時系列的には、合宿とリヴァイアサン級との戦闘の間ですね。
最新話がわかりやすいようにこの位置にありますが、本編再開のタイミングで合宿のあとに場所を移します。
では、どうぞ。
夏というのは、イベントが多い。
合宿を無事に終え、各都市に戻った俺たち代表は、全員ゆっくりとした時間を過ごすはずだった。
そう、だったのだ。
「なんでいつもいつも、夏はやることが多いかねぇ」
どうしてこうなった、とでも言えばいいのだろうか? 言ってもなにも変わらない……。
「なあ、姫さん」
「んー、どうしたの、みゆちん?」
両手に組まれた屋台を持ちながら、姫さんがこちらを向く。
「前回の会議のとき、夏祭りの開催とか騒いでたけど、本当にやるのか?」
「うん、もっちろん! いつも戦ってばかりだから、たまにはみんなにも休んでもらわないと」
そう。いま俺が駆り出されているのは、姫さんのこの思いつきからすべてが始まったのだ。
事の発端となったのは一週間前。
神奈川内の会議を姫さんと四天王、俺でしていたときだ。
「お祭りをしよう!」
元気いっぱいに宣言した姫さんの笑顔に速攻で陥落した四天王どもが同調し、今日まで準備を続けている。
他にも多くの生徒が店を出店したいと言ってきて、そこからはもう神奈川総出のイベントになってしまった。
「まあ、それが姫さんの狙いなのかもしれないけど……」
いくらなんでも、これは出店が多すぎる。
神奈川のみんなで楽しむにしても、都市全体に屋台があるようなものだ。
戦闘科、工科だけでなく、あらゆる生徒がなにかしらの店を構え出す光景は、お祭り騒ぎでは済まされないだろう。いやはや、姫さん効果かね。
姫さんに自慢の品を見てもらいたいってのはわからんでもないが、ここまでくると全員もれなく頭がやられてるな。
「みゆちーん、こっち手伝って!」
「はいよー」
屋台を運んでいたはずの姫さんが、今度はちょうちんをいくつも抱えてきた。
「これは?」
「神奈川中に設置するんだよ! 夜通し楽しむには、明かりが必要でしょ?」
お、おう……夜通しなのか。
っていうか、これ絶対に何日か開催する流れですよね。
悪意のまるで込もっていない純粋な笑顔を向けられてなお、警戒する日がまた来ようとは。
「本当にやんの?」
「やらないの?」
首をかわいく傾げ、困ったような顔をされる。
「ねえ、みゆちん……」
制服の端を握られ、くいくいと引かれる。
「……やろう、お祭り」
「…………わかった。やればいいんだろ、やれば」
結局、折れるのは俺なのだ。わかっていた、そんなこと。
「さて、ちょうちん、つけに行くか」
「うん!」
山ほど持ってきたちょうちんを半分ほど受け取り、言われるがままに取り付けていく。
俺も甘いよな。うん、絶対に甘い。
「これで最後っと」
ちょうちんをすべて取り付け終え、ひとまずは作業が終わった。
俺たち二人が神奈川中を動き回っている間も、四天王のみんなが指揮をとりながら、出店する生徒たちと共に準備を進めていたのを確認している。
というよりも、姫さんが動き回るので、他の生徒がつられて姫さんに声をかけていくるのだ。
主に銀呼とか柘榴とか、あとはほたるにほたるやほたると、ほたるか?
おかしい……あいつらどこにでもいるからな。視線を感じたなと思えば全部三人のうちの誰かだし。
「神奈川に人間はいないのか……」
戦闘面だけでなく、生活面含めてこれだと心配にしかならん。
でもまあ、とりあえずこれで大方の準備は片付いたな。
「祭りも、これならできそうじゃん」
「うん、そうだね!」
笑顔。
この子は本当によく笑う。
「しっかし、なんで祭りなんだ?」
「みんなで楽しめるからだよ。神奈川だけじゃなく、東京と千葉のみんなと!」
「なるほど、なるほど。東京と千葉のみんなと――え?」
いま、なんて言ったんだ。
「姫さん、なんだって?」
「だから、東京と千葉のみんなも呼ぶんだよ?」
「マジリアリー?」
「みゆちん、それ何語? それより、次はカナちゃんと明日葉ちゃんのところに行って、お祭りの開催を知らせに行こう!」
えー? 本気ですかそうですか。
だからこれだけ大規模でもやれるのね。
「どうりで、屋台の数が多いはずだ。普段学生が営んでる店までわざわざ屋台で出店しているのが、どうしても理解できなかったんだ。まさか、こんな裏があるとはな」
「せっかくだからね。楽しむなら、人は多いほうがいいよ」
「はいはい。仰せのままに、お姫さま」
手を握られては、どうせ抜け出せない。
このままおとなしくしているのがいいのだ。
「あ、ほたるちゃん! ほたるちゃんも行く?」
「行くよ。それで、どこに?」
行き先も聞かずにオッケー出す奴があるか……。あと、無言でこっち見んのやめろ。怖いだろこのやろう。
「東京と千葉だよ」
「なるほど。ヒメの言いたいことはわかった。なら、行くとしようか」
「うん! まずは千葉からだね!」
通じるのかぁ……行き先を伝えただけでほたるに伝わるのか。
姫さん検定何段を取ってればできる芸当なのだろう? いや、まったくもって理解したいわけじゃないんですけどね。
初めて埼玉に連行されたときのように、列車の中で向かいあって座る俺たち三人。そこに会話はなく、ほたるの肩を借りて眠る姫さんと、本を取り出すほたるの姿があるだけだ。
「なんの本だ?」
「ヒメに読み聞かせるための本だ。貴様は黙って聞いていろ、天羽」
「読み聞かせるって、姫さんもう寝ちまってるぞ? 意味ないんじゃないか?」
「いや、寝ているからこそ意味がある。いいから、静かにしていろ」
よくわからん。
本の裏表紙には百合の花か。いったい、なにを聞かせようってんだか。
「『ダメだよ、こんなの……私たち、女の子同士なんだよ……?』」
しばらく聞いていると、不穏な台詞がほたるの口から聞こえてきた!?
