人は意図せず、夢を見る。
それが夢か現実か、区別もつかず、夢を見る。
でも、これは夢だ。
夢であって、俺の過去。
多数の<アンノウン>と交戦する、俺と仲間たち。その中には、俺の姉――斬々の姿もある。
ここだ。あと数分もしないうちに起きることを止めれていたのなら。そうであったなら、俺たちはきっと、誰一人欠けることはなかった……。
「ねえ、自由。これ以上は人数的に厳しいよ。一度撤退して、姫さまたちと一緒に出直そう?」
「いや、もう少し。あと少しで、あいつに届く!」
仲間の意見に耳を傾けず、敵に向かっていく俺。
ある作戦の最中だったためか、ランキングに大きく影響するためか。俺はただ、標的である<アンノウン>を倒すことばかりを考えていた。
追いつくために、追い抜くために。
まったく、バカらしい。おまえが守りたいものは、ランキングなんかじゃなかったはずだろッ!
「おまえたちは蒙昧だ。どちらが本来の敵か気づきもしない」
場面は移り、悪夢が写り込む。
「自由、そしておまえの<世界>は本当の形を取り戻す」
斬々の、わけのわからない言葉。直後、隣にいた仲間の体を貫く一撃が振るわれる。
一瞬にして意識を奪い取った斬々は、その仲間だったはずの生徒を<アンノウン>へと放った。
あいつの顔、楽しそうだったな……歪んでる。
視界の先では、俺も致命傷を負わされ、彼女を見上げていた。
けれど、斬々は最後まで俺を<アンノウン>に放ることはなかった。仮に姫さんがこちらに迫ってきていたとしても、彼女ならそれくらいのことは片手間でできたはずなのに、だ。
視界は暗転し、夢はまた、別の場面へと俺の意識を飛ばす。
これは――そうだ、俺が見ていた、夢だ。
コールドスリープ中、繰り返し見ていた夢。
でも、そこに俺の姿はない。
繰り返し映る夢の景色は、姫さんらしき人に手を差しのばし続ける幼い少女、燃える大地に縫い付けられる少年。
<アンノウン>と同調する斬々。
空を駆け、本を読み。多くの人たちがいる世界。まるで違う個々を、ひとつにして見ている、俺の夢。
近くには、誰かさんが夢見たであろう、みんなが笑っている平和な世界。
ここに俺の意思はなく、誰かの、誰もの見たであろう夢が映されるだけ。ゆえに俺の<世界>がなんであるのかは、漠然としか把握できない。
束ねて繋ぐ世界。
俺の見てきた夢は、本当は、俺の周りで眠っていたこどもたちの――。
「ああ、やっと起きましたか」
目をさますと、意識を失う直前とは似ても似つかない、優しい表情を浮かべた女性の顔があった。
もう、この人の前でおばさんとは絶対に言うまい。
「では改めて、少しお話をしましょうか」
「話……?」
「はい。この世界についてを」
こっちは見ていた夢のせいで、決していい目覚めではないのだ、そう言われては仕方ない。
「この世界は偽物だ。俺は、ある人からそう言われたことがある」
「その人は、大人でしたか? それとも」
「あんたたちから見たらこどもだ。俺のひとつ上の姉にあたる人なんだけど」
どうにも、ここにはいないだろう。
それは目の前に座る女性の雰囲気からも明らかで、斬々が身を置いている場所とは思えない。
「変わった子もいるものですねぇ。もしかして、その子があなたを海まで?」
「まあ、捨てられたな、海に。でも、あいつは俺たちの敵でもある。三都市合同作戦を邪魔した挙句、代表を殺そうとまでしたんだからな」
「よくわからない話ですね、それは。真実を知っているのなら、あなたたちを殺すどころか、そっちにいる大人たちを殺したがるでしょうに」
そっちにいる大人たち……?
