サラダ・デイズ/ありふれた世界が壊れる音   作:杉浦 渓

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第17章 解雇、教育令第27号

ハーマイオニーは首を縮め、シビル・トレローニー教授の愁嘆場を、わなわな震えるパーバティとラベンダーを押さえながら見守っていた。

 

シェリー酒の瓶と杖を両手に、度の強い眼鏡がずれていることも気にならない様子だ。

 

「いやよ! いやです! こんなことが起こるはずがない・・・こんなことが・・・あたくし、受け入れませんわ!」

 

悲痛な声にハーマイオニーは思わず目を閉じた。

 

ひどく粗雑で乱暴なやり方だ。ホグワーツでこんな光景を見ることになるなんて。

 

にたにたと薄笑いを浮かべて右手に握った杖の先を左手にパシッパシッと叩きつけるアンブリッジは満足げだ。こんな破壊的な解雇のやり方を明らかに楽しんでいる。

 

 

 

 

 

ウィンキーを先に返し、フィレンツェの背中に跨って禁じられた森を駆け抜ける。

 

「こうして駆けるのは何年ぶりかな、姫君」

「4年ぶりです」

「御身大きくなられた。あのときはポッター家の子と2人乗せることも出来たが」

「・・・重くて申し訳ない」

 

フィレンツェは軽く笑って「我々はヒトの重さなど感じない。存在の重みを感じるだけだ」と深遠な(だと思う)ことを言う。

 

「さあ、たてがみにしっかりとつかまりなさい。急いだほうが良いのでしょう?」

「はい! お願いいたします!」

 

フィレンツェの背中に身を伏せ、蓮は歯を食い縛って城への道を駆け抜けた。

 

 

 

 

 

「明日の天気さえ予測できない無能力なあなたでも」

 

アンブリッジの言葉にラベンダーが凶悪に唸り、パーバティは「占い学は天気予報じゃないのよ」と、なぜかハーマイオニーに食ってかかった。

 

「わかってるから落ちついてよ、2人とも」

 

やれやれ、とハーマイオニーの背後から溜息が聞こえる。

 

「・・・マクゴナガル先生」

「わたくし、占い学という学問分野に対しては決して忍耐強いわけではないのですが、天気予報と違うことぐらいはわかりますとも」

 

マクゴナガル先生は、両手の指を組み合わせて、ぽきん、と鳴らした。

 

「ま、マクゴナガル先生・・・」

 

見物人を掻き分けながら進んでいくマクゴナガル先生の背中に、なにやら不吉なものを感じた。蓮の話が正確ならば実は好戦的な性格らしい。聞き流していたが、今の指を鳴らす仕草にその一端が垣間見えた気がする。

 

進み出たマクゴナガル先生が、長年教壇で鍛えた張りのある声を上げた。

 

「確かに! 教育令第23号によれば、高等尋問官にはホグワーツの教授を解雇する権利がおありですわね、ドローレス」

 

あらマクゴナガル先生、とアンブリッジが狡そうな目をわざとらしく見開いた。

 

「さあさあ、シビル、落ち着いて。これで洟をかみなさい。ああ、返さなくてよろしい」

「み、ミネルヴァ、あたくし、あたくし・・・」

 

縋りつこうとするトレローニー先生の肩を片手で抱いたまま、マクゴナガル先生は杖を振って、トレローニー先生のトランクをブンっとどこだかに飛ばした。

 

「マクゴナガル先生? あたくし、つまり高等尋問官に解雇の権限がおありだとお認めになったのでは?」

「解雇は結構。確かに高等尋問官には解雇する権限がおありです。ですが、解雇イコール城からの放逐ではない。その違いに対する理解が不足していらっしゃるようです。まして、解雇という不名誉な事態を、これだけ多くの生徒たちの前に晒す行為は、権限とは無関係であり、本校に御尽力くださった教授への敬意に欠けます。教職員人事のお話ならば教職員室もしくは高等尋問官執務室でなさってはいかが? こんな真似をせずとも高等尋問官の解雇の権限に不服を申し立てる教職員はおりませんよ」

「部屋を空けていただく必要がありますの。それこそそのぐらいおわかりにならないのかしら?」

「梯子階段を好まない後任の教授ならば、部屋を空ける必要はないでしょう。後任が決定しないうちに放逐するのは先走り過ぎですよ、ドローレス」

 

