**木場視点**
「そこだ!!」
右手で持った聖魔剣で防御ごと魔術師たちを切り裂く。
左手に持つのは双葉くんに送った『双葉』だ。真剣に作っただけあって、僕が今まで作った魔剣の中では最高の出来前だと自負している。
「負けてはいられないなっ!! はぁっ!!」
ゼノヴィアも負けじとデュランダルを振るいながら、校舎ごと魔術師を切り裂く。
あのね……魔王さまやミカエルさまたちが結界を張っていてももう少し遠慮というものをね。
双葉くんたちが転移した後カテレア・レヴィアタンから話されたクーデター計画。
サーゼクスさま、特にセラフォルーさまは堪えていた。セラフォルーさまの遠慮のなさは有名だけど、仲間や知り合いに優しいというのは聞いたことがある。
それに今の四大魔王様は当時最高の最上級悪魔たちの中から選んだと聞いている。逆恨みもいいところだ。あの当時の疲弊具合を考えれば、それでも戦おうとする旧魔王派が忌避されるのは当然だと思う。ただ、今の魔王さまたちが優しすぎた……。
そして時間停止が解除された僕らは魔術師たちを撃退してに出ているというわけだ。
サーゼクスさまたちは結界を維持しながら、魔術師たちの転送魔法陣を解析している。
さすがに僕らでもこの数は骨が折れる。
「くっ!」
「ゼノヴィア!!」
デュランダルを振るいすぎたのか、ゼノヴィアが態勢を崩した。
そこを魔術師たちが一斉に魔力弾を撃つが、その間に入ったイリナが『擬態の聖剣』を盾のように変化させてゼノヴィアを守った。
「やらせはしない!!」
僕は聖魔剣と『双葉』にオーラを纏わせ、剣戟を飛ばす。
ゼノヴィアは信じられないような目で振り向かないイリナに声をかけていた。
「なんで、助けたんだ? イリナ、私はキミを――――」
「私は! 私は……ミカエルさまから全部聞いたわ!」
泣いてるように叫ぶイリナとそれを驚くゼノヴィアの邪魔をさせないように、僕は足を動かしながら魔術師たちを切り刻んでいく。
離れた場所では朱乃さんと会長や副会長が一緒に戦っている。
そして学園の端ではロゼさんと暗黒騎士が空間を歪ませるほどの力をぶつけている。
あの二人だけレベルが違いすぎる。学園を覆った結界を壊さないか心配だけど、ロゼさんを信じよう。彼が暗黒騎士を抑えなければこちらが全滅する。
「確かに悲しかったけど、同時にホッとしたの。ゼノヴィアは理由があって悪魔になったんだって!」
「……やぶれかぶれさ、それよりもイリナのほうが凄いじゃないか。主への愛を忘れずに今も教会の刃としての職務を全うしている」
「確かに悪魔になったのはショックだったわ。けど、嬉しかったの。ミカエルさまが和平を申し込んだ時だって、私は……もう一度あなたと、友人と共に戦えるって思えて」
……彼女たちに思うところは多くある、けれど僕はそれをツッコむほど無粋じゃない。
それにゼノヴィアは今は仲間だ。彼女が友人と和解できるなら、僕はこいつらを押し止める……きっと、双葉くんだって同じことをしたさ。
「イリナ……私をまだ友と言ってくれるのか?」
「当たり前じゃない! 何年パートナーやってると思ってるのよ」
二人が固く握手をする姿を見て、少し嫉妬する。
僕だって双葉くんとあぁいうことをしたいのにな、ゼノヴィアとの訓練の時は少し強く当たろうと僕は思う。
不敵な笑みを浮かべる二人は、お互いの剣を構えながら魔術師たちの集団をなぎ倒しながら突き進む。
「ゼノヴィア!」
「分かっているっ!!」
なんて息があった連携なんだ。
何も言わずにお互いの死角をカバーしながら突き進む。なるほど、ゼノヴィアがあそこまで愚直に進む理由がよくわかった。イリナっていうパートナーがいたから無茶ができたんだ。
あの役目を受け継ぐのは僕かな? 双葉くんはどっちかというとゼノヴィア寄りの剣士だ。大変そうだ、あの二人の背を守るのは。