求得さんや、愛離さんのことだろうか。俺たちの知る大人なんて、そう多くはない。
「あんたたちは、本当になにと戦っているんだ?」
「ですから、<アンノウン>ですよ。あなたたちの知っているものとは違う、本来の<アンノウン>にはなりますが」
俺たちの戦っていたものは、<アンノウン>ではなかったかのような言い草だな。いや、実際そうなのかもしれないが。
大人たちを殺したがる、ねぇ。
「まさか、見ている世界が違う、とか言わないよな?」
「へぇ……」
「たとえば、俺たちの見てきた大人たちが、実はみんな<アンノウン>でした、とか」
斬々の度重なる発言。
この赤い空。
俺の知らない大人たちの集団。
目の前の女性の言葉。
いくつもの要素が、ひとつの仮説へと導いていく。
「俺たちこどもは、コールドスリープから目覚めたとき、コードを付けられていた。それは<世界>の制御に必要だと、ずっと教えられてきた。他でもない、大陸に住む大人たちにだ」
女性は首を縦に振り、続きを促す。
「けれど、いまの俺にコードはない。綺麗に破壊されたからな。だというのに、俺はなんら異常なく、<世界>を使えている。ならば、コードが制御に必要だというのは嘘になる。もうひとつ、気になることがあるんだが、都市から見えていた空は、どこまでも青かった。少なくとも、途中から赤に変わったりはしていない」
「つまり?」
「まるで、見えている世界が一変したかのような」
「さすが、天使な私の息子――霞くんのお友達ですね。察しの良さ、発想力、申し分なしです」
褒められてるっぽいな、これはって、はあ!?
「息子? 霞って、千種霞? つまり千種の母さん!?」
「はあい、その通り!」
んだそれは! まさかすぎる事実じゃねえか……そして若い。あいつら兄妹の親にしては、見た目が若すぎる。
詐欺じゃねえの、これ。
「とりあえず、息子云々は全部置いておく。いや、置かせてくれ。いま聞きたいのは、俺の仮説が合っているかどうかだ」
「――答えから言ってしまえば、間違っていませんよ。あなたたちが見せられている世界は、まさに偽物です。あなたたちを育ててきたのは、苛烈な攻撃により、本土から私たちを追い出した<アンノウン>たち」
「なるほど。考えられなくもない話だな。むしろ、しっくりくる」
斬々の言動にも納得のいくものがある。だが、解せないな。
おそらくこの事実をとうに知っているはずの俺の姉は、なぜこの女性たちに協力せず、俺たちを狙ったりしたのだろうか。
あいつの敵は、いったい誰だ?
「あんたたちの戦う理由はなんだ」
「本土の奪還と、なによりこどもたちを取り戻すこと。人に化ける薄汚い悪魔から」
「そっか」
「<アンノウン>は、どんどん私たちの、あなたたちの世界を歪めていきました。私たちからは、あなたたちがぼやけた影にしか見えず、敵か味方かの判断もつかない。逆に」
「俺たちからは、あんたたちが<アンノウン>にしか見えない、か」
つまり、コードさえ破壊できればいいわけだ。
姫さんも、ほたるも、神奈川だけじゃない。俺の仲間たちは全員、取り返す。
「まさか、本物の人類と戦わされていたとはな。悪かったな」
「いいんですよ。こどもが親に迷惑をかけるのは当然のことです。なにより、もうじきみんな取り戻しますから」
話を聞いていくと、俺たちが倒していたのは無人機だったらしい。だから、人を傷つけたわけではないと、そう言われた。
いいように利用され、人類同士で……。
まさか、斬々は俺たちを救うために強引な手段を?
情報を集めていたのも、本当の<アンノウン>を倒すために必要なものがあったからとか――ないな。
「なあ、俺たちがコールドスリープについたのは、あんたたちが本土から逃げる前だよな?」
「ええ、そうですね」
だよな。そこに間違いはない。
ならば、俺たちが夢を見たのはそのあたりか、<アンノウン>たちが介在してきたときか。
どちらにせよ、本来の<アンノウン>を見たあと。だが、世界を偽装される前になる。
あいつの見ていた夢に映る<アンノウン>は、どっちだ…………。
「俺の勘違いであればいいが」
もしくは、あいつの考えが俺の思った通りのものでなければ。
「ん? なあ、俺以外に保護したこどもたちも、もちろんいるんだよな?」
「いますよ。基本的に、いままでの戦いの中で消えていった子たちは保護していると考えてください」
「そうか、なら!」
もしかして、俺の仲間たちもここに!
