集合場所がアクアラインってのもなぁ……姫さんに壊させとけば、もしかして合宿とかなかったんじゃないの?
そんなことを思うのはよくないとわかってはいるのだが、来たくなかったと思うのだからしょうがない。
なぜなら、
「おまえら自分の荷物くらい自分で持てよ」
俺一人で神奈川メンバーの荷物すべてを運んでいるからだ。
「命気操作すれば余裕だろう。貴様は普段からたるんでいるから、いい機会だ」
「誤解だ……」
前線には立たないが特訓はしている。
してなければ、姫さんの一撃を受け止めた瞬間に踏ん張りが効かずに吹っ飛ばされている。
「まあまあ、ほたるちゃん。みゆちんは優しいから、そんなこと言わなくても持ってくれたと思うよ?」
姫さん、純粋なあなたに言われると断りづらいだろ。
持つのは確定していたらしいので、もうこのあたりで運命に抗うのはやめておこう。
「で、例のごとく三都市でメンバーを選出できるはずなのに、こうなると……」
集まったメンバーを見ていくと、三都市が三都市とも代表じゃねえか。
なんなの、代表しか来れないって書いてありましたっけ?
「まぁた万年四位さんと一緒かよ」
「ふん、二百七位ごときが俺を呼ぶな」
「別におまえの名前は呼んでないだろ。あと、前回の戦闘の影響で二百十三位だ」
「まだ落ちるのか……いい加減、真面目になったらどうだ」
目の前ではお決まりの光景。
会えば言い合いが始まるのだから、仲がいいのか悪いのか。
そう疑問に思うのは何度目だろう。出会って間もないのに、不思議な感じだ。もっと、ずっと前からこの光景を知ってるようにさえ感じる。
「……気のせいか」
そんなはずはないのだ。
俺が彼らと初めて出会ったのが三日前。だから、なにもかも、ぜんぶ気のせいだ。
「またアホ二人の醜い争いか。いつもいつも、飽きないものだな」
「まったくだな。もっとも、ほたるの姫さん好きもよく飽きないものだと思うけどな」
「一緒にするな。あの程度の連中と同レベルとされると、姫に申し訳ない」
そうっすか、姫さんへの愛情表現は彼らの言い合いとはレベルが違うと……なに、どういう意味だこれ。
「でも、二人とも仲いいよねぇ」
「いいわけないだろ」
「天河たちの愛され関係と一緒にしないでくれる……いや、本当に日頃の行いを疑わないといけなくなるから」
わかる。わかるぞ千種。一緒にされたくないよな。
なんて頷きたいけど、すまん。おまえら全員同じだと思うの。
「なんだ、その目は。三百五十六位、おまえも俺がこいつら無能と同じレベルだと言いたいのか?」
いっちゃんさん絡んでくるなよ……。
「万年四位さんは上三人がいるから天河たちとはレベル違うだろ」
「なんだと! おい千葉カスくん、いまのはどういう意味だ?」
「どういうって、理解できないんですか、万年四位さんは」
はあ、とため息もおまけで吐く千種は悪意の塊かよ。こいつらのやりとりは心臓に悪い。一歩間違えればやり合う展開もあるだろうに、よくやるな。
「ここまで言い合える仲だと、逆に感心するな」
「お兄もなんだかんだで楽しんでるからね」
千種妹は端末に目を向けながら話しかけてくる。
「なんだ、嫌悪感から言葉が出てるわけじゃないのか」
「うん、お兄はね、理解されにくいけど、悪意だけで動いたりはしないよ」
「そっか。千種妹は兄さんのことよく理解してるんだな。さしずめ、唯一の理解者ってところか」
俺にはまだまだ、彼らをわかることはできない。
これから知っていけばいい? 知るのと理解するのは似て非なるものだ。自分で理解した気になっていたことが、もっとも怖い。
「お兄の理解者なら、あんたもなってくれるでしょ?」
逆に、こういうあり方はずるいと思う。
苦手だ。
だけど、だけど――。
「あいつ自身がそう思うなら、否定はしねえよ」
たぶん、きっと悪い気はしないのだろう。
本物を欲する人間もいる。偽物を見ないふりして進む者もいる。
あいつも素直になれば、きっと変われたんだろう。プライドもなにもかも、かなぐり捨てれば――。
「無駄なこと、か」
「ん?」
「いいや、なんでもない。ただちょっと、昔友達になれたはずのやつのことを思い出してさ」
「ふ〜ん? その人がどうかしたの?」
どうかした。
いや、どうかしてしまったのだ。
「気づいた頃には遅いこともあるんだよなぁ。なんていうかさ、ほら……」
「いや、特に興味はなかったからいけど」
お、おう……確かに俺に興味は持たないだろうな。
「地味に傷つくわ」
「そうは見えないんだけど」
「見せないんだよ、覚えとけ」
「覚えない。余計なものはお兄が覚える役目だし」
