世の中限界を超えろだの、無茶をしろだの、人を殺しにかかるフレーズをよく耳にする。
人間の限界はいつだって決められていて、つまるところ、それ以上の力は出ない。
限界を超えた先にあるのは新しい限界ではなく、もう超えることのない現実だ。
それは俺にも言えることであり――。
「温かいものとか、なにを作れと言うんだ?」
絶賛、俺も限界を迎えようとしていた。
いや、なぜか食料庫に果物類しかないんですけど? 肉とは言わないが、せめて野菜類も完備しとけよ……。
「果物だけで温かいもの、果物だけで温かいもの……」
頼まれた以上、前線任務でないなら完遂するのが俺の使命。
たとえ他都市の者からであろうと、それは変わらない。
「果物はいいから、って言ってたよな? どうすっかなー……もう白湯でいいか」
一応、果物じゃない温かいものという最低限の要求は満たしている。
これなら、まだジュースを出した方がマシじゃないだろうか。
おのれ千葉……俺に難題をぶつけるために、ここの状況がわかったうえで言ったわけじゃないだろうな? なんて思ってしまうが、その線はない。
あいつの不憫な感じは、狙って人を貶める類の奴らとは違う。
「困ったもんだな。周り全部が敵なら俺も楽なんだが、どうにも無駄に仲間が多い」
悪いことではないはずなのに、煩わしいと思う俺がいる。同時に、どうしようもなくそれが大切な自分が顔を出す。
「ふう……千葉勢の要求はおいおい満たすとして、姫さんちの生ジュース支度だけしとくか。同じ味だと微妙な表情をされるかもしれないから――ん?」
キッチンに繋がる扉を閉じているから外の景色まではわからないが、足音が二つ、廊下から響く。
誰か来たのか? だが、東京の代表がこちらに着いたにしては早すぎる。
なにより、この辺りは会議室への道からズレた位置にあるのだ。こちらに向かってくる道理がない。
「あんまり考えたくはないが、誰か個人を狙った人の犯行、なんかじゃねえよなぁ」
神奈川では何度かあったばかり。東京でも、工科との問題があがった時期があったが、まさか今日、なにか起こそうってわけではないだろう。
確かに、この場に各都市の代表が揃いはするが、彼らには何人学生が集まろうが、単純な力では勝てない。
その程度は理解できてるだろうと踏んでいたが……。
近づく足音は次第に大きくなり、とうとう、この部屋の前で止まる。
「……」
どうした……なぜ入ってこない?
部屋を間違えたのか? それとも、機会を窺っているのか、扉の前に立つ誰かは、まるで入ってこようとする気配を見せない。
そのくせ、他の部屋にいく素振りもない。
だが、仮にもここはキッチン――厨房だ。
昼時の過ぎた時間ということもあり、誰もいないと判断されたのか?
「…………」
しばらくジッとしていると、重々しい音を立てて扉が開かれる。
「あ、いたいた。あんたに無茶な注文したかと思って様子を見に来たんだけどってどしたの?」
入ってきたのは、千葉の代表たる一人だった。
俺が包丁両手に構えていれば、それはそれは、不思議な顔をするだろう。
「………………あんた、この部屋に入る前に、扉んところに人が二人いなかったか?」
「いや、俺が来たときには誰もいなかったけど?」
彼が来るのを察して逃げたか? それとも、信じがたいことだが、俺の幻聴? それはない。気配ははっきりとあった。
「とにかく、あんたのおかげで助かったことだけは事実らしい」
「よくわからないけど、よかったな」
「ああ。俺の妄想が現実になったとかじゃないことだけを祈らせてもらおうかな。それで?」
ひとまずの安全は確保できた? みたいだな。
「さっさと姫さんたちのいる会議室に戻ろう。なんとなく、ここに長居するのは怖い」
「怖いって、あんた男だろ?」
「バカか。怖いと思えることは重要なんだぞ。怖さはときに人を立ち上がらせる。わかるときがくればわかるさ」
「まるで、あんたはもうそれを知っているような言い草だな」
「応とも知ってるさ。だから、俺はもう間違えたりはしない。そう誓ってんだ」
話しながら準備を整え、素早く必要な食材を切り分けていく。
「慣れてるな」
「神奈川じゃ毎日こんなことばかりしてるからな。慣れってのは怖いよ。特に、周りの慣れが一番性質が悪い」
再び果物たちをミキサーにかけ、出来上がったものをコップに注いでいく。
「一度慣れちまうと、扱いがそこから変わらなくなるからな」
「それは――なんとなくわかる」
「そっか。苦労してんな」
「あんたこそ」
姫さんたちへの準備ができたので、前を向くと、初めて千葉の代表と正面から顔を合わせた。
「あんたじゃない。天羽自由だ。呼び方は好きにしてくれて構わない」
「そう面と向かって言われると困るんですけど……まあいいや。クズゴミさんより遥かにマシだし。千種霞だ。呼び方はこっちも任せる」
「あいよ。んじゃよろしく、千種」
「はいはい、そうねー、天羽」
まさか、こうも早く千葉の代表を名を言い合うことになるとはな。
妙な親近感のせいか、この人との距離感をわからなくさせる千種独特の雰囲気のせいと言うべきか。
「少しだけ、姫さんが俺をここに連れてきた意味がわかったような気がする」
「なにか言った?」
「いや、別に。それよりもう戻ろうか。あんまり待たせると姫さんの保護者がうるさいんでね」
「神奈川のアホ娘とアホ娘2はいつもうるさいでしょ」
「違いない」
会議室への帰り道、行きよりも周りを警戒していたが、結局、最後まで俺が感じた気配が現れることはなかった。
あれがなんだったのか知れないが、俺の中では、早鐘のように警鐘を鳴らしていた。
キリのいいところで区切ろうとしたら短くなりました。
ついでに、いっちゃんさんの登場が延びた……ま、まあ次回こそ出ますから!