さて、大見得切ったはいいけど、残念ながら俺は限界だ。
思ったより血を流しすぎたな……。
<世界>も使ったとしたら、あと一撃で気失いそうだ。勝ち目が薄い。あまりに、薄い。
「自由、戦況がよく理解できているようだな」
斬々が口の端を歪める。
ここで諦められたら、簡単なんだけど。
「理解はしてるよ。でも、負けたわけじゃないから」
なにも終わってない。なら、俺ひとりが屈してどうするってんだ。
隣に立つ姫さんと壱弥だって、相手の力がどれほどのものかわかっているはずなのに、こうして来てくれたじゃないか。
「姫さん、壱弥」
呼びかけると、二人がこちらを向く。
「一気に倒そうとは思うな。あれは必殺の一撃が来るのをむしろ待ってやがる。バラバラに戦うのもなしだ」
「いいだろう。いまはおまえに従ってやる」
思いの外、素直に言うことを聞いてくれた壱弥。
どうにも、昨日からのこいつはいままでとは別人にしか見えない。
「千種、隙があったら容赦なく撃て。通らなくていい、牽制してくれ」
『おー、任せとけ』
やる気の感じられない返事だが、気負ってないぶん、やはり千種らしい。
「ほたるも、刀掴まれないようにな。あいつ、下手したら最高レベルの出力兵装ですら素手で叩き折るかもしれん」
『気をつけよう。しばらくは観察に徹する。いけるときには改めて言おう』
「はいよ、頼んだ」
彼女のことだ。観察していれば、いずれ決定的な隙を突いてくれるだろう。
こと観察においては、ほたるに絶対的な信頼をおいてもいいとさえ思っている。
「で、だな」
最後の一人。
「よっと。あー、みゆちん思いっきりやられてんじゃん」
明日葉が俺を確認しながら目の前にに着地を果たした。
と思えば、すぐさま銃口を斬々に向ける。
「ストップ」
銃を下ろさせ、撃つのをとめる。ここで好き勝手にさせてしまえば、次第には一人で突っ走ってやられかねん。
「話聞いてなかったのかよ。バラバラに戦うのはなしっつったろ」
これで前衛四人、後衛支援三人か。
それも、各都市の代表勢揃いなわけだが――。
「闘志は一切変わらないか」
焦りもなく、ただジッとこちらを眺めている。あれに勝つのは容易ではないが、ここまで動じないと怖くなってくるな。
「天羽、俺たちはどう動けばいいんだ?」
壱弥はもう始めろ、と目線で訴えかけてくる。
確かに、いつまでも待ってくれるわけではないだろう。
俺は意識し、一歩前に出た。
「……もういいのか?」
すると、斬々は早くかかってこい、とポーズをとる。
「まずは挟撃を。俺たちはあくまで囮だ。本命は後ろに任せて、立ち回りをあいつに見させろ」
俺と斬々の一対一の戦闘は、たぶん誰も見ていないはずだ。
一から情報を与える必要がある。
いまは、物事は観察から始まる。そう言ったあいつの言葉を信じないと。
「おっけー! いくよ、朱雀くん!」
「わかっている、俺に命令するな!」
俺が出るまでもなく、左右にわかれて突っ込んでいく姫さんたち。
よし、ならば俺も――。
「はいはい、みゆちんは休んでる休んでる」
二人に続こうとした矢先、明日葉に腕を掴まれた。
「みんな、みゆちんが限界近いの気づいてるから。こんなときまでかっこつけなくていいし。危ないとき、出てきて助けてよ」
言うが早いか、俺を後ろに引っ張り、代わりに自分が前に出て行く。
ったく、参ったね。
全部バレバレですかそうですか。正直、斬々相手に見ているだけってのは心臓に悪すぎる。姫さんは圧倒的な力があろうと、動き自体は力任せに腕を振るっているだけに近い。
壱弥や明日葉は距離を取って攻撃してくれればマシなのだが、単細胞さんはそうもいかん。
「さっさと復帰してやらないと、ヒヤヒヤすんだよ」
できることなら、すぐにでも飛び出したい。だが、明日葉にああ言われた以上、少しの間だけでも回復に努めなければ。
「おヒメちん、右!」
「うわっととととと……セーフ!」
姫さんが間一髪、突きをかわし横へと逸れた。
自動反撃のことは頭に入っているようで、三人とも無理して突っ込んではいかない。よかった……。
しかし、やっとのことで戦線をキープしているのも事実だ。おまけに、カナリアの無理も続いてなんとか。
これ以上歌わせると、また倒れそうだしな。
「でも俺が言ったところで歌うのやめないだろうしなぁ……どうせ、できることはやれるだけ頑張るんだろ。壱弥の言ってた通りだ」
時折、千種からの援護射撃が入り、まさに斬られんとする壱弥や明日葉を助けている。
このままならなんとか――。
「飽きたな」
ポツリと、そんな言葉が漏れた。
耳に届いた頃には、状況が一変しようとしていて。
「は?」
斬々は自分から攻撃に出るのをやめたように両手をダラんと下げた。
これはどう見ても、誘ってやがる。打って出なければ硬直か。
「千種、一発撃ってみてくれ」
『はいよ』
すぐ横を銃弾が通り抜け、斬々の胸へと撃ち込まれた。
瞬間、銃弾は弾かれたように進路を変え、明日葉へと向かっていく。
「なに!?」
『あの野郎!』
俺と千種が直撃を恐れた直後。
「あれれ〜自由ちゃん、まだ終わらせてないの〜?」
呑気な声と共に、銀色の一線が走った。
「おまえ……」
「やっほ〜。こっち、終わったよ」
大きな目をこちらに向け、口元をにやけさせる眼目が、明日葉の前に立っていた。
「ほう。弾を斬ったか。器用なことをするな」
「あはは〜、見えてれば斬れるって、ほたるちゃんも言ってるでしょ〜?」
さすがと言うべきか。
天眼通と謳われるだけはある。よく見えてるな。状況も、戦闘も。
なんであれ、ありがたい。
「どうだった、鞭女は」
「まあまあ〜? 自由ちゃんの半分の半分の半分より下ってところ」
おかしな判断されてんなぁ。
俺たち、前回はだいぶ手こずったんですけど?
