サラダ・デイズ/ありふれた世界が壊れる音   作:杉浦 渓

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第25章 魔法史の悪夢

ハーマイオニーの腕の中で目を覚ました。ハーマイオニーはまだ眠っている。起こさないように、そっとベッドを抜け出して、窓の外を眺めた。

 

グレンコーの山々の向こうから空が次第に明るくなり始めた。

 

「ん、レン?」

「まだ早いから寝てなよ」

 

そう言ったのに、ハーマイオニーは一度ぎゅっと目を閉じると、パッと開け、勢いをつけて身体を起こした。

 

「今日でOWLも終わりよ。あとほんのもうひとがんばりだわ」

 

ベッドから出て、キルトを整えるハーマイオニーに尋ねた。

 

「・・・ミネルヴァは?」

「レン・・・」

「昨夜、あれから何も?」

 

ハーマイオニーは首を振った。

 

「誰からも何も、知らせはないわ。ただ・・・そうね、スーザンが凶行については伯母さまに知らせてくれるそうよ。だから、少なくともあの闇祓いたちにはしかるべき罰があるでしょう」

 

うん、と蓮は頷いた。頭がズキズキする。

 

「試験は午後からだよね。わたくし、午前中はベッドにいていいかな。朝食は要らない」

「レン・・・なにか食べなきゃ」

「なるべく部屋から出ないほうがいい。違う?」

 

ハーマイオニーが軽く両手を挙げた。

 

「わかったわ。自分でも自制するつもりはあるってことね。朝食は何か適当に持って来てもらいましょう」

「え?」

「少し時間をずらせば、ケニーたちにお願い出来るわ。正直なところ、わたしもアンブリッジの得意面を見たい気分じゃないもの」

 

どさりと椅子に座って頭を抱える。

 

「レン、頭が痛むの?」

 

ああ、と蓮は答えた。「最近はよくある。アルジャーノン発作の前触れかな」

 

隣の自分の椅子に座って、ハーマイオニーは蓮の手を掴んだ。

 

「アンブリッジ・ストレスを感じると?」

「・・・うん」

 

しばらくハーマイオニーは黙って手を握っていた。

 

「ねえ、レン。今日の試験が終わったら、家に帰ることを考えたらどうかしら。お母さまに複雑な感情があるのはわかるわ。でも、もしお母さまがダメでも、とにかくウェンディとしか接触しないようにして、早めのサマーホリディに入るのよ。ね?」

 

蓮は黙って考えた。

 

「お母さまとの問題を軽んじて言うわけじゃないの。でも、そんな頭痛は少なくとも感じなくて済むでしょう? 学校にいると否応なしにアンブリッジがいるわ。それに、こんなこと、口に出すのもイヤだけど、寮監不在のグリフィンドールをアンブリッジが監督するなんてことも・・・ないとは言い切れない。学校じゃ逃げ場がないでしょう? 自宅ならお母さまと顔を合わせたくなくても、ウェンディがいるわ。もちろんサマーホリディに入り次第、わたしがあなたのところに訪ねて行く。嫌がっても」

「・・・うん。合理的な対処だと思う」

「あなたはどうしたい? 実はね、あなたのお母さまに手紙を書いたの。ハウスエルフのルートで届けるつもりで。まだ託してない。あなたの意志を確かめてからにするべきだと思って」

 

意志なんて、と蓮は呟き、ぐりぐりと拳でこめかみを揉んだ。

 

「レン?」

「ごめん、ハーマイオニー。言い方が悪くても気にしないで。わたくしの意志なんて、今さら意味があるのかな。ハーマイオニーの判断に任せるよ。頭が痛いんだ。それに、油断すると子供に戻っちゃう。この状態で、わたくしの意志なんて、一番あてにならない」

 

わかった、とハーマイオニーは頷いた。「朝食をお願いするときに、ウィンキーかドビーに手紙を託すわよ。いいわね?」

 

蓮は両手でまた頭を抱えて「構わないよ。ああ、荷物」と呟く。

 

「まだ何も決まってないわ、レン。あなたの荷物ぐらい、わたしがすぐにパッキングするわよ」

「・・・ごめん、頼むよ」

 

 

 

 

 

「試験問題を開いて」

 