そんな時だった、凄まじい力が旧校舎から感じたのは。
「これは……イッセーくん!?」
慣れ親しんだオーラは彼のものだがその量がとんでもない。
木々が吹き飛び、舞い上がった土が軽く嵐を起こしている……まさか禁手に!? そういえばあの方向はアザゼルとカテレアがいる場所だ。
双葉くんがまた無茶しているのかもしれないな。
「……待っててくれ、今すぐこいつらを片付ける」
僕は力を込めて、目の前に今だ増え続ける魔術師たちを切り裂いた。
**三人称視点**
赤と白のニ天龍がぶつかり合うが、実力差は明確であった。
「弱いな」
「がはぁっ!?」
蹴られたイッセーの体が地面に激突する。
ヴァーリとイッセーは違いすぎた。能力面では互角だが、基礎的なスペックが違いすぎる。
魔王のひ孫である彼は悪魔特有の優れた身体能力に、魔王並みの魔力という反則的な組み合わせの上、他者の力を半減し自らの糧とする『白龍皇の光翼』だ。
基本的に接近戦をするイッセーにとっては苦手とする相手である上、いくら倍加してもその力がもぎ取られるという一種のループ状態になっている。
本来の『赤龍帝の鎧』ならば好きなタイミングで倍加を連続して出来るのだが、それを多用すればすぐにイッセーの禁手が解除される。
純粋にスタミナの違いだ。ヴァーリは魔力という予備タンクを持っているが、イッセーにそれがない。悪魔としてのスタミナではイッセーに軍配が上がるが、それ以上に魔力を消費して白龍皇の力を使えるヴァーリは有利だった。
『相棒、少し落ち着け! このままでは何も出来んぞ』
「……あぁ、だから考えた。ドライグ、左腕のアスカロンに力を譲渡だッ!!」
イッセーが地面を蹴り壊しながら宙に上がる。
ヴァーリは魔力弾の弾幕を撃つが、イッセーは構わずそこに突貫する。
鎧が砕け、血が吹き出ても突進するイッセーにヴァーリは少し驚く。
「面白い、だがそれでは俺にたどり着いても」
「一発ありゃいいんだよっ!!」
ヴァーリの目の前まで近づくとイッセーは左腕を打つ。
翼と同じ色のバリアを全面に展開するヴァーリ、普通ならばこのバリアを突破できずイッセーはヴァーリが準備している魔力弾になぶり殺されていただろう。
だがヴァーリの予想に反してバリアが紙くずのように貫かれ、ヴァーリの顔面を捉える。
「馬鹿なッ!?」
「ドライグゥウウウウウ!! コイツにありったけ譲渡だッ!!」
羽の付け根部分を握り潰すように握ったイッセーの言葉を受けて、ドライグは倍加した力をそこに注ぎ込む。
いくら『白龍皇の光翼』が半減した力を還元出来るとは言っても限界はある。余剰分の力を吐き出す機構があるのだが、今イッセーの掴んでいる部分がそれだ。
考えても見て欲しい。排出する部分の力を過剰に働かせればどうなるか。
確かにヴァーリの力は強大であり、今もイッセーの力を半減し糧としている。だが排出される部分が強化されれば、奪った力と吐き出す力の釣り合いが徐々に取れなくなる。
『ま、マズイ! このままでは神器の機能がオーバードライブする!? 離れろヴァーリ!!』
「遅いッ!!」
全身の宝玉がでたらめに発光し光を失う。
機能がオーバードライブし、停止した証だ。
イッセーは足を思いきりヴァーリに向かって蹴りだす。
ヴァーリは腕をクロスさせて受け止めようとするが、既にイッセーは『赤龍帝の鎧』の力で倍加し終わっている。
「ぐあっ!?」
クロスした腕の鎧が蹴り砕かれる。
そして左腕を振りかぶりながら腹部に鋭い一撃を放つと、ヴァーリの鎧が砕け散り校庭へと吹き飛ぶ。
アスカロンを受け取ったイッセーだったが、自分には剣の才能がないことは自覚している。だから双葉に言われたことを実践したのだ。
――――アスカロンのドラゴンスレイヤーの力に譲渡したらどうかな?