アンブリッジがいらだだしげに目を眇めて、何か言い返そうとしたとき、重たげな音を立てて樫の大きな玄関扉が開いた。2枚の玄関扉が全開だ。外から雪が降り込んでくる。

 

「さよう。して、儂は後任を見つけた。おお、聴こえてくる。今に駆け込んで来られるであろう」

 

今度はパーバティがハーマイオニーの肩にすがり「なんか、悪い予感が・・・」と囁く。ハーマイオニーも頷いた。誰が誰をお迎えに上がったかを考えると、アンブリッジの憎悪の程は跳ね上がるに違いない。少なくともハーマイオニーの知る限り、禁じられた森に純粋なヒトたる魔法族の住まいがあるとは思えない。

 

蹄の音が近づき、目の覚めるような立派な体躯のケンタウロスが息ひとつ乱さず駆け込んできた。背中に跨っているのは・・・蓮だ。部屋で着ていたジーンズと、白いシャツにグレーのセーターを羽織っただけの軽装はひどく寒そうだが、白い顔は寒さや緊張に強張るわけでもなく、通常時の無表情に近い。

 

ハーマイオニーとパーバティは顔を見合わせ、深く深く溜息をついた。「どこの王子様よ・・・」

 

「校長先生、お連れしました」

 

タン、と身軽にケンタウロスから飛び降りた蓮を、アンブリッジがギリギリと歯軋りが聞こえてきそうな顔で睨んでいる。

 

「ケンタウロス族の長よりご紹介のフィレンツェ教授です」

 

マクゴナガル先生が満足げに頷き、アンブリッジに「どう拝見しても1階の空き教室をお使いいただくほうが好ましいようですね、高等尋問官殿?」と勝ち誇った。

 

「ミネルヴァ・・・ダンブルドア校長、お忘れかしら? 教育令第22号によれば」

 

言いかけたアンブリッジに被せるようにマクゴナガル先生が「魔法省は適切な候補者を任命する権限がある。ただし! 校長が候補者を見つけられなかった場合のみ!」と声を張り上げた。

 

「さよう。そして、儂はこうして候補者を見つけたのじゃよ、ドローレス。ああ、シビル、トレローニー先生。あなたには引き続きホグワーツ城に住んでいただきたい」

「いいえ、ダンブルドア、あた、あた、あたくし、出てまいりますわ! こんな辱めを」

「トレローニー先生、城に住んでいただきたい。よいな。儂がそう決めたのじゃ」

 

ダンブルドアはいつになく鋭く言った。

すぐにスプラウト先生とフリットウィック先生が進み出て、スプラウト先生がトレローニー先生の手を取り、肩を抱いてその場を離れた。

 

「さあ、生徒諸君、それぞれの寮に戻るのじゃよ。儂は今からちとフィレンツェ教授やアンブリッジ教授と話し合わねばならぬでな。フィレンツェ教授のことは明日改めてご紹介しよう。ああ、ミス・ウィンストン、ご苦労じゃった。さあ、部屋に戻って温まるがよい。すっかり凍えておるようじゃ」

「はい」

 

ハーマイオニーとパーバティは慌てて人混みを掻き分けて、蓮の腕を思い切り引っ張った。

 

 

 

 

 

寒いぃ、とハーマイオニーの懐に入ってくる蓮の後頭部をぱちんと叩き「よくも秘密にしてたわね!」と言うと、パーバティが「どうして交渉に連れて行ってくれなかったのよ」とふてくされた。「ね、ケンタウロス族ってみんなあんなにハンサムなの?」

 

「ハンサムかどうかは好みによると思うけど、フィレンツェはケンタウロス族の中では若いほう。全体的に見れば顔立ちは整ってる種族だと思う」

「そもそもどうしてあなたが新しい教授を連れて来るわけ?」

 

ダンブルドアに頼まれたんだもん、とハーマイオニーの身体に顔を押しつける。

 

「ちょ、大事な話でしょう!」

「だからあ。トレローニーの解雇が避けられない雰囲気になったからケンタウロス族と交渉して、解雇から即着任できる教授を出してもらえって言われたの! ケンタウロス族はあまり他種族に自分たちの知恵を分け与えたがらないから微妙な交渉になると思ったし、禁じられた森のわたくしたちに許された場所以外に勝手にウィンキーに連れてってもらうのは失礼だから、いつもの場所まで行って、ブランカに変身して行ったんだよ。パーバティできないじゃん」

