しばらくして着任日が通達され、風間は私室の整理を始めていた。元々余りものをため込む性分ではない。少ない私物を新しく着任するトラック基地へ送る手はずを整えて、風間は鎮守府の人々と最後の挨拶を交わしていた。
木村との挨拶も済み、トラック基地へ出立する司令艦はまゆきを中心とした特別編成の艦隊が停泊する岸壁へ向かおうとしていた。その道すがら、目の前から歩いてくるのは、よく見慣れた姿だ。風間は、思わず目を見はる。間違いようのない相手だった。
「風間少将さん?」
相手も風間の姿を認めて立ち止まり、風間を見上げてきた。風間は「あ、ああ」とどもりながら返事をすることしかできない。まっすぐと見つめてくる瞳の向きまで、見覚えがありすぎた。
「初めまして。長良型軽巡、四番艦の由良です。どうぞよろしくお願いいたします」
そう言って、由良と名乗った、沈んだ由良と全く同じ姿形をした少女は薄く微笑む。
ああ、これが中将の言っていた呪いか。
風間はそう思いながら、いったん目を閉じた。重なるようで重ならない二隻の由良の姿。だが、いずれ時間が経てば、その境界線もぼやけて完全に重なってしまうのだろう。あの由良とは違っても、目の前にいるのは間違いなく由良なのだ。風間は目を開けて、由良を見据える。錯覚しそうな愛おしさを胸の奥で振り切った。
「トラック基地司令、風間祐平少将だ。どこかで世話になるかも知れない。その時はよろしく頼む」
そう言って、風間も笑った。上手く笑えている自信はない。それでも、この由良に何か特別な思いを持つわけにはいかない。生まれたばかりで、この由良の艦生は始まったばかりなのだから。
「はい。よろしくお願いします」
由良は、そう言って風間に笑いかける。その長い髪を海風が揺らす。その髪の流れ方も、微笑み方の癖も、何もかもが由良だった。
「じゃあ」
「はい。失礼します」
由良は笑顔のまま敬礼を返し、風間も軽く敬礼を返して歩き出した。
これから、同じように沈む艦がまだまだ出るだろう。その度に、こうした思いを誰かが繰り返していくことになるんだな。
振り返りたい気持ちを抑えつつ、風間は歩を進める。はまゆきの船体に触れながら自分の無事を祈ってくれた艦娘はもういない。
はまゆきの側まで来ると、風間は由良がやったようにその船体に触れてみた。
はまゆきは何も応えてはくれない。
そうだよな。はまゆきはまだ生きてるんだ。
由良の言葉を思い返し、風間はタラップに足をかける。
海風が、秋の訪れを告げていた