クオリディア・コード、まだまだ終わりませんよ。
一気に加速させて締めようかとも考えましたが、のろのろ平常運転で進んで行きます。
では、どうぞ。
歓迎されてわかったことは、このヨハネス軍なるものが、目の前にいる女性の軍隊だといことだ。つまり、屈強な戦士たちも、優秀な指揮官も、全員この人に従うわけなんだが……。
「あんた、本当にトップなんだよな?」
つい聞き返してしまうほど心配に、そして不安になる人でもあった。
微笑みながら眼下の司令部の人たちを見下ろし、楽しそうに歌を歌う女性。
年齢不詳、スリーサイズ不詳、本名不詳とか歓迎直後に言われた、丸っきり謎の女性。呼ぶときは「ヨハネスお姉さん」と呼べば伝わるらしい。
「そうですよー。なにを隠そう、私がヨハネス軍のトップです。リーダーです。総司令官です!」
「……俺、本当の人類が勝てるのか不安になってきたわ」
なにより頭が痛い。
こんな人が、かれこれ三日間は横にいる生活を送っている。
予想以上に、疲れるな……普段からこの人の隣で軍事をまとめている副官の気力を見習いたいところだが、とりあえず、なぜ俺は毎日のようにこの人の横にいなければならないのだろう?
「わけわからん」
「なにがですか?」
あなたのことです。なんて言うのは簡単だが、聞いたところで追加情報は得られないだろう。まあ、千種兄妹に関してなら話は別だろうけど。
1日目は千種と明日葉の二人の話をさせられて終わったしな。たぶん、こどものことでなら、この人は話してくれる。時間を犠牲にできるのならな。
「なぜ、毎日俺を司令室に呼び出すんだ?」
「あなたが無茶をしないようにですよ」
「無茶?」
思ってもみなかった答えに、つい聞き返してしまった。
だが、ヨハネスは当たり前のように口を開く。
「こどもは大人に守られているべきです。でも、たぶんあなたは口で言って了承してくれるタイプの人ではない。なら、勝手されるよりは来るべきときのために留めておくのが正解かと」
神奈川でも、こっちでも。
「俺が問題児扱いされるのは変わらないってことか」
「問題児だったんですか?」
「だったらしい、ってのが正しいかな。周りからはよく言われたよ。少なくとも、神奈川と三都市代表の中では完全に問題児扱いだったな」
言うと、ヨハネスはポカンと口を開いたまま固まっていた。
どうかしたのかと声をかけようとした矢先、肩を掴まれる。
「あなた、代表ってことは、強い方って認識であってますよね?」
「あ、ああ……どうだろう? 頑張りに頑張ればランキング1位の姫さんの一撃も流せるけど……」
「そうですか。無人機に積んだカメラで何度か見てましたが、あの子と張り合えるんですね。なら、少し作戦に修正を加えましょう。あなたが海で流されていて、助かりました!」
なにかいいことがあったんだろうが、それにしたって失礼すぎないか、この人。いや、拾ってくれて感謝してますけどね?
しっかし、俺以外の生徒は誰も見ないもんだな。
「もしかして、<アンノウン>から救い出したこどもたちって、いまだ捕らわれているこどもたちを助けるために任務についたりしてるのか?」
だとしたら、俺だけ休んでいるわけにもいかない。
「いえ、みなさん保護してますから、そんなことさせられませんよ」
肩から手を離したヨハネスは、副官に何事かを告げつつ、俺を見る。
「あなたのように、誰も彼もがもう一度戦いの場に出たいわけじゃありませんから。基本、戦いは私たち大人の仕事です。もちろん、守るのもですが」
「そっか」
確かに、救い出したこどもを戦わせては意味がない。
でも、やはり俺はその考えを受け入れはしないんだろうな。もちろん、俺以外にであれば、全力で肯定はする。だけど、俺が戦うのは、罪滅ぼしでもあるから……。
なにより、姫さんがいるなら、俺が出張らないと滅茶苦茶になりそうだし?
