艦これ その海の向こうに明日を探して   作:忍恭弥

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北へ

 朝が来た。

 あまりすっきりとした寝起きとは言えないが、寝付けなかったにしては上々の寝起きで、由良は目を覚ました。寝間着からいつもの服に着替え、髪を結っていく。早朝には、足の遅い扶桑型を含んだ第一戦隊が大湊へ向かっているはずだ。じきに空母護衛部隊である第二戦隊も出撃していくはず。由良は準備を済ますと、朝食を採るために食堂へ向かった。食堂はまだがらんとしていたが、夕張の姿が見えたので、由良は朝食の盆を手に取ると、その夕張の前に腰を下ろした。

「おはよ、夕張」

「ああ、由良。おはよ」

 夕張は、屈託のない笑みを返してくれる。それだけでも、由良の気持ちはずいぶんと落ち着くのだ。

「いよいよね」

「そうね。今度夕張に会えるのはいつになるかな」

 そんなことを話しながら箸を進めていく。窓から見える岸壁には、おがの巨大な船体が見えた。物資や装備積み込みの最中であり、陸戦隊も第十九、第九輸送艦へ乗り込んでいるのだろう。

「がんばってよ、由良。あたしもがんばるからさ」

 窓の外を見つめる由良に、夕張が声をかける。由良は夕張に視線を戻すと、ゆっくり頷いた。

「うん。がんばってくる」

 由良はそう言うと、食べ終えた朝食の盆を手にして立ち上がった。夕張が軽く手を降りながら笑いかける。

「じゃあね、夕張」

「うん。終わったら詳しく聞かせてね」

 夕張の言葉に頷くと、由良は盆を返して食堂を出て行った。いよいよ、作戦が開始される。

 集合時間よりずいぶん前に、由良は岸壁の集合場所にいた。目の前には、司令艦のはまゆきが船体を休めている。出撃前の慌ただしさはあるものの、落ち着いた雰囲気が流れていた。

「早いな、由良」

「大佐さん」

 由良は風間に敬礼を返すと、はまゆきの艦橋を見上げる。

「いよいよですね」

「ああ、さっき第二戦隊を見送ってきた。大湊からの連絡だと、朝日と若葉、初霜も予定通り指定のポイントを通過したらしい。後は僕たちだけだ」

 由良はこっくりと頷く。その由良に、風間は笑いかけた。

「深海棲艦にとっては張りぼての艦だ。もしどうしようもなければ、はまゆきは見捨てて、陸戦隊を少しでも大湊へ戻せるように尽力してくれ」

「大佐さん…」

「作戦は成功するに越したことはない。でも駄目なときは殿くらいは努めてみせるさ。時間稼ぎにもならないかもしれないが、輸送艦は足が遅い。何とか逃げ切れるように頼む」

「はい」

 笑顔の風間に、由良は敬礼を返した。改めて、部下思いの人だなと確信する。だからこそ、人が集まってくるし、自分も惹かれたのだと思うのだ。

 時間が来た。

 はまゆきの前に風間が立って、由良と第七駆逐隊のメンバーが集まる。

「敬礼ッ!」

 由良の号令で由良と第七駆逐隊の右手がざっと挙がる。風間も敬礼を返した。

「いよいよ、AL作戦の開始だ。由良と第七駆逐隊は、司令艦はまゆきをはじめ、四隻の艦艇の護衛を頼む。大湊までの対潜哨戒は阿武隈隊が行っているが、気を抜かずに務めてほしい。以上だ」

 風間の声は、いつもと違い淡々としていた。何の感情もそこには見いだせない。それは風間の上司である木村も同じだった。二人共、人一倍感情が豊かなのに、兵器として扱う艦娘の前では必要以上に感情を殺しているのだ。

「敬礼ッ!」

 再び由良の声が響く。由良たちと風間の右手が挙がって降りた。

「第三戦隊出撃します! かかれッ!」

 由良の号令で、第七駆逐隊はスロープへ駆けていく。由良は一瞬だけ風間と目を合わせて頷くと、第七駆逐隊の後を追った。

 由良がスロープにたどり着くと、はまゆきの大きな船体がスクリューの波を立てながらゆっくりと岸壁から離れていこうとしていた。沖には、輸送艦おが、第十九輸送艦、第九輸送艦のさらに大きな船体も見える。その姿を確認してから、由良もスロープを滑り降りて着水した。一瞬の沈降感が浮遊感に変われば準備完了だ。

「由良さーん! 配置につきますよー!」

 少し沖で、朧が手を振りながら声を上げる。その後ろで、少し緊張した面持ちの潮と漣と曙がいた。

「打ち合わせの通りにねー!」

 由良もそう声を上げ、輪形陣の先頭へ躍り出る。由良が先導を務め、その後ろを朧、左舷を漣、右舷を曙が護り、殿を潮が務める。それぞれの肩には、九十三式聴音機の妖精の姿が見て取れた。

 司令船団は太平洋に出ると、本州沿岸を北上する。大湊でいったん集合した後は、全隻で単冠湾、幌筵を通過しつつベアリー海へ出る予定だ。

 時に漁船の姿を見ながら、順調に航海は続く。宮城沖で、阿武隈隊の接近を認めた。

「由良姉ー!」

 阿武隈はそう言いながら、手を振って近づいてくる。その後ろには、島風と綾波、白雪の姿が見えた。

「近海に異常なしよ。提督から大湊沖まで四海里離れて沖を哨戒しろって命令を受けたわ」

「頼むわね、阿武隈ちゃん」

 張り切り顔の阿武隈に、由良は笑顔を返しながら頷く。

「任せて。わたしのできるコトなんてたかがこれくらいだけど、大湊沖まではしっかり哨戒するから!」

 阿武隈はそう言うと、また手を振って島風たちのところへ戻っていく。反航状態だった阿武隈隊は、大きなカーブを描きつつ沖へ離れていった。それを見届けると、由良はを速度を落としてはまゆきに近づく。

