いつもの世界を守るために   作:alnas

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一人ではなく

 夜から朝にかけて駆り出されたせいか、思ったより疲労を感じる。

 なんたるブラック都市か……いつもなら、そう悪態をついてもおかしくないんだが。

「どうにも暗いなぁ」

 カナリアを含む数人の東京の生徒を病院に放り込んできたあと、俺たちはそのまま埼玉に来ていた。

 俺たち――つまり、三都市の代表はカナリアを除き、全員来ている。

 だというのに、なぜいま俺は一人で個室にいるんだろうか?

 いや、簡単なことである。

 今回の一件の報告書を書いていたからだ。ああ、なぜ俺がこんなことをしなくてはいけなかったんだろう……。

「お疲れ様、みゆちん」

 扉を開けて入ってきた姫さんが声をかけてくれる。

「本当に疲れた。で、ちゃんと報告書は提出してくれた?」

「うん、ばっちり!」

 ピースサインを作りながら笑みを見せる姫さん。まあ、これなら問題ないだろう。

「なら、俺はちょっとロビーに出てくる。コーヒーでも飲まないと起きてられん」

「寝ててもいいんだよ?」

 それはそれで嫌なんだよなぁ。もう朝だってのに寝ちゃったら、たぶん夜まで起きない。そうなると、今回の一件の結末も知れなくなるじゃないか。

「みゆちん?」

「ああ、いや。いいよ、起きてる。そんでもって、壱弥がどうするか見守らないと」

「みゆちんって、やっぱり周りの人のこと放っておけないんだね」

 だから、姫さんが言うことって自分に返ってくからやめとけって。

「別に、誰も彼も放っておかないわけじゃねえよ」

「うん、そうだね。でも、みゆちんはちょっと心配になるから、あんまり無茶、しないでね」

「わかってるさ。よし、コーヒー買いに行くか」

「はーい!」

 やっぱり姫さんもついてくるのね。

 その後、自分のぶんのコーヒーと、姫さん、ほたるのぶんのジュースを買い、二人して歩いていると、やっとのことで全員が集まっている場所が見えてきた。

 しかし、通路の奥にいるのか、壱弥と千種の姿が見えない。

 こっちから見えるのは、連絡をとっているほたると、端末をいじっている明日葉の二人だけだ。

「よう、お疲れさん」

「あれ、みゆちん? いままでなにやってたの?」

 ほたるのところには、姫さんが飲み物を持って行ったので、明日葉に話しかけた。

 そういえば、誰にも言わずに個室に向かったんだったか。

「さっきまで、今回の書類をな……一人でまとめていたんだよ」

「あはは、なにそれウケる」

「ウケねえよ。全員海ほたるまで行ってるのに俺だけで書いたんだぞ? おかしいでしょ」

 せめて千種は手伝ってくれてもよかったんじゃねえの――と言いたいところだが、あいつには壱弥の相手をしていてもらわないと不安だ。

 主に壱弥の精神面が。

「ってか、端末いじるくらい暇なら手伝えっての」

「そういうのはほら、お兄の仕事だから」

「相変わらず大変すぎるんだよなぁ、おまえのにいちゃん」

 なんで次席が首席より頑張ってるんだろう? というか、聞いてると戦闘以外ほとんど千種がやってるようにしか聞こえないから不思議だ。

 いや、あいつが苦労するぶんには俺は関係ないからいいけどな。

「で、男子二人は向こうか?」

「うん、そこの角曲がったところに座ってる」

 すぐそこにも程がある。

 むしろ見なくても会話が聞こえてるし。

「――無様だな」

「ああ……俺は無様だ」

「とんちき野郎だ」

「とんちき野郎でもある」

「四位さん」

「そうだ。俺は四位だ。心も体も未熟で」

「雑魚クズ」

「強く……強くなりたかった」

「そこまで認められると気持ち悪いよ」

「そうだな」

 これはだいぶ参ってるな。

 どうしたもんか……。

「――……南関東で一番かわいい女の子は二位であ」

「いや、十位だ」

「いやいや、二位でしょ」

「十位一択……そこは譲れない……」

「いーや、二位だね」

「十位だと言っているだろ……耳が悪いのか、二百十三位」

 やるな千種。そういうアプローチの仕方もあるとは。

 なんだ、思ったより元気じゃないか。好きなやつのことで言い返せるなら十分だ。

「お兄、ほんといい加減にしてほしい……」

「身内からしたらつらいわなー。なあ明日葉」

「……なに?」

「おまえ、顔真っ赤だぞ」

「うっさい! キモい、マジキモい!」

 俺に当たるんじゃありません。こら、ちょっと、俺を蹴るな!

 腹いせに蹴られる側のことも考えろこのやろう!

