サラダ・デイズ/ありふれた世界が壊れる音   作:杉浦 渓

14 / 210
第13章 シルバーアロー40

翌朝、大広間の寮点を示す砂時計を確かめたグリフィンドール生は揃って首を傾げた。

 

首位から転落している。

一夜にして60点の減点だ。

 

ひゅう、と双子が口笛を吹いた。「誰の仕業かは知らないが、なかなかやるな」

 

ハーマイオニーは身を竦めたい気分だったが、隣で蓮は堂々と朝食を摂っている。

 

「申し訳ありません、皆さま。わたくしのちょっとしたミスですの」

 

実に優雅に。

 

「ハリーとロンがマルフォイにおびき出されたので、止めに行ったところを捕まりました」

 

実に優雅に、マルフォイに罪をなすりつけた。

 

そして優雅に首を傾げる。「挽回したいと思いますけれど、今から挽回するには何か方法はありますかしら?」

 

クィディッチだ、とウッドから声が上がる。

 

「ハリー、減点されたことはもうどうしようもない。だが! クィディッチの得点はそのままグリフィンドール寮の得点になる。わかったか?」

 

ハリーは俯いて「僕・・・チームにいる資格は・・・」と言いかけたが、ウッドから「馬鹿なこと言うな!」と叱られた。「クィディッチ抜きで君がグリフィンドールに貢献出来ることが何かあるか?」

 

ひどい言い草だ、とハーマイオニーは思ったが、ハリーはそうは思わなかったらしく、ふるふると首を振った。

 

アンジェリーナが蓮の肩に手をかける。「あなたはまだ選手じゃないけれど、クィディッチに貢献してもらいたいわ」

 

さすがに蓮はキョトンとした顔を見せた。

 

「マクゴナガル先生に交渉して、あなたが練習に参加する許可を貰うから、箒の準備をしておいて。箒、まだ買ってないでしょう?」

 

蓮は曖昧に頷いた。

 

「祖母のお古の箒ならあります」

「メンテナンスがきちんとしていればそれで構わないわ。対戦形式の練習がチェイサーには一番必要なのに、それが出来ないの。あなたが入ってくれれば2対2の対戦が出来る」

 

 

 

 

 

「蓮ったら!」

「マクゴナガル先生が許可を出したら、の話よ。わたくしに許可を出すはずがないでしょう? 校則違反で罰則を待つ立場なのに」

 

本当にそんなに簡単に行くのだろうかと思ったが、ハーマイオニーは黙った。

 

シルバーアロー40の現物を見られるのなら一刻も早く見てみたい。

クィディッチには観戦以上の興味はないが、シルバーアロー40だけは特別だ。

ハーマイオニーが図書館から借りた「クィディッチ今昔」によれば、1939年にリリースされた「シルバーアロー40」は、完全な手作りの箒だ。1940年のワールドカップイングランド代表のために、シルバーアロー社の箒職人が総力を挙げた。僅か10本の箒のうち7本は代表選手に。残りの3本はオークションにかけられ、最後の1本を競り落としたのは、かのニコラス・フラメルだ。

 

ちなみに残りの2本は、1本が日本のクィディッチ代表選手に競り落とされたが、彼のチームが試合に負けたために日本チームの伝統に従ってピッチ上で燃やされた。大ブーイングだったそうだ。

もう1本を競り落としたのは、ファイアボルト社で、たぶんもう解析のために分解されている。

 

ニコラス・フラメルがいったい何のためにシルバーアロー40を競り落としたのか謎だが、クィディッチ界ではニコラス・フラメルによる箒が開発されるのを待っている、と結ばれていた。

 

その真相は実に600年を費やした親馬鹿の一環であった、と蓮はその一節をハーマイオニーが読み上げたときに笑っていたが、笑い事なんかではない。蓮が持っているのは、正真正銘の史上最高値がついた箒だ。

残りのイングランド代表選手たちの箒は、クィディッチ博物館に陳列されている。

つまりは、現在使用可能な世界で唯一のシルバーアロー40なのだ。

 

そのこともハーマイオニーは懸念する。

 

「本当に例の箒を使うの?」

 

朝食の席から立ち上がった蓮は、そうよ?と不思議そうに首を傾げた。

 

「学校なんかに持ってきて平気?」

「一応、箒置き場には置かずにケースに入れて部屋に置くつもりだけど」

「クィディッチに使うつもり?」

 

そこからしてハーマイオニーには信じられない。万一破損したらどうするのだ。

 

「道具は目的の通りに使ってこそ生きるものよ」

「うちのパパに話したら卒倒しちゃいそう」

 

あはは、と蓮は声をあげて笑う。

 

ーーだから、ちっとも笑い事じゃないって言ってるのに!

