サラダ・デイズ/ありふれた世界が壊れる音   作:杉浦 渓

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閑話23 ハッピー・ホリディ

ハリーは細長く整った文字で綴られた手紙と、同封されてきた、それなりに整ってはいるがせっかちに傾いた文字で綴られた手紙を並べて腕組みをした。

 

もう何日も、この2通の手紙が目に入るたびに、何かの間違いではないかと、こうして睨んでいる。

 

シリウスからのせっかちな手紙にはこう書いてある。

 

『親愛なる私の息子よ

 

6月の神秘部の一件で、我が家から騎士団は撤収することになった。本部として格好の場所ではあったが、クリーチャーの奴をどうにかしないことにはやはり危なくて使えないというわけだ。

 

そういうわけで、君には是非我が家に滞在してもらいたいと考えている。私と君とは長く離れて暮らしていたのだから、その分を取り戻すためにも。

 

しかし、君の正式な保護者はダーズリー家であるし、私はマグルのニュース種にもなったのだから、私が迎えに行くことはいたずらに君の伯父さん伯母さんを刺激することになる恐れが強い。そこでダンブルドアが君の迎えを引き受けてくれた。

ダンブルドアにも君に頼みたいことがあるようだから、それも兼ねている。

 

さあ、ハリー、我が《高貴なる由緒正しいブラック家》の大改装を手伝ってくれたまえ。あの胸糞悪い母親の肖像画だの、くだらないタペストリーだのをさっさと処分して、居心地の良い家庭を作ろうじゃないか。ただし、クリーチャーの首を刎ねる許可はまだ下りていないので、一番厄介な遺産は残ったままだがね』

 

シリウスおじさんの家でサマーホリディを過ごすという、ワクワクする提案だ。しかも、騎士団本部に滞在するのではなく、シリウスおじさんの「息子」として。

夢みたいな話だ。

 

そしてダンブルドアからの手紙にも同じことが書いてある。

 

『親愛なるハリーよ。

 

このたび、儂の厄介な仕事をひとつ手伝っていただきたい。

その後は、ブラック家の邸でサマーホリディを過ごすことが望ましい。騎士団本部としては撤収を決めたが、ブラック邸に施された数々の保護呪文は君を守るに相応しい。

 

急に名付け親が現れて、君の休暇の大半を引き受けるとなれば、ご家族もご心配であろう。

儂が直接迎えに行き、事情を説明することとする』

 

どうも怪しい、とハリーはこの2通の手紙を見るたびに眉を互い違いに動かす癖がついた。

 

たった2週間でダーズリー家から解放されるという糠喜びに騙されるわけにはいかない。

 

騎士団本部がブラック邸から撤収。

これは納得出来る。

クリーチャーが原因だ。ベラトリクス・レストレンジに内通していたクリーチャーのいる邸を本部にしておくわけにはいかない。

 

だが、そこにハリーが滞在することが安全?

怪しい。非常に怪しい。クリーチャーの首を刎ねるべきだとは思わないが、シリウスおじさんも僕も別の場所に行くべきではないだろうか。クリーチャーはグリモールド・プレイス12番地で『奥様の肖像画』とふたりきりにしてやればいい。

 

一番怪しいのは、ダンブルドアがダーズリー家の家族に何を説明しようとしているかという点だ。ダーズリー家に事情なんて必要ない。ハリーを一刻も早く放り出すことが出来るとなれば、バーノンおじさんもペチュニアおばさんも大喜びに違いない。魔法界の事情なんか絶対に聞きたくない人たちだ。

 

そういうわけで、ハリーの荷作りは遅々として進んでいない。狭い部屋に適当に放り出した荷物をトランクに詰め込めば済むのだし、一応ヘドウィグは鳥籠に入れておいたからどうにでもなる。

 

バチン!

 

庭先で姿現しをする音が聞こえ、ハリーは飛び上がった。

 

次いで、礼儀正しく玄関ドアを杖でノックする音も。

 

 

 

 

 

「ホラス・スラグホーン? ああ、スラッギーじいさんだな」

 

先ほどまでダンブルドアと訪ねていた新しい教授の話をするとシリウスは訳知り顔で頷いた。

 

「ものすごく頼りになるとか、善人極まりないという人間ではないが、君にとって害になるじいさんじゃないから安心しろ」

「僕を蒐集しようとするって、ダンブルドアが」

 

シリウスはまたふんふんと頷く。

 