実際、先程ヴァーリのバリアを突破できたのもコレのおかげだ。
全身が鎧で包まれている赤と白の龍の禁手だが、厳密に言えばこの鎧はドラゴンの強靭な皮膚に当たる。そしてその鎧にドラゴンスレイヤーの力をぶつけたらどうなる? こうなるのだ。
『相棒、よくやったぞ!』
「まだだ、アイツはまだやれるはずだ」
校庭から再び光の柱が天に登る。
そして光が消えるとそこにいたのは無傷の『白龍皇の鎧』。
イッセーは知らないことであるが、この二つの鎧は持ち主が戦闘不能になるまで何度も修復ができる。
『マズイな、相棒。このままでは相棒の体力が尽きる……もう一度アスカロンを使おうにも奴にはもう対策されるぞ』
「分かってる、でもやらなきゃいけねえだろ!!」
イッセーは背中からオーラを出すと校庭で滞空しているヴァーリへと突っ込む。
何度も突っ込むイッセーにあきれていると思ったが、鎧の下にあるヴァーリの顔は今まで誰も見たことがないような笑みを浮かべている。
「撤回するよ、赤龍帝。お前は面白いッ! 俺の宿敵にふさわしい男だ!」
「言ってろぉおおおおおっ!!」
ぶつかり合う二人の力は、今や互角だった。
先ほどのダメージと神器の不調のせいでヴァーリが本来の実力を出せていないが、イッセーの力が徐々に上がっているのも要因の一つだった。
殴られれば殴り返し、蹴られれば蹴り返し、半減されれば倍加し返す。まるでじゃんけんであいこを連続しているような戦いである。
ヴァーリの頭部の鎧が砕け散り、狂気の笑みをしながらイッセーに言う。
「そうさ!! 俺はこんな戦いを心待ちにしていた!! 赤龍帝、いいや兵藤一誠!! 君は最高だ!!」
「黙ってろ! 俺は今一番胸糞悪いんだよ!! 双葉のことペラペラと!」
イッセーとヴァーリが手をつかみ合いながら、地上に降り力比べをする。
『Boost!』
『Divide!』
『Boost! Boost!』
『Divide! Divide!』
『Boost! Boost! Boost!』
『Divide! Divide! Divide!』
神器同士も戦い合っていた。
二人の赤と白のオーラが混ざり合い、巨大なドラゴンのような影を作り出す。
その様子に校庭で戦っていた木場たちや、魔術師たちも息を呑む。
しかし我慢できずに二人に攻撃しようとするものがいたが、オーラがその攻撃を打ち消し、赤と白が混ざり合ったオーラ弾とも形容するものが攻撃したものを自動迎撃するので、誰もが二人の戦いを見守っていた。
いや、二人だけその戦いに割って入ったものがいる。
ロゼと暗黒騎士である。
二人は肩で息をしながら剣を打ち合わせる。
ロゼは二本の双剣を一つに纏めた『銀牙銀狼剣』で、呀のポールアックス状の武器『暗黒斬』を受け止めていた。
力では呀が圧倒しているが、剣技とスピードはロゼに軍配が上がっているし、ロゼの戦い方は見事の一言であった。
熟練した剣技は呀の攻撃をいなし、わずかな隙を見つけては呀の鎧にダメージを与えていた。
「馬鹿な……ロゼ!!」
「悪いな、俺、これでも修行熱心なんだよね」
呀の懇親の振り下ろしを受け止めその攻撃を弾いたロゼは、その力を利用して二刀の双剣に持ち替え、呀の体をバツの字で切り裂く。
鎧の破片が飛び散り、呀の口から血が出る。
「う、うぉおおおっ!!」
「なっ!?」
