今回も番外編?ですよ。
次回からはまた本編に戻りますけどね!
原作基準ならまだ5話終わった辺りですからね。話的にもやっと折り返し間近といったところでしょうか?
とりあえず、どうぞ!
防衛都市として機能し、また、<アンノウン>との戦闘を続けている俺たちだが、なにも毎日のように敵が押し寄せてくるわけじゃない。
むしろ、警戒しているだけの日々の方が割合的には多いだろう。
これが一般生徒であれば、鍛錬に明け暮れることも、出力兵装の手入れ、店の営業とやれることが多いだろうに。
残念ながら、俺個人の出力兵装はないし、店を営業しているわけでもない。鍛錬もなぁ……競ってた相手はいるっちゃいるが、いま戦いを挑もうものなら、ものの数秒で倒されるだろう。
ようするに、暇なのだ。
「俺ってこんなに暇してるような人間だっけ?」
自然と、そんな疑問が浮かび上がる。
「え? みゆちん暇人なの?」
答えてくれたのは、隣に座る少女。誰かなど確認するまでもなく、姫さんだ。
「やりたいことはないし、やることも特にないから暇人かもしれん。だが、おまえの世話はしないといけないわけで」
「うん、ありがとね!」
おっかしいなぁ……素直にお礼言われたんですけど? 失礼なこと言うなーとか文句言われてもおかしくないよ?
「やっぱり姫さんって変人だわ」
「ひどい!」
「ああ、そこには反応するのか。ほれ、これでも食って落ち着け」
皮を剥き終えたみかんを小さな手の平に乗せてやると、そのうちの一房を口に運ぶ。うむ、餌付けしとけばなんとかなりそうだ。
先日も鍋やケーキで釣れたしな。やはり食は偉大だ。
にしても。
「なんでこうなったかんだか……」
「なにが?」
いつも周りに人がいるためだろうか? 姫さんはなにも疑問に思っていないらしい。
「おまえのお世話でございますよ。俺が隣にいることをちょっとは不思議に思わないのか?」
「だってみゆちんはいつも隣にいてくれるし?」
「質問に疑問で返してくるな」
額を小突いてやると、奇妙な呻き声を上げながら後ろへと倒れていった。
小動物のような動作だが、その実が鬼であることは知っているのだが、どうにも戦闘時以外の彼女は年相応にこどもだ。
お世話というのも、あながち間違ってはいないだろう。子守と言っても過言ではない。
「みゆちんが変なことを考えている気配!」
勢いよく上半身を起き上がらせた姫さんがこっちを見る。
うん、相変わらず鋭い奴だ。
「俺、姫さんの<世界>が精神に作用する系だって聞かされても信じそうだわ」
「ほえ?」
なんの話? と目が語ってくるが、どうやら自分が鋭いという感覚はないらしい。完全死角からの幾重にも及ぶ攻撃をかわしきる奴の浮かべる表情ではない。
幼いのか幼くないのか……はっきりして欲しいところだな。
まあ、ぜんぶまとめて彼女を認めている俺がいるのも事実か……忌々しいことだな。
「本当に忌々しい……俺という存在が」
「みゆちん?」
幸いにも聞こえなかったのか、はたまた聞こえなかったフリなのか。どちらにしろ、都合がいい。
「なんでもないよ」
流せることは、流してしまえ。探られる前に、他のことで塗り固めてしまえばいい。
これまた幸いに、ネタはあるんだから。
「なあ、姫さん」
「ん? なあに、みゆちん」
たとえば、偉大なる文化の話とかな。
「今度ケーキでも作ろうかと思うんだが、どんなの食いたい?」
訊いた途端、隣の少女の表情が変わったのがわかった。
これは……やってしまったかもしれん。どうも、簡単には終わりそうにない。
あれこれと話しかけてくる少女の声を聞きながら、俺は気づかれないようにひとつため息をついた。
