サラダ・デイズ/ありふれた世界が壊れる音   作:杉浦 渓

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第7章 兄の杖、妹の杖

校長室に入ると、ダンブルドアは蓮を見て、いくぶん弱々しく微笑した。

 

「なんという輝きじゃ・・・見事な魔女に成長したの、ミス・ウィンストン」

 

蓮は首を傾げ、頭のてっぺんをぱたぱたと叩いて、妙な光る粉末でもかぶってしまったかと確かめた。ダンブルドアは苦笑する。

 

「まだ可愛いアルジャーノンも君の中におるようじゃ。いくらか安堵した。そういうことではない。魂の輝きに満ちておる」

「先生を責めるつもりはないし、誰かのせいにしてる時間もないから、先生は気にしなくていいと思う。ます」

「無理して丁寧な言葉を使う必要もない。そのような余力は、お互い浪費を避けねばな」

「うん!」

 

ダンブルドアは立ち上がり、1枚の魔女の肖像画を杖で指し示した。

 

「ギネヴィア、君の大事なアーサー王子が来てくれた。顔を見せてくれぬか」

 

しかし、肖像画の中のギネヴィアは額縁に隠れてしまった。

 

「やれやれ。エリザベス女王陛下の応接間にいる小さな肖像画でな。君とミス・グレンジャーが、成人して初めての謁見の際に、陛下との間で取り交わした約定について、全てを儂とミネルヴァに教えてくれた。涙ながらにのう」

 

不覚にも儂ももらい泣きしてしもうた、とダンブルドアは自分の椅子に座った。「いつも飄々としている君が、グリフィンドールに組分けされたのは、あの熱き魂を持っておるがゆえであったようじゃ」

 

「思い出すと恥ずかしいからやめて」

 

ダンブルドアはからかうように、ちらっと蓮を見て青い瞳を輝かせた。

 

「意地の悪い年寄りで相済まぬ。実際的な話に移るとしようぞ」

 

そう言ってダンブルドアは、自分の杖を机の上に置いた。「君の杖を隣に。そう。並べておくれ」

 

しばらくの間、ダンブルドアは鋭い視線で杖の観察を続けた。

 

「・・・君は自分の杖の来歴を知っておるかの?」

「うん。わたくしが買ったのはオリバンダーさんのお店だ。何本か試してもオリバンダーさんが満足しなくて、ばあばが買おうとした杖があるって思い出して持って来てくれた箱の中にこの杖があった。わたくしが振ると、お店いっぱいに桜の花びらが吹雪みたいになって。その時に、オリバンダーさんは、何か延々と語り始めようとしたんだけど、ママがすぐに箱にしまって、この杖を買うって決めた。箱には紋章が刻まれてる。家にあるけど、たぶん。ママかウェンディがどこかに仕舞ってると思う。ママは、ぺヴェレル家の紋章だと言ってたし、オリバンダーさんの言い方も、他の杖と違ったんだ。この杖の本当の力をまだ見たことがない、みたいな言い方した。オリバンダーさんが作った杖のことなら、あの人、ちゃんと頭の中にイメージがあるんだ。ハーマイオニーも一緒だったけど、ハーマイオニーの杖はすぐに選び出した。『優美な蔓を象っていながら芯はドラゴンの心臓の琴線。優れた魔女に相応しく、象徴として魔法省の紋章にさえも使うことができる出来栄え』って。ハーマイオニー向きだなと思った。わたくしの杖には、そういうコメント無しでただびっくりしてた。ママが何かの弾みで言ったのは『ニワトコの杖に対するワクチン』だったかな? あと、ハーマイオニーが言ってたんだ。『この杖を本当の意味で使えるのは、レンか、レンのおばあさまだけ』だって。ママが神秘部に行った時にはこれを持って行ってって預けた。なんか強い杖っぽいから、役に立つかなと思って。そしたらハーマイオニーがサマーホリディに『この杖を使いこなす魔力を持っている人はすごく少ない。気軽に人に貸したらダメ』なんだって。ママでさえ魔力が足りなくなりそうだったらしい」

 

さもありなん、とダンブルドアは椅子に座り、自分の杖を握った。「儂のこの杖については?」

 

「じいじから聞いてる。グリンデルバルドから、完璧な武装解除で奪ったニワトコの杖だ。じいじはその場面を見てた」

「ニワトコの杖については?」

「死の杖とか、宿命の杖とか、いろんな名前で呼ばれてるけど、ぺヴェレル家の誰かが作った、かなり強力な魔法に耐えられる杖。その杖を奪い合う決闘や殺人を経て、持ち主が移り変わってきた」