「瑞々しいふたつの果実の先端を、震える指先が摘んだその刹那、甘く蕩けた――」
「ストップ! なに考えてんだおまえは!」
急いで本を取り上げる。
「なにをする?」
「疑問に思うんじゃないよ。変な話を姫さんに聞かせるな」
「これは立派な睡眠学習だ。ヒメにも良さを知ってもらうには、いまのところこれしか方法がない」
「試みるなよ……せめて、もう少し軽いものからだな」
「それでは意味がない。肉体的接触がなければ」
「うん、わかった。俺の話が通じないのはよくわかったから。頼むから、二人だけのときにやってくれ」
俺だって聞きたくないのだ。
その話を読むくらいなら、姫さんと二人仲良く話しててくれよ。
「いいだろう。今日はおまえのためにも控えてやる」
本を返すと、おとなしくしまってくれたほたる。
「それより、千種たちには話を通してあるんだよな?」
「無論だ。いまごろは駅で待っていることだろう」
どうだか……と思っていると、ちょうど千葉についたらしい。
「お姫ちん、ほたるん、招待どうもありがとー」
ドアが開くと同時に、明日葉が乗り込んできた。
「あれ? みゆちんも来てたんだ」
「成り行きでな」
おまえらこそ、素直に待ってたとは驚きだ。
「おう、天羽。お互い大変だな」
「開口一番に言う台詞じゃないよな、それ。まあ、同意だけどさ、千種」
明日葉が来るんじゃ、おまえも来るしかないわな。
お兄さんも大変だ。
「今日の夕飯どうしよっか、お兄?」
「好きなもの食べればいいでしょ。どうせ千葉の食材だし、千葉の良さとありがたみがよくわかるいいイベントだな、うん。なんなら千葉の食材をひとつひとつ語るまである」
「いや、それはキモいし」
こっちも通常運転か。
彼らも通路を挟んで反対側の席に座ったので、列車が出発する。
あいつらも本とか読むんだな。なんか、同じ本に見えるけど……あ、千種が明日葉に文句言われてる。
「ちょ……お兄ぃなんで同じ本読んでんの!?」
「え、たまたま。あとノベルティグッズも貰っといたからね」
「うざっ!! ほんっとにうざい!」
シスコンもここまでくると病気だな……明日葉、頑張れよ。
ほたるは起きた姫さんといろいろ話してるし。
平和っていいねぇ。
しばらく寝ていたらしく、目を開くと既に壱弥とカナリアが乗っていた。
「起きたか」
「おう、ほたる。おはよう」
「ずいぶん寝ていたな。二人が乗ってきたときの騒ぎにも気づかないとは」
騒ぎ? ああ、壱弥関係かな?
「なにかあったんだな」
「一名、今日のことを聞かされていなかった奴がいてな。当日になって聞かされたものだから、それは大騒ぎだ」
「それは……災難だったな」
カナリアの伝達ミスか? なんにせよ、壱弥の機嫌が悪いことだけはわかった。
視線を壱弥たちに向けると、しかし。
そこまで怒っているようには見えない。
「さきほどまでは本を読んでいたみたいでな。その辺りから静かにしている」
「そうなの?」
確かに壱弥は本を見ているようだが、カナリアは寝てるんじゃないのか? 千葉に向かうまでの姫さんのように、壱弥にもたれかかっているカナリアの姿が窓に映る。
壱弥も、窓に映っているのが気づいていないのか、優しげな笑みを浮かべている。
ぐっすり寝てしまったかのを確認をしているのだろうか? 指先でカナリアの頬を突いて反応を見ていた。寝ているのがわかると、バッグから毛布を出し、それをかけてやっている。
「へぇ……壱弥もやるな」
それにしても、よく壱弥が今日の祭りに来たものだな。
これは、あれだな。
「パートナーは大事だもんな。たまにはつきあってやらないと」
なんか、今日の祭りは賑やかを通り越しそうだな。
とりあえず、一緒にいると疲れることが確定しているメンバーなんだ。ここは、少しでも体力を回復しておこう。
「寝るか」
起きたばかりではあるが、神奈川に戻るまでのわずかな時間。
せめて、その間だけでも、静かな夢に浸っていたい――。
次回までこの話が続きます。
各都市の代表たちがどう過ごすのかにも、触れていきたいですね。
では、また次回。