まだまだ本編四話すら終わりそうにありませんが……長くなりそうだ。
では、どうぞ。
人型と思しき<アンノウン>の襲撃を受けた俺たちは、とっさに二手にわかれた。
いや、分断されたと見るべきだろうか。
「やけに手際のいい襲撃でしたね」
背中の月夜が呟く。
確かに、いいタイミングだった。新型の投入も、悪くない。初めて見れば、そりゃ一瞬の隙なら作れるだろう。
だからこそ、気に食わない。
「斬々……なにを考えてやがるってんだ」
時折聞こえてくる轟音の方向に目を向けたくなるが、それこそ思う壺だ。
この忙しいときに襲撃とは、恐れ入る。
「あの人型も、斬々の手先だってんなら、もはや人と<アンノウン>、どっちが本当の敵だかわからねえな」
「手先だと思いますよ」
俺の疑問に、月夜は冷静に答える。
「なに?」
「海ほたるの上にいた人数、一人減っていますから、あれがその内の一人かと」
「マジですか……」
つまりあれか。俺の姉は既に向こう側ってことになる。
昔っからなにかやらかすとは思っていたが、ここまで大事になるとはな。
それに、一撃目を避けたからといって、奴が追ってこない保証はない。それどころか、俺たちを敵と見なしているならまだしも、千種たちの元に向かったら、それこそ最悪なんじゃないのか?
「相手してくしか、ないか」
振り向いた頃には、人型の<アンノウン>は体をこちらに向けてはいなかった。
あれはあくまで、リヴァイアサン級を倒させないための駒らしい。
まずいな、こっちに気を向けさせないと!
「自由さん、ここで降ろしてください」
「は?」
「ですから、ここでいいです。眼目さんと二人で、海ほたるには行ってください」
背から降り立ち、刀の柄に手をかける月夜。
「だいたい、大きな作戦の中で別働隊として動きながら全部守るなんて妄想甚だしいです。私、ガッカリです」
一瞬。
銀色の線が僅かな間瞬いたかと思うと、人型の<アンノウン>はふたつにわかれて倒れた。
「月夜、おまえ……」
「自由さん、あの人はなにをするか読めません。ですので、私が残りますから、行ってください」
月夜が言うより早く、何体もの<アンノウン>が降ってくる。
「おいおい、一体だけじゃないのかよ」
「あくまで、一体は上にいたってことじゃないでしょうか」
手をうさ耳にして楽しんでいるところ悪いけど、状況はあまり良くないんですけど?
あまり大量に投入されると、三都市の合同作戦も危うくなる可能性だってある。いくら大掛かりな作戦で人手も多いとは言っても、誰もが対応できるわけじゃない。手一杯な生徒だって中にはいるはずだ。
「あんまりゆっくりしていると、あの人まで届かなくなりますよ?」
だが、このまま進んでしまえば。
「自由さん、信じられませんか?」
月夜にそう聞かれる。見えていない瞳からは、それでも強い意志を感じる。これで任せられないとなれば、リーダー失格だな。
「――……わかった」
これまでとまるで違う種類であることや、月夜の体調など、気になることはいくつもあるが、止まってもいられないのは事実。
ここで足踏みしていては、いつか斬々が動き出したときに止めようがなくなる。一番怖いのは、あいつが好き勝手に蹂躙することだ。
「おまえ、無茶するなよ」
「する前に終わらせるので平気です」
「相変わらず、可愛げのないことで……じゃあ、頼んだ」
うち一番の剣士だ。そうそう問題もないだろうが……あの新型、なにか引っかかるな。
何体もの<アンノウン>が月夜に群がっていくが、そのたびに蹴散らされていく。
「月夜ちゃんに任せっちゃったね〜あたしたちはあっちかな〜」
反対側を走っていた眼目が合流してくる。
すでに刀は抜かれており、楽しそうに笑みを作った。
「話を聞いた限りなら、残ってる戦力はあと三人。悪いが、二人任せていいか?」
「おっけ〜」
無茶を承知で頼んでいるというのに、笑みを崩さず返事を返す眼目。
まったく、おまえらが自信家なのか、バカなのか。
「頼りになりすぎるんだよ」
壁を伝っていき、段々と上に登っていく。
その間に襲撃されることもなく、すべての<アンノウン>が月夜に抑えられているのだとわかった。
あの小さな体でよくもまあ……。
なんて呟いたが最後、この範囲内では声を拾われてしまうだろう。怖い怖い。
「自由ちゃんは〜勝つ自信あるの〜」
「さあな。負ける自信ならありすぎて困るけど」
「さいあく〜」
眼目は不満そうに言ってくれるが、事実は変わらない。俺とあいつの戦力差は前となにひとつ変わっていないどころか、広がっている恐れもある。
「最悪な気分だよ、確かに」
誰かにも同じようなことを聞かれた気がする。
その不安を抱えたまま、最後の一歩を踏み抜く。
海ほたるを大きく超えた高さまで到達すると、眼下に三人の人影が映った。
斬々と前回の女、あともう一人はフードを被ってはいるが、体つき的に女か……。
「ほう。思ったより早かったな、自由」
「そりゃどうも。毎回あんたに邪魔されるのも癪なんでな。姫さんたちの邪魔するの、やめてくれない?」
斬々に問いかけるが、しかし。
彼女は獰猛な笑みを浮かべる。
「もし、嫌だと言ったら?」
そうして口に出した答えは、否。やはり敵対だった。
「前回の天羽自由さんじゃないですか。ええ、ええ。前回はどうも。ところで、東京の方はどこに?」
腕を鞭のようにしならせる、『デュアル』の女性。
合宿での一件で壱弥に興味でも持ったのだろうか? それとも、なにか狙いでも?
