艦これ その海の向こうに明日を探して   作:忍恭弥

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時雨の傷痕

 ショートランドを出発すると、二航戦の烈風、紫電改二が直掩機として日暮れまで警戒してくれる。彩雲も索敵に飛び立った。突入部隊でも、最上の瑞雲が索敵を行っている。

「バニラ湾に敵の警戒隊が戻って来てるみたいだね。主力との戦闘を避けた部隊なのかな。バニラ・バラ島の北側にも警戒隊がいるね」

 最上は瑞雲からの索敵情報と二航戦の索敵情報を照らし合わせながら、全艦に通報する。バニラ湾に到着するのは夜の予定だ。敵艦隊との正面対決は夜戦になりそうだった。

「全員夜戦の準備しとこうか。陣形はこのまま単縦陣を維持。いいね」

 川内はそう言いながら、前を見据える。旗艦戦闘単縦陣は、日本海海戦から続く海軍のお家芸だった。

 ショートランド基地からバニラ湾までは五時間。そこから上陸地点を抜けるまでさらに五時間。やはり無傷ではすみそうにない。夕刻が近づいて来た頃、バニラ・バラ島の北側で敵の駆逐隊を発見した。

「敵は駆逐六。他に付近には敵はいない模様。二航戦の攻撃隊が先に行くよ」

 最上はそう言いながら、帰ってきた瑞雲を収容する。そうして、すぐに爆装の準備を始めさせた。そうこうする内にも彼我の距離は近づいてきている。川内が最上に頷いた。

「瑞雲、発艦!」

 最上は飛行甲板を空に向け、瑞雲を次々に発艦させる。敵には制空戦闘できる艦はいない。航空戦はこちらの一方的な戦いができそうだった。

「戦果確認したよ。駆逐二、撃沈! 二航戦の部隊も駆逐二、撃沈だよ!」

 最上がそう報告してくる。

「じゃあ、残りは駆逐二だね。気を抜かずに行くよ!」

 川内がそう宣言して増速する。反航してくる敵駆逐の姿が見えてきた。陣形は単縦陣。川内、最上、夕立、浜風、江風、時雨の順番だった。

「砲撃始めっ!」

 川内の合図で、全艦砲撃を開始する。江風も後ろの時雨を気にしながら、砲撃を開始した。夕立が突出しながら一隻を沈め、川内の砲撃も一隻を沈め、この戦闘は終わった。

「出番なしか」

「やっぱり夕立はすごいね」

 江風と時雨はそう言い合う。陽がバニラ・バラ島の影に落ちようとしていた。もうすぐ夜がやってくる。いよいよバニラ湾に突入し、コロネハイカラ島へ向かうことになる。

「先へ行くよ」

 川内がそう宣言して先へ進む。バニラ・バラ島を右に見ながら、バニラ湾と呼ばれるバニラ・バラ島とコロネハイカラ島に囲まれた海域へ突入した。既に海域は深い闇に包まれており、島嶼の影に敵部隊は隠れている可能性が高い。江風にも時雨にも、この海域は苦い思い出がある。