大広間の奥からマーチバンクス教授が合図し、巨大な砂時計をひっくり返した。

 

「始めてよろしい」

 

ハーマイオニーはまずひと通りの問題に目を通した。記述の長くなりそうな問題を後に回し、確実に得点できるシンプルな回答で済むものを優先して解くことに決めている。

 

最後の問題に目を走らせて、ハーマイオニーはふっと微笑んだ。

 

10.国際魔法使い連盟の結成に至る状況を記述せよ。また、リヒテンシュタインの魔法戦士が加盟を拒否した理由を説明せよ。

 

これについてならいくらでも書ける。クリスマスホリディにハリーとロンに向かってさんざん講義した内容だし、しばらく前には蓮にも講義した。

 

いくらでも書ける問題を後に回して、ハーマイオニーはカリカリと一心不乱に羽根ペンを走らせ始めた。

 

ほとんどの問題の記述を終え、何か記述漏れがないか読み返していたときに、「うわああああ、うわああああ、あああああああ!」という喚き声と共に、誰かが床に叩きつけられる音がして、思わず振り返った。

 

ハリーだ。

 

Pの列は遠いが、さらにその後ろのWの列から、険しい表情のロンと、苦々しい表情の蓮が見えた。

 

 

 

 

 

「レン!」

 

試験終了の合図を待ちかねたように、ハーマイオニーが大広間後方の蓮とロンの席に駆け寄ってきた。

 

「何があったの? ハリーは?」

 

急き込んで尋ねると、ロンが「あいつ、居眠りしてたんだよ。僕の席から見えた。背中がゆらゆらして、こっくりこっくりし始めてさ。で・・・例の夢を見たんだと思う。部屋でもあんな感じのことがよくあったんだ」と説明した。

 

蓮は「ハリーはトフティ教授に、玄関ホールまで連れ出されて、ここで聴こえた限りじゃ、試験中に眠って怖い夢を見たって説明してた。試験に戻るか聞かれて、もう出来ることはみんなやったから戻らないって」とハーマイオニーに教えた。

 

「あいつ、じゃあどこ行ったんだ? あの叫び方はいつもと違ったぜ。うなされたり、寝言を言ったりすることはあった。『もう少し先まで』とかな。でもあんなに叫んだりはしなかった・・・僕のパパの時以外は」

 

知らせに行ったんだ、と蓮は口にした。「つまり夢で何かを見て、重大な何かをね、それを知らせに行ったんだと思う。信頼出来る大人に」

 

誰だよ、とロンが力無く呟いた。「あのときはマクゴナガルに僕らが知らせた。僕とネビルが。そしてダンブルドアに話を繋いでくれたんだ。どっちもいないだろ?」

 

「いるよ。いや、いるかどうかわからないけど、いなくなったとは聞いてない」

「誰だよ?」

「ミネルヴァ。マクゴナガルだ」

 

蓮がそう言うと、ハーマイオニーが小さく悲鳴を上げた。

 

「パーバティ!」

 

慌てた様子でパーバティを呼ぶ。

 

「なによ?」

「レンをお願い。わたしとロンは医務室に行くわ」

 

そう言うと、蓮の腕をぎゅっと掴んだ。

 

「ハーマイオニー?」

「ハリーが何を見たかわからないけど、ミスタ・ウィーズリーの件ほどのことを夢に見たとしたら、きっとそうなんだと思うけど、何かしなきゃって言い出すと思うの」

「うん」

「わたしはそれを、出来るだけ止めることにするけど、レン、あなたは」

 

うん、と俯いて小さく笑った。「関わらないように、だろ?」

 

レン、と名前を呼んでパーバティが肩を抱いた。

 

ハーマイオニーは急いで蓮に杖を返す。

 

「信じてるわ、レン。信じてるから杖を返す。だからあなたも信じて。お母さまは必ずあなたを連れ戻しに来てくださるって。この状況で、あなたをアンブリッジの前に放置なんてなさらないわ」

 

蓮は曖昧に頷き、シャツの上に着けたショルダーハーネスに杖を差した。

 

 

 

 

 

「ハリー!」生徒たちの群れに逆行してこちらに来ようとするハリーを見つけてハーマイオニーは叫んだ。「なにがあったの? 大丈夫? 気分が悪いの?」

 

