛がっている部下がいるなら、あちらからは姉のように慕われているのだろう。手のかかる姉さんも、妹の前では良い格好をしたいだろうから、徹夜で書類を読んで、朝食も食べずに登庁して法廷の真ん中で空腹で倒れるような真似はしないだろう。笑っているが、スーザン、実際にやらかしたことがあるから言うんだよ。まあ、そんなわけで、レディ・レイを紹介されてからは、姉さんの生活への干渉は控えめにした」

 

胸を張って言うが、伯母は弟の過干渉には辟易していた様子で、帰省してきた時にはスーザンの部屋に来ていろいろな話をするついでに「ボーイフレンドが出来たら気をつけなさい。おまえの父親はとにかく心配性が過ぎて冬の蝿のようにうっとうしい」などと、父の過干渉ぶりをボヤいていた。

 

しかしそれもまた弟夫妻を早くに亡くした父なりの生きていく張り合いのひとつだと、伯母もスーザンも理解していたから、伯母は聞き流し、スーザンは父にとって安心出来る娘であろうと心がけてきた。

 

父にとって明日はつらい仕事をする日だ、と思いながら、自分の部屋に戻った。

 

 

 

 

 

書斎と寝室は自分がいずれそのまま使うのだから自分に任せて欲しいと主張して、両親はキッチン・ダイニング・リビング・バスルームの掃除、書斎と寝室をスーザンが担当することにした。

 

書斎に入った瞬間、叩きつけられるような魔力の気配を感じてスーザンはオークの扉に張り付くように、息を荒げて立ち竦んだ。

書斎のどっしりした両袖の机の向こうから杖が自分を鋭く狙っているようだ。錯覚だとはわかっている。それでも、生々しく残る最期の日の魔力の濃密さに、スーザンはひゅーひゅーと喉を鳴らして喘いだ。

 

おそらく最初は闖入者に対して激しく警戒し、まずは武装解除をしたはずだ。闖入者が複数と判断してからは、失神呪文。不思議なことに、いずれもあのどっしりした机の向こうから、ろくに動かずに、眼力と杖に込めた魔力だけで対処している。

 

なぜだろう。

 

スーザンがドアから身を離して、部屋中央にふらっと歩き出ると、魔力の気配が変わった。伯母が机を離れたことがわかる。机に意識を向けず、ことさら寝室へ寝室へと誘導するように寝室の様子を気にかけながら。寝室にいったい何が。書斎から続く寝室への引き戸を開けると、スーザンはあまりに強く収束された魔力の残滓に胸を押さえて「かはっ」と乾いた咳をした。

 

伯母の遺体は寝室で見つかった。きっと今のが死の呪文の残滓だ。

 

しばらくその場に横になって、現実の自分の手足指が間違いなく動くことを何度も確認して起き上がった。

 

「書斎への最初の闖入者は、死喰い人。伯母さんにはまだ余裕があった。武装解除して失神。それだけであしらえる相手だと認識していた。実際にそうだったはず。机から動いていない。でももうひとりの人物が入ってきた途端に、寝室へ移動を始めた。何か気にかかってならないような素振りを見せて。たぶんこれがトムくん。死喰い人数人を送り込んだのは、服従の呪文をかけるため。でも伯母はそういう動きがあることは予想していたから、余裕をもって迎え撃った。死喰い人が複数とわかると、確実にひとりずつ敵を減らすために失神呪文の攻撃に切り替えた。そこへ業を煮やしたトムくんが現れた。死喰い人たちの失態を思えば、伯母さんを生かして服従させるのは危険だと判断した。複数の死喰い人に対してこれだけの戦闘力つまり戦意を保持できる人間に服従の呪文をかけても、いずれ破られる。魔法法執行部長に死喰い人が攻撃を仕掛けたんだから、簡単に服従させられなかったのなら、殺したほうが確実よ・・・伯母さんもわかってたはず。でも諦めなかった。寝室まで移動した。どうして?」

 

カーペットの上に残る、マグルの警察が残したチョークの人型は、ベッドサイドテーブルに向いている。

 

スーザンはベッドサイドテーブルの引き出しを開けた。

 

「伯母さんたら、不用心なんだからもう・・・」

 

グリンゴッツの金庫の鍵、マグルの通帳や小切手帳。

 

「マグルの通帳なんて何のために・・・ま、トムくん一派が興味を示さずに帰ってくれて良かったけど」

 

言いながらハッとした。

 

書斎の机から移動したのは、これを守りたかったからだろうか。逆なのでは?