「先に電単射撃喰らうと被害でかいからな」

「僕たちも気をつけとかないとね」

 二人は言いながら二十二号水上電探の解析結果を確認している。バニラ湾の半ばまで来た頃、浜風が声を上げる。

「水上電探に感あり! 左舷に敵戦隊がいる模様です!」

 その声で、艦隊に緊張が走る。全艦が闇の中に目をこらした。月明かりが僅かに差し込む左舷前方の島影に、小さな影が見える。

「敵艦見ゆ! 左舷前方二十度、駆逐六!」

 江風が声を上げた。川内と暗闇の中で夜戦の訓練をしていた甲斐があったというものだ。

「全艦水上電探起動! 左舷砲雷撃戦用意!」

 川内が応える。僅かな明かりだが、江風は時雨を振り返ってニッと笑った。時雨も、その江風に笑い返す。初弾を主砲と魚雷に装備し直して準備完了だ。

「突入するよ!」

 川内の声で砲撃が始まる。双方で夜闇の中水柱が上がり出した。

「チッ! さすがに敵さんの電探射撃は正確だな」

「まるであの時と同じみたいだね」

 江風の声に時雨が応える。時雨は自分の目だけでなく、電探での敵位置も計算に入れていた。やがて、夕立の砲撃が敵駆逐を捉え、一発で轟沈を奪う。

「当たったっぽい!」

「こちらも一隻撃沈です!」

 浜風も声を上げた。その中で、命中弾こそないものの、至近弾での損傷は少しずつ増えていく。

「江風、魚雷にしよう。砲撃は目くらましに使った方がいいかも知れない」

「そうだな。それで行くか!」

 江風と時雨はそう示し合わせ、砲撃を続けながらも魚雷の発射準備を終えた。

「テーッ!」

「行くよ!」

 江風と時雨は魚雷を放つ。十六本の雷跡が敵駆逐に伸びていった。江風と時雨はその先に目をこらす。やがて、大きな水柱が三本上がった。

「やりぃ、命中!」

「こっちも命中!」

 その声を聞きながら、夕立がやはり突出を始める。追うように川内もあとに続いた。やがて、最後の水柱が上がり、敵艦は水上から消える。

「ぽい!」

 夕立がはしゃぐように飛び跳ねた。

「敵艦撃沈を確認。残存艦はない模様」

 浜風の声が短距離無線から響く。

「輸送隊が揚陸作業に移る。そのまま島の東岸へ移動して警戒に当たれ」

 佐々木の声が無線から響いた。振り返ると、いそゆきの大きな艦体が闇の中に影となって見える。「了解」と川内の声が短く響いた。

「警戒しつつ、島を周回する航路を取るよ」

 川内がそう宣言してさらに先に進む。日向率いる支援艦隊からは、支援の必要なしと判断してか連絡はなく、位置も不明だった。

「水上電探に感あり! 右舷に敵がいるよ!」

 今度は最上が声を上げた。銘々電探の解析結果を感じながら、目をこらす。

「…嘘だ…」

 時雨が呟く声が江風に届く、江風はその声色に驚いて時雨を振り返った。闇の中の時雨は、明らかに様子がおかしく見える。

「時雨姉貴、どうした!?」

「そんな…まさか…」

 時雨の呟きが耳に入ってくる。さすがに川内もおかしいと感じて後ろを振り返った。

「時雨姉貴!」

「敵艦見ゆ! 輸送艦三、魚雷艇九!」

 浜風が声を上げた、その瞬間だった。

「僕たちのところに来るなぁーッ!」

 時雨がものすごい勢いで隊列を離れ敵に突出していく。誰も止める暇はなかった。

「時雨ちゃん待つっぽい!」

 盲滅法で砲撃を始めた時雨に向かって、夕立が慌てて続く。

「時雨姉貴!」

 江風も取り残されまいと追いかけた。浜風もそれに続く。川内と最上も頷き合って時雨を追う。ほぼ直線でまっすぐ敵艦隊に突入していく時雨は、魚雷艇にとっていい的だった。魚雷艇群は散開し、時雨に向かって魚雷の網を張る。

「時雨! 落ち着いて!」

 最上が無線で声をかけるが、時雨の耳には届いていない。時雨の砲撃は全くといっていいほど当たらず、むしろ輸送艦の砲座が時雨を捉えていた。

「ンなろー! 姉貴を被弾させて堪るか!」

 江風は一気に増速して時雨の脇に並びかけるコースと取りつつ、敵輸送艦に砲撃を始める。砲撃は当たるが、輸送艦の装甲は厚く、大きなダメージにはなっていないようだった。

「輸送艦はボクと川内に任せて、江風たちは魚雷艇を! 時雨を頼んだよ!」

 最上から無線が届く。江風が振り返ると、最上と川内はまっすぐ輸送艦へ突入していく。

「時雨ちゃん!」

「時雨!」

 夕立と浜風も声を上げて時雨を追いかけた。だが、時雨の背中は遠い。やがて、魚雷艇群から発射された魚雷の網に気づき、時雨が急停止をかけた。

「あ…あ…!」

 時雨の顔が恐怖にゆがみ、立ちすくむ。悲劇の記憶が、時雨を支配した。ないはずの炎が目の前を照らし、爆沈する扶桑と山城の姿が見える。山雲も、朝雲も、満潮も炎に包まれていた。その向こうに見えるのは、炎に照らされた魚雷艇群だ。反転し逃げ出すしかなかった無力感が時雨の心を刻んでいく。

「姉貴ッ! どけッ!」

 江風が時雨を突き飛ばし、向かってきていた魚雷を砲撃する。いくらかは被弾前に爆発させることができたが、さすがに網を食い破ることはできなかった。爆発の水飛沫が、江風を包み込む。