一応は姫さん対策で神奈川にいた側面も強い。
「救い出さないと。俺の、役目だ」
などと思っていると、司令室のモニターにある映像が映る。
「これは?」
訊くと、副官を務めている男性が教えてくれた。
「これは現在<アンノウン>に占拠されている三都市の映像です。なんとか海中を伝い潜り込ませた機体から送られてきているんですよ。たまに浮上しては、こうして地上の様子が送られてきます」
「へぇ……ん?」
関心しているところに、二人の男女が歩いてくる。
制服からして、東京の生徒たちだ。
「あれは壱弥とカナリアか? よかった、あいつ無事だったのか」
いい知らせだ。
画面の向こうでは、大怪我を負った様子の見られない壱弥と、嬉しそうに笑うカナリアの姿があった。
斬々にやられたときの傷は特になさそうだな。
「しっかし、なに話してるんだか」
相変わらず二人の世界に入ってなきゃいいけど。
他の奴らの姿は見えないから、東京の都市内なんだろうな。姫さんの姿も見ておきたいってのは、俺のエゴでしかない、か。もっとも、見れるならほたるも、千種兄妹、神奈川の変態どもも確認しておきたいところなんだが。
「到底無理な話だな」
ただでさえ、かなりのリスクを承知で無人機を忍ばせているのだろう。それを俺個人の頼みで動かしてくれ、などとは口が裂けても言えない。
言っていいことでもないってのも、わかってる。
眼目と月夜だって、他の仲間もいるってのに、情けねぇ……。
「あの子ですね、我々からもよくわかる」
隣にいるヨハネスが、理解できないことを言い出すと、状況を確認していた何人もの人たちが同時に頷く。
「認識できるようになっていたこどもたちは、一人を除き全員特定できました。救助も、残っているのは彼女のみです」
モニターの様子を眺めながら、誰かが口を開く。
俺には理解できないが、彼女たちの目は真剣そのものだ。まさか、いまも作戦の最中なんだろうか?
「わかりました。他のこどもたちはすぐにでもこちらに。いまモニターに映っている女の子も、手早く救出しましょう。隣にいる男の子に邪魔をされないよう、一瞬で片付けてください」
「了解!」
わけのわからない会話が繰り広げられる中、見つめ合う壱弥とカナリア。
いい雰囲気だな。
なんて、呑気なことを考えてすぐのこと。
目にもとまらぬ速さで、カナリアがなにかに食われるようにして海中に沈んでいった。
「なっ!?」
水しぶきが上がり、ポッカリと、丸く開いた穴。
間違いなく、カナリアのいた場所だ。
「無事、彼女を保護。そう時間もかからないうちに、こちらに到着します」
「ご苦労さまです。機体は引き続き海中に忍ばせておいてください。もっとも、今回の一件で気付かれてはしまうでしょうけど」
目の前で起きたことに、まるで驚いていない大人たち。
「あんたら、カナリアがどうなったのか、気にならないのか?」
「なりませんよ。私たちのしたことですから」
「なに?」
「思い返してみてください。私たちの会話を」
ヨハネスと、他の人たちの会話は――。
「もしかして、これが救出、なのか?」
「はい、よくできました。さすが天使な私のこども、霞くんのお友達ですね。頭の回転が速いのはいいことですよ。初めて見せたので驚いたかもしれませんが、あの子には傷一つ負わせていませんよ。もうじき、こっちに来ることになるでしょう!」
初めて見せた。
つまり、俺がここに拾われてからも、何度か行われていたってことだ。
「意外とやるもんだな。でも、教えてもらわなかったら、あんたらに襲いかかってたかも」
「それは困りますね。私たちもこどもに危害は加えたくないですから。そのときは、あなたに殺されていたでしょう」
嘘か真か。
ヨハネスは舌を少し出しながら、いたずらめいた笑顔でそう言った。
「でも、案外愚策だったかもな」
「はい?」