 

くうう、とパーバティが蓮をハーマイオニーから引き離して押し倒した。

 

「わたしも動物もどきになれば良かった!」

 

レン、とハーマイオニーが声をかけると、パーバティに絡みつかれてキャッキャしていた蓮が顔を起こした。

 

「ん?」

「だからってあんな目立つ登場しなくても良かったんじゃない? アンブリッジがすごい目で睨んでたわ」

「ああ。まさか、あんなところで解雇騒ぎが起きてるとは思わなかったし、ダンブルドアが途中でパトローナスを飛ばしてきて、新しい教授に失礼のないよう正面玄関でお出迎えするって言うから」

 

アンブリッジ以外にも注目されてたわよ、とパーバティが笑った。

 

「フィレンツェが? まあそっか。この寒いのに上半身裸だもんね」

「馬鹿ね、あなたがよ。ルーナとジニーと、スーザン・ボーンズは確実にレンを見てた。チョウ・チャンもね。あとグリーングラス。この2人はファンクラブとは正反対の意味だろうけど」

「チョウ・チャン? まだ鼻の恨みが?」

「じゃなくて、ハリーの身近にいる目立つ女の子、一応女の子だもの。そりゃ気に入らないでしょう」

「わたくしがいったいいつ、何月何日何時何分何秒にハリーに色目を使った? グリーングラスのほうはまだ理解が及ぶけど」

「どうしてよ」

「グリーングラスって確か以前ジョージにバレンタインカード送ってたよ。ジニーの《悪霊の火もどき》の原因だもん。まだジョージに気があるかどうかは別にして、わたくしを嫌うのは理解できる。公衆の面前で整形魔法も解除したし」

 

えげつない、とパーバティが蓮の額を弾いた。「あの顔、整形魔法?」

 

「うん。本体も別にブスじゃない。でもパッとしない。ハーマイオニーとパーバティのほうが美人だよ」

「あらお利口ね」

「もっと褒めて」

 

脳天気な会話にそろそろ雷を落としてもいいだろうか。

 

「レン!」

「ハーマイオニー、わたくしは『ホグワーツ城の姫さま』だよ」

「・・・は?」

「ここはいずれわたくしの城にするんだから、アンブリッジがあんまりいじくり回すと腹が立つ」

 

パーバティに抱きつかれたままにこにこして物騒なことを言い出した。

 

「つまり、校長になる、の?」

「うん。すぐにじゃないよ。マグル社会のことも子供視点からじゃなく勉強する猶予が欲しいし、研究の手法を身につける時間も欲しいから、大学に行く。そのあと、どれか空きのある教科の教授になる。ホグワーツに空きがなくても、アメリカ・フランス・ブルガリア・日本、どこかの魔法学校でキャリアをスタートさせる余地はあると思う。いずれホグワーツに戻って教授をやって、そしたら校長になる」

「レン・・・」

「で、ハーマイオニーが魔法大臣の予定だから頑張れ」

「っはぁ?!」

 

無茶振り出たわね、とパーバティが笑ったが、蓮の口元はともかく、目は笑っていないな、とハーマイオニーは思った。

 

 

 

 

 

寒くて泥にまみれて、さらにはジャック・スローパーがブラッジャーと間違えてクラブを叩きつけた肩の痛みに練習の続行は不可能になった。

痛む肩を押さえ、歯を食い縛って寮に戻る途中で、まずルーナから呼び止められて、ラックスパートを寄せつけないためのお守りだとプレゼントを貰った。

首を傾げながら寮に向かっているとスーザン・ボーンズとかいうハッフルパフのよく知らない女子生徒に呼び止められ、プレゼントを渡された。間の悪いことに、たまたまトイレ以外の場所にいたマートルにそれを見られて、金切声を上げて追いかけられた。

部屋に戻って肩が痛いと訴えると、ハーマイオニーがマダム・ポンフリーに痛み止めをもらってくると出て行った。

シャワーを浴びていたら、よくわからない嫉妬に駆られたマートルによって全部水にされ、ベッドで痛みと寒さに呻吟していたら、ジニーが「今度の試合は絶対負ける」と泣きながら飛び込んできて、そのダイブを受け止めた肩が断末魔の悲鳴を上げた。

 

バレンタインはそんな休日だった。

 

