最初に言っておきたいことがある! そう、この話は番外編なのだ!
いや、すまない。前回あんな引きだったのにいきなり番外編で悪いかなとは思ってけど、ちょっとたまには平和な日常が恋しくなったんですはい……。
というわけで、息抜き入れてから本編に帰ります。
では、どうぞ。
「お菓子をくれたらいたずらするよ! お菓子をくれないと最前線に配備するよ?」
「……」
「あれ? 聞こえてないかな? お菓子をくれたらいたずらするよ! お菓子をくれないと――」
「いや、聞こえている」
待て、意味がわからん。
なぜ執務室に入った途端にそんなことを言われなければならない? それ以前に、選択肢を与えているというよりは割と脅しに近い物言いなのはどうなのだろう。
「みゆちーん、お菓子〜」
「はいはい、お菓子ね、お菓子。後でなんか買いに行ってやるから一緒に来い」
「わーい、やったー!」
上機嫌で跳ねる姫さん。それはいい。先ほどの言葉もどうせ誰かが誤って教えたものだろう。ハロウィンも先月に終えてるし、誰かなど最早犯人を特定するまでもなく解決。
けれど、これはいったいどうしたことか。
姫さんの機嫌に合わせて、彼女の頭部でピコピコと動くふたつのもの。
髪と同化したようにしか見えないそれは、頭頂に生えていると言っても差し支えなさそうだ。
「さて、なにがどうなってんだ?」
状況を整理すると、姫さんの服装がそもそも違う。
普段から羽織っているはずの外套は見当たらず、そもそも制服を着ていない。特注で頼んだのか探してきたのかは不明だが、魔女に寄せた装いをしている。
前に眼目が話していたコスプレというやつだろうか?
そんで10月終わりと来れば、姫さんの考えそうなことだ。想定の範囲内。
では、いったいあれはなんだ? という疑問に結局戻ってしまう。仮装だろうとなんだろうとあれは再現できないだろ。あの――犬の耳は!
「な、なあ……姫さん?」
「ん? どーしたのみゆちん」
振り向いた姫さんの頭部を見ていれば、やはり彼女の動向にそって動いているように見える。
「いや、その犬耳? はいったいどうしたんだ?」
「これ? これはねぇ」
自分の頭部に手をやり、犬耳を触る姫さん。しばらく犬耳を弄っていたが、唐突に口を開き、
「不思議だよね!」
まさかの理解してない発言をしてくれやがった。
「おいおいおいおいおい、まさか自分の身に起きてる異常を把握できてないわけじゃないよな? 理由くらいはわかってんだろ!?」
姫さんの顔を見ると、きょとんとしてから一転。普段から見せるような笑顔になる。
「<世界>だよ、みゆちん! 面白い子がいてね、自分の見てみたい人の姿を実態化できるんだって」
「見てみたい姿にできる、ねぇ……」
さて、もう一度姫さんの姿を確認してみようか。
獣耳の生えた頭頂部。
それからよく見ると背後で髪色と同一色の尻尾が揺れているのがわかった。
なるほどなるほど。どうやら俺は、まだ<世界>のことを舐めていたらしい。よくよく考えれば、溶接がうまくできるなんて<世界>もあるほどだ。己の欲望を満たすタイプの<世界>があったところで、なんら不思議ではない。けれど、何事にも問題はつきものである。
「なあ、姫さん」
「なぁに、みゆちん」
彼女の話を聞いてから、どうしても気になっていることがある。問題だ、大問題なのだ。
「その<世界>を扱う人って、男子? 女子?」
「み、みゆちん? いきなりどうしたの? あの、えっと……お、男の子だったけど?」
それがなに? みたいな様子で聞いてくる姫さん。
ああ、なんてことだ。
「念のために聞くけど、その姿にされたとき、鼻息が荒くなったりカメラを向けられたり、興奮してなかったよな?」
「あー……なんかいきなり興奮して服脱ぎ出したくらいかな? なんかすっごい感謝されてそこらじゅう飛び回ってお外走ってくるとか言って飛び出しちゃったよ」
「なんてこったよ。その現場にほたるたちは?」
「もちろんいたよ」
もちろんですかい。あーあ、その男子生徒も運がない。まさか四天王が揃っている前で姫さんに手を出すとは。ああ、泣けてくる。今回はその男の自業自得ではあるのだが、それにしたって、よく四天王の前でやったもんだ。
「いまどき命知らずなアホもいるんだな」
「どういうこと?」
耳も尻尾も動かしながら、見た目完全犬の姫さんが困惑したような表情を浮かべる。
どうみても飼い主にえさを前にして待てと指示を出されている飼い犬なのだが、まあそこはいい、質問に答えるとするか。
「みんながみんな、手を出しちゃいけない相手をわかってるわけじゃないんだなって。姫さんに<世界>が作用してから、すぐに四天王の変態どもはどこかに行くとか言わなかったか?」
「みゆちんすごい! なんでわかったの!?」
はっはーん。こいつはマジなやつですわ。前に一度本気で神奈川中追いかけ回された俺にはわかるぞ。あいつら捕まえてしばき倒すまでは地獄だろうと追ってくるからな。もっとも、俺のときはあいつらの勘違いから生まれた悲劇なんだけどね! 月夜に匿ってもらえてなかったら危なかったぞ本当に。
「わかるもなにも、姫さんの周辺や姫さん自身のことはだいたい把握してるっての――って、なんでもない」
「えへへー」
姫さんの尻尾が激しく左右に振られる。ったく、しかもいい笑顔しやがってこの娘は。態度で全部丸わかりなんだよなぁ。ああくそ、つい口が滑った!
