サラダ・デイズ/ありふれた世界が壊れる音   作:杉浦 渓

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第12章 天文塔

ノルウェー・リッジバックのノーバートは、すくすくと成長を続けた。

もうそろそろ成長曲線が緩やかになってもいい頃だと、ハーマイオニーは毎日主張するが、大人のドラゴンの大きさを考えればそれは希望的観測に過ぎると言うものだ。

 

蓮のもとにはグラニーからの手紙が届き「あなたのママにコンラッドのドラゴンの本をいくつか送るように言っておきましたから、ロンドンの家からも書物が届くでしょう」と書いてあり、首筋がひやりとした。母から何も言ってこないのが不気味だし、ハグリッドが蓮の顔を見てはなぜか正座するのも不気味過ぎた。

 

「よし、実行部隊を決めようぜ」と中庭でロンが言い出した。「透明マントにはギリギリ3人入れるけれど、ノーバートの箱も隠さなきゃいけないから、実行部隊は2人だな」

 

「2人で持てるかしら? 暴れたりしたら・・・」

 

ハーマイオニーの心配に、ハリーが首を振る。「僕とロンがやるよ。君たちには、寮にいて僕らがいないことをうまく誤魔化して欲しい」

 

しかし蓮は頷かなかった。

 

「わたくしは、天文塔に待機するわ。目くらましが使えるから大丈夫。ハーマイオニーは・・・ネビルを相手して」

「ネビル?」

「ハリーとロンは、ネビルと同室でしょう? 2人が夜中にいないとなったら、ネビルは必ず探しに行くわ」

 

あちゃ、とロンが顔を覆った。「忘れてた。ハーマイオニー、大丈夫かい? あいつ変に頑固になるときあるけど」

 

「うーん、たぶんなんとかなると思うわ。それより蓮は1人で平気なの?」

「言ったでしょう。目くらましが使えるわ。ハリーとロンが、チャーリーのお友達と時間ピッタリに会えるとは限らないから、誰か1人は天文塔にいた方がいいの」

 

問題は、とハリーが腕組みをしたとき、ハーマイオニーが震える指先でロンを示した。

 

「な、なんだよ」

「ロン、チャーリーからの手紙はどこ? あなた、魔法史の教科書に挟んでるって・・・ずっと持ち歩いてなかった?」

「え、あ! しまった、さっきのビンズ先生の教室だ!」

 

蓮とハーマイオニーは顔を見合わせた。「今の時間は・・・」

 

「・・・スリザリンの時間」

 

青くなるロンの肩をポンと叩いて、蓮は「もう予定変更の時間はないから、このまま決行するしかないわ」と告げた。

 

「わたくしは天文塔にずっと待機するのじゃなしに、天文塔付近の安全を確保するわ。いざとなったら、ゴーストに頼んで騒ぎを起こしてもらうから」

「あ、ああ。ところで、君、ゴーストとどんな関係なんだい?」

 

よくわからない、と蓮はロンの質問に答えた。「ただ、昔から言われていたの。ゴーストはわたくしに悪さはしないから、堂々としていなさい、必要なときは命じなさいって」

 

ひょえー、とロンが口を開けた。

 

 

 

 

 

ハリーとロンがハグリッドの小屋に向かうのを確かめて、蓮も肖像画の穴を潜った。

 

「お姫さま、あたくし、もうずいぶん昔からここにいるけど、1年生がそんなに手慣れた目くらましを使うのは初めて見たわ」

 

内緒にしててね、と言い置いて、蓮は天文塔に向かって駆け出した。

 

 

 

 

途中、灰色のレディがふわふわと浮かんでいるのに出くわした。

 

足音を立てないようにぴたりと止まり、息を潜めていると、レディは何も見えないはずの場所を目を眇めるように見た。

そして、小さく笑った。

 

「わたくしの寮に来なかったから話しかけてやるもんですかと思っていたけれど、場合が場合ね。血みどろ男爵に命じるわ。ピーブズを黙らせておけって。さあ、お行きなさい」

 

ありがとう、と蓮は小声で言うとレディの脇を駆け抜けた。

 

天文塔に着くと、遠くから箒に乗った一団がこちらに向かってくるのが見えた。

 

ーーホグワーツ城のセキュリティ魔法は完璧なんじゃなかったの?

