慢心ダメ絶対ですが、励みにしつつ続けていきたいですね。
あれやこれやといううちに話は進み、次回以降は毎回会議への出席が決まった俺は、姫さんとほたると共に、神奈川へと帰ってきていた。
「とんだ一日だった……」
「そう?」
姫さんはなにやら嬉しそうにしているが、こちとら嬉しいことなどひとつもない。
はずなんだがな。
「なにをニヤけているんだ、ヒメの前で気持ち悪い顔を見せるな」
どうやら、いまの俺はたまに笑っているらしい。
実感ないのがなんともまた……。
「悪かったな。笑ってるのか笑ってないのか、自分じゃ判断つけられないんだよ」
「適当な言い訳を考えるくらいなら黙っておけ」
厳しすぎだろ……。
アクアラインで垣間見せた優しさはどこにいったのさ。
などと思っていると、前方から駆けてくる影が三つ。
近づいてくると、やっと誰なのかわかった。
「やあ、姫殿。遅くまで大変だったね。言われた通り、準備をしておいたよ」
「みんな待ってますのであとは姫さんの登場を待つばかりですそれより自由さんになにかされませんでしたか?」
銀呼と柘榴が姫さんに駆け寄り、目にも留まらぬ速さで匂いを嗅ぎ、写真を撮っていく。
うん、もはや否定のしようがない変態だ。
「みなさん、それくらいにして戻ってください。生徒会が全員いないのでは、止める人がいないのと同義なんですから」
少し遅れて、青生がやってくる。
待ってるだの準備だの、俺が意識を失っている間になにかをしていたらしい。
「どっちにしろ、やることがあるなら行ったらどうだ?」
「うん、もちろん!」
姫さんは他二人から解放されると、四天王に囲まれながら、彼女たちが来た道を行く。
俺はその背中を見送りながら、自分の部屋へ戻ろうと足を向けた。
直後、腕を引っ張られ、そのあまりの力に姿勢を崩す。
「っと……ッ!?」
「みーゆーちーん! なんで帰ろうとするの!」
顔を上げると、眉を吊り上げた姫さんのふくれ顔。
膨らませた頰を突きたい衝動に駆られるが、そんなことをしようものならこの場で指が落ちる気がしたのでやめておいた。
いや、そんなことよりも、だ。
「帰ろうとするだろ、普通!」
「これからすること忘れたの!?」
「いや、んな驚かれても、なにか準備してるのはわかったけど、なにするか聞いてないし」
姫さんの頭の上に、?マークが浮かんだのが見えた。
「そっか、みゆちん寝てたから……」
「理解してもらえて助かる」
「じゃ、じゃあ改めて。祝勝会やるから、みゆちんも参加してね!」
ああ、そういうことか。
俺はやっと、なんの準備がなされていたかを知った。
神奈川では、大きい戦のあとは毎回行われるものだが、今回もなのか。俺はほとんど参加せずに部屋に戻ってたからなぁ……。
「今回も不参加ってわけにはいかないの?」
「貴様がよくても、他の生徒がな。仮にもヒメの一撃を凌いでみせた者を、みな讃えたいのだろう。いつもいつも、力だけ見せつけて前線に出ない、祝勝会にも不参加でいれるはずがなかろう」
ほたるが他の生徒たちのことも考えろ、と言っているのはわかる。
確かに、頼ってるわりに、これまで関係という面ではほとんど考慮したことがなかったから。
「ヒメが来て欲しいと言っているんだ。喜んでついて来い」
「姫殿直々の招待……自由、なぜキミばかり…………」
「これだから自由さんは怖いのですしかも1日中姫さんといちゃいちゃと……」
キミら、俺に対してあまりに酷いよ?
慣れてるからいいけどさ。
「わかった、今日は出るよ」
「やったー! じゃあすぐに行こう!」
姫さんに引きづられながら、俺は荷物扱いをされるかのように会場へと連行された。
ああ、平穏が遠い……。
「――諸君! 諸君等の奮闘により、今日もまたこの国は護られた! 諸君等はこの国の誇りであり、誉だ! 明日また戦う力を蓄えるため――いまはただ、勝利の美酒に酔いしれるがいいッ!」
『おおおおおおおおおおッ!』
姫さんが『カンパーイ!』と声を上げ、手にしたグラスを勢いよく掲げると、生徒たちが地を震わす大音声を響かせた。
三都市合同での防衛戦も終わり、連行されてきた神奈川内の大ホールでは、学園の生徒たちが集まり、祝勝会を催している。
「毎回こんなどんちゃん騒ぎだったとはな……」
次にいつ<アンノウン>が攻めてくるのかわからないのに、呑気なものだ。
そう思う者も、中にはいるだろう。
むろん警戒は怠っていないが、騒げるときは騒いでおくのも、この歪な都市生活を続ける秘訣。実際、この催しで管理局から注意を受けたことはないらしい。
「あ〜自由ちゃん発見〜」
手にしたジュースを口にしながら、眼目が近づいてくる。
「おう、このやろう。一人で管理局の目につくのが嫌で逃げやがったな?」
「嫌だな〜さとりは神奈川の代表じゃないから仕方なく自由ちゃんを置いて帰るしかなかったんだよ〜」
白々しいな……。
表情からはなにも読み取れないし、通常モードのこいつの目からは、さらに読み取れる情報が少ない。
「おまえももう少し目に見える可愛げがあればなぁ」
「そんなのいらないよ〜」
あってくれると俺はわかりやすくなるから楽なんだけど。なんて、言ってもわからないだろうな。
眼目にも個人的な問題がある。
いつかは人の気持ちにも敏感になる日が来るのだろうか?
