艦これ その海の向こうに明日を探して   作:忍恭弥

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この章はpixiv投稿分の進行に原稿が追いつかなかったため、ハーメルンが初出になります。
pixivにはいつ投稿するかまだ決めてないしわかりませんが、ハーメルンで読んでくださる方のみ先にお楽しみください。

ドラマCDの鈴谷と熊野いい感じでしたが、それ聞く前に書き上がったので、熊野のしゃべりがまだまともです。




南海の雲と飛べない龍【天龍と熊野】(第二次SN作戦編)
野人とお嬢様


 天龍は、全鎮守府の中でも最古参の軽巡だ。普段の仕事は、相棒の龍田と共に第六駆逐隊と第二艦隊を構成して船団護衛や哨戒任務に勤しんでいる。この日も、第二艦隊旗艦である電を司令室へ送り出した後、任務明けの疲れた体を談話室の椅子に沈めていた。

「…騒がしいな」

 お茶の湯飲みを持ってきてくれた龍田に軽く感謝の右手を挙げてから、湯飲み片手に天龍は呟いた。龍田もふっと視線を上げて周囲を見る。普段護衛任務や哨戒に出ていない艦娘達の間が特に騒がしい。

「また大規模な侵攻作戦かしら?」

 薄い笑みを浮かべながら、龍田は湯飲みを口に運ぶ。今日の護衛任務も、他の鎮守府から偉いさんの乗船する貨客船団が対象だった。

「大規模ねえ…」

 言いながら天龍は思い返す。AL作戦以降、大規模作戦への参加はない。大規模作戦の間も、航路安定のための哨戒、物資輸送船団の護衛と、裏方としてやるべきことはたくさんあった。

「ま、俺達には関係ねえな」

 そう言う天龍に、龍田は微笑み返しただけで何も言わない。SN作戦だとかショートランド基地とか言う単語がチラチラと聞こえてくる。南方海域、鉄底海峡かしらと、龍田は想像を膨らませて、その想像をそこですぐにしぼませた。

「天龍さん、龍田さん! 司令官さんがお呼びなのです!」

 ちょうど一服ついたところで、電が談話室に駆け込んできた。電と天龍龍田も長い付き合いだ。電も今の時間ならどこに二隻がいるか確信があったようで、最短距離をやってきたと思われる乱れのない息で二人の名を呼ぶ。

「俺たちに?」

「なんの用事かしら~?」

 天龍と龍田はそう顔を見合わせてから立ち上がる。

「すぐに行く」

 天龍がそう言った側から、龍田はもう湯飲みを片付け始めていた。

 

「入るぜ!」

 天龍がいつもの勢いで威勢よく司令室のドアを開けると、相変わらず困ったような顔で眉を寄せる木村の姿があった。作戦前になるといつもこうだ。木村は総司令として軍令部からの無茶振りに対応しなくてはならない。大規模作戦前になると、その心労が顔に出ていた。

「相変わらずシケた面してんなあ、提督」

 天龍はその木村の顔を見て、思わずそう言ってしまう。それには、木村も苦笑いだ。

「私だって、好きでこういう顔になってるわけじゃないよ。色々考えることがあるんだ」

 そう言って、木村は立ち上がる。

「用件だけ伝える。次のSN作戦、前路哨戒と威力偵察を二人に任せたい」

「出撃か!?」

 木村の声を聞いて、天龍のトーンが一気に上がった。久々の遠方への出撃だ。

「そういうことになる。SN作戦の前段階として、ラバウル基地へ集結し、ソロモン海方面へ前路哨戒へ出てもらう」

「よっしゃー! 久々で腕が鳴るぜ!」

 喜色満面の天龍に対して、龍田はいつもの通り薄く笑みを浮かべたままだ。

「随伴艦はどうなってるの~、提督~?」

「随伴艦は、熊野と早霜、清霜、長波を考えてる」

「へ…? 六駆じゃねえのか?」

「六駆は護衛任務に残ってもらう。航路安定もまだ欠かせないからな」

「わかったわ~。天龍ちゃんがちゃ~んとやってくれるから~」

 唖然とする天龍を無視するように、龍田はそう返事をした。

 

 司令室を後にすると、二隻は示し合わせたように談話室に移動する。さっきの話が出てから、天龍にはいつもの勢いがない。

「天龍ちゃん、そんなに随伴駆逐は六駆の娘たちがよかったの~?」

 お茶の入った湯飲みを天龍に渡しながら、龍田はそう聞く。そう言うのはあまりこだわりがない方だと思っていたからだ。

「いや、正直駆逐はもう踏ん切りついてんだよ。電たちはもうほっといても大丈夫だろうしな。随伴が夕雲型後期ってのが俺たちと比べて新しすぎるのは引っかかるけどな」

「じゃあ、熊野さんってこと~?」

 腕を伸ばして天井を仰いでいる天龍に、龍田はそう聞く。天龍は伸びをやめてお茶を一口飲む。

「最上型はなんか苦手なんだよな…。四人が四人とも…」

 天龍はそっぽを向いてそう言う。龍田には天龍の言う意味がわからない。最上、三隈、鈴谷、熊野の四姉妹は、利根型が未改造の所属艦娘の中で唯一の航空巡洋艦だ。十一機の水上機を自在に扱えるため、木村も伊勢型、扶桑型の四隻と共に重宝しているはずだった。最上はお気楽で明るく、三隈はおっとりしているが少し変わり者で、鈴谷は賑やかで明るく、今度随伴する末っ子の熊野は気高く真面目というのが龍田の印象だ。