首を傾げる彼女は、当然、壱弥とカナリアの関係なんて知らないのだろう。
「あいつらはコンビなんだよ。しかも、依存してる――守るべき存在なんだ。つい最近知ったことだが、壱弥はああ見えて脆い。もし、守べき対象を失ったなら、どうなるか……」
前提として、東京は機能しなくなる。
それだけなら、こちらが救いやすくなるだけだからいいのだが。
「こんな世界は壊してやる、なんて言いだしたら、こっちの戦力なんて片っ端からぶっ壊されるだろうなぁ」
ああ、目に見える。
あいつ頭いい奴ぶってるけど基本バカだし、精神は脆いし。
でも、ヒーローなんだよな。
「さて、カナリアが来るならちょっと楽になるな。なあ、ヨハネス」
「お・ね・え・さ・ん」
「…………ヨハネスお姉さん」
「はい、なんですか?」
「いま助けた女の子――カナリアっていうんだけど、あいつに会わせてもらえない?」
こうなれば、壱弥のことは千種に任せておこう。どうせ姫さんも絡みにいくだろうが、彼女と壱弥では守るべき対象が違う。なにより、姫さんは無理をしてでも、自分を押し殺してでも、壱弥を立たせようとするかもしれない。
なら、一番効果的なのは千種だ。
壊さず、けれど腐らせず。
きっと、壱弥の助けになってやれるはずだ。あいつも不器用っていうか、回りくどいけど、優しい奴だからな。
「会って、どうするんです?」
「協力してもらう。全員救うには、代表に面倒な奴らが多すぎる。二度か三度にわけて戦力を削るのが一番なんだが、東京の主席を獲るには、カナリアと、千種の協力が必要だと思う」
姫さんに倒してもらうのが最短ルートな気もするが、まず姫さんが倒せん。
そこに対抗するためにも、カナリアは必要不可欠だ。
「あいつがいないと、たぶん勝ち目はない」
「はあ……わかりました。では、彼女にもこちらに来てもらいましょう。都市内のことをより知っているのは、こどもたちですからね」
渋々、といった様子だが、了承してくれたヨハネス。
さあ、ここからだ。
「一人ずつ、確実に取り戻す!」
それからしばらくして、司令室の扉が開いた。
「あ、あの〜……」
そこには、見知った金髪の少女が一人。
「久しぶりだな、カナリア」
長い階段を下り、彼女の側まで降りるとこちらに気づいたのか、おどおどして不安そうな顔が一転、嬉しそうな笑顔に変わる。
「自由くん!」
「おう」
「よかった、みんな心配してたんだよ! ヒーちゃんは……よくわからなかったけど」
最初は声高らかに、後半はだんだんと遠慮気味に。
まあ、姫さんの反応としては正しい。
「うちの首席は悩みも弱みも見せない抱え込み主義だからな。ったく、新手のツンデレかって話だ。特に気にしなくていいからな」
「う、うん? あと、霞くんも……」
「へえ。千種も悲しんでくれでもしたのか? そりゃ意外だ」
「へ? あ、ううん。そうじゃなくて、えっと……」
はっきりしないな。そんな態度を取られると聞かずにはいられないんだが。
「なんて言ってた?」
「その、『あいつは簡単には死なないだろうから、そのうちひょっこり帰ってくる。ほら、あいつ基本バカだし。どっかの4位さんと同じで』って」
嬉しいような、イラつくような……あいつなりの信頼と取っておけばいいのか?
「とりあえずはわかった。一度会って殴るから気にしなくていいぞ」
「だ、ダメだよ!」
「へいへい。それより、話は聞いたか?」
話というのは、真実についてだ。俺に会わせる前に、ある程度のことは説明しておく必要があるということで、ヨハネスが話にいっていた。
当の本人は、帰ってこないが。
「うん、聞いたよ。あのね、自由くん」
「なんだ?」
「私は――みんなを助けたい」
俺が訊くまでもなく、誘うまでもなく、彼女はすでに答えを出していた。
だからだろう。すんなりと、口が開いた。
「俺もだ。あいつらを、助けよう」
覚悟は当に決まっている。
さあ、反撃を始めよう。