いつもの世界を守るために   作:alnas

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天羽

 俺たちから離れた位置に積まれた瓦礫の上。そこには、腰をくすぐるほどに伸びた黒髪に、真っ黒い双眸。冷え切った笑みが、こちらに向けられていた。

「自由、まさかあの場から生き残っていたとはな。四年前、確かに殺したと思ったが……」

 その口から発せられる声も、ひどく冷たい。そう思ってしまうのは、俺だけだろうか。

「生憎、おまえの思い通りになるほど素直じゃなくてね」

「可愛げの欠片もないのはそのせいか」

 うるさいことで。

 だが、この乱入者はちょっとやばい。

 この場においては、たとえ姫さんだろうと優位は取れないはずだ。打倒できる可能性を秘めているのはほたるなのだが、果たして通じるものか……下手を打てば出力兵装を破壊されて終わりだ。

「やっかいだな」

 ただでさえ、怪物じみた女をなんとか囲ってる最中だってのに、こんなときに限って出てくるか、普通。

「――ああ、そうか。こんなときだからか!」

 混ぜっ返すのは大好きだよな、おまえ。恐ろしく、強く、残酷で。それでいて、内心は迷ってて、ただの人みたいで。

 嫌になる。

「ねえ、みゆちん……」

 なにより、姫さんに不安そうな顔をさせるのが最も嫌なことなのに。どうして、俺が嫌うことをするんだろう。

 あの日、理由もなく俺を救ってくれた彼女に失礼だ。

 どれだけ親しかった過去があろうとも。長く過ごした時間があろうとも。どんな関係であれ、拒絶しなくてはないらない!

「姫さん、俺はこれでも、救われてる方だと思ってる。だから、だいじょうぶだ」

 仮に、あれが誰であれ、戦える。

 隣に、周りに、仲間がいてくれるなら、きっと。

「怖い目だ。嫌われたものだな、自由?」

「大っ嫌いだからな、事実として。身に覚えがあんだろ? おまえ、許されると思うなよ」

 他の連中は俺たちの会話の内容を理解できないだろうが、いまはそれでいい。

 あんな奴のことを、話すこともないだろう。

「初めから許される必要もない。私は私のやりたいことをやるだけ。おまえはおまえの好きにするがいい」

「そうさせてもらうさ。ほら、さっさと消えろ」

 もう、なんとなくわかってきた。

 あの日感じた、気配の正体。

 今日こうして、この場にこいつらが来たこと。ふたつのことは、無関係ではあるまい。そして、<アンノウン>の死骸の件も、間違いなく、やったのはこの女だ。

「なんのつもりだ?」

 俺が彼女に向け構えを取ると、不思議そうに聞いてくる。

「もちろん、おまえが手を出すのを止めるんだよ」

 正直、真正面からだけでなく、背後からの不意打ちだろうと戦うのはごめんだ……だけど、俺がやらないと。

「……ふらつく体でよく動くな。だが、そこの女の言葉を借りるわけではないが、つまらん」

「なに?」

「おまえは叩き潰すに足る男だが、それは十全の貴様だ。そのボロボロの状態で戦って、私を失望させるな」

 全員が成り行きを見守るなか、真ん中で堪えていた人物が、叫び声を上げる。

「ぐだぐだ、ぐだぐだと……話すなら他所でやってもらえませんかねぇ! こっちとら、この場の全員殺したくて仕方ないんですからぁ。みんなみんな、ズタボロにしてやるぅ!」

 これまで包囲していた方の女が、我慢の限界に来たのか、傷など無視して、腕を振り上げた。

 あの位置だと、クソッ! 姫さんに当たる――。

「うるさい」

 直後、不機嫌な声と共に、女が地に伏していた!?

 違う! 踏みつけられているんだ、あいつに!