「君はこの杖を欲しいと思うかね? ぺヴェレル家の杖を既に使いこなす君になら、儂のこの杖も使いこなすことができるように思う」

 

要らないよう、と蓮は顔をしかめて、だるくなって来たのでフォークスの止まり木の足元にあぐらをかいて座った。

 

「要らぬ? なぜかの?」

 

ダンブルドアはからかうように、また青い瞳を煌めかせた。

 

「それ、最強の杖とかなんとか言われてるけどさあ・・・負け癖つきまくりのダメ杖じゃん」

 

はっはっはっはっは! とダンブルドアが天井を見上げて呵々大笑した。

 

「同程度のスペックがあるのは、わたくしの杖だと思うけど、わたくしの杖は、箱に入ったまま、お試し以上の経験のない杖だった。最初、1年生の頃はたぶん普通の杖だったよ。トロールを失神させることは出来なかったもん。わたくしの成長に合わせて強くなってきた杖なんだ。だから悪い子だった時も、ママの注意をひとつだけ守った。禁じられた呪文をインストールしないこと、って。だからわたくしの杖はまだ罪を犯してない。わたくしはこの杖と一緒に成長して、この杖に相応しい人間になる」

 

そしてダンブルドアを見上げた。

 

「先生の杖は、確かに強い杖だと思う。でも、間違った使い方をする持ち主を渡り歩いて、どんな癖があるかわかったもんじゃない。そして、必ず負けて、持ち主がコロコロ変わってきた杖だ。確実に言えることは、その杖はわたくし個人に忠誠を誓うことはないってこと。強い魔法使い、強い魔女に忠誠を誓う。持ち主を変える癖もある。信用出来ない。その杖を手に入れて50年トラブルなく使いこなせたのは、先生だからだと思う。隙を見せなかったからだ。杖にも敵にも。わたくしはその杖は先生が持ったまま、先生と一緒に埋葬されるべきだと思うよ。ミスタ・ウィーズリーの名言。危険だとわかってるものを人に持たせちゃいけない」

「名言どころではない。実に至言の極みじゃ」

 

絶対欲しがる人がいるけどさあ、と蓮は苦笑した。

 

「欲しがると思うかね」

「絶対だよ。自分の魔法に自信があった時には、杖に依存することさえ嫌がってたかもしれない。でも、杖のせいでハリーを殺し損ねたことがある。リトル・ハングルトンでね。トムくんは、そういう人だ。ハリーの杖と何かの相性の問題がある、だから杖という観点からも自分を最強にする、目をつけるなら、ニワトコの杖しかない。そして『最強の杖、死の杖、宿命の杖が俺様に忠誠を誓ったのだー!』ってフィーバーする」

「・・・目に見えるように明らかじゃな」

 

くっくっ、と笑ったダンブルドアが、机の上に杖を転がした。

 

「ところで、君の祖母君、クロエは呪い破りであった。君自身、柊子と似た体質で闇のものに反応する。闇ばかりでなく、強力な魔術具を、柊子のように本能的に察知するとか、クロエのように知識によって識別することは、出来ると思うかね?」

 

しばらく考えて蓮は「ひとつだけなら、99%そうじゃないかと思う品物があるよ」と答えた。

 

「それが何か、聞いても良いかな?」

「ハリーの透明マント。1年生の時には、強い魔術具だなとは思った。便利グッズでよく売ってある透明マントとは桁違いの完成度だということはすぐわかった。それで、たまにコーンウォールの屋敷に帰る機会に、ゴドリックの谷の古い記録から、ポッター家の人たちを遡って探したんだ。そういう作業は、グラニーに習った。それでわかったんだ。ポッター家には、ぺヴェレル家の3人兄弟の三男の血が流れてる。つまり、透明マントの製作者だった可能性の高い人物の末裔がハリーだ」

「そのことは誰かに話したことがあるかね?」

 

蓮は首を振った。

 

「余計なことを知らなくてもいい。特に、せっかくの透明マントなんだし?」

 

ニッ、とダンブルドアを見上げると「ルーン語が得意じゃったのう」と返ってくる。

 

「うん。あ、でもね、ハリーには知る権利があるとは思ってる。ポッター家のことを、一番詳しく知る権利があるのはハリーだ。だから、ハリーには、コーンウォールのわたくしの屋敷にゴドリックの谷の情報がいろいろあることと、ポッター家の家系図ならその気になれば作れるってことは、簡単に教えておいた」

 

