主力が敵の主力艦隊を誘引してコロネハイカラ島付近の敵を弱体化し、その隙に乗じて輸送を完了させるというのが今回の作戦の趣旨だ。昼の間は二航戦の空からの護衛があるが、夜は突入部隊が敵の妨害部隊を食い破るしかない。その槍となるのは川内旗艦の突入部隊だ。主力艦隊が索敵を続けながら前進し、敵主力を見つけ次第全力で攻撃、撃滅し、そのあとを突入、遊撃、護衛の三部隊が進んでいく形になる。特に護衛部隊は輸送艦四隻と司令艦はまゆきを護りながらの突入になるので、不測の事態に備えなければならなかった。そう言った意味では、槍の役目たる自分たちは気楽なものだなと江風は思う。主力が取りこぼした、もしくは主力ではない邪魔な敵艦隊に当たればいいのだから。既に敵の偵察機にも大型輸送艦がショートランドにいることはバレているだろうし、あとはいかにこの輸送艦をコロネハイカラ島へ届けられるかだ。
主力艦隊が先に出撃し、江風たち突入艦隊は、二時間遅れで出撃することになった。夜の間にバニラ湾を抜け、コロネハイカラ島へ取りつこうという算段だ。出発まで暫時休憩となった。
夜になり、江風は岸壁でなく砂浜へやってきた。南方独特の熱風も夜には少しマシになる。満天の星空の下、夜戦に慣れた目は沖でショートランドの守備を続ける第十八駆逐隊の姿も見えた。
「いよいよか…」
この世界ではバニラ湾と名前こそ変わっているが、かつて艦だった時代に夜戦で電探射撃の魚雷を喰らい、轟沈した自らの最期の海だ。あの時僚艦だった萩風と嵐はまだ発見すらされていない。そんな中でも、作戦を無事に終え、なおかつ時雨も救わねばならない。どちらも失敗したくはなかった。
「江風、こんなところにいたんだ」
声を振り返ると、時雨だ。灯も持たずに夜の砂浜にやってきて、あっさりと自分を認識するあたり、歴戦の艦娘なのだなと思わせてくれる。
「姉貴もなンでこんなところに?」
「散歩…かな」
そう言って、時雨は江風の脇に腰を下ろす。砂の音が聞こえた。
「よくオッサンが解放してくれたな」
「提督は指揮官同士で最後の打ち合わせさ。その間くらいは、抜けてても何も言われないよ」
時雨はそう言うと、手元の砂を救ってぱっと中に放り投げる。
「どうせこのあとも色々と待ってるしね」
そう言って笑う時雨の顔には、諦めの表情が見て取れた。江風はちらっと時雨の表情を盗み見てから、立てた膝に顔を埋める。
「いつ沈んでもおかしくない戦いをしてるのは、昔と変わらないから。たまにはこういう時間もないとね」
「姉貴は沈ませねえよ」
自嘲気味な時雨の声に、江風はぽそりと呟く。自分の方を振り向いた時雨に、江風は顔を向けない。
「そのために川内さんに協力してもらって強くなった。江風が、佐世保の時雨の栄光を守るンだ」
「…海風が心配するわけだね。僕もそんな風に言われると心配になってきたよ」
時雨もそう言って、江風がしているように立てた膝に顔を埋めた。悲劇の記憶が脳裏をかすめる。江風、萩風、嵐を一気に失ったあの夜。川内も、このソロモンを出ることは叶わなかった。今度は、ちゃんと全員でこのソロモン海から凱旋したい。
「強くなったと思うんだったら、いつも通りでいいんじゃない? 僕も、マイペースなんだから」
「そうだな…。姉貴は良くも悪くもマイペースだった」
そう言って、江風は立ち上がる。沖の十八駆の姿はもう見えなくなっていた。
「帰ろうぜ。また姉貴が殴られるところなンて見たくねえよ」
「そうだね。みんないるのに腫らした顔はさすがに見せたくないや」
時雨もそう言って立ち上がる。尻についた砂を払い落とすと、二隻は並んで基地施設へ歩き出した。
簡易的な小屋が今晩の仮の宿だ。江風は大きく開いた窓から星空を見上げる。時雨以外の突入部隊の面々は既にこの小屋の簡易ベッドで横になっている。時雨だけがここにいない。クーラーの効いたいそゆきの司令室へ引っ込んだ佐々木とどんな夜を過ごしているのか、心を殺して夜明けを待っているだろう時雨を思うと、江風は眠れそうになかった。
翌朝、主力艦隊はショートランドを出発した。既に早朝から敵偵察機の触接を受けており、主力艦隊が出発したことは知れているだろう。護衛、遊撃の各部隊に先行する突入部隊の出発も間近に迫る。
主力艦隊は小勢力の艦隊を蹴散らしながらバニラ湾を抜けようとしている。いよいよ出撃のタイミングだ。
「出撃するよ」
時雨がやってきてそう伝える。江風以外の全員が時雨に頷き返した。江風のみが右拳を左手に叩きつけて大きな音をさせていた。
「江風、気合い入れすぎるとしくじるよ」
川内がそう言って苦笑いを浮かべる。江風の全身から気が漏れ出しているようだからだ。
「気楽に気楽に」
「最上はもう少し気合い入れてもいいと思うよ」
最上と川内のやりとりに浜風が笑みをこぼす。夕立は時雨にまとわりついていた。
「よし、じゃあ行くよ!」
川内の声に夕立が時雨の耳元で「ぽい!」と大きな声を上げて、苦笑いされていた。