「どういう、つもりだ……?」

 俺は、二人が一斉に俺たちに迫ってくるものだと、そう信じて疑っていなかった。だが、現実はどうやら、違ったらしい。

「どういう、か? 私は話の邪魔をされるのも嫌いでな。ちょっとした知り合いではあるが、まあこの程度なら許されよう」

 唯我独尊。

 タイプは違うが、こいつも自由に、そして凶悪に生きる者だ。

「俺の前にのこのこ出てきたということは、潰されても文句はないな」

 そんな女に、壱弥が好戦的な笑みを見せる。

 千種妹も、銃を向け、ほたるも剣の柄に手をかけた。

 姫さんは警戒しつつも、剣を向ける気はない。

 千種はこちらをスコープ越しに見ているだけだ。

「まったく……そう急くな」

 周りの光景を見て、彼女の顔に張り付いていた笑みが、狂喜に歪むのを見た。

「慌てずとも、貴様ら全員、いずれ相手にしてやろう」

「いずれ? いいや、おまえはここで終わる!」

 誰も、彼女の恐ろしさを知らない……かつて共に暮らしていた俺だけが、チームを組んでいた俺だけが、ここでの危機を回避できる!

「やめろ壱弥!」

 彼が動き出す前に、静止の声をかける。

「どういうつもりだ、天羽!」

「説明はもちろんす――」

 話し終えるより早く、黒髪をたなびかせ、手を掲げる。

「――全員、こいつから離れろォッ!」

 周囲に<世界>による衝撃を放ち、みんなを彼女から遠ざける。

「相変わらず、反応の早いことだな」

「うるせえ!」

 動かれる前に、叩く!

 ここからの行動は、我ながら速かった。

 彼女に肉薄し、その右頬に拳を突き刺す!

「あ、が……?」

 呻き声が上がったのは、しかし。俺の方だった……。

自動反撃(オートカウンター)。おまえも学ばないな、自由」

 俺の腹部に、深々と刺さった、女の手。

 しまった、こいつ前より……防御力も攻撃の鋭さも、上がってやがる!

 足がよろめき、後ろに倒れる。

「みゆちん!」

「天羽!」

 吹き飛ばした奴らの、呼ぶ声が聞こえる。

「フン、おまえらを庇ったせいで、こいつはあえて私に迫ったのだろうな。報われん奴よ」

 そんなことはない。もう十分に、報われている。

 だから――。

「自動反撃くらい、対策はできてんだよ」

 鍛えられた、鋼の肉体から実現されるアホみたいな防御力。すでに、最高峰の出力兵装ですら傷をつけられないだろう。

 その上、反射レベルの速度で繰り出される手刀での反撃。

 だが、あいつは初撃、一対一の場合は好んで腹部を狙う癖があった。

「運がいいな、俺も」

 穴の空いた服の隙間から、厚めの石板が落ちる。

「肉を貫いた感触がないとは思っていたが、そういうことか」

 彼女も納得したらしく、舌打ちを鳴らした。

「まあ、いい。今日は潰しにきたわけではないからな。いずれまた会おう、自由。あのころの話しでもしながら、ゆっくりとな」

「待てよ。おまえ、なにがしたいんだ? おまえは自分の<世界>で、なにを成そうとしている?」

 かつて、俺のチームにはあまりに異質な<世界>を扱う者がいた。

 そいつは、俺以外のすべての人に自分の<世界>のことを誤った認識をさせていた。

 彼女は『デュアル』でも、異なる<世界>を複数持っているわけでもない。

 実態は、誰よりも凶悪で、あってはならない夢を見たための悪なる<世界>を顕現させていたのだから……。

「おまえは、倒した<アンノウン>たちの力を手に入れて、世界になにを望むんだ、 斬々(きるきる)!」

 彼女――天羽斬々に、あの日から問いかけ続けた言葉を投げかける。

「……」

 しかし、今回もまた、答えはない。

「自由、おまえはまだ、この世界のことをなにひとつ知らない。いずれわかるときが来るだろうさ。さて、私たちはもう、ここでやるべきことはない。先日に欲しい情報は奪えたからな」

「やっぱり……俺が感じた気配の正体は、おまえたち二人か」

「ああ、ごまかしたりはしないさ」

 苛立たしい。

「では、また会おう。そうだ、ひとつだけおまえに教えておこう。私の<世界>は、故意に<アンノウン>を呼び寄せることもあるとだけな」

 その一言を残し、斬々は下に踏みつけていた女性を気絶させ、軽々と背負う。

「こいつは返してもらおう。こんなのでも、必要な人材だからな」

「待てよ。おまえはあの日、なにを見た? ただの<アンノウン>を見たわけじゃないんだろ!? でなきゃ、おまえの<世界>があんなものであるはずがない! 答えろ斬々、あんたが眠りにつく前に会った存在のことを!」

