基本オリ展開しかやってないような気もしますが、今回からもそうなりそうです。
では、どうぞ。
負けた。
その事実だけが、頭から離れない。
せっかく助かっても、負けは負けだ……。
「にしても、なんで誰もいないんだよ」
斬々に完全敗北した俺は、あのあと海に放り投げられて、それから――それからの記憶はないな。
見たところ、俺は海で拾われたらしいことだけがわかる。
布団とベッドがあるにはあるんだが、どうにも、俺の知っている都市の一室とは装飾が違う。
神奈川ではない、か。
「かといって、千葉だろうと東京だろうと、誰かしらいると思うんだけどな」
自惚れではないが、たぶん姫さんあたりはいてくれそうなものなんだが。
「困ったな」
誰もいないのなら仕方ない。
ひとまず部屋から出て、姫さんに無事なことだけは報告させてもらおう。ここが神奈川でない以上、壱弥か千種の許可を貰えばいいだろう。
しかし、俺が生きてるってことは他のみんなも全員無事ってことだよな。
「負けようと、次勝てばいい」
……口に出してはみたが、正直、何度挑もうと結果が変わるとは思えなかった。
それほどまでに、圧倒的だった。
<世界>を使ったのも、おそらく数回。それも一瞬のみ。俺の一撃と、ほたるの千重を破ったとき。それだけだろう。俺たち三都市の代表は、そのほとんどが斬々の武術のみに圧倒されたことになる。
俺たちには<世界>があるはずなのに、戦闘能力のほとんどがそれに頼っているはずなのに……あいつには、まるで通じない。
「はあ……」
ため息だけが、口から漏れる。
生きているだけもうけもの。そう言えたならどれだけ楽か。
負けは負けだ。生きていようと、斬々に勝てない以上、次会ったらどうしろと? 接戦だったなら希望はあった。
「圧倒的な力を持っていると思ってた姫さんやほたる、壱弥たちの力を借りても、まるで届きやしない、なお圧倒的な力」
俺が全快の状態でみんなと共闘していたとしても、結果はなにひとつ変わらなかっただろう。
「クソッ……ッ!」
守れない。
このままでは、また悲劇を繰り返す羽目になるだけだ……今度は姫さんまで失うつもりか、俺は…………。
「そうだ、姫さん!」
ショックはでかい。だが、その前に姫さんに連絡ないし、安全を伝えなければ。同時に、彼女が平気かどうかも確認しておきたいところだ。
寝かされていた部屋の扉を開き外に出るが、そこは俺の知るどの都市とも、作りが違っていた。
「なんだ、ここ……」
通路には丸窓が取り付けられとり、外の様子をうかがえるのだが、どういうわけか空が赤い。
斬々に放られたときも、景色が赤くなっていたな。まるで、<アンノウン>が現れたばかりのころのような。俺たちが眠りにつく前の空と、よく似てる。
どういうことだ? まさか、俺が寝ている間に<アンノウン>が進軍でもしてきたのか!?
痛みを無視し、すぐさま外へと繋がる扉を探す。
が、緊急事態だ。
「悪いな!」
壁の一部を蹴り破り、外に出る。
そこには、もう一段階、俺を驚かせる光景が待ち受けていた。
「う、海ぃ!?」
出てすぐに視界に映るのは、一面の海、赤い空。
神奈川でも、東京でも千葉でもない、だと……?
「いやはや、こいつはいったいなにがどうなってるやら」
海面を進んでいることから、ここは船かなにかの上なのだろう。それはいい。船なら神奈川にだってある。問題は、これが誰のものであるかだ。
「ほたるや姫さんはおろか、生徒がいない」
もしや、寝ている間にほたる辺りが<アンノウン>討伐のために船に連れてきていた、とかだったらマシだったんだがな。
その線もなし。
敵影もないってことは、もしかしてこの船、ずっとこの海を漂ってるとかなのか? わからねえな。
ひとつわかるのは、ここに斬々がいないってことくらいか。
「俺を連れ去るくらいなら、捨てはしないだろうしな。あいつ、そういった面倒事は嫌うし」
動いているってことは、船内に人もいるだろう。最悪、脅してでも事情を訊くか。
わからないなら、ほたるの教えに習って、まずは観察だ。
なんて、意気込んだはいいものの……。
「やべぇ、迷った」
もともと、知っている船ではなかったとはいえ、司令室を目指していたはずなんだがな。
船内マップを見た通りに進んできたはずなのに、一向に司令室は見当たらない。
「今日はよくわからん日だな。いや、<アンノウン>と戦っている日々も、十分に不思議ではあるんだけど」
彷徨うのにも疲れてきたが、寝ていた部屋もとうに戻れはしない。
生徒はいない、<アンノウン>もいない。空は赤く船の上。
斬々に敗れてから何日経ったのかもわからない。
代わりにわかったことといえば、コードが破壊されていたことくらいだ。<世界>の制御に必要だと聞かされていたので、慌てて<世界>を発現してみれば、普段となんら変わらなかった。
「もしかして、コードがなくても<世界>は正常に機能すんのかな」
わけがわからなくなっていく。
なにが真実で、なにが嘘なのか……。
「この世界は、本当に本物なのか?」
誰かに説明を求めたいところだが、生憎と斬々くらいしか当てがない。でも会いたくないし、会ってもまた負ける……今度は殺されるかもな。
次会ったときは――もう強がれない。
「姫さん、あんたの助けが欲しいよ…………」
しばらく歩いていると、明かりの漏れる部屋があった。
扉からも見てとれるが、やけに広い部屋だ。
「もしかしたら!」
室内にいるかもしれない者に悟られないように、そっと中をうかがう。
何人もの人がモニターを向き合い、それらを見届ける、指示を出す人が二人。
一人は黒髪の女性、もう一人はおっさんだ。
「管理室? 司令室って感じがないでもないけど」
とにかく、やっと人を見つけた。ここを逃す手はないだろ!
