今日はあれですね。
またイベントの匂いがするぜ! つまりこの作品も……あとはわかるね?
では、どうぞ。
諦めてしまえ。
立ち止まってしまえ。
目を背けろ、視界を閉じろ。
もう戦う意味などなく、立ち上がる意志もない。おまえはそこで、すべてを忘れて眠っていればいい。
そんな声が、自分の奥底から響く。
十分だと、おまえの助けはいらないと。
事実、なのかもしれない……。
このまま眠ってしまえれば、どれだけ楽だろう。心の声の一切を無視して、現実から目を背けることができたなら、俺は救われるだろうか?
力の入らない体は立つことを否定する。
意志の宿らない拳は解かれる。
元々、無茶な話ではあった。
過去一度として勝ったことのない相手を倒す。殺してはいけないという制限。
それを一人でやろうだなんて、挙句泣かせて……バカにも程がある。
俺はどこまでも――無力だ。
どこからか、轟音が響く。
残っている人は姫さんだけだからだろうか? 叫びも嘆きも聞こえはしない。
他の誰かを傷つけたくはない。みんなを守るから。
どうせ、そう言って残ったのだろう。
「バカかよ……一人で背負いこんで、なにになるってんだ」
いや――俺もか。
「とんだ大バカ野郎が言えた台詞じゃないな……どうせ、動けもしないしな」
諦めたいわけではないが、きっかけもないわけで。とうに負けていたんだよな。
唯一残っていた、救うという意志すらも、結局は彼女を傷つけた。
であるのなら、なにをもって戦えばいい? 俺には、わからない。
「あらぁ、負け犬って、こんな感じなのかしら?」
不意に、建物の中で女性の声が反響する。
この声は――。
視界の端。
なにもなかったはずの空間に変化が現れ、歪みが広がっていく。
「ふふ、数日ぶりね。姫ちゃんに敗れてここまで吹っ飛ばされた天羽自由くん」
浮かび上がるように出てきたのは、一人の少女。
ウェーブのかかった髪で背を覆い隠し、制服の裾から覗くレースと、唇の下にある笑いぼくろが特徴的な女は。
「隠谷……來栖……?」
「はぁい。倒れてる自由くんを見るのは姫ちゃんと競ってたとき以来かしら。懐かしいわねぇ」
「なんの用だ? 斬々の手先が今更介入しようってか?」
この近くに、あいつも来ているんだろうか? だったら、姫さんに会う前に止めねえと。
「斬々さんなら、もうとっくに別れたわよ。あの人、前回の作戦のときに姿を消しちゃってね。おまえたちは好きに動け。どうなろうと、もう関係のないことだ。そう言い残してね」
バカな。とは言えなかった。
彼女の思考を読み取るのは非常に困難だ。気まぐれで言ったとも考えられる。
「で、いま絶賛フリーなのよね。ねえ、自由くん」
隠谷が浮かべる笑みを濃くした。
けれど、不思議と悪意は感じない。
姫さんを攫ったり、殺害までしようとした相手のはずなのに。前回再会したときは、敵意を向けていたはずなのに。
どうして、俺の<世界>はこいつを受け入れてしまっているのだろう……。
本能的に悟っているとでも?
「おまえ、もう姫さんは狙ってない、よな……?」
「あたりまえじゃない」
「だよな」
すでに東京にも居場所はないだろうし、トップを狙っていた主席もいない。個人的な欲求はあるかもしれないが、わざわざ姫さんを狙うことはないはずだ。
「はあ……で、この怪我人にどうしろと?」
「怪我人ってレベルじゃないはずなんだけど……相変わらず頑丈ねぇ」
「姫さんに投げられ、蹴られ、吹き飛ばされる毎日だったからな。必然、頑丈さは取り柄になるもんさ」
「変なところでお姉さんにそっくりなわけね」
あれは原理がまるで違うんだが、説明するのも面倒なので黙っておこう。
「置いておけ、その話は。それで?」
「ん? なぁに?」
「とぼけるな。俺になんの用だ、隠谷」
待ってました、とばかりに喜色ばった笑みを浮かべながら、彼女は囁く。
「ねえ、自由くん。あなた、まだ戦える?」
「どういう、意味だ?」
「簡単なことよ。まだ姫ちゃんと戦う気力は残ってるかって話。一撃で負けるのはねぇ……意地もあるでしょ?」
前なら、すぐにでも立ち上がって、突っ込むくらいはしたのだろう。
今回はダメかな。
「戦えねぇ……」
「……どうして? あの自由くんが姫ちゃん相手に熱くならないなんて、おかしくないかしら?」
「おかしくないさ。最初は救うつもりだったが、泣かれちまった。そうしたらさ、もう戦おうとも思えなくなって」
結果、ぶん殴られてこの有様だ。
完全敗北。
立つ気力すら湧いてこない。