「それで〜斬々ちゃんはまだやるの〜?」
「眼目さとり……そうか、破ってきたのか。意外な結末だ」
「そうかな〜? 自由ちゃんや斬々ちゃんが思ってるほど、強くなかったよ〜」
相性もあるんだろうな。
のらりくらりとしてる眼目を捉えるのは難しい。そも、広い視野に加えて変幻自在の動き、目線のフェイクも一流だ。相手取る方がしんどいのだ。
戦い慣れていれば慣れているほど、眼目は天敵になりやすい。
だが、共闘には向いてないんだよ、こいつは。
「あ、ありがと」
「ん〜、気にしなくていいよ〜」
最初に会ったとき、明日葉は眼目のことを怖いとか言っていたっけ。少しぎこちないのはそのせいか。
長く相手してると勝手気儘な言動にも、ある程度許容範囲を見つけられるようになるし、慣れてしまえばつきあいやすい相手でもある。
「なんだ、あいつは」
「みゆちんのチームメイトだよ」
明日葉たちとは反対側にいる姫さんと壱弥は、突然の乱入者について話ていた。
思えば、壱弥とカナリアは会うの初めてだよな。
「次から次へと、鬱陶しい」
斬々の冷えた声が、全員の意識を戦場へと引きずり戻した。
各々構えをとり、強襲に備える。
「待ちに徹していれば、無駄なことをして。おまえたちはこの私に勝てる気でいる。それが気に食わん」
とうとう、本性が出てきたな。
口調がわずかに変わった。つまり、ここからは守りに入ることはないってことだ。
幼い頃から、あいつが攻撃に転じるときは口調が攻撃的になっていたのを思い出す。
「全員、気をつけろ。死にたくなきゃ防御をおろそかにするんじゃないぞ」
俺の記憶にある、彼女の戦闘スタイルを重ねていく。
でも、無駄だった。
人は成長する。
俺の持つ記憶は、しょせん過去のものだ。
「吹き飛べ」
抑揚のない声。
けれど、不釣り合いなほどに濃い笑みを浮かべた斬々は、自身の周りに刃の風を巻き起こし、近くにいた姫さんたちを吹き飛ばした。
「なっ――」
俺以外の全員を吹き飛ばした風は霧散し、上空から、傷付いたみんなが落ちていく。
壱弥と明日葉、眼目は海に。
姫さんは斬々の後方へと音を立てて落下した。
「――ほたる、いますぐあいつを斬れ!」
『ああ、そのつもりだ!』
こればかりは見過ごせなかったのか、ほたるの声にも怒気が混じっていた。
「俺も突っ込む。先手任せた。それとな――」
追撃を許しはしない。
もう、休んでいるとか言ってられる状況ではない。いや、最初から休んではいけなかった……ッ!
『いけ、天羽』
「おう!」
千種が牽制しつつ、その間に呼吸を整える。
機会は一度。それ以上は俺が持たない。
『二の太刀――』
ほたるの声に合わせるように、前に出る。拳に最後の光を宿しながら。
纏えるのは拳ひとつぶん。狭い範囲だが、宿る光は限りなく強い。
『――〈閃塵〉』
複数もの斬撃が、斬々を囲むように放たれる。
「くっ、面倒な!」
ここだ! 回復したぶんも、絞り出したぶんも、ぜんぶくれてやる!