翌日、バレンタインのホグズミード行きが失敗に終わったハリーが、レイブンクローのテーブルでこちらに背を向けているチョウ・チャンを15回目に切なげに見遣ったとき、それがやってきた。

 

大広間の生徒たちのうえをフクロウの群れが旋回し、目当ての生徒のもとへ、手紙や包みを運んでくる。

 

蓮の前にひとつ、ふたつ。ハリーの前にひとつ。

 

「んん?」

 

包みを開けて、蓮はニッと笑った。

 

「悪いけど、バレンタインより幸せな気分だ」

 

ハーマイオニーがそう言った蓮の脛を蹴った。

 

「だってハーマイオニー、昨日のバレンタインは各地で女難しか起きてないよ」

 

蓮が顎でハリーを示すと、ハーマイオニーが「まあねえ」と頷いた。「そんなことより、変身現代読ませて。わたしたちの記事」

 

「わお、特集扱いだ。ロス家をすっごく高く買ってくれたんだね」

 

『誰も問題提起しないのならば、我々変身現代編集部としては、良識ある魔法使い魔女の読者にこの問題をご一考いただくための一石を投じなければなるまい』

 

ハーマイオニーに変身現代を任せ、蓮はザ・クィブラーを開いた。

 

『あの日、リトル・ハングルトンで何が起こったか?』

『魔法省の陰謀! 未成年魔法使いを陥れた罠!』

『今ホグワーツに悪魔の手が! 拷問愛好者、ドローレス・ジェーン・アンブリッジ。知られざるその性癖』

 

「なにごとなの? ミス・ウィンストン?」

 

アンブリッジが背後から声をかけると、ジョージが「あっれー? 教育令第26号によれば教える教科以外のことに教職員は口出し厳禁だったよな」と大声を上げた。

 

蓮はニヤリとジョージに笑いかけ、アンブリッジを振り返りながら「わたくしが雑誌を購読することに闇の魔術に対する防衛術は無関係でーす」と言い放った。

 

「それにこれ、変身術の愛好家向けの雑誌ですもの」

 

ハーマイオニーが変身現代を振る。

その手から変身現代を奪い取ったアンブリッジは、目次を見ただけでわなわなと震え始めた。

 

「は、反人狼法を、あたくしの法律を・・・ウィンストン、あなたの仕業ですね! グリフィンドールから50点減点! それからウィンストン、あなたには罰則を与えます!」

 

やめたほうがいい、とハリーが立ち上がった。「先生、罰則についてはほら、けっこうヤバいことになってる」

 

開いたザ・クィブラーのページをアンブリッジに突き出した。いくつもの少年たちの手の写真が血を滴らせている。

 

「読んでやろうか? 『変態性癖のあるアンブリッジは高等尋問官の立場を利用し、多くの学生の手に嗜虐的な行為を強いて、それを罰則と称しているのである』特にレンがヤバいな。『中でもお気に入りはホグワーツ特別功労賞を2回も受賞した5年生の女子生徒で、なんと11月から12月にかけての約1ヶ月間、毎晩、一定時間を自室に呼び出した。この破廉恥な行為のあと、賢明なる女子生徒はクリスマスホリディに血液検査を受け、右の結果を受け取ったと思われる』血液検査だってさ、受けたのかい、レン?」

「ホリディの前にね。フクロウで検査キットを取り寄せて。どうせホリディに入る前に何か手を打たれると思ったし」

 

一応スネイプのことは庇っておいた。

 

「それに、記事を書いたのはホグワーツ生じゃないみたいだよ」

 

蓮が言うと、パーバティが「たぶんグリゼルダ・マーチバンクス女史ね。この記事の執筆者なんて『グリゼルダ・マーチバン・・・おっと・・・ヴィクトリア2世』になってる。わざとらしい。腹に据えかねることでもあったのかしら。変身現代もヴィクトリア2世?」とハーマイオニーにパスを回した。ハーマイオニーが「ええ。誰か知らないけど、変身現代の熱心な購読者だと思うわ。高度な用語がたくさん並んでたもの。いずれにしろ大人よ。わたしたち、5年生の水準を大きく下回る学年だってアンブリッジ先生がおっしゃったでしょう。書けるわけがないわ」と受けた。

 

クィブラー2冊と変身現代1冊をその場で没収したアンブリッジは顔色を失っていた。震える唇で「け、結構。で、すが、ウィンストン、あなたがたも! こ、こんな愚にもつかない記事を信用などなさらないことです!」と叫んだ。