トドメを刺そうとしたロゼは、突如呀の足元から発生した茨のような物に剣が阻まれた。
ロゼは無理に切ろうとせずに距離を空ける。長い間戦った経験からくる危機回避能力だった。
次の瞬間、全身を烈火炎装で身を燃やした呀が飛び出し、いつの間にか持ち替えていた『黒炎剣』をロゼに向かって振るう。
「くっ!? なんなんだ! お前は!」
「我が名は呀! あの時もそう言ったはずだ」
呀の剣は避けるロゼだが、呀の空を斬ったはずの剣撃の軌跡が空間に固定されているように烈火炎装の炎をその場に留めている。
ロゼは避けようとするが後ろを見て受け止める姿勢を取る。
そこでは戦いを見守る木場たちがいたからだ。万が一避けて彼らに当たれば問答無用で死ぬ。
『ロゼ!』
「わーってる!!」
ロゼは再び、双剣を接合するとライターの火を薙刀状になった自身の剣を炙るように刀身の根本から先端までを魔導火を纏わせる。
ライターを閉めたロゼは、剣を眼前に構えると気合を入れるように全身を震わせる。
すると全身から魔導火が噴き出し、蒼い炎がロゼの鎧を染める。
「終わらせるぞ!」
呀は拳を突き出し、空中に固定した魔導火の斬撃に触れた。
すると斬撃が意思を持ったかのようにロゼに向かって放たれた。
ロゼは息を吐きながら、着弾する寸前のその炎の刃と打ち合うように剣を振るう。禍々しい赤い炎と透き通るような蒼い火がぶつかり合う。
閃光が校庭を覆い尽くした時だった。黄金の光がすべての光を塗りつぶした。
****
「……俺は、俺は」
双葉は膝を付きながら、自問自答をしていた。
意識が現実にないのは理解しているが、それよりもヴァーリに言われた自分自身の本当の名前を聞いた時、記憶が溢れるのを感じていた。
そして悟ったのだ、自分が兵藤一誠の弟ではなくただの赤の他人であったという事実に。
兵藤双葉は弱い人間ではないが、記憶を失って初めて自分に親身になっていたイッセーに双葉は自分で思う以上に依存していた。
言うなれば、兵藤一誠の弟というアイデンティティで生きていたようなものだ。
かつて双葉はアーシアとゼノヴィアが神の不在を知って、崩れ落ちた時のような状態になっている。
人の心は脆い、いくら黄金騎士を纏えるほど心が強い双葉であっても例外ではない。それどころか自身の半生を支えてきた心の柱をへし折られたのだ、復帰しろと言う方が無理だ。
「……」
双葉は目を閉じ、何も聞きたくないのか、耳も塞いでしまう。
聞こえるのだ、自分を必死に呼びかけるリアスやその眷属たちの声が。
だが、今の双葉はそれに答えるほどの気力は残ってはない、むしろ話したくないのだ。
「嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!! 起きたくない!! 見たくない!! そっとしていてくれよ!! なんで……なんで俺は牙狼なんだ」
涙を流しながら、双葉はずっと心の奥底に溜まっていた不満を言う。
覚悟を決めたはずだった双葉だったが、思い出される記憶のせいでその覚悟が揺らぎ始めていた。
思い出してしまったと言ったほうがいいか。自分の父親が殺され、母親が自分をかばって死んだという事実に恐怖してしまったのだ。
牙狼なんてものがあったから、アイツに……暗黒騎士に両親が殺された。忘れていた、いや両親が忘れさせてくれた双葉のトラウマが蘇っていた。
