さて、たらふく肉と野菜を詰め込んだし、あとは帰って朝になる頃には三都市一斉に進撃、と。
「みゆちん、そろそろ帰ろっか」
「ああ。でも少し待って」
姫さんとほたるに待っていてもらい、千種のもとへといく。
「おまえらも帰るところか?」
バイクにまたがる明日葉を見て、確認をとる。
「そうだけど。なに、おまえも千葉来る? 千葉はいいぞ、千葉は」
「千葉愛すごいな、おまえ」
俺は神奈川にそこまで思い入れないから、余計に千種のことがわからん。暮らす場所に拘る人たちがいるのは知っている。でも、わからない。
「で、みゆちんはなんの用?」
明日葉がはやくしてよねーと目で訴えてくるので、あまり時間をかけるわけにはいかなそうだ。
「おまえたちに頼みたいことがある」
「頼みたいこと?」
「面倒事なら聞かないし、厄介事も聞かないぞ」
ほとんど聞く気ないって言ってますよね、うん。
「おまえらを巻き込むつもりはないよ。ただ、そうだな。いまの作戦だと、ちょっと俺が動きづらいんだよね」
「はい?」
明日、作戦が始まれば俺は海の中。決めに入るまでは身を隠しておかなければならない。それではダメなのだ。もしもがあってはいけない。
「だからさ、明日の作戦、俺をおまえらの方に置いてくれない?」
「意味わかんないんだけど」
まあ、だよな。
それでも、納得してもらうしかない。
「悪い、理由は言えない」
「……前回の襲撃者。あれ、片方はおまえの姉だったよな?」
千種が何事でもないかのように言葉にする。
「天羽、気になってるのはそれか?」
「一度見てるし、話してもいれば、そりゃ気づかれるか」
まいったな。作戦前にいらん心配をさせたくもなかったんだが。
あくまで俺の問題……対人戦で戦力になる奴らはほとんど不在。
「今回も出てくるってわけか。なら仕方ないな」
「ちょ、お兄?」
「天羽、いいぞ。俺たちは一切関わらないけど、おまえがそうしたいなら、そうすれば?」
千種と明日葉が言い合いを始めるが、どうにも、そっちにも人員を割かないとって話に変わってきている。
そうじゃないんだよなぁ。
「千葉も東京も神奈川も、倒すべき敵が他にいるだろ。不確定な奴らに振り回されるなよ」
「はあ? みゆちんだってそっち相手にしようとしてるじゃん! あたしらも出ないとみゆちん負けるだけだよ!」
「知ってるさ。でもな、ここでおまえらまで出張ったりなんかしたら、<アンノウン>を倒せなくなる。だから、斬々が出て来れば、俺のチームで事に当たる。だからどうか、頼む」
こんな風に人に頼むのは久しぶりだ。
「お兄……」
「はあ……お兄ちゃん他人の面倒事に首突っ込むの嫌いだからさ。乗り込むのは好きにしろ。俺は話がいまいち見えてないけど、前回のが出てきたら任せる」
迷惑かけますよ、本当に。
でも、被害は与えないから、協力してくれ。千種なら、知っていても大丈夫だろうから。
「明日葉、少し外してくれないか?」
「なんで?」
「千葉で指揮をとってるのは千種だろ? 話しておきたい事がある」
理由はこじつけだけれど、話しておかないといけないのは確かなんだ。
千種に目で合図を送ると察したようで。
「ってことらしい。すぐに済むから待ってろ」
あ、こっちが移動するんですねわかります。
「天羽」
「はいよ」
二人して人気のない方へと歩いていく。
「それで?」
周りに話しを聞いている人がいないかを千種が確認し終えたので、口を開く。
「俺の姉、斬々は極めて異常だ」
「だろうな。あんな強いのを見たのは初めてだ」
「そうじゃない。強さじゃなく、<世界>の異質さ、とでも言えばいいんだろうか」
あいつにしかできない、夢にも見なかっただろう世界。
「……天羽斬々は、<アンノウン>と同調できる。そして、どういうわけか、昔から<アンノウン>側につきたがっていたんだ。あいつの<世界>は、まるでこの世界を敵に回すようだった」