でもさ、と蓮は後ろ手をついた。「闇のもの以外となると、即座に識別することは出来ないよ。魔力を含む素材で、何らかの魔法効果があるかないか感じる練習をグランパとやったけど・・・グランパったら、いきなりゴーント家に連れてったんだ。死ぬかと思った。全身アレルギー出てさ。身体の表だけじゃなく、呼吸器にも消化器にも蕁麻疹出てたと思うよ。吸入薬と下痢止めで生還したんだ。魔力を感じる練習にゴーント家だけは使っちゃダメだね」

 

「焦っておるのは確かじゃが、君にゴーント家の調査をさせるのは、無謀な試みじゃったな」

「うん。だからね、先生。机の中にある魔術具の検査は勘弁してクダサイ」

「そこにいても感じるか・・・」

「見てよほらぁ!」

 

蓮はパーカーの襟を引いて見せた。

 

「・・・すまぬすまぬ」

「それさ・・・今日のお話の傾向からすると、次男が作った石でしょ」

 

これは驚いた、とダンブルドアが真剣な表情で蓮を見下ろした。「感じるとは、そこまで敏感にかね?」

 

「違うよ。グランパとニコラスおじいさまから聞いてる。ニコラスおじいさまは、1600年頃、ゴーント家を訪問した。その時に、家宝をふたつ見せられた。銀のロケットと指輪。ゴーント家では、どちらもサラザール・スリザリンのものだと言ってたけど、指輪にあった紋章はぺヴェレル家の紋章に見えたって。指輪についてたのはただの石じゃない。錬金術で何かの魔法効果を付与した石。ぺヴェレル家で石って言ったら、もうアレしかないよ」

 

さようじゃな、とダンブルドアが頷く。

 

「死の杖、復活の石、透明マント。マニアが喜びそうなコレクションだ」

「そのコレクションを欲しいと思うかね?」

 

蓮はぶんぶんぶんぶんと顔を思いきり振った。

 

「君の身近に全てあるというのに、手を伸ばしたくはならぬと?」

「杖のことは話したでしょ。要らない。復活の石も、使い道がない。その上、この気配からして、闇の呪いをかけた欠陥品になってる。透明マントも使い道がない。杖も呪文も無しで、犬にも透明にもなれる。だいたいね、先生、ハリーのトランクの中、見たことないでしょ? 口にするのもおぞましい食べかけのケーキの干からびた何かとか、割れた蛙チョコのカケラとか・・・そのトランクに常に入ってるマントをかぶることは一生ない!」

「・・・やれやれ。とんだ理由でぺヴェレルの宝も嫌われたものじゃ。復活の石は、君に贈ろうと思っておったのじゃが」

「なんでー?」

 

コンラッドじゃ、とダンブルドアは呟いた。

蓮はぱちぱちと瞬きした。

 

「コンラッドはウィンストンの剣を手にする資格者であった。妻は、ロス家の推定相続人に名を連ねる怜じゃ。2人が揃って剣を抜く機会は、あの夫婦を逃すと以後はもう有り得ぬのではないかと、儂とコンラッドは繰り返し話し合っておったのじゃよ。そのコンラッドの遺志を、君が何らかの形で知ることができるならば、君の支えになるのではないかな?」

 

蓮はダンブルドアにニイっと笑いかけ、腕時計を外した。

 

「先生、これ見て。あ、悪いけど取りに来てね。ここから先には近づきたくないから」

 

ダンブルドアは立ち上がり、机を回って、蓮の傍らに膝をついた。

 

「どれ、見せておくれ。成人の贈り物かね?」

「裏、見てよ」

「『泥の中より咲け、我が王子よ』ルーンじゃな。これは?」

「パパが死ぬ前、最後に話したことなんだ。蓮という名前は、汚い泥の中から美しい花を咲かせる王子様のことだ。君はそうしなきゃいけなくなるかもしれない。そんな話。それは、パパとわたくししか知らない。なのにさ、この時計、ハーマイオニーのパパとママから貰ったんだよ」

「コンラッドが預けておったのか? 旧友じゃと聞いておる」

 

違う、と蓮は自慢げに笑う。

 

「わたくしの名前がパパとヒューゴおじさんの間で、意図しない暗号として機能したんだ。わたくしの名前が日本語で何の花を表してるのか聞いた瞬間に、ヒューゴおじさんにはパパがどんな気持ちで名付けたか、すぐにわかった。同じ思い出を表す花だから。だから、成人の贈り物にパパのメッセージをくれたんだよ。パパを眠りから目覚めさせる必要はない。大事なことは伝わってる」

