艦これ その海の向こうに明日を探して   作:忍恭弥

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独りの夜

 どれくらい気を失っていたのだろう。

 気がつくと、私は部屋で寝かされていた。見覚えのない白い天井と、私の顔をのぞき込む雷の顔が見える。

「あ、気がついたわ!」

 私が目を覚ましたのに気づいて、雷が声を上げた。

「痛ッ」

 慌てて起き上がろうとしたが、左腕はギプスで固定されているし、胸から腹にかけて激痛が走った。

「まだ無理してはダメなのです」

 電もそう言って顔を見せた。よく見ると、二人共頬やおでこに絆創膏やガーゼが貼り付けてあったり、腕に包帯が巻かれていたりしている。二人共、無事ではすまなかったんだ。

「…二人共、怪我したのか?」

「あの戦闘で怪我しなかったのは時雨だけよ」

「若葉も大破してしまって、隣の部屋で寝てるのです」

 そう言い合って、二人は笑顔を向けてくる。私の頬も緩みそうになった。でも。

「輸送隊は?」

「先に待避した二隻以外に、なんとかもう二隻助けられたわ。片方の船は機関をやられて五ノットしか出なくなってたから、護衛に残った時雨は大変そうだったけど」

 雷はそう苦笑する。時雨の疲れ切った顔っていうのは、確かに珍しいかも知れない。

「乗員の皆さんもほとんどは助けられたのです。でも、沈む船に巻き込まれた人も結構いて…。残念なのです…」

 そう言って、電は肩を落とす。ああ、電のそう言った性格は変わってないんだな。

「でも、完璧じゃなかったけど最善は尽くせたわ。響もなんとか無事だったしね」

 電にも見せるように、雷は笑う。その様子を見て、電も小さく頷いた。それでも、この様子じゃしばらくここからは離れられそうにない。また、長い養生でみんなを喪いたくないんだが…。

「このあとの艦隊運用は、どうなるんだ?」

 私と若葉が大破入渠中と言うことになれば、当然第一艦隊には空きが二隻分出る。その分第二艦隊も、鎮守府の周りを警護する艦も足りなくなるはずだし。

「響は修理が終わって怪我が治ったら、由良さんの第二艦隊に異動になるのです」

「第一艦隊はしばらく天龍と特型で固めるみたいね。時雨と若葉も第二艦隊に異動だって」

「そうか…」

 やはり練度が低い私は外されてしまうか。私も特型の一隻だけど、これは仕方がないな。潮、白雪、綾波が第一艦隊に配属になるのか。

「潮と白雪、綾波にもすまないと言っておいて。練度を上げて、また雷と電とも一緒にいられるようにするよ」

 私の言葉に、雷と電は顔を見合わせる。そして、二人で私を振り向いた。

「無理しなくてもいいわよ…と言いたいところだけど」

「待ってるのです!」

 そう言って、ようやく三人で笑いあった。やっぱり、私たち第六駆逐隊の、暁型姉妹はこうでないと…と思わせてくれた。

 

 入渠中の時間というのはジリジリと時間が過ぎていく。艦の時には数ヶ月も、場合によっては年単位で船渠に縛られていたけど、この身体は動けるようになるまで寝ておくしかないようだ。少なくとも今は、被弾した箇所の痛みが取れて、動けるようになれば、明石や朝日が艤装は修理してくれているはずだから、すぐにでも戦線に復帰できるはず。それでも、二人が部屋に戻ってしまうと、退屈と同時に淋しさもやってくる。

「もう…独りになるのは嫌だな…」

 呟いた声は、窓の外から聞こえてくる小さな波音に消されていく。沈まなかった幸運を、まだ得られない死に場所を、独りで噛みしめて時間は過ぎていった。

 

 動けるようになると、私は「風呂」に連れて行かれ、ほぼ強制的に入浴させられた。驚いたことに、入浴中に身体の痛みはどんどん消えていき、全く動かなかった左腕も普通に動くようになった。なんだろう、この風呂の効果ってのは。ともかく、信じられないような効果を得て、私が第六駆逐隊の部屋に戻ったのは、翌日の夜のことだった。

「雷、電、戻ったよ」

 そう言いながら開けたドアの向こうから、誰の返事も返ってこない。灯りの消えた部屋は、孤独をもって私を迎えてくれた。はじめは二人共眠っているのかと思ったが、のぞき込んだ雷のベッドできちんと畳まれた毛布が、主の不在を如実に物語る。

「そうか…。出撃中か…」

 自分の声が酷く空虚に聞こえる。また、置いてけぼりを食らったようだ。私が入渠すれば、誰かを喪う。毛布に潜り込んでも、その晩はなかなか眠りはやってきてくれなかった。


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