暗闇に、一筋の光が差し込む。
体が重く、上半身を起こそうにも起こせない。
姫さんの一撃を受け止めてから、どうなったんだっけ……途中で倒れて、それから……。
「あ、起きた?」
目を開くと、逆さまに姫さんの顔が映り込む。
「……どういうことだよこりゃ」
意識がハッキリとしてくる。
それにともなって、柔らかい感触が後頭部に押し付けられているのがわかった。
「よく四天王に殺されなかったな、俺。いやいや、さすがにこの状況は言い訳できないだろ」
「なんのこと?」
「姫さんや、なんで膝枕?」
「質問を質問で返された!?」
いつでも答えが返ってくるわけではないのだよ姫さん。
特に俺みたいに問題児扱いされてる奴とかはな!
「で、真面目になにがあったらこうなるんだ?」
「みゆちんが倒れっちゃって、でも、求得さんがみゆちんに話があるからってことで」
「今度でよかったんじゃないのか?」
「いつもすぐに起きるから、今日も起きるまで待ってようって話になって」
ごめんね? と上から向けられる、申し訳なさそうな表情。
そして、般若と比べても遜色のないほたるの顔……。
「気にしなくていい。どうせ話を聞きたがるものだとわかっていた。それが早いか遅いかの差でしかない」
姫さんの一撃を凌げば、必ず注目の的になる。
理解した上で、他都市の連中の前でやってみせたのだ。
「面倒なのはこの状態からまったく体を動かせないことくらいなんだが……」
「うん、そうだよね。みんなは平気なんだけど、やっぱりみゆちん一人の負担が大きすぎるのかな」
「だろうな。元が俺の<世界>だし、単に拡張して繋げてもらってるわけだから、使用者が負担するのは当然のことなんだよ」
実を言うと、俺の<世界>はよくわかっていない部分が多い。
俺の理解が足りないのか、理解したところで無駄なのか。そういうところは、もしかしたら姫さんの<世界>と近いものがあるかもしれないな。
「なんだ、起きたのか」
姫さんと話していると、壱弥が俺に気づく。
「起きたよ。それより、おまえたちも残ってたのか」
「俺だけでいいと言ったんだがな」
壱弥の視線の先には、千種兄妹と東京次席の姿。
「なんで三都市の代表がこぞって残ってるんだよ……他の連中はどうした?」
「うちは全員先に帰した」
壱弥が興味なさそうに答える。
「うちも帰ってたっよ。大勢いても邪魔だし」
千種妹、その発言はどうなの? もしかして千葉はそんなノリで話が通るのか?
「俺も明日葉ちゃんに任せて帰りたかったんだけどな」
「ウケる。お兄が一番残りたがったくせに。神奈川の人が倒れた時、真っ先に助けてたじゃん」
「そんなわけないでしょ。お兄ちゃん一番帰りたかったのよ」
なんだかんだ、千種は甘いっていうかどこかきつくなりきれないと言うべきか。
優しさが垣間見える。
「東京といい千葉といい、お人好しだな。捻くれてるけど」
「そうだねー。だからみんな、都市の代表をやってるんだよ!」
姫さんを見ていても、それはよくわかる。人を惹きつけるだけの魅力がある。
「ヒメと比べれば、天と地ほどの差があるがな」
「ほたる、そりゃ言い過ぎだろ。確かにうちの姫さんは生徒に好かれちゃいるが、あいつらもきっと、自分ちの都市では人気者なんだよ」
一部好きすぎる連中が神奈川にはいるが、他の都市はどうなんだろうな。
気になるが、新しい変態には出会いたくないので気にしない。
「それより貴様、そろそろヒメから離れろ」
「姫さんは動けない俺を退かしたい?」
「え? ううん、みゆちん疲れてるでしょ。まだ寝てないと。あれ? ほたるちゃん顔が怖いよ?」
残念だったな、ほたる。
姫さんを味方につければおまえは怖くな――ウソです無言で刀に手をかけないで!
「ふん……まあいい。ヒメを止めてくれたことは感謝している。もうしばらくだけ寝ていろ」
俺だけの力じゃないけどなー。
って言ってるのに誰も聞いてくれねえし。ほたるも怒ってるのか笑ってるのかわからない顔やめろ。
「それよりさー、お姫ちんと同等って、なにしたの?」
ほたるを眺めていると、反対側から千種妹が話しかけてくる。
「なにもしてないよ。俺の<世界>は親しい人がいたり、大勢が共通するひとつの目的がないとさほど力出ないし、出しても周り巻き込むだけでムダになるし」
「なにそれ扱いづらそうだし意味わかんない」
「言うな、自覚してる。でもいいんだよ。一人なら一人で戦えるし、みんなでも戦える。もっとも、俺が今回みたいに動くのは極めて異例なんだけどね」
「ふーん……問題児を動かす原動力がお姫ちんってわけか」
千種妹は一人納得したようで、視線を端末へと向ける。
もう話は終わったってことでいいんだろう。
ってか、本人いる前で言うんじゃないよ。余計な気を回すこっちの手間考えろ。
強すぎる力を持った者は、周りの言動ひとつに気を配る。配らざるをえなくなる。だから、その負担を受け持つのが俺。それでいい。
「なんだかんだ言ってても、俺も神奈川の生徒ってことか」
「そうだよ。みゆちんは、神奈川の仲間だよ!」
上を向けば、姫さんの笑顔。
あいつとは違う、優しさと純粋さの混じった、素直な笑顔。
ふと、脳裏に黒髪の少女の姿が浮かぶ。
「それよりも、あのときよく間に合ったよね」
その姿も、姫さんの疑問により消える。
「ああ、移動は柘榴がしてくれたからな。あいつの<世界>は本当にいい仕事するわ」
「そっか、だから間に合ったんだね」
「だな。もっとも、眼目がいなかったら仕込みも済んでなかったと思うけど」
柘榴の<世界>は、特定条件下への瞬間移動。
条件下と言っても、ある特殊なコインを配置したポイントへの移動だ。姫さんの一撃がアクアラインに達する瞬間に、足元にコインがあったのを覚えている。
まさかの事態を想定して眼目に連れて行ってもらったのだ。
「まるで、知っていたかのような動きだったな……眼目の先見性の高さがものを言ったか。行動は幼稚なくせに、やっぱ侮れない」
にしても、みんな自由にしてやがる……。
壱弥と千種はいつまでも言い合いが終わらなし。むしろ延々やってろってレベル。
東京の次席は壱弥を止めようとしているものの機能してないに等しい。
千種妹は横で端末いじってるだろ?
