引っ越しました……引っ越したのです。そのせいか色々書くのが遅れましたが、なんとか一話更新です。疲れたので番外編を書きたいと思ったクオリディアですが、本編を進めないといけないので短めですが本編を。
実に3ヶ月ぶりの更新なんですね。
ただでさえ少ないクオリディアの作品の更新を止めないためにも頑張ります。
鈴の音を鳴らす、左右に括られた銀色の髪。
特殊な、制服の要素が取り入れられた巫女服を身にまとう少女が、握っている刀の切っ先を俺に突きつけたまま、ひとつため息を吐く。
「み、自由さーん……」
コウスケが少し離れた位置から心配そうな声を送ってくるが、横目でその姿を確認するのが精一杯だ。下手に動けば、瞬時に俺の首が胴体から落ちるのは想像に難くない。僅かに触れている刀に震えはなく、瞳を閉じたままの彼女には一切の焦りが見られない。
まず間違いなく、なにかあれば即座に俺を殺せるだろう。
けれど、ひとつ疑問があるとすれば……。
「月夜、おまえどうしてこんな前線にまで出てきているんだよ」
普段ならありえない行動だ。いてはならない相手だ。三都市合同作戦のときに引っ張り出せたのがおかしいと実感できている程度には、ないと判断していた光景なんだ……。
まずはどうにか、目の前の脅威から避難したいところではあるんだが。
コウスケが俺を連れて行こうとしても、月夜が斬る方が速い。
一度でも刀を鞘に戻されてしまえば、俺の眼でも追いきれない速度の刃が来る。
「眼目も厄介だが、それ以上に手詰まりだぞ、くそったれ」
隙と呼べる隙もなく、静かで冷たい殺気だけが向けられ続けている。なのに握る刀を鞘に戻すことも、斬りに来ないのはなんでだ?
遊んでいるなんてありえない。
こいつに至っては、行動理念が関心か無関心の二択に限られる。決して、無駄に行動を起こそうとはしないのだ。自分の思うがままに、もしくは誰かのために。
生かされているのか? それならばなぜ?
「はあ……私、がっかりです」
唐突に、ため息と共に刀が視界から消える。
来るか!?
一歩でも多く距離を取ろうと上体を後方に投げ出し、尻もちをつく形で数歩ぶんの間隔を月夜との間に空けれたが、正直、どこも斬られていない自信はまるでなかった。
数瞬後には痛みもしくは部分的に落ちるものかと緊張を張り巡らせていたが、そこでひとつの違和感に気づいた。
「納刀、されていない?」
月夜が握る刀は鞘に納まることなく下げられている。
つまり、彼女が最も得意とする抜刀に繋げるつもりも、そもそもこちらに刃を振るったわけでもないということだ。ならばどうして武器を構えないのか……。
「さて、いつまで倒れているつもりですか?」
「は?」
これまで独り言めいた発言しかしてこなかった月夜が、初めてこちらを見て口を開いた。
「私、目は見えませんが、代わりに耳がいいんです」
なにを言い出したのかと、ついコウスケと目を合わせる。あいつもよくわかっていないみたいで首を傾げていた。
確認するように月夜へと視線を向けるが、その表情は少しばかり不満そうに映る。
「もしかして……本当に?」
確かに月夜の耳は異常な程に発達している。それこそ、千種の<世界>をそのまま再現したかのようなレベルで。けれど果たして可能なのだろうか? 本来なら<世界>すらも騙す<アンノウン>の世界改変が月夜にも効いているはずだというのに、俺やコウスケの見ている世界を同じように感じるなんてことが。
「疑問を浮かべていますね? 心拍数が僅かに上がりましたよ」
「――……マジかよ。最高の展開じゃねえかよ、おい」
「はて? 私の元に一番に来ない誰かさんなんて知りません、手も貸しません。むしろここで一度斬っておいた方がいいですか?」
「待て待て待て! おまえ会話できてる相手を斬り捨てるつもりか!? しかもこんなに弱ってる相手に対してなんということを!」
やると言ったらやるのが月夜。
会話が成立してもどういう理由か拗ねてるようだし、俺に生存権があるかは微妙だ……先ほどまでの会話すら成り立たない状況からすればだいぶ改善されているものの、いまだ危機が去ったわけじゃない。
「ふふっ……」
――なんてわけじゃなさそうだ。
慌てていたせいで見落としていたが、月夜の表情は明るく、そして僅かに笑みが浮かんでいる。
「どうやら私、他の人たちと違って世界に対する影響をあまり受けないみたいです。最初から見えている世界が違うからなのか、それとも特異体質か……不思議なことですが、事実です」
えっへん、とでも言うかのように胸を張りながら語る彼女は、得意気に腕を突き出し、ウサギの形を作りながら宣言した。
ああ、こうして接していると安心する。
今日は一日、戦いっぱなしだったからな……辛くて、醜くて、緊張しっぱなしで……舞姫を取り戻してからも張り詰めてたからか、嫌でも気が抜ける。
「み、みゆさーん……?」
「だいじょうぶだ、コウスケ。月夜には俺たちが正常に認識できているみたいだから、敵対意識はないよ」
「ほ、ほんとっすか? そうやって安心させた隙にってことは……」
「ない。月夜は初撃決殺はしても下手な嘘からの騙し討ちは得意じゃないし、無駄に回る頭は推理なんかに使ってるから、そうした面においては俺の知っている中では最も安全な奴だよ」
「ほほう」
コウスケが納得しいてる横で、チャキリ、と音が鳴らされる。
「自由さん、少々お話しましょうか? 信頼はともかくとしても、言い方に悪意があります。それと、あなたも勝手に納得しないでください。斬りますよ?」
「す、すいません!」
「なに謝ってやがるんですか? いえ、謝らない自由さんよりはマシですけど」
うーん、これは面倒なことになった。
「あまり拗ねないでもらえますかね」
「拗ねてないです」
「いや、どう見ても拗ねて――」
「ないです。斬りますよこの野郎」
「……やっぱり拗ねて」
「うるさいですね。やっぱり斬ります!」
じゃれるのも長いことなかったから、どこか懐かしい。
「あーはいはい、かわいい、かわいい」
「勝手に撫でるなぁっ!」
よし、このまま相手して、発言についてはどうにか誤魔化そう。
早く舞姫が戻って来ることを期待するしかないか……。それはそれで、一波乱ありそうなんだけど。
これまでの疲労もあり座り込んだ俺とコウスケとは違い、月夜は一人立ったまま、その手はなぜか、刀の柄を握っていた。
「面倒ですね……」
瞬間、いくつもの斬撃が俺とコウスケを襲った――。