アーシアが、小猫が、朱乃が死んでいく様子が何故か鮮明に思い浮かぶ双葉は頭を抱えて泣き叫ぶ。
思い出す記憶と今までの恐怖が双葉の頭を混乱させていたのだ。もちろんヴァーリはそんなことは思っていないが、双葉はすっかり戦う気力を失っていた。
そんな双葉の直ぐ側で金色の輝きが集まり、一人の英霊牙狼を形成していた。
「すっかりと萎縮しているな」
「……」
双葉はうつろな目で声のした方向に目を向ける。
英霊牙狼は双葉を鋭い眼光で双葉を見下ろすが、その瞳は優しかった。
英霊牙狼の姿が変化し、まるで武士の大鎧に似たような姿に変わる。
双葉は自然と、その姿に見惚れていた。力強く立つその姿は武士そのもの。全身から感じる英霊牙狼の雰囲気は騎士として大成した証なのだろうか。
「何故、起きない。仲間たちが待っているぞ」
「……もう、嫌なんです。俺は牙狼に相応しくない」
「相応しくない、か。それは牙狼が決める」
英霊牙狼の言葉に驚いた双葉だが、英霊牙狼は前を向きながら話す。
「お前がそう思っていても、牙狼がお前と共にいるうちはお前は黄金騎士だ」
「……何故、あなたはそこまで真っ直ぐに前を見れるんですか」
双葉は俯いて、英霊牙狼に質問する。
「俺はそうするしかなかった。お前はどうする? 仲間にも言っていたな、お前はどうしたい、と」
「……俺は、ッ」
牙狼をやめたい、という言葉が何故か双葉の口から出ることはなかった。
震える体に喝を入れて、双葉は立ち上がった。
その瞳は、先程までの恐怖の色がなかった。双葉は思い出していた、怯えながらも自分の力と向き合う者達の姿が。
彼らが出来たのにそれを言った双葉が出来ないわけがない。
「やっと前を向いたな」
「……俺は、まだ怖いです。怖くてたまらないッ! 自分のことも、父さんたちのことも、これから起きることも」
素直に心情を吐露する双葉の肩に、英霊牙狼は優しく手を置いた。
「怖くて当然だ、恐怖を感じるのが心だ。だがそれを押し殺し、誰かのために剣を振るうのが魔戒騎士の務めだ」
諭す声は厳しい、だが双葉を見る牙狼の瞳はまるで年老いた祖父が孫にかけるような優しみがあった。
英霊牙狼というのはいわば魂だ。
天寿を全うするものもいれば、心半ばでその身を盾にし誰かを守るために散るものもいる。だが、魔戒騎士は繋ぐ力こそが本物。
言い換えれば親が子に託す想いこそ、魔戒騎士の力だ。
それは世代を、血を、立場さえも超えて受け継がれていく騎士たちの想い。
「……悩め、今代の黄金騎士よ。悩み続けて、そして答えを見つけろ」
英霊牙狼の姿が薄くなっていく。
双葉は手で目に貯まる涙を拭う。その顔はもう迷っていた子供の顔ではなかった、一人の魔界騎士がそこにいた。
その顔を見た英霊牙狼は鎧を外し、生前の顔を見せた。
端正な顔で子供のように笑いながら、彼は去っていった。
「……さぁ、行くか」
『ようやく起きたか? 双葉』
いつの間にか双葉の左手にはザルバが嵌められていた。
双葉は苦笑しながらザルバを撫でる。
「少しはお前も喋れよ」
『お前さんが俺を拒否してたんだろうが、メソメソとガキみたいに泣きやがって。あのハーフヴァンパイアを笑えねえぞ』
「違いない……てか、双葉って名前で呼んだな、ようやく」
双葉は苦笑しつつ周りを見る。
真っ白な空間に、何か文字のようなものが流れている。
『内なる魔界だな、本来ならば試練を受けるためにお前さん自身が潜るはずなんだが、精神的なショックでここに飛ばされたな』