「これ、いつになったら帰れるんだよ……」
「そのうち帰れるよ」
姫さんが頭を撫でてくれるが、それは慰めかい? だとしたら俺どんだけ哀れに思われたんだか……。
「おお、いたいた。おまえたちだけ残ったのか? ったく、全員送ってくのは手間なんだがなぁ」
管理局の――求得さんだったか。
「あれだけの人数を一箇所に留めるのもムダだと判断したまでです」
ほたるの答えに、頭を掻きながら納得を見せる。
「まあいいか。それより、天羽自由。おまえさん、とんでもない奴が神奈川に隠れてたもんだな」
「話ってのはそれですか。強い奴なら今日も神奈川に引きこもってますんで、そっちにどうぞ。どうか俺に面倒事を持ってくるのはやめてくださいな」
「そう言うな。舞姫の力を抑えるのはほぼ無理だ。今日も、あと少しでアクアラインが壊されるところだったぞ」
頭の上から、『うぅ……』なんて聞こえてくる。反省してるし、壊れなかったからいいじゃないですか。
口に出そうものなら怒られそうだな。
「結局はなにが言いたいんですか?」
言わせたくもないし、聞きたくもないが、どうせ最後は知ることになるのだろう。
人間、諦めも肝心だ。
「今後はおまえも会議に顔を出せ。合同作戦があったらそのときもだ。舞姫の抑止力ってのはな、おまえが思っている以上に貴重だ。なにより、いざってときに多少の無茶が効くようになる」
いい笑顔で言ってくれるが、それ反転して俺の仕事が増えて疲労がたまるって言ってますよねー……。
「ちなみに、俺の意見が通る可能性は」
「ないな。こちらからの要請だけど、おまえたちはきっと自分から来てくれるよな?」
いつか、こんなことになるんじゃないかとは思っていた。
自分の中にあった疑問が、ひとつ解ける。
本来楽しいことには首を突っ込まずにはいられない眼目が他の生徒と帰ったことが、どうしても腑に落ちなかったんだ。
「さすがの先見性だ。残ってれば自分もこうなるってわかってたからか」
六つの視線が俺を見る。
各都市の代表たちが、気だるげに、どうでもよさそうに、当然だと言わんばかりに。そして、嬉しそうに。
にまにまと、声が聞こえてきそうなほどに緩んだ笑みが視界いっぱいに映り込む。
「うちで姫さんに敵う生徒がいるかよ……わかった、出て来ればいいんだろ、出て来れば」
「やったー! ほたるちゃん、みゆちんがやっとだよ!」
「ああ。いつも後始末を任せてばかりだったからな。少しは表舞台に出て来るべきだ」
お、おう……ほたるが厳しい口調じゃないとつい身構えそうになるわ。
「いいんじゃないの? 天河が止まるならこっちも楽だし」
「ヒメをバカにするなゴミが」
「だってさ、クズゴミさん」
「誰がだ、千葉カスくん。おまえのことだろう。アホ娘の保護者が一人増えただけだろ」
「要約しますと、よろしくお願いしますと」
全員一斉に話すなよ、聞き取れん……。
「いつもこうなのか?」
「うん、みんな仲良いよね!」
「……仲良い、ねぇ」
目の前で繰り広げられる論争がそう見えるには、あとどれだけの時間をこいつらと過ごせばいいのやら。
「あと、会議には出るけど前線には立たないからな」
「みゆちん! 力があるんだから、そこから逃げちゃダメだよ!」
「抑止力なんだろ? だったら、そのときがくるまで力を蓄えておかないとな」
上から文句が聞こえるが、これ以上は無視しておこう。
どこもかしこも、騒がしい。
「あれ? みゆちん、いま笑った?」
「さあな」
いつかきっと、この光景が日常になる日が来るのなら。
そんな世界が来るまでは、頑張れるかもしれない。
「でも、俺はいつでも後方にいるけどな」
このときは、もしかしたらと思っていたんだ。再び歩み始められると、信じ始めていたのかもしれない。
俺が鳴らしていた警鐘は、いつの間にか鳴り止んでいた。
無意識に抑え込んでしまったのか、意識的に止めたのか。
あとになって気づくこともあると、俺はまだ知らなかったんだ。
クオリディア・コードの作品数も増えてきましたね。このまま勢いが出るといいのですが。
長く続けば、他の作品の主人公たちが同時に会ったりとかも楽しそうですね。
という話は置いておいて、次回からはオリ話になります……なるんですたぶん。
神奈川にこもるか三都市合同になるかは微妙なところですかね。
では、また次回で!