この話はどう展開していくやら……。
実際に見るとデカイな。
海ほたるの近くまで来た俺たちは、資料と映像のみでしか見ていなかった敵を、始めて間近で確認した。
「ほぉ……確かにあれはでかいな」
「だねー。じゃあ、まずは一発!」
「はい?」
後ろで不穏な言葉が聞こえたので振り向けば、姫さんはすでに倒す気満々のようで。
「……今度はアクアラインまで狙うなよ?」
「うん、だいじょうぶだいじょうぶ!」
いつものように、大剣にヒビが入り、パキパキと音を立てながら分解されていく。それらが濃密な命気で繋ぎ留められ、さらに巨大な刃を形作った。
「せやああああああぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!」
横一線。
姫さんお得意の力任せの一撃が炸裂するが、雑魚の小型<アンノウン>を消滅させるだけで、肝心の超大型には効いていないようだ。
だが、効かないまでも、こちらに気づいたようで、球根のような巨体が回転する。
にしても、固いな……まさか姫さんの攻撃が通らないとは。
回復しているなら、前例はあった。だが、その回復スピードを上回る威力で消滅させるほどの一撃だぞ? 防御に特化したタイプの個体なのか、それとも――。
「どちらにしろ、この状況はよくないな」
「ああ。まさかヒメの攻撃で崩れない敵がいるとは思わなかった」
ほたるも現状が飲み込めたらしく、敵の観察を始めた。
「もう一発いく?」
「いや、待て。とりあえずは気を引くだけでいい。繰り返し同じことをしても、敵に効かないのならいずれ興味を失われる。あのデカブツを引きつけるような立ち回りをだな」
「言ってること、全然わからないけどやってみる!」
ちょっと? 言ってることは簡単でしょ。やるのが難しいだけで……。
「ヒメに間違いはない。危なくなったらこちらでフォローする」
「うん、ありがとう、ほたるちゃん!」
ったく、好き勝手に動くなよ。
一歩間違えば俺たちが危険なんだけどなぁ。うちの奴らって誰も自分の危険とか考えないから怖いんだよ。
「死んでからじゃフォローできねえから、無理せずやってくれよ」
無茶やって潰されましたじゃ割に合わん。
いや、すでに単独行動が過ぎたせいで迷惑被ってはいるんだけど。
というか、姫さんやほたるは出力兵装もあるし、空中にいる敵に攻撃届くけど、俺はなにしてろと? 船の上からだと、できるのなんて二人の盾か、船そのものの盾くらいのもんよ?
「俺ってば、なんで連れてこられてんの……」
「ヒメが言ったからだ」
攻撃を姫さんに任せ、運転を続けるほたるが答える。
「ヒメが、おまえがいると安心すると言うから連れ出しただけだ」
「なにその理由」
「知らん。だが、いざってときは頼りにしている」
そのときが来ないことを祈るばかりなんだが。
「わかった。そんときは本気だす。だから、いまは寝てていいか? 姫さんがいるなら早々沈まんだろ」
「先ほど言った言葉を忘れたのか? 死んでからでは悔やむことしかできないぞ」
――……だな。
ふざけていると、本当に危ないときになにもできなそうだ。
「にしても、ぐちぐちと、弱気だな」
耳に届く壱弥の声は、言葉は、普段からは想像できないものだった。
言葉使いこそ偉そうだが、その言葉には、必死さと、大事なものを守りたいという意思を感じる。
だが、やけに声が弱々しい。
『俺は、無力だ。あのときからずっと、一人ではなにもできない……なにも、なにも…………』
これが東京主席かってんだ。こんな姿を、周りにいる生徒に見せているのか?
それほどにまで、カナリアという存在はでかいのか?
「らしくないよ、朱雀くん!」
姫さんが励ましの声と共に、周りの<アンノウン>を屠っていく。
「まるで一般人のような泣き言だな。おまえはもっと傲慢で賢しく、不愉快な男だと思っていたのだがな」
「ほたるちゃん、それ褒めてる?」
「褒めてる褒めてる」
適当なやりとりだな、おい。
「そっか。そうだね! 朱雀くんはぁ、不愉快!」
姫さーん!?
ねえ、それ本当に褒めてるの!? ここぞってときに貶してるようにしか見えないんだけど!
「おまえら、絶対わざとだろ……」
少なくとも、ほたるはわかってやってらっしゃる。
「ん? ああ、やっぱ来たか」
海ほたるに突っ込んでいく二人組を視界に捉えた。まあ、なんであれ、これで東京の奴らは撤退できるかな。
問題は、壱弥の精神的状態がどうであるか、か。
「あっれぇ……やっぱり硬いや」
などと言っている場合でもないな。
「姫さんが何度撃ち込んでも効果なしとは恐れ入る。よっぽど対策してきたのか、はたまた偶然か」
後者はないよなぁ。
こんなのが偶然入り込んできましたとか、笑えない。いろいろ疑っちゃうレベルで笑えない。
「だとすれば、あいつらが呼び込んだか……三都市まとめて潰す気かよ」
いや、その可能性も低いか。
本気で潰しに来るなら、都市ごとに襲撃した方が遥かに効率的だ。なら、目的はなんだ?