「いや、いまでなくともいいか。生きているなら、それでいい」
いまさらあわせる顔もない。生きていてくれるなら、それだけでいいんだ。
もう戦えとも言わないし、ついてこいなんて言えない。
俺にはすでに、やるべきことしかないのだから。
「もし、この世界が本物だとしたら、俺はあいつのためにも、世界を救う必要がある」
「安心してください。あなたが戦わなくても、もうじき全部解決します」
「いいや、拒否する」
「はい?」
「俺は俺の大事なもんのためにも、いま戦いから降りるつもりはない。なにより、文句のひとつも言いたい相手は本土に残っているし、守らないといけない仲間も、繋がりを消せない奴らもいるんだ。あいつらは、俺が救う」
面倒だとか、だるいとか言ってはられない。
俺の世界には、あの笑顔が必要だ。
「世界を救うのは、うちの代表さまだ。姫さんなら、この状況を黙って見ているなんて許さない。神奈川首席が世界を救うと言うんだ。なら、それを補佐するのは俺たち、神奈川の生徒の務めだ」
「理解できませんねぇ」
「されたいわけじゃない。ただ、彼女が望むなら叶えるために奔走する。神奈川ってのは、そういう都市なんだよ」
あと、勘違いヒーローや職務怠慢野郎なんかも、結局この世界を救うために動くだろ。
なら、やっぱり俺だけ休んでたら後々文句を言われるのが目に見える。
「いい加減、ふてくされるのもやめるか」
過去ばかり見て、未来に向かわない自分。
いつしか、姫さんの出す被害を止めるためだけに動く自分。
必要最低限のことしかしない、戦場での姿。
なめくさってる。
だから姫さんに文句は言われるし、引き摺り回されるし、ほたるにも文句を言われるのだ。
「いつまでも寝てんなよ、クソ野郎」
こっから、やることたくさんあるんだぞ。
「あんたらにも作戦があるんだろ?」
「もちろん。もうじき、多くのこどもたちを奪還します」
「よし、ならそこに俺も参加させろ。言っておくけど、ダメって言われたら先に一人で突っ込むからな」
脅しでもなんでもない。言っているのは、これから起こる事実だ。
「はあ……こどもは手のかかる子ほど可愛いって言いますけど、手のかかりすぎる子は扱いづらいし迷惑です」
ちょっと、なんかサラっと酷いこと言われてません?
確信したわ、この人、千種の親で間違いない。
「いま、数人のこどもを奪還するために動いている人たちがいます。その子たちを取り戻し次第、作戦に移ります。あなたにも、協力してもらいますからね。霞くんと明日葉ちゃんのお友達なら、断る理由もないですし」
「そりゃ助かる。ちょうど前の自分と折り合いをつけたところなんだ。自由。天羽自由だ」
「自由くんですね。霞くんたちもお世話になっているでしょうし、特別に、親しみを込めてみゆちんと呼んであげてもいいですよ?」
「…………あんたら、それしか頭に浮かばないのか?」
前々から思ってたけど、みんなネーミングセンスやばすぎだろ。
「もういい。断っても呼ばれることは承知している。好きにしてくれ」
この数ヶ月。俺もだいぶ鍛えられたというか、理不尽に慣れたというか。はあ、悲しいかな人生。
などと思っていると、女性が手を差し出してきた。
「こどもに名乗るなら、こっちの方がいいですかね? 初めまして、ヨハネスです」
少しの間考える素振りを見せ、そう名乗った女性は、いい笑みを浮かべる。
絶対本名じゃねえな、この人……。
呆れながらも、差し出された手を握る。
「では、改めて招待しますね。この、大正義・ヨハネス軍に!」
――……うん、やはりネーミングセンスは壊滅的だった。