「終わりだ、斬々!!」
閃塵がやむ前に、眼前の敵へと拳を向ける。
さあ、今日までのぜんぶに、さよならだ。
「自由、貴様ぁぁぁぁぁぁっっ!!」
咆哮と共に、斬々が手を伸ばす。
その手は、あろうことは俺の拳を握り、衝撃波を散らされた。
閃塵も終わり、周りからの追撃もない。
「でもなぁ」
『三の太刀――』
ほたるの力強い言葉が、聞こえる。斬々には相性のいい、唯一の技。
「なぜ、笑っている?」
「あんたでも疑問に思うときってのはあるんだな。なに、してやったり、とでも言っておこうか」
べつにな、終わらせるのが俺でなくてもいいんだ。
あんたを倒せるのなら、俺は喜んで囮に徹する。あいつらのぶんまで、あんたを倒すためだけに動く。俺はひとりじゃない。いつだって、周りに支えてくれる仲間がいる。
いつもひとりのおまえには、決してわからないだろうな。好んでひとりで戦い続ける、おまえには。
「俺の仲間のぶんまで、受けとって逝けよ、斬々」
『――〈千重〉』
ほたるの声が聞こえるのとほぼ同時。
斬々の手から抜け出した俺は、ギリギリのタイミングでほたるの技から逃れた。
一閃。
「なんだ、ただの一太刀ではなにも変わるまい。私に届きはしないぞ」
胸への一撃は弾かれたか。やっぱり、一太刀ではあの馬鹿げた防御は崩せない。わかっているさ、そんなこと。
けどな、それは一撃だったならの話だろ?
一撃では傷ひとつつかない斬々の体だろうと、それがまったく同じ位置に、10度、100度、1000度加えられるのであれば、話は別だ。
自動防御、最大の弱点は、同一箇所への同時攻撃だからな。
「対象を両断するまで<空喰>を重ねる、防御不能の斬撃だ。いくらおまえでも、これはかわせない」
あとは、彼女が刻まれていくのを見るだけ。
「そうか。だいたいわかった」
声が、響く。
剣撃の中にいるはずの斬々の声が……。
「なん、で……」
「対象を両断するまで出ることのない檻か。中々面白いものが見れたな」
平然と抜け出てきた斬々は、しかし。
決して無傷ではなかった。
胸のあたりは薄く斬られた痕があり、血が流れている。
「その程度しかない、のか……?」
「いいや、大したものだ。この私に傷をつけたのだからな」
どうなってるんだ、いったい。俺が知る限り、彼女に千重を防ぐ術はなかったはずなのに。
「さて、終わるのだったな。では、そうするとしようか」
一歩、後ろに下がった斬々。
そこに横たわる、姫さんに手刀を向ける。
「おまえッ!」
クソッ、クソッ!
もはや<世界>なんて使う余裕はない。
あいつを倒せすらしない。
だから、世界に希望を残すには――。
「おおおおおおおおおおッッ!!」
飛び出してすぐ、背中になにかが突き刺さる感覚が俺を襲う。
立ったままの体制を保てず、膝をつく。
「……みゆ、ちん?」
派手に落ちたせいか、さすがの姫さんも意識を取りもどすには時間がかかったらしい。ゆっくりと目を開いた姫さんは、俺を見上げ、小さな悲鳴を上げた。
あーあ、やっぱりこうなるか。
「驚いたな。おまえが天河舞姫を庇うとは」
「がっ……」
背中に突き刺さった手が引き抜かれる。
「これでも……守りたい奴なんでね。姫さんには、救われてるんだ……」
「ならば死ね。おまえにはこの世界から、退場してもらう」
人の襟を掴み、強引に俺を立たせる。
「もういいだろう。おまえはこの世界にいるべきではない」
視界の端に、手を横に振り抜く動作が映った。
首筋から、僅かに痛みがあった。まさか、首を斬られたか? やべえ、痛覚まで、麻痺してきた……。
「これですべての件が片付いた」
斬々が手を離すと、俺は立っていられることができず、姫さんの上に倒れこんだ。
「みゆちん、みゆちん!」
姫さんも、立てなそうだな。
「悪、いな……姫さん、あとを頼む。いつか、世界を――救うんだぜ」
言い終わると、担がれるように斬々に持たれ、空中へと上がっていく。
なんで、俺ごと?
「…………おまえ、なにするつもりだ?」
「なに、か。敵を増やすだけさ。私が愉しむために、一度奴らを追い詰める。そうなってからの戦いを、愉しむためにだ」
言ってること、わかんねえや。
俺の名を叫ぶ声も、だんだんと遠くなっていく。
距離が離れていくせいなのか、俺の限界が近いのか、どちらなのかはわからない。
「さらばだ、自由。いずれ、すべてを決めるときにまた会おう」
どういうわけか、視界が赤く変わっていく。
「ここまでくれば、誰かがおまえを発見するだろう。次会うときは、おまえの<世界>ごと消してやろう。あのときのように、おまえの仲間ごとな」
意識が薄れるなか、そんな言葉だけが聞こえた。
すぐあと、暗い海へと落とされた俺は、そのまま意識を失っていった――。
今回はよくわからないまま終わらせてしまいました。
次を書いていく中で、少しずつ明かしていけたらと思います。
では、また次回。