 

少なくとも箒の一団が何かに妨害されているようには見えない。

 

蓮はこのことを心に留めておこうと思った。

 

 

 

 

その頃、ハーマイオニーはネビルとパーバティから質問責めに遭っていた。

 

「あの早寝遅起きのレンがベッドにいないなんて」

「ロンとハリーもいないんだよ」

「探しに行くべきよ!」

「マルフォイが何か企んでる感じだった!」

 

レンは慧眼だ、と思いながらハーマイオニーは「探しに行くのは得策じゃないわ。ネビル、あなた透明マントのこと、知ってるでしょう?」と告げた。

 

「3人はきちんと透明マントに隠れて出て行った。レンが一緒だから、ハリーとロンがうっかり透明マントを忘れてはしゃぐようなことはないわ」

「う、うん。それは信じるよ」

 

パーバティは「そもそもどうしてこんな夜中に出歩くの?」と胡麻化されてはくれない。

 

「ハーマイオニー?」

「う、パ、パーバティ、あのね。これには深い深い事情があるのよ」

「どんな?」

 

パーバティの双子の妹はレイブンクローだったということをこんな時に思い出した。レイブンクローの資質を持ちながらグリフィンドールに組分けされたのは、なにも蓮とハーマイオニーだけではない。

 

「つまり・・・人には言えない事情よ」

「でしょうね。あのレンが真夜中に動き回るぐらいの事情があることぐらいはわたしにだってわかるわ」

「・・・そうよね」

「詳しくは聞かないから、概要だけは教えて。わたしはあなたたちとルームメイトなのよ、こんなことが続くなら、わたしだって概要を知っておくべきだと思わない?」

 

続いてたまるもんですか、とハーマイオニーは溜息をついた。

 

「それはどうかしら。あなたたちがハリーやロンと友達でいる限り、この手のトラブルは絶対に続くとわたしは思うわよ」

 

それはちょっとだけハーマイオニーも思わないでもない。

 

「わたしね、ハーマイオニー。別に止め立てするつもりはないの。でも、こんな時、ルームメイトを仲間に引き入れておくことって大事じゃない? わたしとネビルに話してくれていれば、少なくともあなたも一緒に行けたのよ。ね、ネビル? わたしたちだって、黙って帰りを待つことぐらい出来るわよね?」

 

できる、とネビルが力強く頷いた。

 

「ぼ、僕がヘマばかりするから仲間に入れないのはわかってるよ。でも、ちゃんと話してくれたら邪魔はしない」

 

ハーマイオニーは両手を挙げて降参のポーズを見せた。「きっかけはハグリッドのペットなの。何の動物かは言えないけど、ちっちゃな可愛いノーバートちゃんっていう名前よ」

 

 

 

早かったわね、と蓮が目くらましを解くと、透明マントを丸めているハリーが目を丸くした。

 

「レンのママのおかげさ!」

 

ロンがそう言って、小さな虫籠を掲げて見せた。

ヒク、と蓮の微笑が固まる。

 

「この虫籠に魔法をかけておいてくれたから、あのノーバートをこいつに入れて運んでくることが出来たんだ」

「それに、マルフォイも片付いた。僕らを待ち構えていたマルフォイが、僕らに気づかないでいるうちにマクゴナガルに見つかって20点減点されたよ!」

「僕らがドラゴンを密輸してるんだってマクゴナガルに訴えてたけど、マクゴナガルがそんなこと信じるわけないさ。スネイプの部屋に連行されて、あいつきっと罰則だ」

 

幸福感で声のトーンが大きくなる2人に、唇の前で指を立てて見せた。

そして杖明かりを点滅させる。

 

箒の一団がそれに気づいて天文塔に降り立った。

 

「やあ、君がロンだね? チャーリーにそっくりな赤毛だからすぐにわかる」

「そして君がハリー・ポッターかい?」

「あ、あの。ご面倒をおかけします。こいつに入ってます」

 

ロンが虫籠を差し出すと、ロープを担いだ魔法使いが「検知不可能拡大呪文か? まさか君たちが?」と驚愕の声をあげた。

 

「ハグリッドの専属法律家です。その・・・ハグリッドのペットの件が法律沙汰になるたびに、ハグリッド側の証人に立つ人で」

 

蓮が説明すると、若い魔法使いたちは「そして君がその法律家の娘さんか」と笑い出した。「ハグリッドからよく聞いてたよ。彼女がいなかったら100回はアズカバン入りだったってね」

 

蓮は肩を竦めた。

 

 

 

 

 

魔法使いたちが飛び去ると、ハリーとロンは急いでグリフィンドール塔に帰ろうと言い出した。

 

「蓮も早く!」

 

蓮はその言葉に首を振り「何か証拠になりそうな品物が落ちていないか確かめてから帰るわ」と答える。

 

ドラゴンを入れたコンテナを空輸するつもりだった彼らは、ロープを担いでいた。たぶんフックや何かの梱包用の小物も持っていたに違いない。

 

「あなたたちは先に戻って。静かにね」

「わかった、気をつけてね」

 

ハリーとロンが去った後で周囲を見回した。チャーリーの友人の魔法使いたちが立っていたあたりには、何も落ちていない。

ほっと息をついて振り返り、蓮はぎりっと歯を鳴らした。

 

ーーあの馬鹿ども!