 

 

 

 

 

神妙に1日の授業を受けてジョギングとヨガを済ませ、夕食の席についた。

蓮はもう睡魔に襲われつつある。致命的な睡眠不足だ。

 

ーーユダンタイテキ、ユダンタイテキ

 

祖母の後輩のアラスターおじさまの変な発音の日本語「油断大敵」を念仏のように頭の中で呟く。

 

アラスターおじさまの口癖はこの「ユダンタイテキ」なのだ。

蓮が油断していると、必ず服従の呪文でタップダンスを踊らされたり、変身術で三毛猫に変えられたものだ。

 

「ミス・ウィンストン」

 

びくん! と椅子から飛び上がった。

 

「は、はい。プロフェッサ・マクゴナガル」

「ウッドとジョンソンからの申し出を許可しました。あなたの箒が届き次第、クィディッチの練習に合流なさい」

「え、ええっと・・・」

「自分の減点を挽回するためにグリフィンドールに貢献する方法を考えるのは見上げた心構えです。たとえその場凌ぎの言い訳だとしても」

「・・・いえ、そのようなことは決して」

「わたくしはあなたに挽回の機会を与えたつもりですが?」

「・・・喜んで練習台になります」

「よろしい」

 

その場をマクゴナガル先生が離れた途端にハリーが駆け寄ってきた。

 

「ああ、ハリー」

「話があるんだ、あっちの隅の席で一緒に食べよう」

 

 

 

 

 

「先に言っておくけど、僕はもう関係ないことに安易に首を突っ込むつもりはない」

 

蓮とハーマイオニーは顔を見合わせた。

 

「マクゴナガル先生からもグリフィンドールは僕にとってもっと価値があるはずだって言われた。レンからも、パパのマントを置き去りにするようなミスは最低だって言われた。本当にその通りだ。僕はホグワーツに来れて最高に幸せだ。パパやママと同じグリフィンドールにいられるのは、もっと幸せだ。君たちと友達でいられることも幸せだ。だから、簡単なことじゃ、僕はもう絶対に動かない」

「前置きはいいから話せよ」

「ロン!」

 

ハーマイオニーがロンを叱る間、蓮はハリーの目を見ていた。

そして静かに聞いた。

 

「ケルベロスの出し抜き方を、クィレルが誰かに教えた?」

 

ハリーは青い顔で蓮を見返した。

 

「ど、どうして?」

「ハグリッドに卵を渡して、ケルベロスの可愛がり方を聞いたのはクィレルだと思ったから。若い男、ハグリッドの知らない男。本当に未知の人物がホグズミードみたいな小さな村にやってきて、ハグリッドの大好きな類の生物の卵を持ち歩いているのは、可能性はゼロじゃないけれど不自然極まりないわ。スネイプはあの声や喋り方からして、特徴を消し辛いでしょうけれど、クィレルは吃音以外の特徴が薄い。吃音を装っていると考えるほうが自然。現にマグル学を教えていた頃には吃音はなかった」

 

ターバンとニンニク臭はどう説明するんだい、とロンが茶々を入れる。

 

「ロン、忘れたの? ハグリッドに卵を渡した男は深くフードを被っていたのよ。ニンニク臭はシャワーを浴びて、消臭効果のある魔法薬を使えば消えるわ。どうなの、ハリー?」

「だいたいレンの推測通りだ。ただ、クィレルがハッキリと、その・・・フラッフィーの寝かしつけ方を教えるのを聞いたわけじゃないし、誰と喋っていたかはわからない。クィレルが啜り泣くような声で、許してくれと言って、次に『わかりました』って言うのを聞いたんだ」

「ダメだそりゃ、喋っちまったな」

 

ロンが肩を竦めた。

 

「僕、もっとよく聞きたい、聞いたほうがいいと思ったけど」

「首を突っ込まなくて正解よ」

 

ハーマイオニーがきっぱりと言い、蓮もそれに頷いた。

 

「フラッフィーだけが守っているわけじゃないもの」

「うん。僕も蓮がそう言ってたのを思い出して、すぐに首を突っ込むのはやめたんだ。校長副校長は確実だし、各寮監の先生もそうだろ? もちろん、その中の誰かが出し抜くつもりなら、少なくとも自分の罠は無意味になっちゃうけど」