「か…わ…風…?」

 突き飛ばされたショックで我に返ったのか、時雨は呆然と江風の姿を眺めた。その時雨を夕立と浜風が追い越していく。

「時雨ちゃんはそこで待ってるっぽい!」

「江風が被雷しました!」

 そう言いながら、夕立と浜風は魚雷艇に砲撃を仕掛ける。魚雷艇は回避力こそ高いものの、撃ち抜かれれば呆気なく爆発し沈んでいく。

「姉貴…無事か?」

 時雨の目の前に、ずぶ濡れのボロボロになった江風が立つ。その顔は笑っていた。

「江風…」

 江風が差し出す手に捕まって、時雨は立ち上がった。笑ってはいるものの、江風は艤装も服も被雷で傷んでしまっている。これではもう戦えそうにない。

「江風…ごめん」

「なに言ってンだよ。江風は、あン時と違って沈んでないぜ」

 俯く時雨に、江風はそう言って笑う。その背後で、夕立と浜風は奮戦して魚雷艇を木っ端微塵に粉砕している。川内と最上も輸送艦を片付けたようだった。やがて、時雨に周りに川内たちが集まってくる。

「時雨、状態は?」

「僕は大丈夫だけど、江風が…」

 駆けつけた川内に、時雨はそう言って俯く。だが、江風は笑うばかりだ。

「江風は大丈夫、沈ンでないぜ。まだ戦えるよ」

 だが、そう言う江風を浜風は心配そうに見ていた。艤装はかなりのダメージを負っている。これ以上の大きな被弾は危険だった。

「時雨、魚雷艇を見て思い出したんだね、あの夜のことを」

 西村艦隊で僚艦だった最上が笑顔で時雨の肩を抱き、そう優しく言う。時雨は小さく頷いた。その瞳には大きな涙が浮かんでいる。

「魚雷艇を見たら、わけがわからなくなって、それで…」

「まさか敵が魚雷艇実装してるとは思わなかったからな」

 川内もそう言いながら髪を掻く。時雨の話を聞く最上の様子を見ながら、川内はもう一度江風の様子を見た。艤装の状態を見る限り、江風は下げた方が良さそうだとは思う。まだこの先になにかいる可能性は高い。ならばと断を下した。

「江風」

 川内はそう声をかけて、江風を手招きする。

「隊から外れて、いそゆきの後ろで護衛に当たって」

 川内は有無を言わせない視線で江風にそう言う。江風はややムッとした顔で川内を見た。無言でのやりとりが続く。無言の奥にある川内の言葉を、江風は汲み取った。

「わかったよ。川内さんが言うんなら仕方ない。隊を外れていそゆきの後ろに回るよ」

「時雨は行ける? この先、まだまだ魚雷艇と遭遇する可能性は高いよ」

 江風が頷いたのを確認して、川内は時雨に声をかけた。時雨は涙を拭いて力強く頷く。

「もう大丈夫。江風の気持ちは無にしないし、浜風と夕立が戦い方を見せてくれたから」

 だが、川内はその時雨にまだ揺らぎを見つけてしまう。時雨から顔を逸らすと、唇を結んだ。

「浜風、時雨をサポートしてやって」

「はい」

 最上の声に、浜風が生真面目な顔で頷く。川内は頷くと、いそゆきとの回線を開いた。

「江風が被雷、大破したのでいそゆき後方に下げます。この先は残りの五隻で進みます」

 無線の向こうで舌打ちする音が聞こえる。川内の唇が曲がった。

「他の被害状況は?」

「私と最上、時雨が軽微な損傷。夕立と浜風は損害なしです」

「なら江風は下げろ。残りはそのまま進め」

「了解しました」

 それだけ言うと、川内は無線を切る。そうして全員を振り返った。

「じゃあ、先に進むよ、島の北まで出て敵艦に出くわさなければ、折り返して支援艦隊と合流、護衛艦隊の支援に回るから」

 そう言って川内は改めて時雨を見る。その視線の強さに時雨は思わず肩を震わせた。

「時雨、次同じことしたら、私がアンタを沈めるよ。いいね」

「はい」

 時雨は頷き、同じ視線の強さで川内を見返す。川内はニッと笑い返した。

「じゃあ行くよ! 江風はいそゆき後方で不測の事態に備えて」

「了解」

 江風は川内にそう返すと、隊を離れていそゆきの後方へ回る。だが、いそゆきの脇から、隊が見える位置には常にいた。

 川内が言いたかったことを心の中で繰り返す。

 不測の事態は必ず起きる。その時がチャンスだと。

 誘爆の危険を認識しながら捨てなかった魚雷は、その時に使い道があるかも知れない。そう考えて江風は進んだ。

 


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