 

ダンブルドアは腕時計を蓮の手首につけてやり、立ち上がった。

 

「魔法族とマグル。まことに違いなどないのう。その出来事は、もはや一種の魔法と言っても過言ではない」

「わたくしもそう思う。ママがハーマイオニーの名付け親になったのもそうだ。ウィンストンとロスが夫婦にならなくても、ベストフレンドなら剣は抜ける」

「そのカラクリにも気づいておったのか」

「ハーマイオニーが、ミネルヴァから出されたヒントで頭を抱えてるからね。ちょっと考えてみた。ハーマイオニーはまだ悩んでるからしばらく放置するけどね。女王陛下のお言葉が大ヒントになるんだけど、ハーマイオニー忘れてるっぽいんだ」

 

仕方なさそうにダンブルドアは苦笑した。

 

「それが君たちの流儀なら、何も言うまい」

 

蓮はしばらく考え、口を開いた。

 

「・・・先生とグリンデルバルドさんにも、流儀があったんじゃない?」

「なぜそう思う?」

「グリンデルバルドさんは、長いこと囚人だった。尋問を受けることに慣れた人のはずだ。なのに、わたくしと相対した時、彼は議論を望んだ」

「そうであったな」

「支配や一方的な演説では満足出来ない人なんじゃないかな。わたくしが、そのスタイルを受け入れたから、知りたいことを教えてくれたような気がする」

 

ダンブルドアは椅子に戻って座った。

 

「さようじゃな。若い頃のゲラートは、活発な意見交換を好む男じゃった。権力を掌握していく中で、支配的な演説の味に酔うことも、無論あったじゃろう。しかし、確かに、若い頃のゲラートと儂は、日も夜もあけず議論しておった。それはお互いの力量を測るゲームでもあった。お互いがお互いを試す、と表現したであろう。あれはまさにそのような意味じゃ。君は、怯えも萎縮もせず、権高になることもなく、ゲラートのゲームに付き合った。だいぶ気に入られたようじゃ」

「うん。わたくしもグリンデルバルドさんのこと嫌いじゃないよ」

「じゃろうな。先生方の評価と逆に、君には挑戦的なところがあると、儂は先日から思うておるよ。ミネルヴァや怜が法律家として尋問に臨んだ折の記憶は多々見てきたが、彼女たちの冷静で透徹した尋問とは逆のスタイルじゃった。誠実に、高齢の先人に学ぶという謙虚な姿勢から始まり、ゲラートの油断を誘い、鋭く罪を突きつけ、それでいて激昂をサラリと躱し、直接的な質問ではなく、その姿勢や態度に、欲しい答えを見つけた。どこであのような技を覚えたのか考えたが、わからぬ」

 

逆をやってみたんだ、と蓮は素直に答えた。

 

「逆?」

「マダム・アメリア・ボーンズの逆。法律家の尋問には慣れてると思った。慣れてる路線で攻めたら、あの人は頭の良い人だから、それ用の答えしか返って来ない。わたくしが尋問されたのはマダム・ボーンズから。それも、ある意味2回ね。動物もどき試験も、面接って表現するけど、あれ尋問に近いよね」

「まあ、尋問の専門家の職務である時点で、名目はともかく尋問じゃな」

「マダムの逆の姿勢から始めて、一箇所だけマダムの真似をしてみた。動物もどき試験の時の罠をかけられたことを思い出したんだ。その罠は、ママのほうが上手だったから意味を成さなかったけど、あとになって考えてみたら怖いことする人だなあって思った」

 

ダンブルドアが俯いて、くっく、と笑った。

 

「怜の影響で動物もどきを目指したか云々じゃな。確かに懐刀の副部長の脚を掬うような罠じゃった」

「だから山羊の話で油断させたら、アリアナの話を向こうから持ち出してきた。グリンデルバルドさんにとっても、気になってたことなんだろうね。山羊に便乗して、アリアナの事件に対する情報量を測ろうとした」

「君は、いつアリアナとオブスキュリアルとを結びつけたのかね?」

 

最初からだよ、と蓮はけろっと答えた。

 

「最初、とは?」

「アリアナという少女の突然の悲劇は、コーンウォールの資料で読んだことがある。不思議な話だなあと思ってた。それとは別に、グリンデルバルドがオブスキュリアルを利用した破壊作戦を考案したことを読んだことがある。ずっと不思議だったんだ。グリンデルバルドはどこで、オブスキュリアルがそれだけのエネルギーを破壊に向けると知ったんだろう、って。そしたら、先生が、グリンデルバルドと友達だったって教えてくれた。ゴドリックの谷に滞在してた、って」

