艦これ その海の向こうに明日を探して   作:忍恭弥

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龍の咆吼

「二番機より入電ですわ! 敵艦発見! 軽巡一、駆逐四!」

 第十八駆逐隊を見送っていくらかも経たないうちに熊野が声を上げる。天龍と龍田は顔を見合わせた。

「やっぱりいたわね~」

「さあて、やるか」

 龍田にそう答えてから、天龍は熊野を振り返る。

「瑞雲で爆撃を頼む。それから、全艦突撃だ」

「了解ですわ」

 熊野はそう答えて天龍の勝ち気な笑顔に片側の口角を上げて笑い返す。瑞雲による航空攻撃は自分の仕事だ。旗艦の天龍の指揮は、きっちりと自分に仕事をさせてくれている。

「瑞雲、稼働全機爆装で発艦!」

 次々と熊野のカタパルトから瑞雲が発艦していく。それは艦隊上空で全機が揃った後、入電のあった場所へ猟犬のように飛び去っていった。

「戦果確認ですわ! 駆逐一、撃沈! 駆逐二、中破!」

「全艦、最大戦速で突入!」

 熊野の戦果を聞き終わると、天龍はすぐさまそう号令を出した。艦隊速度は天龍型の三十三ノットで彼我の距離がどんどん近づいてくる。やがて、煙を噴く敵駆逐艦隊が見えてきた。

「砲雷撃戦、行くぜ! 熊野は瑞雲を収容してから突撃してくれ」

「わかりましてよ。ただ、露払いはさせていただきますわ」

 ちらと振り返る天龍に、熊野はそう返しつつ主砲に初弾装填する。二十・三センチ連装砲は、熊野にしかない長射程砲だ。

「主砲、斉射ですわ! とおぉぉぉっ!」

 熊野の声で、主砲が火を噴く。その軌跡を見ながら、天龍と龍田は長波たちを率いて最大戦速で突入していく。

 熊野は瑞雲の収容作業を行いながら、時折主砲を放つ。近接戦になっている天龍たちを誤射しないように牽制弾だ。やがて、天龍たちは敵艦隊を片付けた。大きな被弾をした艦はいない。瑞雲を放ち、牽制弾を撃ち込んだこと以外ほぼすることがなかった熊野から見ていると、そつのない圧倒的な勝ち方だった。自分たちに比べ、練度の余り高くない長波たちを上手く護りながら、それでいて時に突出してとどめを刺す。軟硬自在の戦い方だった。

「みんな、無事か?」

 駆逐艦たちを見渡す天龍に、長波と清霜はテンションの高い返事を返す。熊野から見ても、長波、早霜、清霜の三隻は、ほぼ無傷といっても言い。天龍も龍田もそれは同じだ。

「よし、進むぞ。何とかショートランドの状況は確認しておきたいからな」

 天龍はそう言うと、前を向く。

「索敵機、出した方がよろしくて?」

 そう聞く熊野に、天龍はちらっと振り返ってニッと笑う。

「ああ、頼む。一本はブーゲンビルからショートランドへ向かわせてくれ。ブインとショートランドがどうなってるのかも確認したい」

「承りましたわ」

 熊野は静かに頷く。索敵本数を指示してこなかったと言うことは、任されたと言うことだ。熊野は四機の瑞雲に準備をさせた。途中で敵艦を発見したときに、爆装の稼働機をある程度残しておくなら、この本数が限界だ。

「瑞雲、行きましてよ!」

 二本のカタパルトから瑞雲が空へ放たれる。その飛行機雲を見送りながら、天龍は隊を更に前へ進める。

「偵察機から入電ですわ! ブイン基地は健在! ショートランド基地は被害甚大!」

「やっぱりな」

 熊野からの報告に、天龍は舌を打つ。そうなれば、できることはどの程度の戦力かを見極めることくらいだ。もしも有力な水上打撃部隊なら、発見次第反転するしかない。この戦力では玉砕するしかないのだ。