「…熊野さんが苦手というのならわかるけど~、四人ともって…」

「なんか、お嬢様って感じしねえか、最上型って」

 天龍が引きを感じさせる表情でそう言うので、龍田は思わずきょとんとしてしまった。

「最上型全員が…?」

 龍田は首をかしげる。三隈と熊野は確かに物腰が柔らかく、お嬢様風と言えないこともない。だが、長女の最上と三女の鈴谷はどちらかと言えばがさつな面が前面に出ていて、お嬢様と言うには少し無理がある気がする。

「最上さんと鈴谷さんも~?」

「なんかな、生まれの良さみたいな余裕を感じんだよ、あいつらには。俺たちみたいなたたき上げの野人とは合わねえって言うか」

「複雑なのね~、天龍ちゃんは~」

 天龍の言葉に、龍田は困ったように苦笑いを浮かべた。確かに自分たち天龍型は戦闘狂だ。天龍は剣、自分は長刀を持っていることからもそれはわかる。砲雷撃以外の接近戦でも敵を屠るための努力は厭わない。龍田もそのことに関しては異論を挟むつもりはない。だが、最上型の持つ余裕という面に関してはよくわからなかった。天龍にしかわからない何かなのだろう。

「おっ、ちーす、天龍ー、龍田ー」

 そんな雰囲気の二隻のところに、件の最上型の鈴谷がやってきた。

「相変わらず軽ぃノリだな、鈴谷」

 天龍は露骨に半ば不愉快な顔を向ける。龍田はいつも通りだ。

「鈴谷はいつもこんな感じだかんねー。天龍だっていつも通りじゃん」

 鈴谷は笑いながら天龍にそう返す。天龍は思わず舌打ちしていた。

「何かご用~?」

「そうそう、今度の戦闘哨戒、熊野が天龍たちと一緒だって聞いてさ、よろしくしとこうかなと思って」

 鈴谷は龍田にそう言うとニッと笑う。天龍はその鈴谷を少々鬱陶しそうに見上げる。だが、鈴谷はそんなことはお構いなしだ。

「天龍が旗艦だっけ? 熊野のこと、よろしくねー」

 鈴谷がそう言って明るい笑顔を天龍に向ける。天龍は不機嫌そうな顔を崩さないまま「ああ」とだけ言った。

「用はそれだけ。じゃあねー」

 鈴谷はそう手を振って談話室を出ていく。天龍は鈴谷を振り向きもしない。龍田だけがニコニコとその鈴谷に軽く手を振り返していた。

「あれがお嬢様なの?」

「俺にはそう見えるんだよ」

 天龍は不機嫌そうにそう言い返すと、湯飲みのお茶をあおった。

「でも、彼女達の水偵や瑞雲は前路哨戒だと特に戦力になるわよ~。そこは上手くやらないと~」

「わかってるよ」

 天龍は龍田にそう応えると、もう一度お茶をあおる。

「龍田、お茶頼む」

「は~い」

 天龍から湯飲みを受け取ると、龍田は楽しそうに席を立った。

 

 鈴谷が部屋に戻ると、熊野はまだプリプリしていた。ベッドの上で手近な本をバンバンとベッドに叩きつけている。

「熊野ー、まだ機嫌直んないの?」

「直るわけありませんわ! 提督ったら、何であんな粗野な軽巡の旗下に私を入れたのかしら!」

 そう言う熊野の眉はきーっと吊っており、言うなり唇はへの字に曲がった。鈴谷は思わず苦笑いを浮かべる。

「いちおー龍田と天龍にはよろしくしてきたよー。別に問題ないじゃん、あの二人」

「鈴谷だからそんなことが言えるんですわ! 私は鈴谷ほどできていませんもの!」

「それを自分で言っちゃうのが熊野だねー」

 鈴谷はそう言うと、ぺたんと熊野のベッドに腰を下ろす。きれいにセットされていたシーツはもうくちゃくちゃだ。

「熊野の考えすぎだと思うけど。粗野なのって摩耶も似たようなモンじゃん」

「ですけど…」

 鈴谷にそう言われて、熊野は言葉に詰まる。熊野と摩耶は同じ神戸生まれの重巡航巡と言うこともあって、普段からそれなりに親しい関係である。その摩耶は重巡の中でも特に口が悪いことで知られているが、根は正直でちっとも悪ぶれていなかった。

「それに、熊野鈴谷に初めて会ったときのこと覚えてるー?」

「そ、それは…」

 鈴谷から多少冷たい視線を投げられ、熊野は思わず俯いてしまう。忘れもしない、ほんの少し先に着任していた鈴谷と初めて会ったときのこと。

「熊野、鈴谷と会うなり『鈴谷がこんな軽いお調子者な訳ありませんわ!』って叫んだんだよね」

 鈴谷は楽しそうに言うが、熊野は脂汗を流しそうな勢いで俯いたままだ。

「それが今はどう? 鈴谷とも普通に接してるじゃん。むしろ同室なのも嫌がってないし、鈴谷は頼られてる自覚あるけど?」

「そっ、それは、鈴谷が私の姉だからですわ」

「うん。鈴谷も熊野のこと妹だから可愛いよー」

 満面笑みの鈴谷に言われ、熊野は思わず赤くなってしまう。鈴谷のこういったストレートな表現は本当に照れくさい。

「天龍も同じだと思うけど。鈴谷たちはあんまり絡むことがないからよく知らないだけで、関わってみないとどんな艦娘なのかはわかんないよ?」

「…それはそうですわね」

 ようやく、熊野はそう言って大きく溜息をついた。大人げないことはわかっているが、主力と認定されていない天龍の旗下というのも納得いっていないし、ましてや任務も前路哨戒であって主力の仕事ではない。

「とにかく、やるだけやってみますわ」

「そうそう。まずは一緒に仕事してみないとね」

 ようやく矛を収めた熊野に、鈴谷は笑いかけた。

 


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