「――おまえの問いには、いずれ答える日が来るだろう。だが覚えておけ、自由。世界は決して、正しくないとな」

「なにを……」

 それ以上の会話は必要ない、というように身を翻すと、<アンノウン>がゲートを通って出現するように、その場の空間が歪み、それっきり、天羽斬々――俺の姉であり、元チームメイトであった女性は、姿を消した。

 後には、言いえぬ不安だけを俺に蟠りのように残して。

 

 

 

 

 敵を取り逃がした後、全員の視線が俺に集中する。

「で、だ。なあ天羽。おまえ後に現れた奴と知り合いっぽかったな」

 千種が代表して、話しかけてくる。

 ここで隠しても、無意味か。

「そう、だな」

 すべてを話すのは長い。必要な部分だけ切り取って話すか。

「彼女の名前は天羽斬々。俺の実姉だ。そんでもって、四年前まではチームを組んでいた人でもある。ある事件から、亡命しちまって、そこからはまるっきり噂を聞かなかったんだが――」

「今日会ったら、わけのわからないことに手を出していました、と?」

「まあ、そうなる」

 神奈川陣営を除いた四人から、ため息がこぼれる。

 これは、あれか……みんなから文句の嵐になる、超絶面倒な事態になる奴か……。

「それで、あいつと戦うのを止めたのはなぜだ?」

 不機嫌そうな壱弥に問われる。

「彼女には、ただ普通に戦っただけじゃ勝てない。半端なことをすれば、一撃を流され、反射レベルの反撃を受けてお終いだ。だから、誰かが傷つく前に止めたんだ」

「余計なことを……」

 だとしても、あいつに――斬々に誰かを傷つけられるのは嫌だった。なんと言われようとも、俺のしたことに後悔はない。

「まあまあ、おかげで万年四位さんは無事だったってことだろ? ならいいでしょ」

「だね。今回の犯人もわかったし、捕まえられなかったけど、報告内容としては、決して悪いものじゃないよ!」

 千種とカナリアがそう言う。

「捕まえられなかったのは、悪い報告だとは思うけどね」

「うっ……困ったときは、笑顔だよ!」

 千種妹の追求に、作り慣れた笑顔を向けるカナリア。

「おまえら、俺を責めたりとかはないんだな」

 ぽつりと声に出てしまったつぶやきが聞こえてしまったのか、再び全員の視線が集まる。

 しまった……言ってから後悔するとはこのことか。

「おまえのなにを責めるんだよ」

「え?」

 だが、返って来た言葉は、予想とまったく違うものだった。

「そうだよ! 私たちだけなら、いっちゃんたちを助けられなかったもん」

「やられてた側が言えることじゃないけど、残ってくれてなかったら、全滅だったし?」

 わからん……おまえの肉親のせいで! と怒ってもいいところだろうに。

「誰も、みゆちんを悪者になんてしないよ」

 後ろに回りこんだ姫さんが、後ろから抱きついてくる。

「だって、みんながみゆちんのいいところを知っているんだもん。だからもう、怖がらないで」

 姫さんの優しい声が、聞こえる。

「だいじょうぶ、だいじょうぶだから」

 俺の過去を少なからず知る少女。唯一、死にかけたあの日に駆けつけてくれた女の子。

 たぶん、後ろにいる相手は、俺にとって安心できる居場所なんだと思う。

 最初はあれだけ嫌っていたのにな……。

「ありがとう、姫さん」

「ううん、私の台詞だよ、それ。ありがとう、みゆちん。今日も、この前も、たくさん、ありがとね」

 どうやら、今回の任務はこれで終われるだろう。

 痛む体に鞭打って旅館まで戻ろうとしたところ、俺から離れた姫さんが、全員に聞こえる声で宣言した。

「じゃあ、全部終わったし、今夜はまくら投げ大会だよ! さあみんな、楽しい夜はこっれからだぁ!」

 ………………わ す れ て た !

 無邪気にはしゃぐ姫さんと、その隣で笑顔を見せるほたる。

 続くようにして、会話に混ざっていく千種妹とカナリア。

 こうなれば、回避は不可能、だろうな……。

 どうやら、夜はまだまだ長いらしい。

 俺は静かに、覚悟を決めて、旅館につながる道を歩き出した。




次回は姫さんと楽しい楽しい日常回だやったね! なお、男性陣は潰される模様。
ヒメニウムを最大限に補充できるような話にできるよう頑張ります!
では、また次回で。

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