 

「信用も何も」蓮は肩を竦めた。「記事を信じる信じないの問題じゃないよ、アンブリッジ先生」そして、左手の甲を見せる。ハリーも同じ仕草をした。「証拠ならまだここにある」

 

 

 

 

 

ホグワーツ高等尋問官令

 

「ザ・クィブラー」ならびに「変身現代」を所持しているのが発覚した生徒は退校処分に処す。

以上は教育令第27号に則ったものである。

 

高等尋問官 ドローレス・ジェーン・アンブリッジ

 

 

 

 

 

この掲示を見て互いにハグをしたハーマイオニーと蓮を引き離しながら、ハリーが「ひっつくなって! せっかく書いたのに禁止されちゃったら意味ないだ、ろ!」と喚いたが、フレッドが「ハリー、君はまだお子様だから教えちゃいないが」とハリーを羽交い締めにした。ジョージが「本にかける魔法にはいろいろあるんだぜ?」とウィンクすると、パーバティが「どんな本にかけるのかは知りたくないけど、どんな魔法かは知りたいわ」と言った。

 

「パーバティ、今の君の御意見が全てを表現している」

「そう。男なら誰でも知ってる魔法で・・・しかもこんな事態に至ったら女の子だって知りたくなるし、我々も魔法を教えることは躊躇わないであろう」

「もちろん本来どんな種類の本にかける魔法か、そいつは秘密だけどな」

「つまりだ、ハリー。これでアンブリッジの読ませたくない記事は、ホグワーツ中がひとり残らず読んじまうことになった」

「誰も退校処分なんか受けやしないさ」

「ああ。誰があのガマガエルに、男なら誰でも知ってる魔法のことを教える? そんな男いるわけない」

 

それに、とハーマイオニーはハリーの肩をぽんと叩いた。

 

「フクロウで家に手紙を書くことは禁止されていないわ、ハリー。『ママ、変身現代とザ・クィブラーの最新号を買っておいてくれない?』ってね。保護者の目にも入ることになる」

 

いずれファッジの目にもね、と蓮が笑った。

 

「今は言われるままに教育令第27号を出したけど、いずれアンブリッジを重用するファッジにも抗議の吠えメールが行く。『クィブラーで読んだけどアンタたちは最低だ』ってね。さすがにファッジも気になる。その中に掲載されているのは『私は高等尋問官に忠誠を誓う』の罰則だ。ファッジにとって面白いはずがない。ファッジはそういうの嫌いなんだ。わたくしの母にも『ダンブルドアではなく魔法大臣に忠誠を誓うべきだ』って言ってた。母は『英国魔法界ならびに魔法省に忠誠を誓っている』って言ってたかな。その回答も気に入らないんだから『高等尋問官に忠誠を誓う』はもっと気に入らないはずだ」

「クビになるかな?」

 

ハリーが期待を込めて言うと、蓮は首を振った。

 

「スキーターが言ってた。アンブリッジはいろんな奴を踏み台にして今の地位を手に入れた。ファッジが少々機嫌を損ねたぐらいじゃまだ足りない。そのぐらいじゃクビにならないぐらいバックをつけてる自信があるから、尋問官ごっこなんかして魔法省を留守に出来るんだ」

 

おいおい、とロンが呻く。「まだ足りないってのか? どんだけしぶといんだよ」

 

安心していいよ、と蓮が薄く笑う。「スキーターと違って、アンブリッジに使い道はない。完全に追い払ってやる」

 

 

 

 

 

古代ルーン語の教室を出たハーマイオニーと蓮を、ハリーとロンが走って探しに来た。

 

「どうしたの?」

 

ハーマイオニーが尋ねると「君たち、ハグリッドが何やってるか知ってる?」とハリーが息を切らして逆に質問を返してきた。

 

「フィレンツェの授業の後でさ、フィレンツェが僕たちにハグリッドに伝言を頼むって言ったんだ。フィレンツェが知ってるってことは、禁じられた森の中のことだろ? 君たち知らないか?」

 

知りません、とハーマイオニーはピシャリと言った。

 

「フィレンツェは何て?」

「ああ。ハグリッドの試みはうまくいかないって。そう忠告してくれってさ。自分で行きゃあいいのに」

 

蓮は仏頂面で「ハグリッドは今、ケンタウロス族とあまりうまくいってないんだと思うよ」と答えた。

 