「そういう性格なんだ。別に生徒を虫ピンで留めて剥製にするわけじゃないさ。名誉欲は強いがね。才能ある学生、名家の末裔の学生、あちこちに自分のお気に入りを見つけては可愛がる。そういう学生たちが後々出世していく。そして、折々の手紙や贈り物が届いてはまた新しいお気に入りたちにそれを自慢する。鼻持ちならないが無害な趣味だ。毎回いちいち付き合ってやる必要はないが、たまに気が向いたら付き合ってやればいい。ああ、ハーマイオニーのことは売り込んでやるといいかもしれないな。ハーマイオニーには後ろ盾が少ないから、彼女が魔法省で出世していくには便利なじいさんではある」

「もう売り込んだよ。マグルから優秀な人材が生まれるという不思議なこともあるなんて言うから、僕の友達は学年で一番だし、マグル生まれだって」

 

その調子だ、とシリウスは面白そうに笑った。「とはいえ、スラッギーじいさんは純血主義者というわけじゃないぞ。スラグホーン家は聖28一族のひとつではあるし、じいさんもスリザリン出身のスリザリンの寮監だから、純血主義の影響がないわけではない。だが、あのじいさんにとっちゃ、無能な純血より優秀な混血やマグル生まれのほうが役に立つ。そういう意味じゃ公平なんだ。リリーはスラッギーじいさんのお気に入りだったよ」

 

「ママが?」

「ああ。といっても、リリーはどんな教授からもお気に入りだったがね。癖のない性格だったし、努力家でもあったからな」

 

ふうん、とハリーは頷いた。

 

「僕はパパそっくりだって言われるんだけど、目だけはママに似てるって」

「ああ、外見はそうだな。だが、ハリー、両親のどちらかに偏って似るものでもないさ。君にはジェームズに似たところも多いが、目以外にもリリーに似たところもたくさんある。レンもそうだ。パッと見た限りではレイにそっくりなんだが、ふとした表情がコンラッドそのものに見えることもある。不思議なものだな。私やリーマスには子供がいないから、君たちを見ていると不思議で仕方ないぐらいだよ」

「シリウスおじさんはアズカバンにいたから仕方ないけど、リーマスはどうして結婚しなかったんだろう」

 

シリウスは苦笑した。

 

「何人か付き合った女性はいたはずだ。満月以外の時ならね。だが、満月を避けて結婚は出来ないし、病気のことを打ち明けて理解してもらわなきゃならない。さらに、理解してもらえたとしても、子供の問題がある。人狼病患者が子供を作ったという話は聞かない。遺伝する病かどうかはわからないが、気軽にチャレンジというわけにもいかないだろう? まして、この情勢ではな」

「ええ? だって反人狼法は撤廃されたじゃないか」

「ああ。法律としては撤廃された。しかし、ヴォルデモートの勢力の一部がフェンリール・グレイバックをはじめとする人狼であることは変わらない。ルーファス・スクリムジョールは、物証をこまめに積み上げて個人個人の罪をきっちり確定させていく地道さで高名になった闇祓いじゃないんだ。怪しい奴を手当たり次第に攻撃する行動力があったからさ。つまり、反人狼法は撤廃されたが、人狼である限り、スクリムジョールから厳しく疑われ監視されることには変わりはないわけだ」

 

アレはそんなことを気にするタマじゃないと思うがな、とシリウスおじさんはボソッと言った。

 

「アレ?」

「アレはアレだ。これは大人の男女の話で、君には10年早い」

 

 

 

 

 

2階に君の部屋を作ろう、とシリウスが言った。

 

「僕の部屋?」

「ああ。私と弟の部屋は3階にあるのだが、弟の部屋を片付けようとするとクリーチャーが騒ぐ。私が1階の主寝室を使うことにして、君には2階にいくつもある客室のひとつを自分の個室として欲しい。君の好きなインテリアにして、君の帰ってくる部屋を作ろうじゃないか」

「か、帰ってくる部屋?」

 

シリウスおじさんがハリーの肩を叩いた。

 

「私の被後見人として、正式なブラック家の後継者となってもらった。事後承諾で申し訳ないが。ベラやマルフォイ家の干渉を防ぐにはブラック家の後継者が別に存在することは重要なんだ」

「じ、じゃあ僕はもうダーズリー家に帰る必要はないの? ダンブルドアは来年のサマーホリディまではダーズリー家に帰るようにって言ってた」

「ああ。それはそれだ。つまり、君とあの伯母さんとの間には、リリーを通して血の繋がりがある。その血の繋がりを利用した守護魔法が、君の成人までは働くんだ。だから、ダンブルドアの言う通り、来年のサマーホリディには一度ダーズリー家に帰り、成人の誕生日をそこで迎える・・・多少前後する可能性はあるが、おおむねそんなところだな。だが、それ以後もあの家の息子でいたいと思うかい?」