「わっかんねえな」
「なにがだ?」
「敵さんの思惑。こんだけ攻めてきたってことは、なにかあるんだろうと思ってはいるんだが」
「確かに妙ではあるな」
考え込んでも答えが出るとは思えないが、一度不審に思うと頭から離れないんだよなぁ、これが。
どうしたもんか。
「天羽、防御」
「あー、はいはい」
大型の先端部分から赤い光線が飛んでくるので、<世界>を発現させる。
光の壁とぶつかり合い、互いに相殺した。
「うっはー、これいまの俺の限界だぞ? ちょっとうまくないな、この展開」
「平気だよ、みゆちん! いざとなったら、私たちがいるじゃん!」
「あー……うん、まあ。大いに頼りにしてますよ」
たぶん二人がいないと撤退すら無理だし。
ほたるは観察を続けている上に、操縦がある。あまり無茶はさせられないし、こんな敵に囲まれた場所で機動力を失ったら詰みだ。
「なあ、東京勢の撤退は終わったんだろ?」
「だろうな」
ならもう帰ってもいいんじゃ……いや、言わないでおこう。
まだ、もう少し時間を稼がなくては。
千種たちも撤退させる必要がある。
「姫さん、もうちょい頑張ってくれよ」
「うん、わかってるよ!」
あの超大型、ひとつ試してみるか――。
実験台には調度いい大きさだ。俺の<世界>は、他の奴らの世界と違い、形が定まっていない。なんというか、いい意味で歪なのだ。
使用方法が多い、万能型とでも言えばいいのか。
誰かが、いまだ発展途中とか言ってたっけ。つまり、まだ完全には発現していない可能性が残っているのだ。
「いっけぇ!」
右手に輝く光を、一直線に伸ばすイメージを強く持ちながら振るう。
すると、その輝きは一線に伸び、速度をあげながら超大型<アンノウン>へと向かっていく。
「おおっ!」
前にいる姫さんが感心したように声をあげるが、しかし。
あと僅かという距離で光が霧散してしまった……。
「チッ、届かないか」
「あれだけ大振りしておいて届かないのか。なぜやった?」
「うるせえな。いけるって思ったんだよ……」
実際、いい線はいっていた。結果的には失敗に終わったが、可能性が広がったと思えばいい。
そうだ。失敗したら、次は学べ。
俺だけじゃない、おまえもだ。壱弥。
「それにしても、やっぱりみゆちんの<世界>ってよくわからないよね。自由すぎるっていうか、捉えどころがないっていうか」
え、それを姫さんが言うの?
「自由さ加減なら、そっちも負けてないだろ。力の塊ってっだけで、なんに対しても作用するじゃんか」
便利さで言えば、ほたるの<世界>も相当のものなのだが。
あれは見えていないといけないからな。あれ? 制限緩くね?
「と、とにかく、次は当てる。さっきのは試運転だし」
「あは、負けず嫌いな性格が出てきたね! じゃあ、前みたく私に勝つまで戦ってみる?」
「…………俺、一度も勝てた覚えないんだよなぁ」
撃破数、模擬戦、ランキング。
すべてにおいて、姫さんに勝てたことはない。それこそ、前線に出ていたときでさえその様なのだ。いまなんて、話にならないだろう。
だが――
「そのうち見てろ」
「――うん! 楽しみにしてるからね!」
まあ、あれだ。たまには再戦するのも、悪くないかもしれない。
っと、ここまでだな。
「撤退だ」
ほたるが先に宣言する。
「千種たちは?」
「とっくに帰り始めている」
「走ってか?」
「だろうな」
それだと疲労もたまるし、万が一があるじゃんか。
こちらの顔を覗き込む姫さんが察してくれたのか、
「ほたるちゃん、ごめんね。かすみんたちを拾ってから帰ろうか」
「ヒメがそう言うのなら」
アクアラインへと向け船を動かし、その間も直線上にいる<アンノウン>を撃破していく姫さん。
俺も練習とばかりに攻撃をしてみるが、悲しいかな。
「一度も当たらねえ……」
「狙いが雑なんだ。あと、発想も雑だ。ただ伸ばすだけとは何事か」
「ひどい言われようだ」
心折れるぞ、まったく。
「あれか」
ほたるが走る千種兄妹を発見する。
「あれ? お姫ちん? どったの?」
「いいから乗って!」
「おまえらの帰りになにかあったんじゃ困るんだよ! 持ってきたバイクを東京の奴らに渡しちまったら、帰りの足がないだろ。それとも、走って帰りたいか?」
姫さんの言葉だけではわけがわからないだろうと、補足説明を入れると、汗をかいて走っていた千種が嬉しそうに飛び降りてきた。
「いや、本当にいいタイミングだったわ。おかげで走らなくて済むとか最高」
「おう、お疲れさん」
まあ、迎撃はしてもらいますけどね? 私もう恥は晒したくないんで。
「お兄……もう、しょうがないな」
少し遅れて、明日葉も乗ってくる。
「全員乗ったな。よし、行くぞ」
ほたるの声にみんなが頷き、俺たちも撤退する。
次に会うときは、倒さないとか。
俺は俺で、忙しくなりそうではあるが……あとは、ずっとしこりのように残っている、この疑問に答えを得るだけだな。
4話が動いた、だと……? はい、あのシーンも一挙放送で動くようになったんですね。
あのシーンはいいところなだけに、動いていると楽しいです。
さて、次回からいっちゃんの更正が始まる! かもしれない。
では、また次回。