殺されることはわかっていただろう。死んだ場所の周辺は、トムくん一派もしくは魔法省の捜査チームが調べることになる。

 

「だから移動した?」

 

スーザンは立ち上がって、その場から見える書斎の机を睨んだ。

 

 

 

 

 

「ヤーヌア・パンディトゥル」

 

伯母と2人で作った解錠呪文を唱えると、やはりカチリと錠が抜ける音が聞こえる。

 

そのまま、スーザンは息を止めるようにして、数分の間窓の外に魔法省のフクロウが来ないか待った。未成年の魔法使用制限の監視は厳しくなっていると聞いている。確か去年は、ジャスティンが夏に帰省して、うっかりトランクにアロホモラを使っただけで魔法省から呼び出されたそうだ。

伯母に確かめると、あからさまにうんざりした顔で「あの法律は、本来は危険な魔法や機密保持法を脅かしかねない魔法を未習得のまま子供が振り回すのを防ぐためのものだ」と教えてくれた。「ホグワーツで子供たちが集まって生活していると、互いに競い合うように、危険な魔法や魔法省が許可していないモグリの魔法を無意味に試したい気持ちに駆られがちだ。その感覚を持ったままマグル社会のすぐ傍で休暇を過ごすのだから、何かでブレーキをかけておかねばならない。そのための法律だよ。家族以外の前で誇示するように使ったならともかく、自室で自分のトランクを開けるために使ってしまったぐらいのことで処罰などしない。しかし、どういうわけか感知基準が厳しくなっているのだ。法執行部に持ち込まれるこうした事件は、精査した上で弾くようにしているが、スーザン、おまえも一応気をつけておきなさい。基本的に、魔法族の家庭内での生活魔法は、その家庭の大人が使ったと見做すから、このぐらいは大丈夫なのだが。ジャスティン少年の場合は、マグル生まれだったから厳しい感知基準が適用されたのだろうな。簡単に状況を聞いて帰すだけになるだろうから、安心するように言ってあげなさい」

 

今にして思えば、ジャスティンを含むマグルの中で生活する未成年の魔法使用への監視が厳しくなっていたのはアンブリッジの干渉によるものだろう。ハリーを大法廷で有罪にするための罠に、ジャスティンは巻き込まれたのだ。

 

「嫌な女」

 

呟いてスーザンは窓から視線を剥がした。ここから魔法省は近い。感知されたのならもうフクロウが来ているはずだ。スーザンの使った魔法は両親が使った魔法として法の網の目を抜けたらしい。

 

そっと引き出しを開けた。

 

中には、引き出しの幅いっぱいの直径を持つ水盤が入っていた。

 

 

 

 

 

「やめてよアメリア」長い髪を下ろし、色の抜けたジーンズとパーカーというラフなファッションの、レディ・レイがこのアパートメントのリビングのソファの上で胡座をかいて本を読んでいる。その首筋を指でくすぐると、そう言って身をよじった。

 

「勝手に人の家に来て、そんな格好で人の本を読み漁るからでしょう」

「あなたがこの判例を引っ張り出した判決を思い出したの。ベラトリクス・レストレンジはヴォルデモートに恋情を抱いている。それは情状酌量に繋がらないかと思って」

「情状酌量出来る罪状ではないわ、レイ」

「・・・やっぱりダメか」

 

パタンと分厚い法律書を閉じて大きく伸びをする。今より若いせいか、非常にリラックスした雰囲気のせいか、蓮にそっくりだ。スーザンは胸が高鳴って息苦しさを覚えた。

 

「まあ飲みなさい」

 

アメリアがグラスに入れたワインを差し出した。

 

「ありがとう・・・良い香り。珍しいわね、あなたがカリフォルニアワインを買うなんて」

「試してみたらなかなか美味しかった。それだけよ」

 

自分の声によく似た伯母の声。

 

「どうせ泊まっていくつもりなんでしょう。好きなだけ召し上がれ」

「ありがとうございます。たまにはコーンウォール以外の場所で眠りたいの」

「・・・コーンウォールのベッドを買い換えたら?」

 

怜は力無く微笑んだ。

 

「彼がすごーく気に入って買ったベッドなのよ。それはちょっとね。チェルシーは改装の時に全部買い換えたのだけれど」

「ご義父母はまだチェルシー住まいは認めてくれない?」

「まだ当分は無理みたいね。言わないで。わたくしが心配をかけたのがいけないの。わかってるわ」

 

アメリアは溜息をついた。

 

「葬儀の時に倒れたのは、ただ倒れたんじゃない。流産したのよ? そうでしょう? なのに、起きられるようになるとすぐに法廷に戻って次から次へと裁判を引き受けて。哀しみを処理する方法としては過酷過ぎるわ、レイ。コーンウォールのご義父母が監視してくださるから良いものの、そうじゃなかったらわたしが監視するところよ。たまに息抜きに来るのは構わないから、基本的にはコーンウォールのご義父母のもとで暮らしなさい」

 

あの子が生まれて来なかったのは、とワイングラスを揺らして怜が呟く。「わたくしという人間が母親失格だからよ。母親失格の上に、法律家としても役立たずなら生きてる意味がないじゃない」

 

アメリアは溜息をついて、怜の隣に座り、その身体を抱き寄せた。

 

「そんな言葉で駄々をこねるのはやめなさい。痛々しい。あなたは優秀な魔女よ。わたしがそう認めたの。それじゃ足りないの?」

「充分よ、アメリア。あなたがそう言ってくれるから、なんとかやっていけるの」

 

 

 

 

 

顔を赤くして水盤から顔を上げたスーザンを、伯母の魔力の圧が襲った。

 

見せない、という強い意志が、この場所から放たれたのだ。死喰い人に向かって。

 