「恐らくショートランド周辺に敵部隊が展開してる。場合によれば激突するぜ」

 天龍はそう言って龍田と頷き合う。後ろを振り向くと、熊野は索敵機からの無線に耳を澄ましていた。長波たちも、警戒しながらついてきている。

「敵艦隊発見ですわ! 駆逐棲姫に駆逐五! こちらに向かって急速に接近中ですわ!」

「十八駆を襲った部隊か。逃がしてくれそうにねえな」

 熊野の注進に、天龍はそう言って口角を上げる。姫級の敵と戦うのは初めてだ。胸の奥からワクワクした気持ちが溢れ出てくる。

「熊野! 稼働機全機で爆撃を頼むぜ! 索敵機はそのまま索敵継続だ! こいつらを倒してもあとがあるかも知れねえ」

「了解ですわ!」

 天龍の声に、熊野も口角を上げる。まるで出るときはいがみ合っていたのが嘘のように、連携が取れていた。

 私の出番はないかしら。

 龍田はそう思いながら、長波たちを振り返る。

「初弾装填して、いつでも戦えるようにしといてね~」

「了解です!」「はいっ!」っと長波と清霜からはいい返事が返ってくる。早霜は小さく頷いただけだ。

「瑞雲、発艦ですわ!」

 熊野の声が響く。再び瑞雲が空へ舞った。艦隊上空で編隊を組むと、猟犬のように飛び立っていく。

「敵艦見ゆ! 情報通り駆逐棲姫に駆逐五! 同航戦になりそうですわ!」

「行っくぜえ! 戦い方は任せるぜ! 全艦、両舷一杯で突撃だ!」

 天龍は刀を抜いてそう指揮を執る。突入した瑞雲が投弾を成功させ、駆逐艦の内二隻が火を噴いた。

「とおおおおおおっ!」

 奇妙な叫び声を上げ、熊野も主砲を放つ。

「帰還した瑞雲は安全域に着水して待機してくださいまし! あとで回収いたしますわ!」

 そう言いながら、熊野は天龍の後ろに回る。それを見た龍田は長波たちへ近寄っていく。

「私たちは駆逐艦を殺るわよ~。魚雷の必中距離まで肉薄するから、攻撃はかわしてね~」

 龍田がそう言うと、長波、早霜、清霜はその後ろについて隊列を離れていく。龍田の主砲も火を噴いていた。

「死にたい艦はどこかしら~」

 龍田の声を聞きながら、天龍は駆逐棲姫と対決する。相手は戦艦すらも一撃で大破させる姫級の駆逐艦だ。どこか自分たちに似た容姿に、戦い辛さよりも歓喜を覚える。

「ククク…! こういうのを待ってたんだよ!」

 天龍は後ろに熊野がいることを確認しながら、どんどん肉薄していく。駆逐棲姫からの攻撃は左右に展開してかわした。熊野の主砲が駆逐棲姫を穿ったが、小さく仰け反っただけの駆逐棲姫は熊野を睨めつける。

「効きませんわね…」

「ワクワクするな」

 熊野の声に、天龍はそう返す。その間にも彼我の距離は近づいていく。天龍は主砲を牽制弾にしか使わない。熊野の主砲はその間に数回命中していたが、やはり決定打にならない。天龍と駆逐棲姫の距離がもう手の届くところまで来たときに、駆逐棲姫の主砲が熊野の主砲をはじき飛ばした。熊野は右手を押さえてうずくまる。

「熊野!」

「後は任せましたわよ! 天龍!」

 そう言うと、熊野は魚雷を放つ。かなり距離が近づいていたことと、天龍が牽制していたこともあって、熊野の魚雷は全て駆逐棲姫に命中した。崩れた水柱の中から現れた駆逐棲姫はまだ健在だ。駆逐艦を片付けた龍田と早霜も駆逐棲姫に後ろから近づいてきている。

「楽しませてくれよ!」

 天龍は砲撃を続けながら、抜いた刀で斬りつけた。駆逐棲姫はその刀を砲身で受け止める。そのままの姿勢で駆逐棲姫が発射した主砲を、天龍は仰け反ってかわし、一拍の距離を再び取る。そうして、再び抜いた剣を斬りつけた。それも同じように砲身で止められる。