「とりあえずは、他人と触れていってもらわないとな」
「ん〜自由ちゃん、なにか言った〜」
「さてね。ほれ、食いもんもあるんだろ? せっかくなら食っておこう」
「じゃあ料理探し〜」
給仕に回ることがないのは久々だな。
「自由ちゃんの作るものもおいしいよ〜」
「いや、作れないのが悔しいわけじゃないよ。でも、ありがとな」
「相変わらず人の心はわからないな〜」
まん丸い目をこちらに向け、観察するように見入る。
「どれだけ近づいて見ても、見えるのは俺の顔だけだと思うぞ」
「うん〜さとりの目を持ってしても自由ちゃんのことだけは見えないかな〜」
「そいつは悲しいな」
果たして眼目に他の生徒に関してはどう見えているのか。
訊いてみたい気もしたが、結局口が開くことはなかった。
代わりに、もう一人のチームメイトのことを訊いた。
「なあ、因幡はどうしてる?」
「月夜ちゃんなら〜寮母ちゃんと夕食を食べてる時間じゃないかな〜」
「そっか。そういや、二人は寮生だったな。まあ、うちは問題児ってレッテルを生徒会から貼られてるみたいだし、よほどのことがない限り引っ張り出すのは無理か」
俺はもう出るしかなくなったがな……。
「さて! それじゃあ今日一番の立役者! 天羽自由ことみゆちんに一言貰おっか!」
突如辺りが暗くなり、スポットライトが俺に当てられる。
気がつくと、横には姫さんが迫っていた。
「くっ……あと少し反応が早ければ」
ライトが当たる瞬間に飛びのいてやったのに。連れ戻される可能性は百パーだがな……はあ…………。
「自由ちゃんがんばれ〜」
器用に照明の当たる範囲から逃れていた眼目は、手を振りながらこちらを見ていた。
すぐそこにいるのに、明かりで境界線が引かれているためか、やけに遠くに感じる。
「じゃあみゆちん! どうぞ!」
どうぞじゃないでしょ? え? なに言えばいいのこんなとき……。
「ほらほら、言っていいんだよ!」
「いや、話すことなんか決まってないし」
「ならいま考えて!」
ったく、面倒事を背負って持ってくる役目でも与えられてるのかって疑いたくなる。
「……あーっと、今日はありがとう。一人じゃ姫さんは止めれなかったし、力を貸してくれたこと、感謝してる」
周りからは、『よくやった』だの『気にするな』なんて声が響く。
「アクアラインを守れたのも、みんながいてこそだと思ってる。これからも、いざってときは頼るから、そのときが来たらよろしく」
「ってことで、みゆちんからでした! 私からも、ありがとう! みゆちんとみんなのおかげで余計な被害が出ないで済んだよ! じゃあ改めて、カンパーイ!」
『カンパーイ!!』
姫さんの二度目の音頭。
隣に姫さんがいたので、合わせてグラスを掲げておく。
生徒たちがばか騒ぎをする中、四天王も思い思いに楽しそうに過ごしていた。
側で料理を持ち、談笑するほたる。
その近くで、他の生徒たちと共に飲み物を配る青生。
さらに後方から、カメラを姫さんへと向ける変態。
ほたるとは反対方向から姫に忍び寄る変態。
「変態多すぎるだろ……青生も姫さんの服のボタンのひとつに盗聴器しかけてるしなぁ」
深く関わりたくない連中であることは間違いない。
前に一度捕まったときは、姫さんのことを何時間も聞かされたものだ。
「あれ? 飲み物切れちゃった?」
姫さんが困った顔をして、こちらを見た気がした。
「そういえば、果物がたくさん余っていたな」
次いで、ほたるが明確にこちらを見た。
ははーん、わかってしまったぞ。
「やっぱ、俺は中にこもってるべきなんだよなぁ」
一人納得し、勝手に厨房へと歩みを進める。
今日もまた、給仕係の役目を全うするために――。