兄ちゃん大変だな、おい。同情するぞ。
しかし、あいつらの言い合いはまだ終わらんのか……前回も長かったし、仕方ないか。
「誰も止めようとしないんだもんな」
「あれは必要なやりとりだから」
「不愉快な者同士をぶつけておけば、いずれどちらかは潰れるだろ」
千種妹、ほたる……おまえら怖いわ。
「ときに三百五十六位」
お、こっちに話飛んできたよ。
「訂正しろ、三百八十四位だ」
「おまえもだいぶ落ちたな……」
ほたるが変動後のランキングを伝えると、壱弥は『哀れな……』と呟いた。しかし、俺もひとつ言わせて欲しい。
「なあ、俺も順位落ちてんの?」
「当然だろう。前線に来たはいいが、あのとき一匹でも倒したか?」
ほたるの質問に、三日前の記憶を呼び起こすが、思い返せば後方支援と姫さんの一撃を凌いだことくらいしかしてないな。
「そりゃ落ちるわ」
「常に前線に出ろ。おまえほどの奴なら、すぐに上がるだろ」
「別にランキングそのものに興味はないよ」
「わかっている。だが、おまえには力がある。ならば前に出ろ。それが最低限、いまのおまえがやるべきことだ、天羽」
……名前、覚えてるのかよ。
にしても、また責任云々の話になりそうだな。
「前に出るのは嫌いなんだけど……いや、言いたいことはわかる。でもな、出始める時期ってのもある」
「なんだそれは」
「さあねぇ。いま言えることは、おまえが割と仲間を大事にしてるってことくらいかな」
「――ッ!?」
こんなんで動揺するのか。
口は悪いが、中身はいい奴すぎるな。
周りの反応を見ると、頷いているのが二人。興味なしが一人。きもいと言ってるのが二人。
「それで、ここらへんを調査すればいいのかな?」
東京の次席――宇多良カナリアが笑顔を浮かべながら全員に問う。
そういえば、今回は管理局の方から人が来てないようだが、どこかで見物でもしているのか?
「今回は管理局側からは誰もこない。申し訳ないが、私たちだけでやってくれとのことだ」
俺の疑問を読み取ったのか、ほたるが教えてくれた。
「とりあえず、みんなで海に潜ってバァーって捜査して、ズバーンって解決しちゃおう!」
「いや、天河の言ってることさっぱり理解できないんですけど」
姫さんの発言に、すぐさま千種が難色を示す。
「まずは宿だろ」
なので代わりに提案をすると、離れた位置に、これまでなかったはずの旅館らしき建物が建てられていた。
「え? なにあれ」
「今回のために建てられた宿だ。ちなみに、調査が終わり次第崩され、他の機会にリサイクルされるだろうな」
たかが数日のために建てるか普通……。
「工科の生徒たちにもだいぶ力を貸して貰っているからな。今度、差し入れでも持って行ってやるか」
「向こうも大変だな。でも、四天王総出で行ってやったら喜ぶんじゃないか」
ほたるの意見には賛成だ。
なにしろ、俺が行かなくて済むことがいい。
「と、とにかく、みんなで頑張っていこう!」
カナリアが拳を突き出すが、姫さん以外誰も続こうとはしない。
なるほど、チームワークは思った以上に悪いようだ。
「まあ、なんだ。当初の目的さえ忘れなければいいだろ」
内心ではメンバー的に致命的なミスをしている気もするが、もうどうにかなれだ。
どのみち、俺がなにかをしなければならなくなるような事態は、そうないだろうと思える。
「ねえ、みゆちん」
「んー?」
「時間あったらさ、花火して、甘い物食べて、浴衣着ようね!」
姫さんの提案、全部聞いてやる余裕が残っていればいいんだが。
「甘いもんの用意をするのは俺だってことだけはわかったよ。厨房になにかあればいいけど」
もう果物づくしは勘弁願いたい。
<アンノウン>襲撃後の祝勝会でも果物がずらりと並んだコーナーができあがってたからな。
「あいつらが楽しく過ごせる程度の余裕があれば、それ以上はないんだけどな……」
海の向こうを見渡しても、映る影はない。
それがいまだけなのか、今後も続いていくのか。
だけど、いつか必ず……。
「もしあの言葉が現実になるときがきたなら、そのときは」
いまだ知ることのない未来に不安を抱きながらも、辺りに響く明るい笑い声や罵倒が耳に届く。
どうやら、いつまで経っても、一度始まってしまった言い合いは終わらないらしい。
意地の張り合いも、ここまでくると病気だな。
まあ、なにはともあれ。
「とりあえずは、荷物だけ置かせてくれ」
忘れられない重みを肩に感じながら、俺は全員を連れて宿に入るまで、これから三十分を要した。
原因なんて決まっている。
男子チームは特に面倒なことが起きる面子で固まっているのだから。
ほんと、誰か止めろよ……。