「敵と同調するための<世界>なんてあるのか?」
「あるんだろうな」
「それ、管理局は知ってたのかよ」
管理局の人にも問い合わせたことがある。
もう二年くらい前だろうか。あいつの情報を得るために、管理局に天羽斬々の情報を渡せと。だが――。
「管理局のデータベースに、あいつの情報は存在しない」
「は? いや、そのはずはないだろ」
俺たちの情報は、コールドスリープを経験している者であれば管理局が持っていないはずがない。
そもそも、管理局の連中が斬々を知っているかすら怪しい。
「実際に聞いた俺が言ってるんだ。いまの管理局に、向こうの<世界>を知ってる者はいない。だから余計に、あいつとはしっかり話す必要がある気がするんだ」
「俺に教えたのは、なんのためだ?」
「知っていた方がいいだろうと思ってさ。千種なら、なんか抱え込ませてもいい感じに答えを探してくれそうだからさ」
「まるで、死にに行くような言葉だな」
「失礼な。そんなつもりはねえよ。ただ家族で話し合うだけさ」
その結果がどうなるかなんてわからないが、いいじゃないか。あいつとは一度、きっちりと話さないといけないのだから。
これで出てこなかったらどうしようなぁ……。
というか、斬々以外が出てきても微妙な空気になりそうだ。でも、そんなことにはなってくれないんだろう。
「なあ、天羽」
「なんだ?」
「おまえがそこまでするのって、やっぱり天河のため?」
いきなりのことに、俺はすぐさま答えが浮かばなかった。いや、質問の意味がわからなかった、というのが正しいのかもしれない。
「……誰のためかなんて、考えたこともなかったな」
「本気で言ってんの、それ」
ウソだろ、みたいな反応するのやめろよ。
「普段の俺って、おまえらからどう思われてんだか……」
「天河親衛隊、もしくは保護者」
「変態どもと同じと見なされてるとは心外だ。千種、いまここでおまえの記憶を消してやろうか」
「やめろって。おまえじゃ俺が勝てない」
おちょくってるのか、こいつは!
掴みかかりたい衝動を押さえ込み、なんとか手を伸ばすのはやめておいた。
いい、いつかまたフレンドリーファイアの機会を待つさ。
「で、真面目なところ、やっぱり天河のためなわけ?」
「俺は姫さんを抑え込むための存在なんだよ、管理局側からしたらな。俺からすれば……そうだな。妹みたいなものなのかねぇ。なんだろう、よくわからん」
俺が姫さんに抱いている感情。
出会ったころは嫌悪。では、いまはいったいなんなのだろう。
姫さんにはもうほたるがいる。俺が支えるまでもなく、支えはあるんだ。ならば、あとは彼女の余波を抑え込むだけが俺の役目。
「ああ、そういうことか」
「なに、もしかして答え出ちゃったの?」
「ランキングなんて気にしなくてよくなったんだ。守りたいものだけ守る。そのためだけに俺はいる」
「守りたいものを守るためだけに、か」
壱弥に聞かれてたら、無責任だって怒られてたかもな。
幸い、ここには俺たちしかいないわけだが。
「守りたいものを守るのが間違いだなんて言わせない。守れないくらいなら、それだけを守ってた方がまだマシだろう?」
「って言いつつ、おまえは全部守ろうって言うタイプじゃないの」
「――さあね。もういいだろう、明日は頼むよ」
千種のことだ。
もしかしたら、話しを聞かせておけば、いずれ本当になにかを掴むかもしれない。
「斬々、おまえの見ている世界は、俺と違うとでも言うのか?」
弱々しく吐かれた言葉は、夜の空へと消えていった。
しばらく歩くと、姫さんとほたるが待ってくれていた。そういや、少しって言ってから結構話しこんじまったな。
「悪い、遅くなった」
「なんのお話してきたの?」
姫さんが聞いてくるが、事後承諾でオッケーくれるかしら?