 

このゾッとする提案にハリーはぶるぶると首を振った。

 

「僕、グリンゴッツにいくらかお金はあるから、それで部屋を借りて住むんだと思ってた」

「ああ。もちろんそれも悪くない。しかし、ここにも君の部屋を用意する。たまに私と食事をしたり、クリスマスや新年を一緒に迎えたり、いわば私の息子として将来に渡って今までの時間を取り戻す。それが私の望みだ」

「僕、シリウスおじさん、僕」

「イヤか?」

 

また慌ててハリーは首を振った。

 

「イヤなわけない! 嬉しいよ!」

「私もだ。しかし、そのためには、この古色蒼然たるブラック邸をどうにかしないことにはな」

 

シリウスおじさんはパチンとウィンクした。

 

「何ヶ所か別邸もある。そちらはおいおい改装して、私の隠居屋敷にするつもりだ。グリモールド・プレイスは、君が働き盛りの年頃に家庭を持つのに相応しい立地だし、広さも充分だろう? まずここを、君の心休まる邸に改装しようと思っている。そのためにクリーチャーを使いたい」

「クリーチャーを?」

「そうだ。もちろん奴は抵抗するだろう。だが、非常に心強い助っ人を呼んである。非常識なほど優秀なハウスエルフだ。私と君とクリーチャーは、彼女によって、ハウスエルフとその主人の『正しいお振る舞い』とやらを身につけなければならない」

 

誰のことかわかってハリーはニヤリとした。

 

「食事がドッグフードじゃなければ文句はないよ」

 

 

 

 

 

まず主寝室から片付けるのです! とウェンディは腰に両手を当てて宣言した。早速クリーチャーが騒ぎ始める。

 

「しない! しない! しない! 奥さまのお部屋を! クリーチャーはしない!」

「死んだヒトには死んだヒトに相応しい場所があります。ハリーぼっちゃま、まずカーテンを開けてくださいませ。窓も。こんな埃だらけの部屋では病気になってしまいますわ。駄・・・シリウスさま、あのシャンデリアはどうなさいます? ウェンディとしては、シャンデリアは無駄な装飾だと考えます」

「外そう。クリーチャーが私を事故死させる要因になりそうなものは必要ない」

 

ガゴン、とシリウスおじさんの頭をフライパンで叩いてウェンディは「余計な皮肉がクリーチャーの感情を逆撫でするのです!」と叱りつけた。

 

「奥さまのシャンデリアを! 恩知らずの、血を裏切る、ろくでなしの、アズカバン帰りの!」

 

ガゴン!

 

「クリーチャー、ご主人さまは誰ですか?」

「アズカバン帰りとポッターの坊主! ああ情けない!」

「あなたのように不出来なしもべにはちょうど良いお相手です。さあクリーチャー、シャンデリアを外しなさい」

 

ぶつくさと悪態をつきながら、鼻を啜りながら、もたもたとクリーチャーがシャンデリアを外す作業に、シリウスとハリーはイライラさせられたが、ウェンディに睨まれて口を開かなかった。

 

「シャンデリアは無事に外れましたわね、シリウスさま」

「あ、ああ・・・こほん・・・うむ・・・あー、クリーチャー、よくやってくれた。母も喜ぶことだろう。そのシャンデリアはよく洗浄してから地階に大切に保管してくれたまえ。なにしろ、母が大切にしていたシャンデリアなのだからな」

 

まるっきりの棒読みだった。

しかし、この棒読みの台詞でさえ、クリーチャーの琴線に触れるものがあったらしく、珍しく「はい、シリウスさま」と答えて、恭しくシャンデリアを魔法で捧げ持って主寝室を出て行った。

 

「本心でどう思っていても構わないのです。クリーチャーの価値観を頭ごなしに否定しないことが大事なことですわ」

 

うむ、とシリウスは頷いた。ハリーが「なんだか騙すみたいで気が引けるけど」と言うと、ウェンディはあっさりと「ヒト同士ならばこのぐらいのお世辞を言い合っているではありませんか」と言う。

 

「そんなことより、問題は奥さまの肖像画とタペストリーですわ。クリーチャーの抵抗はシャンデリアとは比べ物にならないことでしょう」

「そのことだが、新しいタペストリーを作るというのはどうだろうか?」

 

シリウスが思案げにウェンディに尋ねた。

 