一通り話終え、そのすべてを聞いた俺は、気づいたら6種類ものケーキを作ることになっていた。
いやはや、どうしてこうなった……。
「まっ、嬉しそうだしいいか」
笑顔を見せる姫さんを眺めていたら、もうどうにでもなれとしか思えない。こいつの要求を断れるほどの人間ではないのだから。結局、神奈川の生徒とはそういうものなんだ。
たまに。
ごくたまに、姫さんを認めないバカもいるのだが。
頭ごなしに拒絶し、彼女の勝手な言い分を嫌い、小さな体を、有り余る救済の想いを破壊しようとした大バカ者。そんな奴も、過去にはいたんだ。
譲れなくて、大っ嫌いで、認められなくて――。
でも、そいつは最後の最後で彼女を認めたせいか、どうも、それ以降の一切を拒絶できなかったりするわけで。
姫さんの味方が増えるだけに終わった。
まぬけな話だ。
「おまえのカリスマ性怖すぎだな」
「急にどうしたの?」
「別に……気にするなよ、アホ娘」
「みゆちんからそうやって呼ばれるの久しぶりかも」
「おまえは相変わらず怒らないな。最初に呼んだときも、平気な顔して対応しやがって」
過去の呼び名で呼んでやると、否定するでもなく、姫さんは笑っていた。まるで、昔を懐かしむように。
いまの俺のことを、まるで憎んでいないというように。
「私ね、みゆちんが隣にいて、救われてるよ」
「そうか……」
きっと、違う。
隣にいて救われているのは、俺の方だ。
でも、それを言葉にして伝えるのはなんか癪だ。ついでに、少し言いづらい。
「なら、この先もせいぜい隣にいてやるよ。そんで、おまえが大変なときだけ助けてやる。だからおまえは、世界を救え」
だから、言えるのは感謝の言葉じゃない。
戦い続けろという、枷でしかない呪いだけ。ああ、本当に――忌々しい。
俺はなにをしているのだろう? 俺の意志は、なんであったのだろうか。彼女を戦わせることが望みではなかったはずだ。
「悪い、大袈裟だったな」
「ううん、そんなことないよ。だって、私は世界を救うから」
笑みはなく、やるべきことを自覚している声音。彼女は決して、弱味を見せない。感じさせない。
どれだけのことが起きようと。仮に、いつか俺が彼女の目の前で殺されようとも、一瞬後には気丈に振舞ってみせるのだろう。味方を勝利に導くため、平気であり続けるのだろう。
ならば。
「そうだな。おまえは世界を救え」
「うん、わかってる」
「代わりに、俺はおまえらと、俺の日常くらいは守ってやる」
言ってやると、姫さんは驚いたように俺へと顔を向けた。
「俺たちが笑って過ごせる世界は、俺がなにがなんでも守ってやるよ。そこまでが――その小さな世界が、俺が守れる最大限」
俺はせめて、その程度を守るために全力であろうと思う。
同じ人間が世界を救うと言っているのだ。ならば、俺に同じことができないはずがない。しかも、規模は全然小さいのだ。ならば、全力で挑めばなんとかなる。
「みゆちんは……やっぱり優しいね。でもね、みゆちんの守りたいモノも、私がぜんぶ守るから、だいじょうぶだよ」
姫さんには笑って誤魔化された、というか話から逃げられた気がしたが、構うものか。
彼女が好き勝手に世界を救うように、俺もワガママを通して世界を守ろう。
そのときが来たのなら、俺は自分の<世界>に誓ってことを成そう。
誰にも伝えられなかった<世界>の本当の力を示してでも、小さな世界を守り抜こう。
だからせめて、来てほしくないそのときが来てしまってもいいように。全身全霊をかけれるように。いまはただ、戦わずに休んでいよう。
前線には極力出ず、彼女らの帰りを待っていよう。