「姫ちゃん、守りたいんじゃないわけ? <アンノウン>をけしかけたときも、姫ちゃんを拉致したときも、あなたは守りに来た。煩わしくなるほどに、守っていた。姫ちゃんも、あなたを信頼していて」
「…………」
「自由くん。守りたいのは、誰のため? 守ってきたのは、誰の意志?」
決まっている。
最初から揺らぐはずがない。
「俺のためだ。あの日誓った、俺のエゴのためだ」
「そう。まあ、そうよね。他人のためなんて言葉で、守り通せるわけないわ。なら、いいじゃない」
「なにがだよ」
「あなたのエゴで、好きに姫ちゃんを守ったっていいじゃないって、そう思っただけよぉ」
自分の好きなように、か。
他人を気にせず、やりたいように。どうやら、そう言いたいらしい。
「勝手すぎないか?」
「すぎない、すぎない。人なんて勝手で、通じ合いなんて上辺で。ほら、裏切り、裏切られ。だから、勝手に生きてればいいの」
確かに、彼女にはいいように翻弄され、裏切られたこともある。
だが、それでも――。
「俺の<世界>は繋がりがなければ無力だ。一人で生きれる程、強くない」
「不便ねぇ」
周りから観れば、そうなのだろう。
否定はしないし、なにより俺の見ていた夢を知らない奴らに話したところで理解はされないだろう。
「扱いづらいからこそ、大事なんだよ」
なんのことかわからないのか、隠谷は首を傾げる。
「通じ合いが上辺だけのものとか、言わないでくれよ。こちとら、信じきってんだからさ」
いつだって、正しくあろうとした少女がいた。
すべてを守ろうと、己を犠牲にするやり方に疑問を持ったこともあったし、激怒した覚えもある。けれど、最後は救ってくれるだろうと信じてきた。
「ああ、間違ってなんていないんだ……」
互いに通したい意地があって、守りたいもんがあって。
解り合う必要があると言うなら。
「傷つこうと、傷つけようと、止まっちゃいけなかったよな」
まだなにも救っていない。
俺はまだ、救いたいと、そう声を上げたがっている。感情は、止まるのを拒否している!
「隠谷、おまえさっき、聞いたよな」
「え?」
あなた、まだ戦える?
「応えるぞ。まだ戦える。戦ってみせる。だから、力貸してくれ」
たとえ、過去にしこりがあろうとも。殺されかけていたとしても、憎しみあうだけがすべてじゃない。俺は、俺の<世界>は、信じきればこそだったよな。
「姫さんを倒そう。俺の守りたいって意志を示すには、それが一番……だと思う」
「さっきまでうじうじしてたのに、できるのかしら?」
「躊躇は、するだろうな。でも、俺の願いは一度もブレてない。姫さんからすれば、俺は敵なのかもしれないけど、いいさ。ひとまず、他人のことは置いておく。俺には、あいつだけがすべてだから」
「はあ……姫ちゃんもこんなのに好かれて大変ねぇ。あまりに酷いから、助けてあげる」
そう言い放ち、隠谷は手を伸ばす。
差し出された手を、俺はしっかりと掴んだ。
本当は、最初からわかっていたんだ。こいつが現れたときから、体が軽くなるのを感じていたんだから。
斬々の仲間かと疑うまでもない。
だって、もしこいつが敵なら、俺の体が動くはずないんだ。
「酷くて結構。もう、迷うのもやめだ。俺は俺のため、舞姫を救う」
傷は痛む。
絶え間なく激痛が走るが、気にしている余裕はない。
争わなくていいはずの姫さんにはぶん殴られて、泣かれて、怒らせて。理不尽にも程がある。
「とっとと、こんな紛いもんの世界は壊して、そんで泣いてたあいつにも、会いに行かないと」
「元気になるのはいいけど、勝算は?」
「さあな。でもほら、隠谷は俺のこと認識してるってことは――」
「ご名答。目ざといわねぇ、自由くんは」
「どうも。ってわけで、まったくチャンスがないわけではないってところ。あとは相手があいつなら、出たとこ勝負」
次は揺らぐなよ、俺……。
早くも一発貰っちまったんだ。次は確実に死ぬ。
「食らうしかなくなったら、仕方ないか」
遠くから、音が聞こえる。
姫さんの戦う声が。
無人機の破砕音が。
「行くか」
「姫ちゃんの近くで、もう一人協力者っていうか、友達が待ってるのよねぇ。これで三人」
横に立つ隠谷は指を三本立てる。
「三人、か。戦うには戦力が足らねえな。でもいいさ。どうせ、俺の戦いだ」
「そうねぇ。まあ、繋がっててあげるから、お好きなように」
鼓動が高鳴る。
さきほどまでの不安も、後悔も感じない。
ただ、自分勝手に、身勝手に。このエゴを貫き通すだけだ。
はい、なにもありません。本編ですよ、本編。
しかし夜遅くには番外編に手をつけるかもしれません。
ほら、姫さまから欲しいじゃないですか。
では、また次回。