「どこに行ってたんだよ?」

 

ロンの問い詰めるような口調にも構わず、ハリーは「一緒に来てくれ」と急き込んだ。「早く。話したいことがあるんだ」

 

ハリーは2階の空き教室を見つけるとそこに飛び込み、ロンとハーマイオニーの背を押すようにして中に入れると、すぐにドアを閉めた。

 

「シリウスがヴォルデモートに捕まった。見たんだ。ついさっき。試験中に居眠りしたとき」

 

ハーマイオニーは自分の血の気が引くのを感じた。

 

「でも・・・でも、どこで? どんな風に?」

「どうやってかはわからない。でも場所ははっきりわかる。神秘部に、小さなガラスの球で埋まった棚がたくさんある部屋があるんだ。2人は97列目の棚の奥にいる・・・あいつがシリウスを使って、なんだか知らないけどそこにある自分の手に入れたいものを取らせようとしてるんだ・・・あいつがシリウスを拷問してる・・・最後には殺すって言ってるんだ!」

 

ハリーの膝が震え、声も震えているのがわかる。しかし、きっとこう言うのだろう。

 

「僕たち、どうやったらそこへ行けるかな?」

 

 

 

 

 

部屋からシルバーアロー40を担いで出てきた蓮に、パーバティが「来年に向けてのトレーニング?」と言いながらついて行くと、蓮は肖像画の扉をくぐりながら、「スーザンを箒に乗せてあげようと思って」と笑った。

 

「スーザンを?」

「うん。プレイヤーじゃない中では最高のクィディッチファンだよ、彼女。プレイヤーレベルの飛行はしないから安心していい」

「ついて行くわよ」

「うん。わかってる」

 

玄関ホールで待ち合わせたスーザンの顔色が優れない。

 

「スーザン?」

「ああ。レン、聞いた? マクゴナガル先生は、違う場所に移されたそうよ。マダム・ポンフリーの診断で、ここでは充分な治療が出来ないからって」

 

しばらく黙って、そっか、と蓮は殊更軽く応じた。

 

「マダム・ポンフリーの判断に間違いはない。きっと名癒がよそにいるんだろう」

「そ、そうよね。マダム・ポンフリーに治せないものはないと思い込んでいたから、つい」

 

玄関ホールを出た芝生の上で、蓮は箒に跨った。「ほら、スーザン、乗って」

 

「レン、学校の敷地外には出ない。魔法は使わない。スーザンを危ない目に遭わせない。オーケー?」

 

蓮はそれに親指を立てて、芝生を蹴り飛び上がった。

 

「スーザン。これ、古い箒だから座りづらいと思うんだ。わたくしにしっかり掴まっててね」

 

すうっと高度を上げると、スーザンがしがみつく力が強くなった。このぐらいが限度のようだ。

 

緩く締めたネクタイを風に靡かせ、湖に向かって箒を走らせる。徐々にスピードを上げていくと、やはり途中でスーザンのしがみつく力が強くなり、そのスピードを維持することにして湖の上を飛んだ。

 

「スーザン」

「な、なあに?」

「今年はOWL前だったのにすごくお世話になった。ありがとう」

「急に、どうしたの?」

「OWLが終わったし、ミネルヴァがあんなことになったから、たぶんホリディ前だけど家に帰ることになると思うんだ」

「え、ええ。昨夜パーバティとも話してたから、なんとなくそうじゃないかと」

「帰ったら、もうホグワーツに来られないかもしれない」

 

ぎゅっとスーザンが蓮の腹に回した腕に力を込めた。

 

「そんなこと、ないわ」

「スーザンやハーマイオニーたちがいてくれたから、なんとか保ったけど、家に帰ったらアルジャーノンのままかもしれない。症状に波や変化はあるけど、回復していると思えないんだ。アルジャーノンのままだったら・・・学校には戻れないよ」

「レン!」

「それにアンブリッジのこともある。アンブリッジが校長のままだと、やっぱり回復は無理だ。アンブリッジのせいでこうなったのに、あいつが校長面して学校を好き勝手にすると思うと、暴力的な衝動に駆られる。それを押さえるのも大変なんだよ」

 