「後ろががら空きね」

 天龍と対峙していた駆逐棲姫の後ろから、龍田が長刀の刀身を駆逐棲姫の身体に埋めた。叫び声を上げ、駆逐棲姫は龍田を睨めつける。だが、その間に天龍もその刀身を駆逐棲姫の胸に埋めていた。駆逐棲姫の身体を突き抜けた切っ先は龍田の眼前まで迫っているが、龍田は瞬き一つしない。

「オノレ…!」

 駆逐棲姫は天龍の刀を握って抜こうとするが、天龍はその刀身を渾身の力で捻る。龍田もまた、そのまま長刀を捻った。傷口から体液を噴出させながら、駆逐棲姫は悶え声を上げる。

「時雨ならこう言うな。君たちには失望したよってな」

 天龍はそう言うと、魚雷を抜き取って駆逐棲姫の口へねじ込んだ。

「早霜!」

 天龍の声に早霜は頷き、魚雷を発射する。

「俺たちと同じ姿を得たことを恨むんだな」

 天龍はそう言うと、刀を駆逐棲姫から引き抜いて安全距離へ飛びすさった。龍田も同じように長刀を抜き取ると、最後に一太刀浴びせて刀創に魚雷をねじ込み駆逐棲姫から離れた。やがて、瀕死の駆逐棲姫に早霜の魚雷が命中し、駆逐棲姫は大爆発を起こして海に還った。

「熊野、大丈夫か?」

 天龍は刀についた体液を払うと、刀を納めて熊野にそう声をかける。熊野は右手を押さえていたが立ち上がった。

「私は大丈夫ですわ。思っていた以上にえげつない戦い方をするんですのね」

「熊野もお嬢様がする顔じゃなかったぜ」

 呆れたように言う熊野に、天龍はそう笑い返した。熊野の唇が一瞬への字に曲がったが、やがて熊野の顔に微笑が浮かぶ。

「長波ちゃんと清霜ちゃんが中破ね~」

「さすがに少し荷が重かったか」

 龍田の報告に、天龍は戦闘が終わってへたり込む清霜と長波を見ながら苦笑を浮かべる。

「熊野、瑞雲の回収が終わったらもう一回索敵出してくれるか」

「人使いが荒いですわね」

 そう言いながら、もう熊野は海上に浮かんで待機していた瑞雲を回収している。その内損傷のない三機を選んで補給を行う。

「もう少し待っていただければ発艦できますわ」

「俺たちの隊はもう戦えねえ。なにか見つけたらそれを報告してラバウルに戻る」

「現実的な判断ですわね」

「あいつらを沈めたくないんでな」

 天龍はそう言うと、ちょいちょいと清霜たちを指した。無傷の早霜が清霜と長波に近づき、清霜と長波は苦笑いを早霜に返していた。

「それは同感ですわ」

 熊野はそう言うと、カタパルトを空へ向ける。

「瑞雲、発艦ですわ!」

 補給の終わった瑞雲が空へ舞う。その間にも天龍は長波たちのところへ近寄っていた。

「熊野の索敵の結果見たら戻るからな。もうしばらくの辛抱だ」

 そう言う天龍は勝ち気な笑顔を見せていたが、その端々に優しさも見て取れた。初めて旗下に入ったはずの長波と清霜も信頼の笑顔を向けている。

「ホント、鈴谷の言ったとおりでしたわ」

 点になっていく瑞雲を見上げながら、熊野はそう呟いた。

 あれほど嫌がっていたのが馬鹿らしく思える。人には添うてみよとはよく言ったものだと。天龍は自分を認めてくれた。そうした上で、最大限の力を出せるようにしてくれた。

「認めないわけにはいきませんわね」

 そう呟くと熊野も長波たちのところに移動する。自分はそこまで社交的ではないから輪の外にいるだけだが、それでもそこにいる意味はあると思うのだ。天龍たちの様子を眺めていると龍田と目が合う。龍田は微笑み、熊野も笑顔を返した。

 


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