無理をするときが来たのなら、きっとこの程度の休暇では元が取れなくなるから。せめて世界が脅かされるそのときまでは。姫さんが弱音を見せるほどに参ってしまったときまでは。
ふと、肩になにかが触れる感覚ができる。
目だけそちらに向けると、目を閉じた姫さんが寄りかかってきていた。
あれだけ世界を救うと、一人で背負うと言っていた少女が、穏やかな笑みを浮かべながら。
「ねえ、みゆちん」
本当に眠いのか、声も幾分かおとなしい。元気がないというより、安心しきっているような。
「どうかしたのか?」
「みゆちんは、本当に私たちの世界を守ってくれる?」
「ああ」
「本当?」
「疑り深いな……ちょっとは信用してくれよ」
「んー……してるよ。みゆちんのことはいつだって信じてる」
肩に頭を乗せてるのは疲れるのか、はたまた気に食わないのか、「う〜」と言いながらはまる場所を探し出す。
「おい、眠いなら布団行けって、執務室にあるわけないか……」
コタツがあるだけでも意味わからんがな。
などと思っていたら、姫さんがなだれかかってきた。
「おい、おまえなぁ」
「みゆちん、ありがとね。でも、それでも私は世界を救うよ」
「そうか……」
「だから、みゆちんも世界を救ってね」
どういう意味だろうか? 問いただそうとしたところ、姫さんはとうとう眠りについてしまった。
それも、人の膝を枕にして。
「ったく、コタツで寝ると体力奪われるし、風邪引くぞ、アホ娘」
文句を言ったところで、起きはしない。
頰を突いたり、頭を撫でてみたが嬉しそうにするばかり。
もう好きにさせておこう。
いまはただ。日常に、彼女の温かさを感じられる日々に、浸っていたい。
いずれ訪れるかもしれない、驚異に立ち向かうために。
必ず知られることになるだろう、俺の<世界>のために。
目の前で眠る、小さな少女を、彼女のいる世界を守るために。
そのときが来るまでは、楽をさせてもらおう。だから――。
「おやすみな、姫さん」
――しばらくは、俺の<世界>と共に眠りにつこう。本当の意味で、俺の世界を救わなければならなくなる、その日まで。
長い、夢を見た気がする。
姫さんと対峙した瞬間とも言える時間の中で、彼女と過ごしたある冬の日が思い出された。
『だから、みゆちんも世界を救ってね』
いまにして考えてみれば、あれは姫さんなりの弱音だったのではないだろうか。
俺に世界を救えとは決して言わなかった彼女が、一度だけ口にしたあの言葉。
俺だけが聞いた、姫さんの「救ってね」という一言。「救う」ではなく、「救って」。それがなにを意味していたのか、いまなら少しだけわかるような気がする。
「わかったよ、姫さん」
俺は一人、姫さんを正面から見据える。
「なあ、知ってるか? 神奈川の生徒が、あんたの頼みを断れないことを。願いを、聞き届けないはずがないことを」
そして、例にもれず、俺が神奈川の生徒であることを。
もう、いいだろう。そろそろ、起きないといけない時間だ。それでも、大遅刻だぜ?
「姫さん、おまえの願いはあの日聞いた。安心しろ、必ず叶える」
でもな。
視界の先で、他の生徒を優先させて逃がす姫さんを見て、伝わらないと知ってなお、言わずにはいられなかった。
「人に寄りかからないのは、強さじゃないぞ。頼られるばかりが、リーダーじゃない。おまえには、頼っていい仲間がいつだっていてくれたはずだ。自分だけが頑張るのが、そこまで偉いのかよ……」
壱弥とはまた違う、一人の少女。
おまえだけが、守りたいわけじゃないのに。
もうちっと、周りに耳傾けろよ。そんでもって、さっさと世界を救いに行くぞ。
さあ、姫さん。おまえが世界を救うと言うのなら。あんたは俺が、完膚無きまでに救ってやるよ――。