蓮は小さく笑った。

 

「本当にいろいろありがとう、スーザン。もっと早くに知り合いたかった。そうしていたら、わたくしももっと穏やかな学生でいられたのかもしれない」

 

 

 

 

 

 

「ダンブルドアはあなたにこういうことを頭から締め出す訓練をして欲しかったのよ。ちゃんと閉心術を実行していたら見なかったはずよ。とにかく、わたしもレンも言ったでしょう。夢の全てを真実だと思うべきじゃないわ。捏造したイメージを送ることも出来るんだから」

 

だったらどうしろって言うんだ! とハリーが喚いた。「ああ、その可能性は認めるよ! でも夢が本当である可能性もあるんだ!」

 

「少なくとも、僕のパパのときは本当だったし、マクゴナガルもダンブルドアも、ハリーを信じてすぐに動いてくれたぜ。こういう強烈なイメージは真実だという仮定に立って対処するべきじゃないか?」

 

ロンの言葉にハーマイオニーは「とんでもない!」と強く首を振った。「神秘部に行かなくても確かめられることを確かめなきゃいけないわ」

 

「だから何を!」

「シリウスがグリモールドプレイスにいるかどうかよ」

「いるわけないだろ! 仮に、万が一にだ、あの夢がフェイクだとしても、シリウスは騎士団の任務で出歩いてる。グリモールドプレイスを留守にしてるのは当たり前なんだ、ハーマイオニー! そんなことじゃ何も確かめられない!」

「たまたまいるかもしれないし、いなくてもクリーチャーが何か知ってるかもしれない。神秘部に行く行かないは別にして、ここで集められる情報は集めなきゃ、ハリー」

「君は! 君の家族が拷問されてるわけじゃないから冷静でいられるんだ! シリウスは今拷問されてるんだよ!」

 

やめて、とハーマイオニーは低い声でハリーを睨むように言った。「神秘部に行くならわたしも行くわ。もちろん。でも、それってレンを置いていくことなのよ。実際に拷問されてぶっ壊れた親友をマクゴナガル先生もいなくなった学校に置いてね」

 

 

 

 

 

「そんな話はやめて、レン」

 

しがみついたまま、スーザンが言う。湖の上から眺めるグレンコーの山々はいつも峻烈で美しい。

 

「お願いだから、前向きに考えましょう。アンブリッジを校長にしておくことには、伯母も強い懸念を感じているわ。ああいう人だから、不確実なことは口にしないけど、あれでもファッジ体制下で法執行部長になった人よ。相応のコネクションは持ってるし、それを手繰ってアンブリッジを魔法省に引き取る工作はしてる。あなたは夏の間、ゆっくりと心と頭と身体を休めて、また学校に戻ってくる。それじゃいけないの?」

「理想的だよ」

「だったら」

 

前向きになれないんだ、と箒を操りながら正直に言った。「そんなエネルギーがどこからも湧いてこない」

 

「レン・・・」

「自分を押さえておくのにエネルギーの大半を費やしてるからね。先のことを前向きに考える元気が残ってないよ」

 

しがみつくスーザンの手が震えているのを感じて、蓮は少し箒の高度を落とした。低く飛ぶ箒の巻き起こす風が湖に波紋を作る。

 

「ごめんね、スーザン。あなたとは、もっとまともなときにたくさん話をしたかった。アルジャーノンの子守ばかりさせてサヨナラは申し訳ないと思うけど、今はこれが精一杯なんだ」

 

 

 

 

 

玄関ホールで蓮と別れて、ハッフルパフ寮に戻ると、談話室の樽が目に入った。

 

HB WWW

 

この古い樽にナイフで刻まれたイニシャルが、蓮の祖父のものだと知って、スーザンは嬉しかったのだ。そっと指で撫でていると、何人かの男子が談話室に入ってきた。

 

「首絞めガスってなんだよなあ」

「なんだか知らないけど、ウィーズリー可愛いと思わないか? あの気の強さと赤毛がなんとも言えない」

「俺は見た目だけならルーニーだな。ふわふわのプラチナブロンド。喋ると台無し」

 

ねえ、とスーザンは4年生の男子に声をかけた。「首絞めガスがどこにあるの?」

 

 

 

 

 

