いつもの世界を守るために   作:alnas

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その問いは

 落ち着かない……いろいろな意味で落ち着かない。

 姫さんとほたる、千種妹には二杯目の生ジュースを渡し、千種には、姫さんに昼飯のときに出してやったスープの残りがあったので、それをくれてやった。

 そうして三十分近く四人の相手をしていたのだが、どうにも、どたばたしていて忘れていたことがあったのを思い出す。

 ああ、余計に落ち着かない。

「どうしたのみゆちん? なんかソワソワしてるけど」

「ジッとしていられないのか貴様は」

 ねえ、なんで身内が厳しいの? 千葉の二人はこっちを見るには見るけど、ほたるみたいなこと言わないよ?

「二重の意味でジッとなんかしてられねぇよ。なんせ、思い出しちまったからな……」

「ん? なにが?」

 姫さんが首を傾げるが、彼女が知っているわけないだろう。

 そう。俺が執務室に行くまでの十分間において、どうしても探しておきたかった生徒が二人いた。その二人とも見つけることが出来ずに、いまここまで来てしまったのだ。

「大変なんてものじゃない! あの二人は放っておくとなにするかわからないんだから!」

「だから到着が遅かったのか」

 ほたるはそんなくだらないことか、って感じにため息をつくが、俺にとっては大問題だ。

 なんせ、俺とチームを組む二人なのだから。

「みゆちんが探すような人っていうと……う〜んとぉ」

「ヒメ、おそらく天羽と同じ問題児二人だ」

「ああ!」

 ほたるに言われ、姫さんがわかった! と手を叩く。

 なに、俺とあの二人で問題児って枠組みにされてんの? そもそも、姫さんは問題児ってフレーズで伝わっちゃうのね……。

「弁明だけさせてもらうけど、あいつらは好んで前線に出ないだけだからな?」

「弁明になってないんだけど」

 千種が横から入ってくるが、ええい! なぜおまえは話をややこしくする!

「あいつら、と言うが、貴様も同じだ。好んで前線に出ない問題児筆頭」

「え? 俺が筆頭なの!? どうみても一番出てこないのは俺じゃないでしょ?」

「おまえと一緒にいて、あの二人が影響を受けないわけないだろ。もっとも、受けるのは悪影響だけだがな」

 なん、だと……。

 まるで悪の元凶呼ばわりだな。だが、こちらからも言わせてもらいたい。

「俺の後輩たち舐めるなよ。悪影響受けるどころか俺の身がもたないまである。むしろ手がつけられないから前線に出さないだけだ」

「監督不足で海に沈めるぞ貴様」

「やめろ、海の中が一番嫌いなんだ。なにより、生きているうちから殺そうとしないでくれ」

 まったく、いまごろあいつらなにしてんだろ。

 今日は二人と約束があった気がしたんだが、すっぽかすと後が怖いんだよなぁ……切り刻まれて――いや、抜刀から納刀までが一瞬すぎて見えないから気付いたら首が落ちてるかもな。

 ハハハ、笑えない……いやマジでどうしよう。

「それで、もうひとつは?」

 俺が一人悩んでいると、千種妹が聞いてくる。

「んー……こっちは保留。どうにも、話すには決定打が欠ける。こっちで勝手にやっとくから気にしなくていい」

 千種が来るまでに厨房で感じていた気配。

 これは無用意に話してしまっては、混乱を招くだけだろう。もしくは、俺がからかわれるかの二択。

 おそらく後者の扱いを受けるだろうことは見えているので、この場では黙っておく。

「それにしても、遅いねー」

「仕方ないだろ。万年四位さまはそう早く仕事を片付けられないんだから。気長に待ってあげようじゃないの。万年四位さまのためにもさ」

 やる気のない声で姫さんに応える千種。

 どうでもいいことだが、千種と東京の主席は仲が相当悪いらしい。

「だが、その四位が出撃したとは限らないだろう?」

「出てるよ。出ないこと、滅多にないと思う」

 俺の疑問に答えたのは、千種妹。

「どうしてだ?」

「東京の人はスコア大好きだからねー。って言ったじゃん? だから<アンノウン>がいたら真っ先に飛び出しちゃうタイプなの」

「世界平和でも掲げてるのかねぇ……単独行動ってのはあまり褒められたものじゃないだろうに」

「それはみゆちんも一緒だからね!? もうちょっとみんなと動き合わせてよ!」

「だってさー」

 姫さんの抗議? が部屋中にこだまする。

 千種妹は呑気に足を組み直しながら、俺に軽い口調で答えを求める。

「俺があいつらに合わせられるわけないだろ? 達人みたいなもんだぞ?」

「たまちゃんとつーちゃんのことじゃなくて! 他のみんなにはせめて合わせてってこと!」

「てっきりチームの話かと。いや、たぶんうちであの二人についていけるのほたるくらいだとは思うけどさ」

 姫さんから出た愛称。

 面倒事を引き起こしたり、引きこもってたりと問題行動が多く、姫さんや四天王と絡む機会は多かった。

 その中で仲良くなったのだろう。さすがは姫さん。

「はっ!? 俺もほたるの影響を……」

「悪影響の間違いじゃない?」

 千種が訂正をする。

 うん、たぶんそれが正解だ。

「やっぱ千種とは話が合うかもなー」

「いやいや、勝手に合わせないでよ。クズゴミさんよりはマシだけどお兄ちゃん、明日葉ちゃんとのお話に忙しいから」

「話してないだろ。千種も大概だな」

 なんてどうでもいいことを言い合っていると、ポケットの中の端末が震える。

「ちょっと悪い」

 端末にメールが届いていたようで、内容を確認する。

『自由ちゃんは〜どこにいるのかな〜?

