艦これ その海の向こうに明日を探して   作:忍恭弥

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 無事鎮守府にたどり着くと、私はまだ上手く歩くこともままならない身体を、電と雷に抱えられて、船渠へ連れて行かれた。中破状態の潮も一緒だ。

「明石さーん、朝日さーん! 潮の修理と響のチェックお願いしますー!」

 船渠に着くと、雷がそう声を上げる。奥からパタパタと小気味よい足音が聞こえて、工作艦という艦種に属する艦娘が軽やかにやってきた。この艦娘…誰だろう。

「あーら、潮ちゃん酷くやられたわねえ」

 その艦娘は明るい笑顔で潮にそう話しかける。

「明石さん…、またお世話になります…」

 言いながら潮は恐縮しつつ頭を下げていた。潮の雰囲気はあの時から変わらないな。

「いいわよー。みんなの修理があたしたちの仕事なんだし」

 そうやりとりしている間に、おっとりともう一隻の工作艦娘が現れる。こっちが朝日と言うことか。

「電ちゃんと雷ちゃんは無事なようね」

 おっとりとしたイントネーションが、朝日の穏やかな表情から放たれる。

「響がやってきたのです! 明石さん、朝日さん、よろしくお願いするのです!」

 頷いた電がそう言って私を前に立たせた。急に押し出されるような形になって、少し面食らう。ちらっと振り返ると、電はにっこりと笑っていた。

「…特Ⅲ型駆逐艦、二番艦の響です」

「電ちゃんのお姉さんね。私が担当するわ」

 私がそう言うと、朝日はそう言って私の手を取った。私たち駆逐艦のような小さく華奢な手ではない。手入れはされてるけど、歴戦で、それでいて職人の手。

「じゃあ、あたしは潮ちゃんを」

 朝日の言葉に、明石がそう反応する。そうして、明石は潮の手を取った。

「では、よろしくお願いするのです!」

「あたしたちは、司令官に報告してから、談話室にいるからね」

 電と雷はそう言って、船渠を去って行った。

 二隻が去ると、潮は第一船渠へ、私は第二船渠へ連れて行かれた。船渠は、艤装や兵装の修繕をする修理工廠と、「風呂」と言われる場所に分かれていた。私はまず修理工廠に連れて行かれ、次々と艤装兵装を外されていく。手際が良すぎて、止めることすらできない。

「なにを…?」

「艤装含めたちょっとしたチェックよ。悪いところがあるなら、早めに直しておかないとね」

 言いながら、朝日はおっとりとした口調に似合わずテキパキと艤装ののチェックを始める。

「…みんな、やってるの?」

 艤装兵装を全て預けた私は、椅子に腰を下ろして朝日の作業を見ながら、呟くように言う。眼鏡をかけて兵装を点検する朝日は、私の声にも顔を上げない。

「海上で拾われた子はね。電ちゃんみたいに、工廠で生まれた子はする必要がないんだけどね。悪いところがあれば、戦えないでしょ?」

 そう言って、12.7センチ連装砲の歪みを確認している。穏やかな表情だが、目には鋭い光が宿ってる。

「何か気になる?」

 そこで朝日はようやく振り向いた。その頬には、優しい笑顔が浮かんでいる。

「いや…、少し前の世界のことを思い出しただけ…。ソビエトに譲渡される前に、兵装は全て外されてしまったから、誰かに艤装を渡すのは苦手なんだ」

 俯いてそう言う私に、朝日の穏やかな声が届く。

「私も似たようなものよ。今はこうして工作艦なんて仕事をさせてもらってるけど、ワシントン軍縮条約の時に、私も兵装全部引き剥がされて練習艦にさせられた口だから」

 言いながら、また朝日は作業に戻った。カンカンと甲高い鉄槌の音が修理工廠に響く。

「こう見えても私、前弩級とは言っても元は戦艦だから」

 仕上がった12.7センチ連装砲を確かめながら、朝日はそう言う。前弩級…イギリスのドレッドノートより前に完成した戦艦のことだ。ドレッドノートが艦の中央線上に同一口径の主砲を並べて左右どちらにも艦橋からの距離観測と指示で最大火力での砲撃が可能になったことからそう言われるようになり、それまでの主砲副砲中間砲を亀甲配置にした戦艦は一夜にして旧型扱いになったと聞いた。

「旅順閉塞戦、黄海海戦、日本海海戦、全部参加したわ。敷島姉さん、初瀬、三笠と一緒にね。頑張ったけど、前の世界でももう遠い昔の話よ」

 言い終わると、朝日ははいっと私に12.7センチ連装砲を手渡してくる。連装砲は、私にとっても砲戦の要であって、歪みがないのに越したことはない。手入れされた連装砲は、手にしっくりと馴染みそうだった。

