はあ、なんていうかいいなぁ。
普段から割とゆっくりしてはいるが、いつもいたずらか危険と隣合わせのゆったり感しかないから、こうして不安のない中誰かと過ごすのは悪くない。
「で、壱弥はいつになったら俺たちを呼んでくれるんだ?」
見上げると、こちらを見下ろす明日葉の顔が視界に入る。あ、目逸らしやがったこいつ。
「ダメだよ、みゆちん。明日葉ちゃんに怖い顔しちゃ」
「待って、なんで俺が睨んだ前提なの? おかしくない? ねえそれおかしくない?」
納得いかん。
俺がなにしたっていうんですか!
「落ち着け、天羽。ヒメは正しいことを言っている」
「おまえはその贔屓もとい姫さんに服従の姿勢をやめろ。友達なんだから、正すべきところは正せ」
「ヒメに正すべきところなどない。ヒメはヒメだ。私はヒメをいつだって肯定する」
どうしてくれよう。
一度姫さんから離した生活をさせるべきか……無理だな。あの手この手で帰ってくるのが見える。
「ねえ、みゆちん」
「明日葉に呼ばれると違和感があるんだかないんだか……なに?」
「膝の上で動かれると、くすぐったいからじっとしてて」
「……はい」
ほたると話すうちに、無意識に動いていたらしい。
なんてやりとりをしている間に準備ができたらしく、壱弥とカナリアが外から顔を出す。
「なんだ、この状況は」
「いっちゃんもしてほしい?」
「バカナリア……いいから、全員出てこい。夕飯だ」
それだけ言うと、また戻っていく壱弥。
「だってさ。行くか」
「うん」
明日葉に声をかけ、先ほどから魂の抜けた抜け殻のようになっていた千種は引っ張るようにして外に出した。
姫さんとほたるも仲良く手を繋いで出てきたので、これで全員かな。
「明日葉、ちゃんと千種にフォロー入れとけよ」
「だいじょうぶ。そのうち復活するから」
兄妹だからわかることもある、か。そう、親族だからこそ……。
「とめないとな」
誰に聞こえるわけでもなく、一人呟く。
あれは俺の相手だ。
他の誰にも。姫さんにすら、背負わせるわけにはいかない。俺一人で、倒さなければ。
「みゆちーん! はやく食べようよ」
姫さんが俺の名を呼ぶ。
どうやら、みんなはすでに思い思いに食べ始めたようだ。
「はい、お兄」
「あ、ああ。って明日葉ちゃん? これ、空の皿なんだけど」
「一緒に食べよう? だから、焼くのと盛るのお願い、お兄ちゃん」
「まあね。お兄ちゃんだからね」
あ、なんか千種が妹に丸め込まれとる。楽しそうだからいいけど。
やっぱり妹の方が強いよなー。
壱弥とカナリアも好きにやってるし……。カナリアに焼かせると危ないから自分がやる? なるほど、面倒見のいいことで。
「で、神奈川陣営のぶんは俺が焼くと。なに、まくら投げの勝敗で食う側と焼く側を決める条約でもあったっけ?」
別に不満はないからいいけどさ。
焼きながら食うし。
肉、野菜野菜野菜野菜、肉。焼いた端から、横の皿に盛っていく。ほたるはバランスよく、自分で焼いているようだ。
「ねえねえ、みゆちん」
「なんだー、姫さん」
「これ、野菜多くない? 私、いつもちゃんと食べてるよ」
そう、焼いていたのは姫さんのぶん。
「不満か? おまえは甘いものと肉しか食ってないイメージだからつい」
「ひどい!」
そうは言われても、素直なイメージなのだから仕方ない。
なんか周りの生徒から餌付けされてる感じなんだよなぁ……。
「ヒメはわりとなんでも食べるぞ。もちろん、甘いものを食べる頻度は多いがな」
ほたるが補足説明をくれるが、なるほど。
やっぱり甘いものは好きだよな。もちろん、そこに文句はない。
「まあ、まずは食べろ。肉もたくさん焼いておくから」
壱弥が準備したのだろうが、量が多い。これはきっと、カナリアが好意で持ってきた食材を戻して来いとも言えず、やむなくぜんぶ処理したんじゃないだろうか。
壱弥だし、カナリアの笑顔を見せられたらそこで負けか。
千種みたいなものだな。
「もしくはうちの四天王どもか」
「みんながどうかした?」
隣にいる姫さんが食いつくが、特に言うことはないんだよなぁ。
「どうもしない。ただ、たまには神奈川メンバーだけでこういったことをするのもありかなって」
「あ、いいね! だったらみゆちんのチームメンバーも全員呼んでやろうよ」
「あいつら全員連れてこいとか、俺の命がいくつあっても足りねえよ……眼目すら、捕まらないときは捕まらないからな。他の面子は基本出かけてるか引きこもってるかでメールくらいでしか連絡取れないし」