「新しい?」

「うむ。あのタペストリーを構成している魔法は解析出来た。私個人としては、あんなものは必要ないと思うのだが、ダンブルドアやレイが解析したところによると、この邸の保護魔法や、しもべの隷属魔法と連動しているらしいのだ。であれば、私の両親の代までの家系図はそのまま活用して、私とレギュラス、それからドロメダを残す。私のゴッドサンとしてハリーを新たに書き入れる。もちろんベラやシシーは家系図から外すことにするのだ。タペストリーそのものを無くしてしまうより、クリーチャーも受け入れやすいのではないだろうか」

 

ウェンディは長い指を顎に当て「試してみる価値はありそうですわね」と何度か頷いた。「タペストリーの問題さえなければ、クリーチャーがお慕いしているお方はドロメダさまですわ。ドロメダさまがこの邸に出入り出来るようになると、クリーチャーの感情に良い影響を与えることになるでしょう。シリウスさまのお振る舞いも教育してくださるとウェンディが助かります」

 

シリウスは肩を竦め「私としてもドロメダの教育を受けたいものだ。少なくともフライパンでぶっ叩きはしないだろうからな」と言った。

 

ところでウェンディ、とハリーが口を挟んだ。「レンはどうしてる? ロンドンにいるのなら、会いに行ってもいいかな?」

 

ウェンディはパチパチと瞬きをした。

 

「姫さまは外見はともかく、たいそう愛らしくしておいでですわ。ハーマイオニーさまとマナーの講師が1日置きにいらっしゃって、学校の課題とマナーのレッスンに明け暮れていらっしゃいます。ハリーぼっちゃまがいらっしゃるとお喜びとは存じますけれど、ぼっちゃまの警護の問題がありますから、シリウスさまとよくよくご相談なさってくださいませ」

 

愛らしく、とハリーは棒読みで繰り返したのだった。

 

 

 

 

 

難しいだろう、とシリウスは申し訳なさそうに言った。

 

「ダメなの? 今年は去年みたいに周りをボディガードに囲まれてるわけじゃないし」

「ハリー。この邸にいる限りは、ということだ。君は魔法省が第1級警護対象としている。この邸には、追加の保護魔法が幾重にも重ねがけしてある。君がここから出るとき、例えばダイアゴン横丁に教科書を買いに行くとか、ホグワーツ特急で学校に行くとか、そういったときには、闇祓い局から要人警護のスペシャリストが派遣される。キングズリーやトンクスはやはり闇祓い局から別の任務を与えられている。去年は、魔法省は一切ヴォルデモートの復活を認めようとしなかったが、スクリムジョールはヴォルデモートと戦うための体制作りに素早く着手した。奴は本当なら、君を魔法省ビルで保護したいぐらいだろうな。だが、私は君にそんな夏を過ごして欲しくはない。多少の不自由はあっても、家と呼べる場所で、余人の出入りを最低限に留めた落ち着いた暮らしをして欲しいと思っている。ウィーズリー家の子供たちやハーマイオニーを招くのは構わないよ。もちろん状況が許せば、レンも招いていい。彼女の場合は難しいとは思うが」

「どうして? あ、予言があったから?」

 

端的に言えばな、とシリウスは頷いた。

 

「魔法省の警護対象者ではないが、我々としては極めて厳重に警護すべきだと考えている。ここと同じように厳重な保護呪文に守られているし、私が君の身近からなるべく離れないように、彼女の場合も母親が離れないようにしている。尤も、アメリア・ボーンズ殺害事件の影響もあって、そうとばかりも言えなくなったが、その代わりに騎士団から警護がついている。やはり君と同じで、気軽に出かけられる立場ではない。もちろん、それがストレスにならないように配慮はしている。例えば君をダーズリー家に監禁しているのが安全面だけを考えればベストだが、そうはしていないだろう? レンの場合は、国外で夏を過ごすことがベストだが、やはりそうはしていない。私もレイも、自分の子供と過ごす時間を豊かなものにしたいからね」

 

うん、とハリーは俯いて鼻の下を指で擦った。

 

「どうした?」

「うん、僕、ハグリッドが入学許可証を持ってきてくれたときに、人生で最高に幸せだって思ったけど、それからも幸せなことがたくさんあるなって思って」

「・・・ハリー、私はジェームズとリリーが殺された夜、君を私が育てるつもりでいた」

「え?」

 

シリウスはどこか遠くを見ている。

 