「ありがとう」

「後の調整はやっておくから、響ちゃんはお風呂に入ってきなさい」

 そう言って、朝日はひらひらと手を振る。

 手渡された12.7センチ連装砲をじっと見つめてから、私は口を開く。

「じゃあ…、後はお願いします」

 私が立ち上がった後、朝日はそのままの笑顔で私が修理工廠を出るまで見送ってくれていた。その笑顔は、少しこの世界への勇気をくれた。

 

 風呂と呼ばれる場所は、本当に風呂だった。艦娘となった以上、艦の頃のプールのような船渠とは違うのだろうなとは想像していたが、人が入るような風呂だった。湯気の煙る風呂には誰もおらず、私は熱い湯に戸惑いながら、身体を沈める。

「この世界は、前にいた世界とは随分違う…」

 湯船に映る自分の顔を見ながら、呟く。前の世界では艦である自分を意識はできたけど、今みたいな人型の自分を意識することはそうなかった。姉妹艦だった雷や電には、艦以外にも人型の姿を認識できはしていたけど。

 がらっと音がした方向を見ると、湯船の向こうに潮の姿が見えた。私の姿を見ておずおずとやってきて、掛かり湯をした後私の横に腰を下ろす。水面の姿が揺れて崩れる。私は潮の方は見ずに、ただじっと崩れた自分の姿を見ていた。

「響ちゃん…」

 声をかけられて、ようやく私は潮の方を振り向く。そこには、潮の、電とはまた違った気の弱そうな笑顔が見える。

「お見限り…だね」

「最後の第七駆逐隊…。私と潮の二人だけだったな」

 電を喪って私一人になった第六駆逐隊は解体され、私は同じように潮一人になった第七駆逐隊に編入された。それでも、横須賀から動けなかった潮と、舞鶴、新潟で作戦に従事した私とは、一緒にいた時間はほんの僅かだ。

「…私は、機関故障で動けなかったから、全然お役に立てなかったけど」

 潮は微苦笑を浮かべながらそう言う。

「潮からもらった主砲は役に立ったよ。当たらなかったけど、装備を痛めていた私の最後の砲撃は、潮からもらった主砲だった」

 私の言葉に潮は苦笑を浮かべる。私は少し怪訝な思いを乗せた表情を潮に向けていた。

「響ちゃんは、最後に会った時から変わらないね。アリューシャン攻略作戦の頃とは、違う人みたいに思ってた」

「そうかな…」

 潮の言葉に、私はそう呟いてまた水面に視線を落とす。アリューシャン攻略作戦の時とは何も変わっていない気がしていたんだけど。だけど、それは私にも気づくことがある。

「潮だって、アリューシャン攻略作戦の頃は、もっと無邪気に笑っていた気がする。一緒に大膺の護衛をした時だって…」

 私がそう言うと、潮は苦笑いを浮かべて視線を落とした。

「阿武隈さんが被弾して、その後の爆撃で魚雷が誘爆して沈んでるのも、曙ちゃんが私のすぐ横で沈んだのも覚えてるからね。曙ちゃんが沈んだ時は、私も被弾して助けられなかったから、忘れたくても忘れられない」

 そう言って、潮は口をつぐむ。悪いことを言ってしまったかなと少し後悔した。私にとっての電は、潮にとっての曙や阿武隈なんだ。それに、この艦隊に第七駆逐隊で一緒だった朧や漣、曙もいない。同型である特ⅡA型駆逐艦の面々も、他にはいないから淋しいって気持ちもあるのかな。そう思っていると、不意に潮は顔を上げた。じっと私を見てくる口元が、ゆっくりと綻ぶ。

「それでも、私は、また響ちゃんに会えて嬉しいよ」

 その言葉に、私は驚いた。ぎょっとしたように、潮を見てしまってたかも知れない。

「きっと、雷ちゃんも電ちゃんもそう思ってる。私は、まだ他の姉妹には出逢えてないけど、図面の上での吹雪型って大きなくくりでは、私と響ちゃんも姉妹だから」

 そうして、少しぎこちない感じだったけど、潮は笑顔を見せてくれた。

「潮…」

 面食らったままの表情で私は呟く。その表情が私の中にある淋しさも少し埋めてくれる気さえする。また潮は口を開く。

「また一緒に頑張ろう。また、あのアリューシャン攻略作戦の時みたいに、一緒に戦えることもあると思う」

「ありがとう、潮…」

 そう細く笑う潮に、私は思わず頭を下げていた。

「響ちゃーん。艤装の点検終わったわよー」

 風呂のスピーカーから、朝日の声が響く。私は思わず「今行きます」と応えてから立ち上がる。

「ありがとう、潮」

 そう言う私に、潮は首を振る。

「行っておいでよ」

 潮に頷いて、私は風呂を後にした。


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