できることなら、どうか敵ではありませんように。
「失礼しますよっと」
「おや?」
あいさつをしながら扉を開くと、上から全体を眺めていた女性が反応を示した。
「あなたは確か」
なにかに気づいたようで、隣にいるおっさんにと話し出した。
悪い印象ではない。
「目が覚めたんですね。さきほどの大きな破壊音はあなたが?」
「破壊? ああ、扉のこと?」
「そうですか。元気でなによりです。やっぱりこどもは元気が一番ですからね」
壊したことへの言及はなしか。文句のひとつも言われるものかと思ったんだがな。
「こっちからも聞きたいことがいくつかある」
「はい、なんでしょう?」
「俺はあんたたちに拾われたのか?」
「そうですよ。海を漂ってるこどもがいるなんて報告を受けたときは驚きました。あなたたちは基本、領域から出てきてはくれませんからね。だからこうして、急いで保護しに来たというわけです」
うん、さっぱりわからん。
とにかく、俺はこの人たちのおかげで助かったとな。そういや、斬々も誰かが俺を発見するだろうとか言ってたな。
「まあ、とにかく助かったよ」
「あなたはずいぶんと傷だらけでしたが、回復が早いですね」
痛みはあるが、大きな傷はだいたい塞がっている。
思えば、驚異的な回復力だな。
「ところで、ここはどこだ? 神奈川でも、東京でも千葉でもない船の上ってのは、俺からしたらわけがわからないんだが」
「そうですねぇ……しいていえば、あなたが述べた都市を取り戻すために戦う場所、でしょうか」
取り戻す? 不意に、ひとつの疑問が浮かんだ。
「ナニから?」
「<アンノウン>からです。本来の、とでも言えばいいでしょうか?」
大人たちは領土を守り通したはずだ。いまさら取り戻すと表現するのはおかしい。だけど、この人はいま、確かにそう言った。
「――世界は決して、正しくない」
「おっ、いいことを言いますね。そう、世界は正しくなんかないですよ」
前に斬々が言っていた言葉。
語る言葉は、嘘なんかじゃないとしたら。
「こんなとき、千種ならなんて言うのかな……」
「――ちぐ、さ……ですか?」
「え?」
女性が階段を伝い、上から降りてくる。その勢いのまま俺の肩を掴み、
「あなた、いま千種って」
「あ、ああ。言った。千種霞、千種明日葉。千葉の代表たちとは割りと合うみたいでな。よく話してる連中なんだ」
それがなにか? といった視線を返すと、なぜかとても嬉しそうに頷く女性。
もうわけがわからん。
「そうですか。霞くんも明日葉ちゃんも、元気なんですね」
「元気っていうか、皮肉屋というか職務怠慢というか……けどまあ、頼りたいときに頼れる奴だな。明日葉はちょっと独断専行の気が強いけど」
心強い仲間。
でも、それだけでは勝てない。
「……もっと、強くならないと」
そのためにも、まずはさっさと姫さんやほたる、壱弥たちと合流しないとな。
「で、結局あんたは何者なんだ? 管理局にもいない、けれどこれだけでかいもんを動かすことができる人物。そんなのは俺の知る限り誰一人としていない。知っていること、全部話してもらうぜ、おばさん」
瞬間、なにかが視界の端を横切った――ように見えた。
それが視界に映ったころには、背中にひんやりと冷たい感触が。
視界が暗くなっていくなか、おっかない形相をした女性の顔が見える。その表情には、『お姉さん、でしょ?』と確かに深く、刻まれていた。
なるほど、そういう……ことか…………。
薄れいく意識の中、言ってはいけないことを面と向かって言ってしまったのだと、理解できた。
この話の神奈川オンリーも書いてみたいな、と最近よく思います。
いつか世界を救うためにの少し前あたりから始めて終わりまでを書けたら書きたいな、なんて。
神奈川組と自由がどうやって関係を築いていったのか見たい人なんているのかしら。
では、また次回!