 

なるほど、と蓮が頷いた。

 

「ただ、君たちにも知らせておいたほうがいいと思ったんだ。僕は、安易には首を突っ込まないけど、たぶんいざとなったら・・・行っちゃうから」

「ハリー!」

「何もしないとは約束できないよ。あの石を何に使うのか考えたら」

 

ハーマイオニーもそれに反論することは出来なかった。

 

 

 

 

 

朝食のテーブルに蓮宛の手紙が届いた。

 

「箒の件?」

「いいえ。今夜11時に処罰、玄関でフィルチが待ってるんですって」

 

ハーマイオニーはぽかんと口を開けた。「真夜中に学校をうろついて捕まったのにまた夜中に?」

 

「それが罰になるって意味でしょうね」

 

蓮が苦笑して、その手紙をローブの内ポケットに仕舞った。

 

夜11時、ハリー、ロン、蓮は揃って談話室を出た。ハーマイオニー、パーバティ、ネビルが見送ってくれた。

玄関ホールに向かうと、フィルチとマルフォイが待っていた。

 

「ついてこい」フィルチはランプを灯し先に外に出た。「規則を破る前によーく考えるようになったろうねえ」

 

ちくちくと意地の悪い口を利かれても、蓮は顔色も変えなかった。むしろ、フィルチ付きで夜間の禁じられた森までの道を経験出来ることはラッキーだと言える。これから、どんな出来事に見舞われるのかわからないのだから、昼間と夜間の地理的条件を把握しておくことは必要だ。

 

ハグリッドの小屋の前でハリーとロンがほっとした表情を見せた。

目敏くそれに気づいたフィルチはすかさず皮肉を言う。「あの木偶の坊と一緒に楽しめると思ったら見当違いだ。おまえたちがこれから行くのは、森の中だ」

 

「も、森だって? そんなところに夜に行けないよ。いろんなのがいるんだろう?」

 

ますます好都合だ、と蓮は考えたが、誰もそうは思わないらしい。

 

「夜明けに私は戻ってくるよ。おまえたちの体の残ってる部分を引き取りに」

 

フィルチを追い払ったハグリッドが先頭に立って、森のはずれまでやってきた。

 

「あそこを見ろ。地面に光ったものが見えるか? ユニコーンの血だ。何物かにひどく傷つけられたユニコーンがこの森の中にいる。みんなでかわいそうなやつを見つけ出すんだ」

「ユニコーンを襲ったやつが、先に僕たちを見つけたら?」

 

マルフォイが恐怖を隠しきれない声で聞いた。

 

「おれやファングと一緒におれば、この森に棲むものは誰もおまえたちを傷つけはせん。道を外れるなよ。ようし、では二組に分かれて行こう」

「僕はファングと一緒がいい」

「よかろう。そんじゃ、ロンと蓮はおれと一緒に行こう。ハリーとドラコはファングと一緒に別の道だ。もしユニコーンを見つけたら緑の光、困ったことが起きたら赤い光だ。杖を出して試してみろ。うん、全員できるな、そんでよし。じゃ、出発だ」

 

なるほど、と蓮は頷いた。ハグリッドと森の中を行動するのは勉強になる。

 

しかし、ロンはハグリッドの深刻な顔が気になるようだ。「ハグリッド、狼男がユニコーンを襲ったの?」

 

「いんや。ユニコーンは強い魔力を持った生き物だ、ユニコーンが怪我したなんてこたあ、おれの知る限り初めてのこった。狼男にそんな真似は出来んよ。そっちは大丈夫か、蓮? ・・・その木の陰に隠れろ!」

 

ハグリッドはロンと蓮をひっつかみ、樫の巨木の裏に放り込んだ。矢を引き出して弓につがえ、いつでも矢を放てるように構える。

 

何かが、すぐそばの枯葉の上をスルスル滑っていく。

 

「ハグリッド」

「蓮、怖いか?」

「いいえ。でも、ここにいるべきでない何者かだわ、今の音は」

「ばあさん譲りだな、その勘を大事にしろ。まったくその通りだ」

 

3人はさらにゆっくりと進んだ。どんな小さな音も聞き逃すまいと耳を澄ませながら。突然、前方の開けた場所で何かが動いた。

 

「そこにいるのは誰だ? 姿を現せ、こっちには武器があるぞ!」ハグリッドが声を張り上げた。

 