「そっか……なぁ、ザルバ、お前は俺が先代の息子だって知ってたのか?」
双葉は達観したような表情でザルバを見るが、ザルバはそれを否定する。
『いいや、俺の記憶に一部が欠けている。具体的に言えばお前さんの両親の記憶がすっぱりない。牙狼としては覚えているんだがな、生活してた記憶が全く無い』
「……だろうな、また隠してるのかと思ったぜ」
双葉は隠し事が好きな相棒のことが嫌いだ。
だけど、ちょくちょく言ってくれることは全て双葉のことを思ってのことなのは理解している。
ほんの少しだけ意地悪なだけだ、と双葉は自分の心の中でザルバの評価を変えた。
「で、どうすりゃ出れる?」
『お前さんの心の中だ、お前さんが出ようと思えば出れる』
双葉は目を閉じて願った。
何度も何度も逃げ出そうとした、何度も何度も覚悟した、何度も何度も傷ついた。
今回もそうだ、無様に逃げ出そうとして、皆に心配をかけた。
きっと目を覚ませば皆に泣かれることは明白だ。
でも、立ち上がる。
何度だって双葉は立ち上がる。
体が傷ついても、心が折られても、例えこの魂が消えさりかけても兵藤双葉という人間は何度も立ち上がる。
「……行くぞ」
フッと双葉の体が消える。
双葉が消えた後、黄金の粒子が集まり再び英霊牙狼を形作る。
その瞳の色は黒だった。
**双葉視点**
目が覚めたら泣き顔がそこにあった。
「アー、シア……?」
「双葉さんッ!!」
胸に泣きながら飛び込んできたアーシアを抱きしめる。
辺りを見回すとものすごい力のぶつかり合いを感じる……戦いは終わってないらしい。
そう気づいた俺は立ち上がろうとして、全員から止められる。
「駄目よ、今度ばかりは絶対にあなたを戦わせることが出来ない」
俺の体を抱きしめていた柔らかい感触はリアス先輩だったのか……。
周りを見れば師匠も真顔で「行くな」と表情に表していた。
……でも、行かなくちゃ。
腕が千切れないようにギリギリのラインで魔力を体に回す。
胸に抱きついていたアーシアの悲痛な表情が俺を刺す。
「行かないで、行かないでください!! 双葉さんが壊れちゃいます、私は体の傷だけです。心の傷までは治せないんですッ!!」
「……アーシア、ごめん。いっつも泣かせて、でも行かなきゃ」
イチ兄が戦ってる。
いや、一誠さんが戦っているんだ。
あの人は俺を本当の弟として俺と一緒に生活してくれた。
その人が戦っているなら、俺はそこに行かないといけない。
「駄目、行っちゃ駄目よ、双牙くんッ!!」
「……朱乃……ちゃん」
昔のように呼ぶと、朱乃先輩は目に溜めた涙を溢れさせながら俺の頭を抱きしめる。
ごめん、ごめんね、辛かったよね、一人ぼっちにしてしまってごめん、だけどね。
「行かなきゃ……」
「どうしてッ! どうしてなのッ!! いっつも無茶して! 怪我して! 心までグチャグチャになって!! どうして戦うの! あなたにとって私たちは大事じゃないのッ!?」
悲痛な叫びが俺の胸を穿つ。
……大事じゃないわけがない。でも今は、いや今も踏ん張り続けるんだ。
強がりでもいい、虚勢でもいい、それでも俺は父さんからこの力を受け継いだ――――黄金騎士なんだ。
「離してやってくれないか」
「アザゼルッ!?」
バツ悪そうにコチラに歩いてきたのはアザゼル『おじさん』だった。