 さとりとの約束の時間までもうすぐだよ〜』

 ……フッ、終わったな。

「なにを世界が終わったような顔してるわけよ」

「千種、終わったような、じゃなく終わったんだ。いま無性に神奈川に戻るのが怖い」

 もう一度端末が震える。

『ついしん〜

 月夜ちゃんももう来てるよ〜』

 終わるどころか始まったな。俺の逃亡生活……。

「俺、今日はここに泊まってこうかな」

 もちろん冗談だが、そう思える程には、この追伸の威力が高すぎた。

「そんなに厄介なものか?」

「前に一度、約束の時間に間に合わなかったことがあってな。その翌日は殺されかけた。あと、風呂場とか寝室すら襲撃されたりとか……」

「厄介極まれり、だな。ご苦労さん」

「ああ……俺、今日の会議が終わったら、あいつらと買い物行くんだ」

「自分から死亡フラグを立てるなよ」

 いいや、違う。死亡フラグを回避して買い物に行こうと、それが一番危険な行為になるのだ。つまりこの場合、死亡フラグを回避することが死亡に直結したりする。

「もうどうにでもなれ」

「感情が死んでるじゃん」

 千種妹の声を聞き流しながら、再度端末を見る。

 メールの送信者には、眼目さとりと記されていた。

「あいつの愉しそうな顔が目に浮かぶなちくしょうめ。というか、二人とも驚異的な視力と聴覚を持ってんだから、どうせ神奈川にいないこと知っててメールとか送ってるんだろな……つまりすでにお怒りか」

 あのまん丸お眼め……。

 その隣では、白髪の巫女少女が静かに座っていることだろう。

 出力兵装を抱えている女の子が。

「ん? 来たっぽいな」

 千種が扉の方へ目を向ける。

「お、来たねー」

 姫さんが、扉が開かれると同時に開口する。

 入ってきたのは、千葉と同じように男女一名ずつ。

 神奈川だけが女子二人なのか。いかに神奈川が女子メインの場所かってことがわかるな。うん、やはり俺とか必要ないでしょ。

「朱雀壱弥、宇多良カナリア、到着しました」

 名前だけはよく聞くな。

 朱雀壱弥は男子の方。少々厳し目の目つきをしているが、面倒見がいいとか。あと、単独行動の塊。千葉勢から言わせるとスコア大好き好きすぎ人間。

 もう一方はよく知らん。

 東京の代表なんだろうが、朱雀の保護者的立ち位置にいる感じか?

「あーそっか、そうだよね。みゆちんは東京の二人はよく知らないよね」

「まあな。姫さんとほたるの話から想像する程度でしかないからさ。見るのも初めて」

「好き勝手やってるからよく目にするぞ」

 千種が姫さんとは反対の方向から教えてくれる。

「ほほう……前線に出ない人間が、他都市の奴らと一緒になって戦うような場所に出てくるとお思いか?」

「全然」

 だろうな。

 ちなみに、俺はいま姫さんとほたるの後ろに立って控えている。

 当然だろう? これはあくまで、三都市の代表たちの会議だ。神奈川の一生徒でしかない俺がいることすらおかしいので、せめて後ろで待機する形を取らせてもらっている。

「誰だそいつは」

 だのに、東京の主席さんは俺についての質問をしてくるのだ。

 なんなの、バカなの?

「うちの生徒だよ。ほら、前回話したでしょ?」

「そうか。そんな話もあったかもしれないな。で、何位だ?」

「いっちゃん、そういう態度はダメだってお姉ちゃん思います!」

「お姉ちゃん言うな」

 認識してすぐに聞くのが順位か。

「三百五十六位だ」

「三百……とんだ無能だな。雑魚をここに連れてくるな」

 ほたるが向こうさんの質問に答えるが、落胆したように首を横に振る。

 そこまでなら、俺だって無視していた。

 神奈川でも軽く見られるのはいつものことだし、事実、雑魚であることに変わりはない。

 だが――。

「その順位でなにを守れると言うんだ」

 ――その一言だけは、無視しきれなかった。

「ランキング上位とか下位とかで、守れるものを測るなよ。ランキングだけがすべてじゃない。一位だから守れるのか? 三百位だから守れないのか? ふざけるな。守りたいものは人ごと違う。世界を救う、敵を倒しきる。立派だ。おまえたちの考えを否定する気は一切ないが、こちらにも守りきるものがある」

「なに?」

「なにを守るかと問うたな? 簡単だ。俺が守るのは、いまこの時間ただひとつ」

 俺と東京の主席さんの視線が交わる。

 捻くれたようで、真っ直ぐな眼。

 見て取れる。こいつは歪だが、背負うものがしっかりあることを。

「ほらほら、ダメだよみゆちん。喧嘩はだーめ!」

「いっちゃんもだよ! いまのは失礼にも程があるからね……」

 俺たちの間に入る二人。

「悪いな、姫さん。どうにも、ランキングが絡むだけならよかったんだが――」

「わかってるから、大丈夫。ほら、深呼吸、深呼吸」

 姫さんは話を最後まで聞くことなく、俺に無理やり深呼吸をさせる。

 もう二度と、ランキングなんかに惑わされたりはしない。俺は俺が守りたいものだけを。

 ただ、それだけを――。


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