「ねえねえ、みゆちん」
「…………あんだよ」
「私、そろそろお菓子が欲しいなって」
腕に引っ付いてきた姫さんが、犬が散歩したいがために自らリードを持ってくるかのように俺を引っ張り出す。<世界>を使っている感覚はなく、俺を連れて行こうとする彼女はただの少女そのもののようだ。
「へいへい、行きますか」
なんて、俺の感想なんて関係ないのはよく知っている。なにかを言って止まってくれるわけでもない。
なにより、こちらから誘ったものを反故するなど、今頃捕まっているに違いない男子生徒の二の舞になりかねないことを誰がするものか。
「鬼に追われたくはないねぇ。そら、行こうか姫さん」
「はーい! よし、みゆちんに今日1日私の飼い主の権利をあげよう!」
「いりません」
「ひどい!?」
「いやいやいや、俺に間接的に死ねと言ってくる姫さんの方こそひどいでしょ?」
「言ってないよ!?」
わけわからない! と言わんばかりに騒ぐ姫さんだが、俺にしかわからないだろうな。目の前で小さな体を精一杯伸ばして抗議してくる彼女を飼うなど、どちらが言い出したかなど関係なく即座に斬って捨てられるだろう。
「ほんと、怖いな……がんばれよ、名も知らない男子生徒」
自分の欲を出しすぎたのがいけなかったな。ついでに、姫さんを標的にしたのもよくない。いや、姫さんから言い出した可能性も捨てきれないんだけどさ。ついでに、四天王どもが己の欲を満たすために静観していたこともだ。
「とは言っても、神奈川は女子連中の天下ですし。女を敵に回すような言動はいかんよ」
過去の自分のことは盛大に棚上げさせてもらうとして、一線を越えたら待っているのは地獄だ。今回のことで、よく思い知ってくれ。
「みゆちん、はやくはやく!」
抗議に飽きたのか、それともどうでもよくなったのか。とにかく、姫さんの催促が始まった。
「わかりましたって」
「やったー! おっかし、おっかしぃ!」
はしゃぐ姫さんに手を握られ、彼女の少しばかり早足のペースに合わせて先に進む。
いまも彼女の手から僅かに温かみを感じ取れる。
「はあ……姫さんがこんなに人と壁を作らない性格でなかったら苦労しなかったんだけどな」
「なにか言った?」
器用に真っ直ぐ歩きながらもこちらを振り向いた姫さんが口を開いた。
「あ? さあな。んなことより、食いたい菓子でも考えとけよ。売ってなければ材料買って作ってやるから」
「本当!? なら売ってないお菓子にする!」
「えぇ……できれば最初は売ってそうな物から選んでくれると嬉しいんだけど」
「ダーメ! みゆちんがせっかく作ってくれるならそっちの方がいいもん」
「さいですか、わーりましたよ」
「あ、みゆちんちょっと笑ってる」
笑ってる、か。
やっぱり、こいつといるとペースを乱される。でも、悪い気がしないのは俺がそれだけ天河舞姫を受け入れているからなのだろう。
執務室を出てから、遠くから喧騒が聴こえてくる。
もうすぐ、姫さんとの菓子屋巡りが始まるのだろう。ただでさえ人気の少女が、今日は犬耳、犬尻尾とくれば、大騒動は免れないな。
「でも、それもいいか」
自分でも、笑みを浮かべているのがわかった。
ただ、なんとなく素直に認めるのは癪だったので、きっとこれはこれから起こる苦労を想像しての、疲れた際に出る笑みだったのだろうと納得しておく。
ああ、それとひとつ忘れる前に、ほたるに一通メールを送っておこう。
「姫さんに手を出したこと、俺が怒ってないとは思ってないだろうな?」
聞こえているわけではないだろうが、言わずにはいられない。
欲望のために気軽に触れていい存在ではないのだ。手加減抜きで、四天王には制裁を加えていただかないと。
「みゆちん、端末弄りながら歩くと危ないよ?」
「あ、ああ。もう終わったから仕舞うって」
どこかから、神奈川の生徒の声が響く。どこもかしこも、騒ぎは一層大きくなって広がりを見せる。
その中心がどこかなんて、確認するまでもなかった。
さあ、今日も振り回される日々だが、それもどこか、楽しみになってきた――。
この作品において、こんな番外編を見てみたい、なんて要望があれば書いていこうと思うのですが、活動報告ん方で募集しておくので、気になった方がいればぜひそちらにも。
この作品に出てくる自由と絡んだものでも、クオリディア・コードのキャラ主体でも構いません。詳細は活動報告の方に書いておきます。