「大佐さん、阿武隈隊が大湊沖まで四海里沖で哨戒しながら同行するように、提督さんから命令を受けたそうよ」

 はまゆきの船体に触れながら、由良はそう話しかける。舷側に風間が出てきた。

「阿武隈隊を確認した。由良たちはそのまま陣形を維持して航行してくれ」

「了解です、大佐さん」

 由良は笑顔で敬礼を返すと、すっとはまゆきから離れて増速していく。あっという間にその姿は朧を追い越して元の旗艦位置へ戻った。

 日も暮れる前になってから、穏やかな航海も大湊に近づき終わりを告げる。阿武隈隊はその位置から光信号で「ご武運を」と送ってきた。

「ありがとうと返信しておいてくれ」

 風間は航海士にそう命じておいて、前に視線を戻した。由良はずいぶん先で大湊にいる先行部隊を確認したようだ。短距離無線で入港指示を出した。

「とりあえず一息だな」

 遠くに見える大湊の町並みを見ながら、風間はそう一息ついた。

 

 大湊で補給を受け、出航予定は〇二〇〇だ。夜陰に乗じて出撃しようという腹づもりである。乗員の上陸は許されず、待ち構えていたスタッフが大急ぎではまゆき他三隻の燃料や食料を積み込んでいく。由良たちも艤装に燃料を補充してもらう。

「由良ー、こっちだぜー!」

 艤装を補給係に預けると、由良は天龍が呼んでいるのに気づいた。振り向くと、すぐ横で龍田も笑っている。

「出港まで俺たちも補給受けつつ暫時休憩だな」

 天蓋の下にたどり着くと、天龍がそう笑いかけた。第二戦隊の第六駆逐隊と天龍龍田が肩を寄せるようにして狭い天蓋の下で夕食を採っている。後からやってきた第七駆逐隊の面々…特に曙と漣は露骨に不満そうな顔をした。

「狭いのは仕方ないわよ。急ごしらえなんだし、何かあったら私たちはすぐに出なきゃいけないんだから」

「もう少しまともかと思ったのに」

「上陸できるのってここが最後なんでしょ? ちゃんと休憩したかったわね」

 漣と曙が次々に言う。

「でも、ちゃんとしたご飯は用意してくれてるよ」

「結構いけるね」

 夕食の盆をもらってきた潮と朧がそう言って天蓋の外で腰を下ろした。潮は月見そばに野菜の天ぷら、朧は親子丼をもらってきたらしい。

「あ、朧と潮だけずっこい! 漣ももらいに行くわよ」

 すぐに天蓋を出て行こうとする漣に一瞥くれてから、曙はやれやれというポーズを作って出て行った。

「由良ももらって来いよ。陸で食える飯はしばらくありつけねえからな」

 天龍が箸で天ぷらを取り上げながら笑う。由良もその天龍に笑顔を返した。

「由良ももらってくるわ。なにがいいかな…」

 そう呟きながら、由良も天蓋へ出て行く。天龍はそれを見送ると、旗下の第六駆逐隊に目をやる。すでに何度かの大規模作戦に従事してきた第六駆逐隊は普段と全く変わりがない。対して、初の大規模作戦への参加である第七駆逐隊は天龍の目から見ても少し浮き足立って見えていた。

「由良隊、何も起きなきゃいいんだけど…」

 龍田も同感だったようで、天龍にそう囁いてきた。天龍は小さく頷く。

「由良は落ち着いてるけどな。あいつも大規模作戦への参加は初めてなのに」

 酒保係に夕飯の盆を受け取る由良の姿を見ながら、天龍はそう呟く。鎮守府に二番目にやってきた軽巡。由良とはそれ以来の長いつきあいだ。できれば、無事に作戦を完遂して一緒に鎮守府へ戻りたい。

「サポートできる限りしてやるしかねえさ。六駆は放っといても大丈夫だ」

 そう呟いてから、天龍は夕食の箸を進める朧と潮を振り向く。潮以外の練度があまり高くない歪な編成になっている第七駆逐隊への不安は、そのまま司令艦であるはまゆきの護りへの不安に直結する。

「強烈な対空戦にならねえことを祈っとくわ」

「そうね」

 龍田は天龍の言葉に微笑を返してから箸を置いた。

 

 夕食を採った後、第一戦隊は沖へ展開して緊急事態に備え、第二戦隊と第三戦隊は港内で警戒に当たっていた。

 時間が来る。

 短距離無線で出発の号令が下り、第一戦隊を先頭にして大湊を出撃する。すぐ沖で待機していた由良たち第三部隊のそばに、出撃したはまゆき以下四隻が接近してきた。

「陣形は打ち合わせの通り。これから制海権のないところへ出て行くから、警戒を怠らないようにね」

 そう言って、由良は第七駆逐隊の面々を見て行く。いずれも奥底に緊張が見て取れた。護衛とは言っても、預かっている人の命の数がいつもの船団護衛とは比べものにならないくらい重いのだ。緊張するなという方が無理だった。

「何かあったら、すぐに報告すること。じゃあ、行くわよ」

 由良はそう言い置くと、前を向く。増速して隊を展開させた。大湊までと同じように船団を輪形陣で包み込む。旗艦位置に移動して、由良は前を向いた。同じように二隻の軽空母を輪形陣で護る第二戦隊の殿にいる龍田の姿が遠くに見えた。灯火を落とし、闇夜の海を東へ進んでいく。単冠湾、幌筵を左手に見ながらの長い航海になる。一週間ほどで作戦海域へたどり着く。いよいよ、作戦開始だった。


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