「やっぱり何か知ってるの?」

「フィレンツェの件でケンタウロス族との交渉に行くときに、嗅ぎ慣れない匂いがして、地響きが聞こえた。ケンタウロスの長に、森の中に異変がないか尋ねたら、異変というほどではない、ハグリッドが森を私物化しているだけだと嫌そうに言われたんだ。だからまあたぶん・・・ちっちゃなノーバートちゃん的な何かを森の中に隠していて、それにケンタウロス族が反感を感じているのかな、ぐらいしかわからない。確かめようにも森の入り口までケンタウロスに護衛されてたから、迂回して確かめることも出来なかった」

 

ロンが顎をあんぐりと開けた。「またかよ!」

 

「あの顔や身体の痣や傷、そう考えると理解できるわ。当時のノーバートちゃんより大きいのは間違いないけど」

 

ハーマイオニーが納得すると、ハリーは「やっぱり忠告は伝えるべきだよな」と表情を暗くした。

ロンとハーマイオニーは頷き「聞き入れるかどうかは別にして、伝言だけはね」とハリーの肩を叩いた。

 

「おい」

「頼まれたのは君だ、ハリー」

「がんばってね」

「だって、難しいよ。ハグリッドの授業にはずっとアンブリッジがついて回るじゃないか」

 

それはなんとかするしかない、と蓮が肩を竦めた。

 

「レン」

「わたくしは、アンブリッジの馬鹿に無駄にさせられた時間を取り戻す必要がある。あいつがしばらくファッジの相手に忙しくしているうちに、遅れに遅れたOWLの勉強をする」

「そんなに心配いらないわ、ハリー。もう何ヵ月もその何かは禁じられた森にいるのよ。ノーバートちゃん基準だったら・・・尻尾爆発スクリュートを生徒に世話させたハグリッドのことだもの、スクリュートより危険であることは間違いないけど、もう何ヵ月もちゃーんと森の中でお利口にしてるんでしょう? ハグリッドが小屋にいる時間を見計らって、伝言だけ伝えに行けばいいの」

「なあ、ロン」

「ハグリッドのペット問題に関して僕は知らない方がいいと思うぜ」

 

唖然としたハリーだけをその場に残して、3人は歩き去った。

 

 

 

 

 

蓮の予測通り、アンブリッジはおとなしくしたまま3月を過ごし、4月に変わった。

 

定期的な血液検査を受けに蓮をクィディッチの練習後、そのまま引きずって医務室に連れてきたハーマイオニーとパーバティをジロリと見て、マダム・ポンフリーは「グリフィンドールはなぜかまだ元気いっぱいのようですね。結構」と言った。

 

「元気いっぱいかどうか。とにかく血液検査をお願いします」

「言動に変化は?」

「相変わらず部屋の中では油断するとくっついてきますし、制服をキチンと着せてもすぐに着崩します。言葉遣いも元には戻りません。あと・・・気のせいかもしれませんが、むしろ悪化しているような・・・いろいろ不安な言動が増えました」

 

ウィンストン、とマダム・ポンフリーが駆血帯で蓮の腕を締め上げた。「夏にはマナーのレッスンを受けるようにご家族に手紙を書きます、ミネルヴァが」

 

「・・・はい」

「夏?」

「9月に成人したら、謁見があるのですよ。そうでしたね?」

「・・・たぶん。いてっ。痛いよマダム」

「いい加減に慣れなさい。ミス・グレンジャー、ミス・パチル、風紀を乱さない程度にひっつかせておきなさい。制服が多少乱れていても害はありません。言葉遣いやマナーの類は夏に家庭で訓練する方が効果的でしょう。薬の大方は抜けたようですが、以前のままの完全な自制心を新たに作り上げなければならないのですから、時間は必要です」

「薬が抜ければ、徐々にでも回復していくものではないのでしょうか?」

「吹っ飛んだ自己抑制の蓋を新たに作るのですよ。薬が抜けたぐらいでは無理です。頭の回転に悪影響がなかったことを幸いだと思うべきですね。拷問された被害者が、呪文の効果が切れて元に戻ると思いますか?」

 

ハーマイオニーはネビルの両親のことを思い出して、首を振った。

 