「明日の作戦、千葉の方に入れてもらうことになった。もしものことを想定してね。ほら、地上にもある程度戦えて、かつ足止めできる人員も必要だと思うのよ」
「そっか。かすみんが納得してるなら、私は任せるよ。じゃあ、帰ろっか」
いなくても、たいじょうぶ。
姫さんなら、確実に倒してくれるよな。だから俺は――。
日が昇る少し前。
作戦開始まで僅かとなった頃、俺はチームメイトである二人を連れて千葉へと来ていた。
「あ〜ほんとに寝てる〜」
大きな目で俺がおぶっている奴を見続ける眼目。
人の背中で寝息を立てている月夜。
なんとかこいつらだけは連れてこれた俺を褒めて欲しい。この問題児メンバーばかりのチーム、はやく変えてくれないかな。うん、無理だろうな。
「それで〜千葉から出発するんだよね?」
「ああ。出てこないならいいが、出てきたら頼むぞ。徹底的にボコっていい。話せる程度に倒しとけ」
「りょうか〜い」
どうせ<アンノウン>を潰してくのはみんながやってくれるし、こっちが相手にするのは思考し続ける怖い相手。
「あ、来たね。って、そっちの二人は?」
明日葉が二人の少女を確認し、疑問を浮かべた。
「俺チームメイトだ。飛び入りで悪いが、こいつらも載せてくれ」
「まあ、いいけど。背負ってる子、だいじょうぶなの?」
「平気だ。うちに弱い奴とかいないんで。いるのは問題児と問題児と問題児と……あと問題児が何名かだけだから」
「それ、問題児しかいないんじゃ……ううん、やめとく。絶対聞きたくない」
聞かせてやろうか? 実際にあった死にかけた話を百ほど。
「さって、んじゃ行くぞ」
千葉勢は全員乗り込んでいるのか、千種が声をかけてくる。
「頼むな」
「はいよ。さっさと乗れ。明日葉ちゃんも準備して」
「はーい」
明日葉が乗り込んでいくので、俺たちも続く。
通されたのは、千種と明日葉がいる部屋。
「このまま海ほたるまで行くぞ。ついたら、俺たちは別行動。いいな」
眼目が頷くので、あとは待つだけだ。さて、始まるぞ。
『今度の敵は強い。俺の油断と傲慢のせいで、カナリアやコウスケたち、大切な仲間が命を失うところだった。後日、しかるべき責任をとる。だが、今一度……あと一度だけ、俺に力を貸してほしい』
「誰だ、これは」
「あはは、ウケる〜」
『朱雀くん、ちょっと変わった?』
『カナリアの通訳がないと、よくわからんな』
千種、明日葉、姫さんにほたる。全員が好き勝手な感想をこぼす。
「まあ、いままでの壱弥とは大違いだよな。周りを頼って、しかも力を貸してほしい、なんて言われちゃ、東京の奴らはやる気満々ってところかね」
いい傾向だ。どうかこのまま、壱弥をいい方向へと導いてやってくれ。
そのためにも、カナリアの復活が望ましい。
『神奈川、天河』
『オッケー!』
壱弥の声に、姫さんの元気な声が響く。
『千葉』
「はいよ」
目の前では、やる気のなさそうにしている千種が、これまた面倒そうに答えた。
『目標は、防衛拠点、海ほたるを占拠している超大型<アンノウン>! 東京の――いや。三都市の意地を見せてやる! 総員、突撃!』
ふう……さて、じゃあ俺たちの戦いを始めようか。
俺は俺の、守りたいモノのために。そのためであるなら、俺は今日、あいつを消してでも、答えを得る。
『みゆちん、今日も世界を救おっか』
神奈川を出る前に、姫さんに言われた言葉を思い出す。そう、世界。
いままで見てきた世界を、俺の暮らす日常のために。
「姫さん、どうか頼んだよ」