やだ、俺のチーム連携取れなすぎ……。
このままだといざってときに全滅エンドしか待ってないんじゃないかな。よし、今度一度しっかりと話し合おう。集まったメンバーだけだと、よくて三人かな。
「ダメだな、これは」
「みゆちんのチームって個性的だよね」
「姫さん率いる生徒会にだけは言われたくねえ。変人変態の巣窟だろ、あそこは」
もっとも、俺もよく出入りしているから、下手したら変人の仲間入りをさせられているのかもしれない。
神奈川って本当に変わった生徒だけが配属されてるんじゃないだろうな。
もしくは扱いづらい奴とか? あ、俺か……。
「どしたの、みゆちん。考え事?」
「考え事だ。絶賛考え中のとある問題があってな」
なんてったって、対策を練るべき事柄が多すぎる。いつまでも、平和ではいられないだろうな。
最近はどこの都市も大きな問題はなく、危機感を感じなくなっている。
本来、いつ危機的状況に陥っても不思議ではない相手と戦っているのだ。それに、あいつらの動きも気になる。
下手したら、近いうちに打って出てくるかもな……そうなったとき、大きな被害が出なければいいが。
斬々が向こうにいる以上、あいつらはどこででも活動できるだろう。危険区域など、無いも同然だ。嫌なことだ。まるで動向を掴めない。
「みゆちん……」
「なんだ?」
「顔、怖いよ」
気づきもしなかった。
どうも、彼女が関わると強く意識してしまう。いまは楽しい時間だ。問題は一度、仕舞いこんでしまおう。誰にも気づかれぬよう、俺が片付けるべきものとして。
「気のせいだ。俺はいつでもだるそうな顔しかしてないだろ」
「…………うん、そうだね」
「待て、全肯定はさずがにひどいぞ姫さん」
「そうだぞ、ヒメ。天羽はいつでも腐ったような表情しかしていない」
待つのはおまえもだ!
「誰が腐った顔だこのやろう」
「うるさい。文句を言われたくなければ、普段からしっかりしろ。最近こそ、外では真面目になってきたが、神奈川に帰ればなにもしない生活に逆戻り」
外で起こる問題が面倒過ぎるだけなんです許してください。
自分の都市くらいでは、ゆっくりしていてもいいじゃないですか。
ほら、うちは戦闘においては俺がでなくてもどうにかなるでしょ? 姫さんを筆頭に、ほたるもいるし。他の四天王も連携ばっちりだし。
「頑張らなくていいときは頑張らねえよ」
「そんなんだと、また失うよ」
姫さんの声に、鋭さが混じる。
「もう、失わねえよ。あの日のように、迷ったりもしない。だから力に囚われないようになったんだ。俺は二度と、同じ過ちは犯さない」
誰一人、犠牲にしてなるものか。
俺の日常に生きる人たちは、誰一人。たとえ、俺自身がいつか犠牲になろうとも、必ず――。
「そっか、そうだね。ごめんね、みゆちん」
「気にしてない」
姫さんとなら、その話に触れても平気だ。
「おまえたちの問題は、思ったより深そうだな」
「そっか、ほたるちゃんは、見てないんだよね……うん、あまりいいものじゃないよ」
「話さなくていいよ。私は無条件で、ヒメの味方だ。だから、ヒメの味方であるおまえがなにかを果たそうとするなら、手伝うまでだ」
二人して、やめとけ。
そういう態度は、俺に響く。
「頼ることがあったら、頼むよ」
きっと、そんなことが起きる事態になったなら、もう取り返しのつかないミスを犯したあとなんだろうけどな。
「よし、暗い話は終わり! さあ二人とも、もっと食べるよ! はやくはやく!」
「ヒメが望むのなら」
「へいへい」
調度、話を変えたかったところだ。
さすが姫さん。
大量にある食材を七人でつまみながら、楽しい話とともに、夜は更けていった。
いつまでも、いつまでも頭に残って離れない光景。
あのとき、少しでも早くたどり着いていたのなら、一人くらいは救えたのだろうか。
俺がランキングなんぞに拘らなければ……姫さんをもっと早く、肯定できていたなら、結果は変わっていたのだろうか。
いまも、その答えを探し続けている。
誰からも答えを得られない、自分との問い合い。
「誰か、いつか俺を救ってくれ」
ポツリと漏れた言葉は、夜空へと溶けていった。あの頃と同じように、誰に届くこともなく、俺はいまも、この世界に一人だ。
次回からはまた本編に入っていくんじゃないでしょうか。
主人公の過去も徐々に掘り下げつつ、進めていきたいと思います。
では、また次回で。