 

急いで透明マントを引っ掴み、天文塔の階段を駆け下りたのだった。

 

 

 

 

信じられない信じられない、と蓮の頭の中はハリーへの罵りで一杯だ。

この透明マントを「置き忘れる」だなんて。

蓮の見る限りにおいてだが、この透明マントは「本物」だ。ペヴェレル家に伝わる「本物」に間違いない。グラニーに見せれば鑑定してくれるだろうけれど、そんなことしなくたってたぶんわかる。

 

螺旋階段を駆け下りながら、蓮は息も乱さなかった。ジョギングの成果だ。

祖母のジョギングは夜間徘徊のための体力作りでもあったに違いない。

 

目くらましを自分にかけるのは忘れていない。

 

だいいちこのマントは「君のお父さんのものだ」というメッセージと共に贈られたものだったはず。

 

蓮は、それを雑に扱うハリーは本当に馬鹿だ、と思いながら、マクゴナガル先生の部屋の前で透明になったまま潜んだ。

 

 

 

 

最悪の事態になった。

 

フィルチが2人をマクゴナガル先生の研究室に連れて行ったらしい。

マクゴナガル先生の私室にフィルチが呼びに来た。

マクゴナガル先生は、ふん、っと大きな鼻息を吐き「すぐに行きます」と答えた。

 

ーー今だ

 

「あの、マクゴナガル先生」

 

目くらましを解き、マクゴナガル先生の背後から声をかけた。

 

「なんです・・・ミス・ウィンストン!」

「ハリーとロンが心配で・・・その、なにしろマルフォイが・・・」

「ミスタ・マルフォイは捕まえました! 深夜に寮を出てうろついているという意味ではあなたも同罪です! ついてきなさい!」

 

蓮は殊勝さを装って、マクゴナガル先生について研究室に入った。

 

「レン!」

「ああ、ハリー、ロン。わたくし、あなたたちを探していたの! マルフォイがあなたたちを捕まえるって言ってたから! ドラゴンの話をでっち上げてでも、なんて! あなたたちは決闘するなんて言って出たから、罠だって教えなきゃって!」

 

もうよろしいミス・ウィンストン、とマクゴナガル先生が言った。

 

「フィルチさんは、あなたたちが天文台の塔にいたと言っています。真夜中の一時に。いったいどういうことです!」

「あら、それは間違いですわ」

 

つらっと蓮は答えた。

 

「ミスタ・フィルチは天文台の塔には行っていません。ハリーたちを見つけたのは、ハリーたちがトロフィー室に向かう廊下でしたわ。天文台の塔にハリーたちがいるとミスタ・フィルチに教えたのは、ドラコ・マルフォイです」

 

わたくし血みどろ男爵に聞きましたから、と蓮が微笑んだ。

 

マクゴナガル先生は額を押さえ「もうゴーストは掌握済みですか」と呟いた。

 

それから、マクゴナガル先生の喉が心配になるほどさんざんに叱られた。

1人につき20点の減点と、後日の罰則を課されたが、それはマルフォイと同じだ。

立ち入りが禁止された天文塔にいたのではなく、単に夜中に校舎をうろついていただけのペナルティに押さえられた。

 

 

 

 

ハーマイオニーたちはジリジリしながら、グリフィンドールの談話室で待っていた。

何度も探しに行こうと思いながらも、パーバティから「ここにいることがあなたの役割だったなら、動いちゃダメ」と止められた。

 

そこへ、マクゴナガル先生が3人を伴って現れたのだ。

ハーマイオニーは喉が引きつってしまうほど驚いた。

 

「なんです、こんな時間に。あなたがたはベッドにいるべき時間ですよ!」

「すみません。わたしとハーマイオニーはレンが心配で」

「ぼ、僕も! 僕もロンとハリーを探しに行こうとしたら、ここでハーマイオニーとパーバティが一緒に待とうって」

 

ハーマイオニーはパーバティを尊敬した。ネビルに事情を話しておくことは大事なことだ。少なくともヘマは冒していない。

 

ふん、と鼻先で笑ったマクゴナガル先生が「すぐにベッドに行きなさい」と言い置いて去った後、蓮がハリーの腹を殴るように透明マントをつきつけた。

 

「あっ!」

「天文塔に忘れていたわよ。わたくし、減点なんか怖くないけれど、こういうミスは許せない。あなたのお父さまのものだったんでしょう? 大事にしなさいよ」

「・・・君、これを確実に僕に届けるために、罰則を受け入れたの?」

 

違うわ、と蓮は言った。「確実に届けるだけなら、寮に持ち帰れば済むことだもの。でも、天文塔にいたことを隠したかったの。チャーリーのお友達に迷惑をかけないために。何のために天文塔にいたのか調べられたらどうなると思う? マルフォイは嬉々として手紙を証拠に差し出すわ」

 

うぐう、とロンが呻いた。

 

「天文塔に行っていないのであれば、あの手紙は無意味になるけれどね。あなたは、お父さまのマントを危険に晒して、そのうえ善意の協力者まで危険に晒したのよ」

 

ハリーは俯いてマントを受け取った。

 


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