「絶対よ、絶対にポッターたちが何か企んでる」

 

パーキンソンがそう言って腕に凭れかかる。

 

「捕まえに行きましょうよ。先生たちがちまちまとグリフィンドール、ハッフルパフ、レイブンクローに点をあげるから、いつまでも0に出来ないじゃない? 少なくともポッターたちを捕まえれば、あっという間にグリフィンドールは0点! ポッター、ウィーズリー、グレンジャー、ウィンストン、それから妹のウィーズリーにレイブンクローのルーニー・ラブグッド」

 

おまえが行けよ、とマルフォイはパーキンソンを振り払った。

 

「ドラコ?」

「僕は今はそんな気分じゃない。試験で疲れてる。サマーホリディも近い。闇の帝王は着々と魔法省の役人どもを服従させていらっしゃる。あんな女にいつまでも尻尾を振る必要なんかない」

 

怖いのだ、とマルフォイは自覚していた。先日は危うくウィンストンを罪に陥れるところだった。動物もどきのウィンストンを。

自分の手で誰かの死を招きかねない事態を引き起こすのが怖い。

 

「馬鹿ね、パンジー。ウィンストンは不参加よ」

 

グリーングラスが談話室に入ってきた。

 

「湖でハッフルパフのスーザン・ボーンズを箒に乗せて遊んでたわ。彼女、最近ちょっとイカれたって噂知らないの? ポッターたちが何か企んでるなら、イカれたウィンストンなんか、もう使わないわよ」

「相変わらず情報通ね。誰から聞いた噂?」

「いろいろよ、いろいろ」

 

あんまり変な男と付き合うなよ、とマルフォイは言って立ち上がった。

 

「ウィンストンが不参加なら、パーキンソン、おまえの望み通り、グリフィンドールを0点にしてやる」

「ウィンストンのため?」

「違う。闇の帝王のためだ。ウィンストンの死を闇の帝王はお望みじゃない」

 

 

 

 

 

クローゼットから革のトランクを出してベッドに広げ、まずはシルバーアロー40を丁寧にケースに詰めた。

 

「レン・・・急がなくても。シェーマスとディーンがバタービールやファイアウィスキーを調達してるの。今夜は5年生でパーティよ。ドビーとウィンキーが手紙を届けても、あなたのお母さまがあなたを連れ帰るには学校の手続きもあるし、今夜のパーティぐらい」

「うん。でも、することないから」

 

コロンと、1年生のときに着ていたローブから懐中時計が出てきた。

 

「ちょっと! 何してるの? クローゼットを空っぽにする気? なに馬鹿なこと・・・」

 

パーバティ、と蓮はパーバティを見上げた。「愛してるよ」

 

「レン!」

「今家に帰ったら、たぶんもう学校には戻れない」

「馬鹿。なに言って」

「怖いんだ。毎日毎日、朝起きたら自分の人格が変わってる。16歳のレンはもうどこにもいない。パーバティやハーマイオニー、スーザン、みんな。みんながいたから、なんとか誤魔化してこれたけど、家に帰ったら、誰も引き戻してくれない。アルジャーノンに呑み込まれてしまいそうなんだ」

 

もちろんわかってる、と蓮は立ち上がった。「アンブリッジを殺すより、自宅に帰るほうがずっとまともな選択肢だ。アンブリッジを殺したら、当然みんなと一緒にはいられないんだからね。納得はしてる。だから、パーバティ、これを受け取ってよ」

 

蓮はパーバティの手に懐中時計を握らせ、腰に手を当てた。「さーて。ハーマイオニーには何をあげようかな」

 

 

 

 

 

アンブリッジの部屋にハリーと2人で透明マントに隠れて駆け込むと、透明マントを振り払ってハーマイオニーは窓に急いだ。

 

リーが窓からニフラーを入れたことで、この部屋の弱点は窓だということはアンブリッジにもわかっているはずだ。杖先をあちこちに向けてサーチしてみるが、特別な保護魔法はかけられていない。

 

「ハリー、早く!」

「わかってる!」

 

ハリーが煙突飛行粉を火格子に投げ入れ、めらめらと躍り上ったエメラルド色の炎に頭を突っ込んだ。

 

「グリモールド・プレイス12番地!」


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