「その報せを受けたのは、コーンウォールのウィンストン邸だった。ゴドリックの谷はコーンウォールだ。私が一番に到着した。私とレイが空飛ぶバイクとサイドカーに乗って到着したのが一番早かった。たまに不思議に思う。あの時、ゴドリックの谷のポッター家にはまだヴォルデモートのネガティヴな魔力が残っていたのかもしれないな。私とレイは、それから子供と離れた年月を過ごさねばならなかった。レイはやはり母親だ。君をいち早く見つけて抱き上げると、あたりに散乱していた衣類や毛布で君をくるみ、私に抱かせた。それ以前にも君を抱っこしたことはあったが、いつもおっかなびっくりでね。ただあの時は、私が育てなければならない息子が自分の腕の中にいるという、場違いだが、誇らしさを感じたのだ。そこへ、ダンブルドアやミネルヴァ、レイの母親たちが姿を見せた。ハグリッドもだ。私は独身の若い男で、あまり落ち着いた暮らしぶりではなかったから当然だと思うが、ダンブルドアはすぐに君をダーズリー家で育ててもらうことに決めた。私が育てると言ったのだが、それは受け入れられなかった」

 

ハリーは呆然として「どうして? だってそうしていればおじさんはペティグリューなんかを追わなかったでしょう?」と尋ねた。

 

「うむ。おそらくな。だが、ハリー、そのことでダンブルドアを責めることは出来ない。君の成人までの、エヴァンズの血の護りを必要としていたからだ。確かにダーズリー家が君をきちんとした息子として扱ったとは思えない。リリーから聞いた限りでも、君の伯母さんとリリーの姉妹仲は決して良好ではなかった。兄弟や姉妹とはおかしなものでね。私も弟と深く理解し合っていたとは思わないし、ベラトリクス、アンドロメダ、ナルシッサの姉妹も3人がまったく違う方を向いている。だが、それでも君の伯母さんは君を育てることを承諾したのだ。私はそれだけでも、賞賛に値する決意だったと思う。ベラトリクスやナルシッサが、ニンファドーラ・トンクスを育てたとは考えられないからね」

「・・・うん」

 

しぶしぶだが、ハリーは頷いた。

 

「ベラトリクス・レストレンジならトンクスを殺したがっただろうね」

「今でも殺したくてたまらないだろう。私はリリーとチュニー、確かそういう名前だったな、姉妹仲が良かったとも考えていないし、しぶしぶではあったと思うが、君を引き取り、君を11歳になるまで家に住まわせたというだけで充分だと思っているよ。騎士団は常に一定の保護魔法をダーズリー家に与えているが、それに値する行為だ。だが、私の中にはあの夜に君を引き取っていればという気持ちも、やはり苦い後悔として残っている。ダンブルドアとも話し合った。ハリー、君のこれからの人生には父親代わりが必要だと思う。もちろん私にも、息子がな」

「嬉しいけど、そうなの? あと1年で成人するのに?」

 

シリウスはニヤっと笑った。

 

「だからこそだ。私も戦うことだけのために残された人生を費やしたくはない。家族と呼べる家族のいない君と私が、新しい家族として、これからの人生に立ち向かっていくのさ。悪くないだろう? 君が素晴らしい女性を見出して、結ばれて、子供を持ち、家庭を築いていく。それに『父親代わりのシリウスおじさん』は必要ないか?」

 

ハリーは少し顔を赤らめながら、しばらく考えた。

 

「・・・うん。必要だと、思う。僕は魔法界といったら、ホグワーツしか知らないんだ。グリンゴッツに金庫はあるけど・・・女の子をうまくデートに誘うことも出来ないし・・・」

 

シリウスが声を上げて笑い出した。

 

「おじさん・・・」

「いいぞ、ハリー。そういうことだ。もちろんデートの誘い方やキスの仕方ぐらい双子に聞けと言いたいところだが、大人の男として家庭を築いていくには、闇の魔術に対する防衛術とはまったく違う勇気が大量に必要になる。そういう勇気の手助けをするのは父親の仕事だ」

 

 

 

 

 

主寝室の改装と、ハリーの寝室の改装が終わってから、ロンとハーマイオニーをグリモールド・プレイス12番地に招待しよう、とハリーは思った。

 

クリーチャーの嫌いなグリフィンドールカラーじゃなくてもいい。

木の香りのする、明るい部屋にする。

 

トランクの底から引っ張り出した、4年生の時に着た皺だらけのドレスローブをクロゼットのハンガーに吊るし「ここが僕の部屋」と呟いてみた。

 

晴れ晴れとした気持ちで、ハリーは初めてトランクの中身を空っぽにしたのだった。


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