艦これ その海の向こうに明日を探して   作:忍恭弥

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日向は思う

 横須賀鎮守府は、先の大規模作戦で新規加入した嵐と萩風の訓練を中心に日々の任務をこなしている。第四駆逐隊の僚艦である野分と舞風がそれぞれつきっきりで様子を見ていた。同じく新規加入の鹿島は姉妹艦の香取が、風雲と高波は夕張が介添えをしている。

 日向は、秘書艦として訓練の監督の他、日々の細々した業務を平坦にこなしながら、木村の相手も務めていた。

「佐世保は落ち着いたようだね」

 荻野から上がってきた書類に目を通しながら、木村はそう言って一息つく。書類には荻野の字の他、見慣れた時雨の文字もあった。

「新しい司令官はすんなり馴染んだようだ」

 日向は瑞雲の手入れをしながら、木村の方は見ずに言う。木村ももうそんな日向の態度には慣れており、こちらも日向の方を見ない。

「しかし、この作戦を君がよく許可してくれたな」

「私は許可した覚えはないよ。黙っていただけで」

 そう言って苦笑いする木村を日向は鼻で笑う。

「それは許可したも同然じゃないか」

「日向だって私の目の前で話していただけで、明確な許可は取らなかったじゃないか。お互い暗黙の領域だよ」

 木村はそう言って細く笑う。

「佐々木はいずれ除かなきゃいけなかったからね。陸戦では使えても、佐々木の戦いは猪突猛進だ。深海棲艦は元々陸での活動は活発じゃない。本土強襲の撃退も、後がなくなった長門や千歳たちが頑張ってくれた結果だ」

「手厳しいな」

「今回だって、丸腰のいそゆきで前へ出すぎて、駆逐水鬼の攻撃を喰らったんだ。もしかすると、日向たちが手を下さなくてもどうにかなったかもな」

 日向の言葉に応えず、木村はそう言って小さく息をついた。

「悪しき前例を作ってしまったのは確かだけどね。艦娘が人を殺したっていう」

 そう言う木村と日向の視線が交錯する。だが、お互い心を読み合うようなことはない。日向はよく知っていたし、木村もよく知っていた。

「私たちの身体は宿主から借りているだけのものだ。時雨が受けたような仕打ちを許し続け、万が一にも宿主の身体になにかあれば、宿主に申し訳が立たない。それに、私たちはロボットじゃない、ちゃんと感情を持った艦娘だ。ロボット三原則は通用しないさ」

 日向はまた瑞雲に視線を戻してそう呟くように言う。

「愚問だったな。君がそのことをわかっていなはずはなかった」

「そういうことだよ」

 木村はそう言って笑う。日向も口の端に笑みを浮かべた。

「あとは、荻野が時雨を、佐世保の仲間たちを癒やしてくれるかだ。その辺は心配してないけどね」

「それは私も同感だ。荻野大佐なら、きっとやってくれると思う」

 日向はそう言って、すっと手にしていた瑞雲を空へ向かわせる。瑞雲はエンジン音をさせながら、部屋の中を舞い始めた。

「そのためにこの人事をねじ込んだんだろう? 荻野大佐が時雨に合うと信じて」

「ま、ね。時雨は大きなトラウマを抱えてる。それに佐々木との関係も異常だった。なら、小さなことは気にしない、いい意味で時雨が甘えられるような茫洋な人間の方がいいと思ってね。荻野に艦隊指揮官としての期待はしてない。佐世保の仕事だけをこなしてくれればいい」

 木村はそう言うと、ぎっと椅子の背もたれを鳴らす。長い髪が揺れた。

「時雨はここにいる時から少し心配だったんだ。響や潮と同じで、大きな悲しみを抱えてる。佐々木に持って行かれた時はしまったと思ったよ。そして、案の定酷いコトになった。これは私の失態だ」

「君でも自分を責めることがあるんだな」

「むしろそればっかりだよ。今でも悔やむことばかりだ」

 日向にそう言って、木村は自嘲気味に笑う。かつて画面の向こうで数字やモノとして扱っていたものの重さに押しつぶされそうになることもある。

「それでも、艦隊総司令としてやることはやらないと」

「私も手伝い甲斐がある。こうやって、瑞雲を飛ばしてやれる状況を作ってもらえた」

 日向はそう言うと、飛んでいた瑞雲を右手に戻す。かつて飛行甲板を持ちながら、一度たりとも航空機を飛ばす機会を与えられず、機銃設置場所や物資載積所に成れ果てた飛行甲板を抱え、最期は自身も対空砲座として着底した過去をふっと思い返す。

「私は仲間とこの世界のために戦う。それだけだ」

「そうだね。あとは、海が静かになって、みんなが安心して暮らせるようになるのを願うばかりだよ」

 そう言う木村に、日向は笑みをこぼす。

 それはまだまだ先の話だろう。近海こそ幾分ましになったとはいえ、南方にはまだまだ有力な棲地がいくつもあり、中部太平洋も手つかず。それ以外の海は状況すらわからない。だが、いつかはやり遂げねばならないのだ。それは、まだ見ぬ仲間たちの手も、他国の艦娘たちの手も借りねばならないかも知れない。そうしていつか、本当に静かな海をこの星に戻さねばならないのだ。

 そうして、日向は考える。

 静かな海を取り戻したその時、自分たち艦娘はどうなるのだろうな、と。

 

 


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