「あまりに安易に毎日毎日投与されていたようですからあなたがたの感覚はすっかり麻痺しています。本来ああいったものは学校に置くべき薬ではありません。セブルスがダンブルドアの依頼で個人的に調合したものの中から提供したはずです。去年のクラウチの時のようなこともありますから、ある面でそれは仕方ない。しかし、間違っても生徒に投与する魔法薬ではありません。刑事事件の容疑者の尋問に用いる魔法薬であり、投与時には聖マンゴから嘱託癒が来て投与します。尋問中はスクイブの看守が付き添い、尋問官は定時的にバイタルチェックを看守に命じながら尋問を行う義務があります。それほど慎重な扱いを必要とする魔法薬です。ウィンストンが拷問の類に強い耐性があったからこの程度で済んだのです。そのことは決して忘れてはなりません」

「・・・拷問」

「ええ、ミス・パチル。わたしの基準では、真実薬を大量に飲ませながら1ヶ月もの間、毎晩毎晩愚にもつかない質問を繰り返すことは拷問に含まれます。違いますか?」

 

ハーマイオニーとパーバティがゴクリと息を呑んで蓮の肩に手を置いた。

 

「マダム、あなたならともかく、毎晩あのガマガエルと見つめ合う時点で充分に拷問に値するよ」

 

ニヤ、と笑って言う蓮にマダム・ポンフリーは項垂れ、ハーマイオニーとパーバティは慌てた。「レン! なんてこと言うの!」

 

「・・・なるほど、あなたがたの心配する言動とやらが今ので実感出来ました・・・まさに祖父や父親からお行儀の良さを取り払った状態ですね」

「え、ええ? レンのお父さまが、コレ?」

「ミス・グレンジャー?」

「え、あ、いえ・・・ちょっと夢が壊れたというか」

「父親は始終彼女の母親に飛びついては殴られてここに運び込まれていましたからね。顔は母方に似ていると思っていましたが、中身は父方のほうだったようです」

「レンのグランパはそんなこと」

「ウィリアムは紳士でしたが・・・女性はもともと好きですよ。手が出るコンラッドと違い、あちこちに口が上手い男でした」

 

あ、とパーバティが呟き、ハーマイオニーは顔を覆った。

 

 

 

 

 

ハンナ・アボットが薬草学の授業中に突然泣き出した。

 

「わたしの頭では無理だわ! スプラウト先生! わたし、もう退学するしかありません!」

 

蓮は目の前で作業していたハンナの狂乱にぽかんとして、間違ってハーマイオニーの鉢にドラゴン糞の堆肥を入れた。

 

「レン! わたしはもう自分の分は入れたのに!」

「あ、ごめん。でも、ハンナ・アボットという人が変だ」

「鎮静水薬第1号になりそうね」

 

スプラウト先生がハンナの肩を抱いて温室から連れ出し、スーザン・ボーンズという人がなぜか蓮の肩にちょっと触れてからそれを追いかけて出ていった。

 

「大丈夫。きっとスーザンがハンナを医務室に連れて行くわ」

「知り合い?」

「スーザンのことはあなたも知ってるはずよ!」

 

蓮は眉を寄せ、首を傾げ「ああ! アメリア・ボーンズの何か?」と言い出した。

 

「そうじゃなくて・・・スーザンからバレンタインにプレゼントをもらわなかった? カードがわたしの机に放り出してあったわよ」

「ん? 最初にルーナから蕪のイヤリングをもらったことは覚えてる。お揃いの対ラックスパートのお守りだって。お揃いが嫌なわけじゃないけど、イヤリングも蕪も困るよね。そのあと、誰かからスポーツタオルをもらったんだ。まさにそこをマートルに見られて」

「・・・誰かじゃなくてスーザン・ボーンズよ。いい子なんだから、ちゃんとお礼ぐらい言いなさい」

 

ハンナ・アボットの隣で作業していたネビルが心配そうに振り返り振り返り、ドラゴン糞をハンナの鉢の分まで仕立てていた。

 

「ネビル、やっさしーぃ」

 

にしし、と笑って冷やかすとネビルが顔を赤くして「だって、心配じゃないか。きっとOWL前で追い詰められた気分なんだよ。僕だって」と抵抗する。

 

「大丈夫だって。2年前のフレッドもジョージも元気いっぱいだったでしょ? わたくしもハーマイオニーもパーバティもマダム・ポンフリーから元気いっぱいだって褒められたばっかりだし」

 

そう励ますと、ハーマイオニーが「ひっ」と喉を引き攣らせて「不吉な例を出さないで!」と喚いた。


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