「四位さんなら、生憎忙しくてね。今日はあんたの相手なんかしてられないってよ」
「あら残念。あれを潰せば頭はいなくなるのでしょう? そうなれば、少なからず作戦も狂うでしょうに」
こいつら、どこでそんな情報を……。
俺たちが話あった中でしか知り得ない情報だぞ? あの場にいたか、映像でも撮っていない限りは知る手段がないはず。それこそ、あいつの<世界>でもなければ――。
「ふふ、気づいたかしら」
フードを被る、正体の知れない女性に視線を向ける。
神奈川の生徒会は、姫さんを含め、五人で形成されている。姫さんをトップに、それを支える四天王が四人。
ほたるが四天王に入るまでは、他の者がその位置にいた。
ある事件をきっかけに、そいつは亡命。その後の足取りは掴めずにいたんだが。
まさか、まさか――。
「ハイ、自由くん。お久しぶり。相変わらず姫ちゃん絡みで苦労しているみたいね」
フードをとった女性の顔が目に入る。
ウェーブのかかった髪で背を覆い隠した女。いまでも着ているのか、神奈川の制服の裾から覗くレースと、唇の下のほくろが特徴的だった。
いつでも笑みを崩さない、考えていることを悟らせない奴だった。
「隠谷……」
「來栖でいいって何度もいってるのに、人の話を聞かないのね」
いまも笑みを濃くし、甘ったるい声で言ってくる。
なるほど、亡命していたとしか聞かされていなかったが、その実そっち側に降っていたのか。まさか、もう一度会う日が来ようとは。
「姫さんが見たら、なんて言うかな」
「あら、姫ちゃんなら喜んでくれそうじゃない?」
「うるせえよ。おまえに答えは求めてない。なにより、俺たちがもう一度会わせると思うか?」
二度にわたり姫さんにちょっかいをかけた相手だ。俺だけではない。
ほたるも、銀呼も柘榴、青生だって黙ってはいないだろう。そも、神奈川の生徒たちが許すかと聞かれれば、ありえない。
「うちに爆弾を仕掛けて回ってくれたこと、姫さんを攫おうとしたこと、殺そうとしたことに加担までしといて、よく言えたもんだ。最初に言っておくが、許してもらえるとか思うなよ」
「やぁね、昔のことでねちねちと。もう終わったことじゃない」
このやろう……久々だってのに、なにも変わってないな。
「おまえの態度、本当に気にくわねえよ」
いまだ神奈川の生徒であるかのような格好も、元から神奈川の生徒じゃなかったことも、この場に平然と立っていることも、ぜんぶ。
だが、厄介な相手ではある。
隠谷來栖。
対象を他の人間の認識から消す<世界>。もちろん、本人だって対象にできる。
こいつがいるなら、会議の内容など把握されていて当然だ。
元は当時の東京主席が送り込んだスパイのくせしやがって……苛立たせてくれるな。
「ねえ自由ちゃん〜もういい〜?」
我慢できなくなったのか、眼目は刀を鞭の女に向けた。
「そろそろやりたいんだけど」
「そうねぇ。こっちはこっちでやることもあるし」
呼応するのは隠谷。
「無駄話もいいだろう。隠谷來栖、おまえは役目を果たせ」
「ええ、もちろんよ」
斬々の命令に従うように、隠谷は動き出す。
「安心していいわよ。別に、戦うことが役割じゃないから。じゃあね、自由くん。姫ちゃんによろしく言っておいて」
その言葉を最後に、隠谷の姿が薄れていく。
どうやら<世界>を使われたらしい。
追おうにも認識する手段がないのだから、もう無視する他ない。
「さて、ではこちらも始めようか」
斬々が両手を広げる。まるで、かかってこい、と言わんばかりに。
「眼目、予定と多少ずれたが、そっちは任せた」
「まかされた〜」
返事をしてすぐ、嬉しそうに敵に向かって駆け出す。
「ちょっ……」
鞭の女を突き飛ばし、下へと落ちていく二人。
ま、まあ心配ないだろ。予想外の行動に驚いたが、眼目だしということで納得しておく。
「ようやく二人になったな」
「好都合だけど、ちょっと言い方考えてくれませんかね」
「姉と弟だろ? 別に気にすることもあるまい」
そうじゃないってーの。言っても聞かないだろうからいいけどさ。
「ひとついいか?」
「どうだろうな。答えるかどうかはまた別だ」
「なら、聞かせてもらうまでだ。おまえの目的やら、世界のことをな」
愉しそうな顔に変貌する姉の面。
ああ、理解できてしまう。
話し合いは無意味だと。戦うことでしか知れないと。まったくもって、面倒なことだ。
「結局、俺らはこれが一番似合ってるってことかよ」
拳を握りしめ、構えを取る。
たとえ勝ち目が薄くても。俺の<世界>はきっと……。
爆発的な光をその身に宿した直後、俺は彼女の眼前へと到達していた。
この一撃を、ぶつけるために!