「それだけのことだったのかね? 確信があったわけでは」

「割と確信はあったけど、これだけのことだよ。あ、山羊は本当に書いてあった」

 

山羊の件は忘れなさい、とダンブルドアが脱力した。

 

「なんという子じゃ。油断も隙もないのう。アメリアも、こんな子の相手を2回もしたとは、宿命じゃな」

「マダム・ボーンズのことは残念だった。本当に」

 

蓮が姿勢を変えて三角座りになった。

 

「君にとって手強い大人だったのじゃな?」

「うん。だから・・・こんなこと言っちゃダメなんだけど、トムくんがマダムを殺さなかったら、ウィンストンの剣が抜かれることはなかったと思う」

「なぜそう思う? ウィンストンの剣でアメリアを指名するつもりだったではないか」

「先生たちが大臣なんてもったいないって、あんまり言うから・・・スキーターに頼んでスクリムジョールの、ねえ? そうすればわたくしが何もしなくてもマダムが大臣になるだろうなって」

 

ダンブルドアは深い溜息をついて、言った。

 

「蓮。マダム・リータ・スキーターから情報を提供していただくことは構わぬが、人を失脚させることには使ってはならぬ。その点も堅く自分への戒めとしなさい」

 

 

 

 

 

蓮を校長室から追い出し、椅子に深く座ると、ダンブルドアはニワトコの杖を手に取った。

 

「負け癖つきまくりのダメ杖、か・・・儂に相応しいのう」

 

以前連想した、暴虐の兄を鎮める妹杖、妹杖はダンブルドアの想像を超えて、猛く鋭く成長してしまった。

 

「そうさせてしまったのは我々じゃな」

 

ハリー・ポッターも、蓮も。

重過ぎる重荷を背負って学生生活を送ってきた。ハーマイオニー・グレンジャーもロン・ウィーズリーも、ネビル・ロングボトムもそうだ。

 

僅か2回の邂逅でアメリア・ボーンズの政治家としての骨太さに気づいた眼差しは卓越しているが、僅か2回しか会ったことのないアメリアにしか大臣に出来るという確信を持てなかった蓮を哀れに思った。

 

しかし、では他の子どもたちならどうだろう、と考え、ダンブルドアは深い深い溜息をついた。

 

「・・・大人たちが目に余るのじゃ」

 

そうですよ、とギネヴィアが額縁の中に戻ってきた。

 

「やれやれギネヴィア。なぜアーサー王子からそう逃げ回るのじゃ」

「まだ心の傷が癒えませんから、その名前を使わないでくださいまし。その名前さえ使わないでいてくれれば、わたくしも可愛いプリンセスの教育に協力いたしますのに。それはそうと、女王陛下は、魔法界の大人たちに対して大変お怒りでしたわよ。あの子たちに任せると決めたから、口は出さないけれど、実に情けないと腹立たしく思召しです。わたくしも同感です。マグルの首相との連携にしても、一方的なもの。我が校のプリンセスのように、誠意を込めて、詩的表現を織り交ぜながら、端的に説明することが出来る大人が何人います? ファッジもスクリムジョールも、首相官邸に出向いては言いたいことだけ言って、暖炉の前の灰の始末もいたしません」

「・・・魔法界とマグル界の断絶はそこまでであったか。儂もずいぶん老いてしもうた。『魔法界の恥をしのんで、忠心より伏してお願い申し上げます』か。あの子は、今の魔法界を忍ばねばならぬ恥と思うておる・・・陛下のお言葉の通りじゃ。情けない・・・実に情けないのう」

 

救いもございますよ、とギネヴィアが慰めるように呟く。

 

「・・・何が救いであろう?」

「ドラコ・マルフォイが、必要の部屋で」

 

ダンブルドアは聞きたくないと言うように、激しく手を振った。

 

「論文を読んでいましたわ」

「・・・論文じゃと?」

「独り言を聞き取ってまいりました。『グレンジャーめ。ページ数はもう少しわかりやすい場所に書け』『ああもうウィンストンが並べ替えたんじゃないのか! 大事な論文を丸めて寄越すな!』悪態ではありますが、実に楽しげな、若者らしい声でしたよ」

 

ダンブルドアが目を細めた。

 

「そうか。あの子たちは、マルフォイのことを切り捨てる気はないのじゃな・・・」

 

ならば良い、とダンブルドアは独り言を何度も繰り返し、肖像画たちも静かに眠りについた。


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