『朱雀壱弥、要件はわかっているな? コントロールルームまで来い』

 なんてしているうちに、壱弥が呼び出される。

「東京の人、呼ばれちゃったね」

「だな」

「たぶんお兄はついていくだろうから、あたしも行こうかな」

 お先〜などと言い残し、千種の方へと歩いていく明日葉。

 千種も荷物まとめてるし、やはり行くのだろう。

「朱雀くんが行くなら、私たちも行かないとね」

「と、ヒメが言うんだ。行くぞ」

「ほら、みゆちん! 朱雀くんのこと、見届けるんでしょ?」

 姫さんが手を繋いできて、強引に俺を引っ張っていく。いつもの構図だが、おかしいな。俺、今回は行かないなんて言ってないんですけど? むしろ、普段と違って行く気満々だったんだけどなぁ……。

 どこで間違えたんだろ? ――配属都市からかしら。

「いや、さすがにそれだけはないな」

「よっし、はやく行こう! みゆちんの久々のワガママだからね」

 ワガママってほど言ってない気もしなくはないが。とりあえず、姫さんが嬉しそうだから黙っておこう。

 ほたるに自ら斬られに行くほど、俺はバカではないのだ。

 まあ、もっとも? 姫さんの笑顔を見たくない人もまた、神奈川にはいないんだが。つまり、そういうことだ。

 

 

 

 コントロールルームに入ると、すでに千種兄妹が壁にもたれかかっていた。

 俺たち三人は彼らの反対側に立ち、事の成り行きを見守る。

「えっと、呼び出したのは壱弥だけなのだけれど」

 なんて見ていたら、愛離さんが困ったように声をあげた。

 しかし、それに動じる姫さんではない。

「報告書を出したのは私だよ。見届ける義務があると思うな」

 腰に手を当てて、ポーズを決める姫さん。

「私には、姫を見守る義務がある」

 その隣で、ほたるも言う。うん、わかっていたけど、義務なんですね。権利じゃないんですね。わかりません。

 というか、姫さんや。書いたのは俺だ。

「通りかかっただけ。悪い?」

「いや、悪いでしょ」

 反対側では、適当な事を言う千種に明日葉が突っ込んでいる。

 俺? 俺はまあ、

「自分と同じようなミスをしないように、そこのランキングバカを見守りに来ただけだ。それでダメてんなら、報告書を一人で書いたんだから、見届ける義務は俺にもある」

「はあ……」

 愛離さんはため息をつくも、追い出すのは無理だと判断したようで、なにも言わなくなった。

 そして、すぐに壱弥と求得さんの話が始まる。

「壱弥。俺は昨日、部隊を編成して明朝三都市で同時に出撃。そう言ったよな?」

「はい」

「その際、誰からも異論は出なかったよな?」

「はい」

「ミスはそのとき取り返せ。そう言ったつもりだったんだがなぁ」

「はい」

 返事をするだけの機械か、あいつは。

 やっぱり、危なっかしいな。今回はカナリアが死んだわけではないからいいが、支えを失ったときが怖くなる。

「俺の言葉も、意思も、命令もすべて理解した上で、なぜ勝手な行動をした」

「全責任は俺にある。どんな処罰でも――」

「そんなことはどうでもいい。自分一人でもなんとかできるとでも思っていたか!」

「俺が無能だったから、できなかっ――」

 そこまで話が続いたところで、室内に乾いた音が響いた。

 俺の隣にいる姫さんが驚いたように声を上げたが、内心、この光景を想像していなかったわけでもない。

 そう、壱弥が求得さんに殴られたのだ。

「力があれば許されるとでも思っていたか! 自惚れるな!」

「……カナリアを傷つけた敵はまだ、海ほたるを占拠している。せめて、その後始末だけはやらせてくれ!」

「そうしてまた先走るつもりか? 今度は誰を犠牲にする?」

 嫌な質問しやがる。だが、壱弥はすぐに訂正を入れた。

「そうじゃない! ここにいる奴らの助けを借りる。本当の意味で協力する。だから、頼む! 俺をみんなと一緒に戦わせてくれ!」

 へぇ。ここでそう来るのか、あの壱弥が。

 いや、だが丸っきり独りで戦っていたわけでもない。カナリアのサポートも受けていたし、前回の襲撃の際は姫さんに合わせてもいた。

 そうだ、壱弥は度々、周りと協力することをしていたじゃないか。独りっきりで戦ってきたわけじゃない。なら、これはなんらおかしなことではないってことか。

「壱弥……それは俺に言う台詞か?」

 聞かれ、すぐにこちらを向く壱弥。

 千種は嫌そうな顔を作ってはいるが、文句はなさそうに。

 明日葉は、仕方がないと言いたげに。

 ほたるは薄く笑みを浮かべながら。

 姫さんは満面の笑みを浮かべて。

「はあ……全員嬉しそうにしちゃってもう」

 ――こっちまで笑顔になるだろうが。

「はぁあ……まあ、俺がそっち側にいたら、絶対にそんな顔はしなかったんだがなぁ」

 俺たち5人の顔を順々に眺めたのち、求得さんが言う。

「連中に感謝しとけよ! けじめをつけてこい! 説教はその後だ」

 なんだよ、あんたまで嬉しそうにするのか。

 実際、嬉しくはあるんだろうな、管理局側も。あの壱弥が、素直に協力を申し出てるんだ。手を差し伸べないなんてありえない。

「カナリアも持ち直したと連絡があったわ。もしかしたら、力を高める彼女自身の<世界>のおかげかもしれないわね」

 途端、壱弥が安堵の息を漏らす。

 愛離さんからの報告も受け、雰囲気が良い方向に変わっていく。

「よし。行って来い、バカやろうども!」

 直後、部屋中に俺たちの声が響き渡った。

 さて、これはまた、再準備が必要だな。おまけに、あの超大型の対策も練る必要がある。

 なるほど、なるほど。

「今日も徹夜か」

 仕方ない。壱弥のためでもあるが、なにより負けるわけにはいかない。

 もう少しだけ、無茶してやりますか。

 その後はいつもの会議室に戻り、俺たちは超大型を倒すための作戦会議を始めた。

 明日は改めて、決戦だな。

 どうか、先日のように予期せぬ乱入者がいないことを。俺はただ、そればかりを願うだけだった。

 


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