「でもわたしは見るわよ、伯母さん。そのつもりであの呪文を作ったんでしょうから」

 

 

 

 

 

全ての記憶の糸を読み終えた時、スーザンは脱力して深々と椅子に沈んでいた。

 

最後の記憶は動物もどき試験だった。時系列ではなかったが、その記憶だけ別にしてあったのだ。

 

「わたくしには挑戦する意欲が足りないと叱られました。学校で学ぶことだけに満足していては、持って生まれた素質を100%活かすことは出来ないと。ですから、それならばマクゴナガル先生に挑戦します、と申し上げました」

「マクゴナガル先生から学んだのでは?」

「もちろんそうです。『変身術の歴史』を読んだ上で、独学は危険だと考えました。マクゴナガル先生は生徒の意欲に対しては惜しみなく応えてくださる方です。そのことに感謝と尊敬の念を抱いています。マクゴナガル先生を抜きにこっそり独学するよりも、マクゴナガル先生を超えたいという気持ちを打ち明けて指導していただきたいと考えたのです」

 

この蓮に対して、伯母は物足りなさを感じていた。もどかしさ、と言うべきかもしれない。

優等生的な回答だ。文句のつけどころがない。

これは頭の良い犯罪者の尋問でありがちなことだ。質問の意図を察して、その意図に沿う回答をコントロールしている。

 

逆に、懲戒尋問での伯母は、蓮に舌を巻いていた。

 

「昨夜の事件に真実薬の影響はあると思うか?」

「・・・ないよ」

 

この質問は伯母からの助け船だった。真実薬の後遺症を、事件に結びつけるための質問。頭の良い犯罪者なら、この助け船に乗ってくるはずだった。しかし、蓮はそれを拒否した。

 

面白い、と伯母は思っていた。舌なめずりするように。

この子は、以前からの想像を超える成長を遂げた。この破綻こそが、女王を仕上げる最後のひと筆だった。

 

「同じ場面になったら同じことしちゃう。スーザンに磔の呪文を当てたんだもん」

「・・・スーザン。スーザン・ボーンズか?」

 

それはそうだろう、と内心で激しく同意していた。アンブリッジがスーザンに磔の呪文を当てる場面を見たなら、自分とて何をするかわからない。

 

友人が禁じられた呪文で攻撃された。

報復の念に駆られた。

 

そこに間違いなどあるはずがないのだ。そう。真実薬の後遺症さえ必要ではないだろう、確かに。

 

真実薬を言い訳にしなかった。

 

アメリア・ボーンズは、それを深い反省の表れだと解釈することにした。

 

面白い子だ、とアメリアは小気味良さを感じた。

 

面白がってる場合じゃないわよ伯母さん、とスーザンは額に手を当てて、亡くなった伯母に文句を言ってやりたい気分に駆られた。

 

怜と蓮の記憶を取り出し、繰り返し読んでいた。

 

その事実から人の目を逸らすために、ヴォルデモートを寝室に誘導したことは間違いない。

記憶の中で、ホークラックス、という単語が繰り返し出てきた。怜はホークラックスを破壊した。

 

「ヴォルデモート側から見れば万死に値する大罪人だな」

「バレればね。ね、アメリア、ホークラックス作成のための殺人。これを裁くには何を援用できると思う?」

「その前に、ホークラックス破壊の件をヴォルデモートから隠し通すことを考えてくれないか」

 

「ほ、ホグワーツの2年生が、ホークラックスを拾ってきただと?! どこから?!」

「知らないわよ。知らないけどそうなの。あの子には闇の魔術具を感知する能力というかアレルギーがあるから、きっとそのせいだわ」

「破壊させるのか?」

「どうやって? 無理よ、2年生だもの。休暇まで保管させて、休暇にはわたくしが取り上げて破壊するわ」

「ヴォルデモートからの恨みを積み上げてどうする」

「ひとつもふたつも同じでしょう」

 

「・・・子供たちが、破壊した・・・?」

「したのよ・・・成り行きで。マクゴナガル先生やうちの母が50年前にしでかした悪戯が、50年経った今、功を奏した。グリフィンドールの剣にバジリスクの毒を塗りたくっていたの。それでこう・・・グサッと」

 

スーザンはホークラックスが何を意味するのかわからない。だが、伯母が記憶を守った理由は、まさにこれだった。

 

怜と蓮。

 

非常によく似た、美しい無防備な母と娘。

剥き身の果物のように傷から甘露を滴らせ、欲望を刺激するくせに、無防備に髪を解いて枕を抱えて眠る女。

殻を破壊され、生まれ変わったばかりの、真なる女王。まだ幼く、言葉足らずではあるが、何者にも翻弄されることのない真なる女王。

 

伯母の目には、2人はそんな風に映っていた。

 

その2人の「大罪」を隠し通すために、寝室に誘導した。殺されることがわかっていながら。

 

もちろん逃げられはしないと判断したことも確かだろう。

 

しかし、最期の瞬間伯母の意識を占めたのは、2人を守ることだけだった。

 

暴き出した真実の重さと凄惨さに、スーザンは陽が傾くまで、その場で放心していたのだった。


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