……ごめん、おじさん、いっつも無茶に付き合ってもらっちゃって。
「こいつは黄金騎士なんだ」
「それが、それがなんなの!! この人は双牙くんなの!! 黄金騎士じゃない、私の大事な人よ!! これ以上彼を巻き込まないでッ! もう十分苦しんだのに、なんでなの……なんで双牙くんばかり……」
嗚咽を抑えずに俺に縋り付くように泣く朱乃ちゃん……いいや、朱乃先輩に申し訳なく思う。
ずっと寂しい思いもさせたのに、無茶した俺を止めようと必死に泣いてくれる。
――――だけどね、朱乃先輩。俺はもう魔戒騎士なんだ。
「俺はばっかりじゃないですよ、朱乃先輩」
その名で呼ぶと傷ついたように表情を引きつらせる朱乃先輩を強引に引き剥がす。
……最低だな、俺。この人は俺のために泣いてくれてるのに。
「双牙、くん……」
「俺は双牙じゃありません、俺は兵藤双葉です」
胸の痛みを堪えながら、皆の拘束を引き剥がしていく。
そして立ち上がり、俺は魔戒剣を抜き放つ。
「ふ、双葉さん」
「悪い、ギャー助。俺は思うほど強い人間じゃねえんだわ。お前とおんなじ、自分の力が怖くて怖くてたまらない、ただの弱い人間だ」
自分でも無理矢理に笑っているのがわかるほど俺の顔は引き攣っている。
手に持つ魔戒剣は重い。
そりゃそうか……両親を殺した奴が目の前で戦っているんだ。
今すぐにでも逃げ出したい。
「マスター、下がってくれ!! 君が戦うなら私が――――」
「……双葉くん!」
師匠の声に俺は振り向く。
その顔は先ほどと打って変わって、「行くな」ではなくむしろ「行って来い」とも取れる顔だった。
師匠はゼノヴィアや皆を抑えながらこう続けた。
「行って、キミ自身の闇を切り払ってくるんだ」
「祐斗ッ!? 駄目よ、双葉、やめなさいっ! お願いだから」
師匠の言葉に後押しされて、俺は魔戒剣を天に掲げ円を作る。
『双葉ッ!!』
皆の制止の声が聞こえる。
ごめんなさい、あとで幾らでも聞きます。
でも今は行かせてください……必ず戻ってきます。
次の瞬間、黄金の輝きが俺の体を包み込み、この場に広がった。
◯英霊牙狼・陣
アニメ版牙狼第二作品目『牙狼 紅蓮ノ月』の主人公、雷吼が纏う牙狼の強化形態。ちなみに実写とアニメで強化形態を継続して使えた二人目の牙狼の使い手でもある。今回は心が折れた双葉を再び立ち上がらせるため自ら出て来た。賛否両論な『紅蓮ノ月』だが作者自身は結構好きです、OPはJAM Project各メンバーが歌うバージョンもあるのでCDを、買おう!(ダイマ)
◯内なる魔界
原作では百体のホラーを倒した騎士がある力を受け取るため試練を受ける場所であるが、場合によっては英霊たちが呼ぶ場合もある。今作品では神器の内部のような扱いであるが、原作のように出された試練をクリアできればアレが手に入る。
自分でも思う、こいつ自殺志願者かなにかなのかと。
でも俺の中で主人公ってのは泣いても叫んでも苦しんでもそれでも歩き続ける人物だからね、しょうがないね。恨むなら型月作品に触れてしまった我が身(作者)を呪え。
すっごい未熟な騎士、正直レオンなんか比べ物にならないくらいメンタルは最弱だと思います。でも立ち上がらせる、だって黄金騎士ってそういうものだと小さいころ、初めて牙狼を見た自分は思ってます。恨むなら(ry)
次回、金色と時々おっぱいと尻……なんだこのタイトルはたまげたなぁ。