開けた空間に現れたのは、ケンタウルスだった。

 

「ああ、おまえか、ロナン。すまんな、怪しいやつがいるもんで用心のためだ」

 

ハグリッドは石弓を下ろし、ケンタウルスと握手をした。

ロナンと蓮たちを紹介する頃に、もう1人のケンタウルスがやってきたが、ユニコーンを傷つけた者についての質問にはハッキリした答えは返ってこなかった。

 

「火星が明るいから何なの?」ロンが声を潜めて蓮に尋ねるが、蓮は首を振った。

わかるわけがない。

 

ケンタウルスと分かれて進み始めたとき、ロンがハグリッドの腕を掴んだ。

 

「赤い花火だよ、ハグリッド! ハリーたちに何かあったんだ!」

 

ハグリッドは2人にその場を動くなと言いつけて下草をなぎ倒しながら、遠ざかっていく。

 

「マルフォイがどうなったって構わないけど、ハリーに何かあったら・・・」

 

ロンがそう呟いたとき、マルフォイとハリー、ファングを引き連れてハグリッドがカンカンに怒って戻ってきた。

 

「おまえの臆病のせいで捕まる者も捕まらんかもしれん。組分けを変える。マルフォイ、おれと来い。ハリーと蓮は、ファングと一緒だ」

 

ロンが嫌そうに顔をしかめたが、ハグリッドは「とにかく仕事をやりおおせることだ」と取り合わなかった。

 

「蓮、女の子は俺の側から離したくないが、おまえさんなら大丈夫だな?」

 

ハグリッドの言葉に蓮は頷いた。「ハリーを頼む」とハグリッドが蓮にだけ小さく囁いた。

 

 

 

 

結論として、その組み合わせは正しかった。

森のさらに奥まで進んだとき、ユニコーンの亡骸を見つけた。

さすがの蓮も眉を寄せた。あまりに美しく哀しい姿だ。一歩踏み出そうとするハリーを蓮は腕を押さえて止めた。

ズルズル滑る音が聞こえたのだ。

 

暗がりの中から頭をフードにすっぽり包んだ何かが、獲物を漁る獣のように地面を這ってきた。その影のような何かはユニコーンに近づき、覆い被さると、傷口から血を啜り始めたのだ。

ハリーが額を押さえた。額の傷痕を押さえたまま、ハリーがよろける。

 

後ろから蹄の音が聞こえてきた。

蓮とハリーの上をひらりと飛び越え、影に向かって突進した。

ハリーがゆっくりと倒れていく。

蓮は舌打ちして、ハリーの腕を肩に担ぐように立ち上がった。

 

もう影は消えていた。

ケンタウルスだけが、2人を庇うように立っていた。

 

「その子は、怪我はないのかい?」

「ええ。急に額を押さえて気を失いました」

「君は・・・ウィンストンの姫君だね? そして、この子は・・・ポッター家の子だ。早くハグリッドのところへ。私に乗れるかな? そのほうが速い」

 

前肢を曲げて体を低くしてくれたケンタウルスの背中にハリーの体を荷物のように載せ、蓮はまたがった。

 

「私の名はフィレンツェだ。ウィンストンの姫君よ、我々は、古の盟約に従う」

「はあ・・・あ、あの、ありがとうございます。わたくし1人ではハリーを連れて帰ることは出来ませんでした」

「ユニコーンの血を何に使うか、よく考えてご覧なさい。ポッター家の子をあそこに置いておくことはあまりに危険だ」

 

蓮は「命の水と同じ効用を求める者ですね」と答えた。

 

「姫君が賢明であることは、我々、古の盟約に生きる者にとって幸運なことだ」

 

 

 

 

 

ハリーはハグリッドと合流する少し前に意識を取り戻した。

 

ユニコーンの亡骸の場所をハグリッドに伝えると、罰則は終了。ハグリッドに連れられて城に戻った。

 

マルフォイがいたから、ハリーももちろん蓮もハリーが意識を失ったことは話さなかったが、グリフィンドール塔の談話室に入った途端に、蓮はハリーの肩を掴んだ。

 

「レン」

「額の傷痕が痛んだの?」

「・・・うん。ごめん、迷惑かけて」

 

なんのことだい? と、ロンが口を挟んできたが、蓮はそれに答えるのはハリーに任せて、ハーマイオニーとパーバティと一緒に女子寮に上がった。

 

シルバーアロー40を、マクゴナガル先生が人目につかない時間を選んで届けてくれたのだ。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。