機嫌がいいのか、ただ単に楽しいだけか。
頭を左右に振りながら、鼻歌が聞こえて来る。
「よし、折れてないな……」
なんたることか、姫さんにかなりの時間引っ張られてきたからか、反射的に自分の無事を確認していた。
右腕は一部が赤くなっていたが、腫れている様子はない。
これなら平気だな。
「ヒメが力の加減を間違えるわけがなかろう」
俺がなにをしているのかわかったのだろう。姫さんの横を歩くほたるが、こちらを見ずに言ってくる。
「まあ、だよね。周りに生徒がいるときでさえ、大怪我させないように力をふるえるわけだし?」
「たまーに、みんな飛んでいっちゃうけどね」
ハハハ、こわいことをさらっと言わないでもらえます?
姫さんと俺たち生徒の模擬戦のことを言っているのかな。うちでは、姫さんが生徒を鍛えてる機会がある。構図的には、俺たち生徒五十人対姫さん一人ってところか。
出たことないからよく知らないけど。
前は天河杯と銘打って生徒と首席の座までかけて戦ったりもしていたんだが、最近は生徒を鍛える会に変わっているらしい。
天河杯の頃は俺も毎回のように参加していた覚えがあるが……。
「今度、機会があったら出てみるのもいいかもな。いや、ほんとに機会があったらね? そんなに目をキラキラと光らされても困るから」
姫さんは強い人を気に入る傾向にはあるけど、私戦えませんから。
あなたと一騎打ちとかしたら試合にならないからね?
「いいじゃないか。ヒメが相手をしてくれることなど、滅多にないぞ」
「相手をしてもらえればいいってものじゃないだろ? 生き残ってなんぼの世界で、特訓で死ににいかないといけない理由がない」
「特訓を甘く見るな。ヒメとの特訓なら、得るものは大いにある」
あるかなー……。一度だけ見たことがあるが、まったく相手になってなかったし、二十人程度なら三十秒もあれば仕留めてませんでしたっけ。
「なんで俺なんかに固執するんだよ」
「うーん、うちはみんなで協調性高めて、全員で勝とうって感じでしょ? だから、みゆちんにも協力的になってほしいかなって」
「つまり、現状の俺に納得がいかないと?」
「そんなことないよ! でも、あともうちょっとだけ周りと連携が取れたら、いまよりもっと戦いやすいでしょ?」
一理ある。
だが、俺の<世界>は協力者を必要としない。
周りに仲間がいたとしても、果たして俺は満足に戦えるのだろうか? 答えは否である。人がいようといまいと、俺は満足には戦えない。
「連携が取れたとしても、その連携先が俺では、みんな安心して戦えないだろ。誰だって、戦う気のない人間に背中は任せられないよ」
「本当に戦う気がないなら、そうかもね」
それだけ言い残し、姫さんは弁当を買いに行ってしまった。
ほたるも、彼女について行くらしい。
「……本当に戦う気がないなら、か」
戦いたいとは思わない。同時に、戦うしかないことを知っている。でも、戦えば必ず負傷者は出る。一人の犠牲もなく勝てるほど、敵は弱くない。
「守るしかない。失いたくない日々があるなら、なにが一番かはわかっているはずなのにな」
できないことをできるとは言えないけれど、できることだけは、それなりにできると言い続けてきた俺だ。
「でもきっと、俺に背中を預ける奴は現れない」
俺はいまも、一人で後方に立つことしかできないままだ。
チームメイトとして後輩が二人いるが、いざ戦おうというときは近くにいないしな。
「ったく、考え出すと暗くなるのは俺の欠点だな。もっと自由に羽ばたいて行けたなら、気楽に生きれたものを」
横目に、二人の少女が袋を持ってくるのを眺める。
仲の良さそうな、姉妹のようで、友人のようで。あんな関係に、いっときは憧れたときもあったのだろうか?
これだから、人と関わるのは難しい……。
「もう買い物は済んだのか?」
「うん、ばっちり!」
「おまえのぶんも買っておいた。移動中に食べろ」
ほたるが持っていた袋をひとつ、俺に投げてよこす。
「そりゃどうも。朝からなんも食ってないからね。助かるよ」
「じゃあ、行こうか。もしかしたら、みんなもう待ってるかもしれないしね」
「ヒメ、それは十中八九ないと思うが。まあ、早めに行動して損はないからな。さすがヒメだ」
三都市の代表が集まるわけだし、うちの都市で話し合いがなされるわけないか。
三人して車両に乗り込み、目的地へと着くのを待つ。
向かい合わせの席に、前にヒメとほたるが。
反対側に俺が。他に乗る生徒はいないらしく、三人で貸切のようだ。
「で、完全に流れと勢いで連れてこられた俺は、向こうについたらなにをしていればいいんだ? 例にもよって、二人の横で発言させるために拉致ったわけじゃないんだろ?」
「拉致じゃないってば!」
「そうだな。天羽が自主的についてきてくれただけだ。ヒメは悪くない」
そうですね、僕が自主的についてきたんですね了解です。
なぜだろう、まるで納得いかないけど、納得しないと話が先に進まないような気がして頷いちゃったよ……。
「天羽は目的地に着きしだい、いつものように振舞ってくれればそれでいい。ついでに、各都市の代表たちと世間話のひとつでもしてこい。全員おかしな連中だからな。おまえとは話が合うだろうさ」
「ちょっと? ナチュラルに人を変人呼ばわりするのやめてもらえない? 噂に聞く東京のトップと同レベルとか、俺どうしたらいいよ」
「どうもするな」
バッサリかよ……対応厳しすぎるよ。
姫さんは姫さんで会話に入ってこないと思ったら弁当頬張ってるし……。よくこんなのでうちの都市って運営できてるよなってつくづく感心するわ。
「ほうふぐふぉうかふぁ、んぐ、はあふはえたふぉうがふぃんよ」
「…………なんだって?」
「もうすぐ着くから、早く食べろと言っている」
「さすがだな、ほたるは。俺なに言われてるのかさっぱりわからなかったぞ」
口の中に大量の食物を詰め込んで話しているんだ。
一応ほたるに聞いたら答えが返ってくるのだから、驚いた。
「この程度、四天王なら誰でも答えられるぞ」
「おまえらやっぱり変態集団だろ。特に二人ほど、ただのストーカーと盗撮だし……姫さんが純粋だからいいものの、ばれたらどうなることやら」
最悪、神奈川が吹き飛ぶまである。
「安心しろ。いくら相手がヒメと言っても、奴らがバレるような半端な仕事をするはずがない。私ほど、とまではいかなくても、相応以上の能力を持っているからな」
そこほめるところ違うし。
なにより問題なのは、バレないからやっても大丈夫ってところだろ。
裏で写真とか売られてそうだな、ほたるは。
「真剣でいいと捉えるべきか、ただのど変態ですね、と無慈悲であるべきか……おまえらの扱いには毎度、気が滅入るよ」
この後、ヒメを交えて三人で話をしながら、俺たちは目的地へと着くことになる。
たぶん。いや、絶対に。
この先にいるのは、うちの二人に負けないほどの、問題児たちなのだろう。
「はあ……」
出会う前から、ため息が漏れては消えていった。
次回は他の都市の方々と対面する感じになりそうです。
では、また次回で!